先代文明の遺産収束術
死の森-レムの村の人々がそう呼んでいる森。
かつて、最終戦争が勃発する以前-オーテク文明が誕生するより更に遥か昔-この森は、緑豊かな森で、多くの恵みを動物達に与えていた。無論、人類にも。その当時の名前は、神の森。それだけ、この森のもたらす恩恵は、人類にとって重要だった。
だが、オーテク文明の誕生によって生じた環境汚染により、森の恵みは失われた。この時には、最早人類にとって、恩恵を与えてくれる存在は、この神の森ではなく、自分達の生み出した文明に代わっており、森が汚染され、死に絶えていくことに対して、何かしら対策を施すこともなかった。いや、既に、この森が恩恵を与えてくれていたことさえ、当時の人類は忘れてしまっていた。
この森は、最終戦争によって死の森と化したのではない。驕った人類が生み出したオーテク文明の繁栄の犠牲となったのだ。
現在、この森は、死した木々が無数に密集して生えているだけの寂しい森と化していた。密集した木々により、森は昼間でも暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた。まるで、この森に生き物が、いや、人間が入るのを拒むかのように・・・。
だが、意外なことに、今のこの森には生物が生息していた。野兎や野生化した草食動物といった大人しいものから、ウルフのような凶暴なものまで。何故、こんな餌も何もないような場所に棲みつくのか。村の人々は、薄暗いから動物達にとって隠れるにもってこいの場所だから棲みついているのではないか考えているが、詳しい理由は今でもはっきりしていない。
そんな森を、四人の子供達が歩いていた。ザックス達である。
「こ・・・ここが・・・死の森ね・・・。・・・は・・・初めて来たけど・・・そんなに大して怖くはないわね・・・!」
リリーは、強がりながらも声を震わせながら歩いていた。その表情には、恐怖が表れていた。
「・・・リリー。怖いんなら、帰った方がいい・・・。」
セシリアは、リリーに呆れた様子で告げる。彼女は、リリーとは対照的に、平然とした様子で歩いていた。
「だ・・・大丈夫よ!これくらい・・・!」
セシリアの挑発的な言葉に、リリーは躍起になって歩く。
「・・・もう。本当に仲が悪いんだから・・・。今日は、楽しむつもりだったのに・・・。」
そんな二人のやり取りを困惑した様子でティックは見ていた。この二人は、会う度に言い争っているため、この光景は日常茶飯事であったが、せっかくの休日にこのやり取りを見るのは、正直ウンザリであった。
「皆、この森はよく来るとはいっても、危険な生き物もいっぱいいるんだ。気を抜いちゃ駄目だぞ。」
そんな三人に、先頭を歩くザックスは注意する。この森によく入り、獲物を獲っているザックスは、この森の危険性をよく知っていた。この森には、大人しい生き物もいるが、それ以上に、危険な生き物が多く生息しているのだ。
「・・・!噂をすれば、だ!」
ザックスは、目の前に現れた生き物を見、剣の柄に手をかける。
ザックス達の目の前には、大きな蜘蛛のような生き物が数体いた。だが、蜘蛛と呼ぶにはあまりに大きく、しかも、少々硬そうな外見であった。まるで、石から足が生えているかのようなのだ。
「食人虫だ・・・!しかも、あんなに・・・!」
ティックは、目の前の生き物を視認すると、慌てて弓を構える。
「何?あの大きくて気持ち悪い虫は?」
リリーは、嫌悪感を剥き出しにして、ザックスの後ろに隠れる。
「食人虫。石みたいに硬い身体で、剣や矢に強いんだ。・・・参ったな・・・一、二体なら、なんとか倒せるけど・・・。」
ザックスは、悔しそうに呟く。この虫のせいで、何度か獲物を横取りされたり、倒すために予想以上に体力を消耗して、その日の狩を中断せねばならなかった時があったからだ。
「そんな・・・ザックスでも手こずるなんて・・・!」
「・・・ザックス。・・・リリーに収束術使わせて・・・。」
「え?」
唐突にセシリアは、リリーに収束術を使わせるようザックスに指示する。
「ちょっと!何勝手に仕切ってるのよ!リーダーはザックスなのよ!」
当然、リリーは不機嫌になって反論する。だが、セシリアはそれを無視して話を続ける。
「・・・あの虫・・・急激な温度変化に弱い・・・。・・・だから、火とか、冷気の収束術が効くはず・・・。」
「・・・リリー、早速使ってくれ。火か、氷の収束術を。」
「・・・ザックスが言うなら・・・分かったわ。」
リリーは渋々、簡易型収束機を操作する。
「・・・記念すべき初めての実戦での収束術・・・。いくわよ!」
すると、リリーの周囲に赤い光の輪のようなものが出現し、彼女の周囲を回り始める。
「こ・・・これは・・・!?」
突然の光景に、ティックは困惑する。しかし、ザックスはこの状況がなんなのか分かっていた。
「今、リリーの周囲に属性元素が集まっているんだ。この輪は、それが可視化するまで凝縮されたものらしい。赤色だから、リリーは火の術を使うつもりだ。」
「・・・属性元素の収束完了。術の選択完了。・・・いくわよ!」
リリーは、簡易型収束機を装着した左腕を食人虫に向ける。リリーの周囲に回っていた赤色の輪は、今は左腕に纏わり付くような形で回っていた。
「フレイムオーラ!」
腕の赤い輪から、巨大な炎が放たれる。炎は食人虫に向かって飛んで行き、着弾すると同時に周囲を炎上する。食人虫達は、苦しむようにもがきながら、炎に焼かれていく。
数分後、炎が消えた場所には、黒焦げになった食人虫の死骸が転がっていた。
「・・・やった・・・やった!私、実戦で初めて敵を倒せた!」
リリーは、緊張した面持ちから一転、笑顔になって飛び跳ねた。
「すごいぞ、リリー!俺やティックが手こずるあいつらを、こんなにあっさり倒すなんて!」
「そ・・・そう?・・・えへへ・・・。」
ザックスに褒められ、リリーは顔を赤らめてはにかむ。
「でも、これで後二回しか使えなくなっちゃったんじゃ・・・。」
「この場合は仕方ないさ。俺とティックだけじゃ、仮に倒せても、今日の探検はここで終わりになってたよ。」
「・・・そうだね。仕方ないよね。」
ティックは、回数に制限のある収束術を早々に使ってしまったことに不安を覚えるも、ザックスに諭され、納得した。
「・・・それにしても、よくあいつらの弱点が分かったな、セシリア。」
「そうだよ。戦ったことがある僕達でさえ、あいつらの弱点なんて知らなかったのに。」
「・・・教えられたから・・・。」
「?教えられたって・・・誰に?」
「・・・。」
セシリアは、それ以上は何も言わず、黙り込んでしまった。
「・・・何よ。私に術使わせておいて、自分はダンマリなんていい度胸してるじゃない。」
「リリー、やめるんだ。・・・言いたくないなら、聞かない。ありがとう、セシリア。」
「・・・。」
「むー・・・。」
リリーは納得がいかない様子だったが、ザックスに制され、それ以上は言えなかった。
「・・・さあ、先に進もう。例の遺跡は、森の奥だ。急がないと日暮れまでに帰って来れなくなる。」
「そうだね。早く行こう。」
四人は、食人虫の死骸を後に、森の奥へと進んで行くのだった。