【最終章】Lost Heros
とある、そこそこ名の知れた妖怪がいた。
『鎌鼬』と呼ばれ、名を持たない妖怪だった。
名もないのに名の知れた、とは奇妙な感覚だが、中位くらいの妖怪で人からは恐れられる妖怪だった。
…だったのだが。
鎌鼬「ええい離せ!親子喧嘩に私を巻き込むな!」
霧「安心しろよ、今日から神社はお前の物だ」
鎌鼬「話を聞けぃ!!」
会話の噛み合わない二人…その内の黒髪の青年が、獣耳の青年を引きずっている。
獣耳の青年こそ鎌鼬、黒髪の青年は『八桜霧』といった。
全く相性の悪そうな二人は、夕暮れ時の森を歩く。
鎌鼬「おいおいおいおい!もう夜になるぞ!あまり奥に行きすぎるとヤバいのが…」
霧「元からそういうのに会いに来てる」
鎌鼬「嘘だろうっ!?」
鎌鼬の叫びだけが響き、それに答えるように木々がざわめいている。
妖怪も恐怖を感じる、妖怪と幽霊は別物なので、鎌鼬も幽霊を怖がる部類である。
その上不穏な空気にも反応し、軽く失禁しそうになっている程に恐怖を感じている。
それなのに霧のこの生き生きとした感じは何なのか。
勘弁して欲しい、いやマジで。
鎌鼬「第一まだ何をどうするかも知らないんだ!私を引っ張っておいて無計画なんて言うなよ!」
霧「もう大体手遅れだ」
鎌鼬「おぉぉいっ!いい加減に」ズゥゥゥン!!!!
一瞬、それは地震かと思った。
大地が揺れ、本能が危険を感じる…だが。
揺れてなどいない、ただその圧倒的なプレッシャーに視界が振動したと錯覚しただけだった。
鬼「随分喧しいと思えば…人の仔と、鼬か」
鎌鼬 (終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
鬼、である。
左右に対をなす二本の角や、腕に巻かれた鎖が人々の恐怖心を煽る。
その絶対的な破壊力の前では、何も意味をなさない。
霧「おぉ…いきなり大本命」
鎌鼬「ッ!?」
絶句した…だがそれは霧の発言にではない。
鬼を狙う、というとんでもない発言以上に、鬼を目の前にして一切プレッシャーを受け付けないその精神力に鎌鼬は驚愕した。
ただの人間でないことは分かっているが、それでもこの青年の底を鎌鼬は推し量ることが出来ない。
鎌鼬 (このガキ…どんな頭してるんだ!?)
鬼「…?」
鬼もそれを察したのか、怪訝そうな顔で霧を見つめる。
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霤「…帰りが遅い」
帆楼「もう子供でもあるまいて、心配性じゃのう」
霤「何を…元はと言えば帆楼様が…ッ!」
瞬間、ヒヤリとした空気と共に霤の周りに様々なものが浮かぶ。
包丁や鎌、儀式用の刀剣類のような刃物から、灯篭や巨大な岩などが霤を中心に浮遊している。
帆楼「儂の所為じゃと?自分の子にも真実を明かさず、自らの主に全てをなすりつけるか」
霤「それは…」
帆楼「このっ…身の程知らずがァッ!!!」
ズガッ!…っと鈍い音が響く。
霤の足元にあった拳ほどの石が跳ね上がり、霤の腹部に物凄い勢いで直撃した。
霤「かっ…!?」
帆楼「愚か者が、少々腕を上げたところで、儂に敵うと思うたのか」
目から火花が散り、意識を危うく失いかける。
それを歯を喰い縛って耐えると、首に冷たい感触が走る。
首を撫でると、生暖かいドロリとしたものに触れた。
血だ。
霤「…私は…霧に私の後を継いで欲しくない…っ!」
帆楼「…お主は本当に高慢じゃな」
霤「ッ!」
下された言葉は、冷たいものだった。
凍てつくような視線に貫かれ、霤は言葉を失った。
帆楼「『自分の後を継いで欲しくない』じゃと?なるほど、己に溺れて周りも見えぬか」
霤「何を…っ!」
帆楼「分からぬか?霧はお主にない才能に溢れておる」
霤「!?」
帆楼「分からぬじゃろうな、仕事に取り憑かれ、お主は霧のことを見ておらぬ」
霤「そんなことはっ…」
二の句を次げず、言葉に詰まる。
確かに、前に霧と一緒に食事をしたのはいつだったかすら思い出すことができない。
だが霧に才能があるとは思えない。
妖怪や神を見ることができることすらやっと可能となったのだから、妖力など…とうてい望めない。
帆楼「妖怪と相対するのに必要なのは、妖力だけではない」
霤「何を…」
帆楼「純粋な力じゃ。霧にはそれがあり、あやつはそれを何者かから受け継いでおる」
霤「!」
霧の本当の両親。それがもし彼らから受け継いだのなら、あるいは…ありうるかもしれない。
だがそれは憶測の域を超えない。
帆楼「あやつは…“鬼”じゃ、それも極限まで純粋な炎鬼の素質を受け継いでおる。
霤「そんな訳!!」
無い、と言えなかったのは確信がないからではない。
あまりに突拍子がなく、信じられないことだったからだ。
帆楼「…お主」
「…桜火の主よ」
帆楼が口を開いたとき、とある何者かが割り込んだ。
それは、霧と鎌鼬に遭遇した鬼だった。
鬼「貴様の飼っている、桜火の息子…人の仔、あれが我が領域へと踏み込んできた」
霤「なっ!?」
帆楼「…して?まさか喰ったわけではあるまい?」
帆楼が聞くと、鬼は静かに首をふる。
鬼「…仔とその使い魔、それらが『あそこ』へと迷い混んだ…瞳の空間へと消えていった」
帆楼「!」
霤「瞳の空間…?…まさか!」
帆楼「…これは、向かわねばなるまい」
帆楼はゆっくりと振り返り、月を見上げる。
鬼はそれを見て、同じように見上げる。
帆楼「半よ、支度をせい…帰るぞ、懐かしき…」
半「…」
半、と呼ばれた鬼は静かに言葉を待つ。
ゆっくりとと視線を下げ、空を撫でるように漂わせながら帆楼は告げる。
帆楼「…懐かしき、“幻想郷”へ」
帆楼がそう言うと、帆楼の目の前がいびつに歪む。
沢山の瞳が浮かぶ空間から、一人の女が顔を出す。
紫「久しぶりねぇ、帆楼…何かあったのかしら?」
その次の日…
「…誰も、いないか」
神社を訪れた青年は、そうポツリと呟いた。
妖怪や奉られている神の姿すら見つからず、一晩ですっかり寂れてしまったかのような神社を見て。
「…仕方ない」
「“英雄”を、もう一度始めるか━━」
________________________________________…to be continued?
八桜霧は迷い込み、帆楼は追いかける。
それを誰かがさらに追いかけ、ボクはそれを文字にして描く…なんとも奇妙なものだね。
御伽話は完結しないまま、このお話は終わってしまう。
…大丈夫、もう一度描いて見せよう。
人ならざるものたちが闊歩する世界で、“英雄”として立ち上がる物語を。
とある“四人”の物語を。