悍ましい痕跡
暗闇の中をライトで照らしながら、メイスン達調査隊は進んで行く。最後尾に、ザックス達と、保護者代わりのリクが続く。
しばらくは、何も目新しいものは見つからなかったが、突然、周囲の状況が一転する。
「・・・メイスンさん。この壁・・・何だか傷だらけですね。」
「床もボロボロです。・・・注意しないと転んでしまいます。」
遺跡の壁は、無数の小さい穴が開いたり、何かが引っ掻いたような跡が所々に付いていた。それは、獣の爪痕のように見えたが、あまりに大きかった。
床の方も、床のタイルが剥がれていたり、瓦礫の様なものが散乱していたり、さらには穴が開いている場所もあった。
「・・・何かあったのかな?こんな風になるなんて・・・。」
ティックは、壁の傷や、床の壊れされた跡を見て、この遺跡で何か恐ろしいことがあったのではないかと怯えていた。
(・・・かつてここで、戦闘があったと見ていいでしょう。・・・ですが、一体何と・・・?・・・この爪の大きさから見て、何らかの生物の可能性がありますが・・・こんな爪の大きさの生物、私は知りません。)
「・・・?壁に何か付いてるな。」
隊員の一人が、壁に傷以外のものが付いていることに気付く。それは、真っ黒いシミのようなもので、飛沫の様な跡や、大きく広がった跡など、統一感がなく、壁に広がっていた。
「・・・これは・・・塗装・・・ではないな。・・・!まさか・・・血!?」
「ええ!?」
隊員の言葉に、ティックは思わず声を上げた。他の隊員達も、言葉には出さなかったものの、動揺の色が見て取れた。
「・・・!メイスンさん!床にも黒いシミが!・・・おそらくこれも・・・!」
「・・・!おい!リク!ここから先は、子供達は立ち入り禁止だ!」
「え?」
「・・・見ない方がいい・・・。」
隊員の一人は、心底辛そうな表情で呟く。その手のライトが照らす先には、たくさんの白骨が散乱していた。
「・・・これは、この施設の職員でしょうか?」
「・・・ボロボロですが、服装からして、職員ではなさそうですね。一般人だと思います。・・・だとすると、この施設が一体、何の施設なのか気になりますが・・・。」
メイスンは、散乱している白骨を手に取り、マジマジと見ていた。
他の隊員達も、恐る恐るといった感じで、付近を探索する。
ザックス達子供組は、離れた場所で待機していた。
「・・・頭蓋骨の損傷具合から見て、何か強い力で潰されたようですね。・・・これは、人間同士の戦闘ではないようですね。」
「・・・まあ、人間があんな爪痕を壁に残せるわけないですよね。」
「この施設の動力が死んだのは、単なる経年劣化だけではないのかもしれません。もっと、調べる必要があります。」
「・・・メイスンさん。この人間を殺した犯人・・・まさか・・・まだ生きて・・・。」
「ありえません。千年生きられる生物など、そうはいません。それに、この施設の状態で生きていられるとは・・・。」
「・・・ですよね。」
不安がっていた隊員は、ホッと胸を撫で下ろす。
「・・・ですが、念のためです。リクさん、私に同行してください。」
「え?俺ですか?」
メイスンの突然の言葉に、リクは驚く。
「これから私は、先行して調査を行います。万が一に備えて、腕の立つ人間が護衛に就いてほしいのです。この中で、腕が一番立つのはあなたです。お願いします。」
「・・・それはいいですけど・・・何もそんなに急がなくても・・・。」
「・・・これは、私の勘なんですが・・・この先にあるものは、早急に見つけ出さなければいけない気がするんです。・・・勘ですけど。」
「・・・メイスンさんの勘、か。それなら、リクさん、付いて行ってあげてくれ。」
「ああ。メイスンさんの勘、当たるんだよ。」
「・・・でも、こいつらを置いては・・・。」
リクは、ザックス達が気掛かりで、行くことを躊躇う。自分は確かに、メイスンの手伝いをするために来たが、同時に子供達の保護者代わりでもある。いくらメイスンの頼みでも、簡単に首を縦には振れなかった。
「・・・ザックス君、君は、腕が立ちますか?」
「・・・え?」
「!メイスンさん!?まさか・・・!」
「ザックス君、君は、腕が立ちますか?」
「・・・一応は・・・。村でも狩をしてますし・・・盗賊を倒したこともあります。」
「実力的には申し分ないですね。」
「待ってください!メイスンさん!ザックスは、まだ子供なんですよ!危険に晒すわけには・・・!」
「・・・ええ。ですから、ザックス君だけ連れて行きます。他の子供達は連れて行きません。これでどうですか?」
「・・・ですが・・・。」
「最悪、どちらかしか助からない場合、私のことは見捨てても構いませんよ。」
「め・・・メイスンさん!あなたが死ねば、皆困ります!そんなこと言わないでください!」
「ははは・・・冗談ですよ。」
「・・・。」
メイスンは冗談と一笑したが、リクは、本気だと感じていた。
「・・・分かりました。ザックス、メイスンさんの護衛をしてくれ。」
「いいの?」
「メイスンさん直々のご使命だ。・・・それに、狭い場所なら俺より強いだろうしな。」
「・・・分かりました、リクさん。」
「・・・ザックス・・・大丈夫?」
「大丈夫さ。・・・それに、こんな狭い場所なら、何かあったとしても、俺の方が対処できる。」
「・・・ザックスなら大丈夫だって信じてるけど・・・気を付けてね。」
「ああ、じゃあ行って・・・。」
「・・・ザックス・・・待って・・・。」
行こうとするザックスをセシリアは制すると、彼の服の裾に糸を結わえる。
「・・・これで・・・たぶん・・・道に迷わない・・・。」
「・・・ありがとう、セシリア。じゃあ、行って来るよ。」
ザックスは、セシリアに微笑むと―隣でリリーが不機嫌な顔をしていたが―、メイスンと共に奥へと進んで行くのだった。