【第四章】父と子と神
俺の名前は八桜霧、とある神社の一人息子だ。
帆楼「くぅ…!」
隣で伸びをしている少女は帆楼、神様…らしい。
ひょんな事から出会った俺たちは、先日『鎌鼬』の襲撃で結構なダメージを受けた。
どうにかして対抗策を練らなければならない、しかし俺も帆楼も友達は少ない…苦肉の策として人を雇う事にした。
鎌鼬「…だからって私に頼るかねぇ!?私だって無傷じゃあないんだよ!?むしろボロボロだって言うのに!」
霧「戦争に負けた国は植民地になるんだよ、お前は俺たちに支える妖怪となれ」
鎌鼬「切り裂いても良いかねぇ!?」
つい数日前に殺し合ったとは思えない会話だが、これは一重に霧の交渉術によるものだ。
鎌鼬に勝利した霧は、形式上はかなりの猛者だ。
何と言っても鎌鼬はその力を持って上位妖怪と肩を並べる程と思われていたのだ。
そこへ鎌鼬が傘下に入れば、詳細を知らぬ者から見れば霧の株もかなり上がるだろう。
鎌鼬「…でも、安心しきるなよ」
鎌鼬「私なんて所詮は並の妖怪だ、化け物が出てくりゃあ私なんて一瞬で消されるからな」
霧「随分と情けねぇな?あんだけ強気だったのに」
鎌鼬「…」
タラリ、と鎌鼬の額を汗が伝う。
よく見れば真ん丸の脂汗がいくつも出来ていた。
今の季節は冬だ、どれ程激しいスポーツでもこれほどの汗をかくことはないだろう。
鎌鼬「私は能力に頼ってる分、まだいい…『鬼』なんて出てきたら戦おうとは考えるなよ」
霧「そんなにヤベェのか?」
鎌鼬「ヤバいなんてもんじゃない…私は一度、会った事があるが…目を合わせた瞬間、殺されるかと思った」
ダラダラと流れる汗は、夏かと勘違いするほどだ。
霧は自分の背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
帆楼「…ま、お主の父ほどの実力があれば問題視はないじゃろうがの」
鎌鼬「鬼でも赤子同然だろうな…」
そんなに強いのか、と霧は尋ねた。
父は自分に仕事の事を一切教えてくれなかったし、いつかは教えてもらえるだろうと思っていた。
しかし、好奇心には敵わなかった。
帆楼「む…そうじゃな、お主の父親はじゃな━━」
「何を…やっているんだ…!?」
霧「!?」
そこに立っていたのは…他ならぬ霧の父、八桜霤だった。
霧「と…父さん?」
霤「霧…お前、帆楼様が見えるのか…?その鎌鼬は…」
鎌鼬「わ…私は霧様の使い魔でございますっ!決して悪しき物の怪などではございませぬっ!」
霧「…なんの話だよ」
何やら物々しい雰囲気に霧も思わず後ずさる。
あの鎌鼬ですらここまで怯えるのはよほどのものなのだと改めて感じた。…使い魔とは初めて聞いたが。
帆楼「聞きたいのは儂の方じゃ、何故話しておらぬ」
霤「それはっ…この子を危険に侵したくないからです!それに約束が違うではありませんか!」
帆楼「先に約束を破ったのはお主じゃろうに、儂を何年も騙せると思うたのか、戯けが」
霧「…だから何の話してんの?」
言葉の応酬に霧は戸惑ったが、二人の会話から自分が大きく関わっていることは察した。
何やら二人の間にはただならぬ約束事があったようだ。
霤「いくら帆楼様とも言えども、我が息子を渡すわけには行きませぬ…お帰り下され!」
帆楼「ここが儂の帰る場所じゃ、少し力をつけただけの若造が調子に乗るでない…」
鎌鼬「ひ、ひぃぃ!?ここでおっぱじめんのかよ!?」
霧「おーい…聞いてるかー?」
風が渦巻き始めた、皮肉なことに先日の『風』の妖怪たる鎌鼬ですら怯えるほどに不穏な風が。
木々を揺らす風は、本能的な恐怖を感じる。
霤「お覚悟を、帆楼様!」
帆楼「少し玖を据えてやらにぁあいかんか…!」
二人の力がぶつかり合う、先日とは違い今回は神社の敷居の中…帆楼の本気を見れる。
絶対的な神と、妖怪すら恐れる人間の勝負が━━
霧「人の話を聞かんかいこのド阿呆がァ!!」
ゴツッ!!…っと聞いている方が痛くなりそうな音を立てて、霤の後頭部に拳が叩き込められた。
霤「~~っ!!!ってぇぇぇ!!?」
帆楼「な、なんじゃ!?何故儂に無言で近寄る!?…お、おい止めるのじゃ!儂に拳を向けるでな━━」
ゴツッ!!
帆楼「~っ!?なんなんじゃ一体!?」
霧「話を聞けよ!第一本人の意思関係無しに話進めるなよ!あと鎌鼬が気絶してんだよ!馬鹿か!」
霤「お、お前…手加減しろよ…」
霧「じゃかぁしい!隠し事してた分際で文句言うな!」
無視され続けた霧の怒りが爆発し、頭部にたんこぶをこしらえるハメになった二人。
怒りで震える拳を見て少しビビった二人のなんと情けないことか…しかしそれほど霧が怖かったのだ。
ちなみに鎌鼬はまだ気絶していた。
霧「隠し事無しで話せ、俺の事と父さんの事…全部」
帆楼「…それをこやつに言わせるのは酷じゃろうて」
霤「帆楼様!」
帆楼「じゃあお主が言えばよい、包み隠さずな」
霤「ぐ…」
霧「…帆楼、教えてくれ」
いつになく口が回らない父を見て霧が言った。
こんな父を見るのは初めてだった…良くない事とは分かっていても、答えを知りたかった。
帆楼「…よいな、霤?」
霤「……」
沈黙を了解として受けとる。
帆楼「…秘密は一つにして一つにあらずじゃ…霧、お主の事じゃからの、単純ではない」
霧「……」
帆楼「…お主はの、こやつの子ではない」
霧「……は?」
やっと絞り出した言葉がそれだった。
なんとも間抜けな声だった、驚いたせいなのかまだ上手く飲み込めないのか…ともかく、声は出た。
霧「じょ…冗談だろ?父さんが…実の父親じゃないなんて、そんな…タチ悪いぜ、帆楼…」
帆楼「…」
無言で首を振る帆楼。
それを見ても霧は信じられなかった。
霧「だって…父さんは父さんだ、俺の…唯一の肉親だ、他に頼る宛なんてないし…行きたくもない」
帆楼「母親が居らぬのはなぜじゃ?」
霧「!!」
霤「…すまん」
気まずい空気が流れる。
パンドラの箱が開かれたかのように世界が淀み、空気が濁ったように重たく感じる。
少し、考えさせてくれ。
そう言ってその場を立った霧を、二人は追いかけることが出来なかった。
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鎌鼬「…なぁ、霧」
霧「…んだよ」
いつもよりずっと重たい空気だった。
かつてこれほど空気に嫌悪感を抱いた事はないほどに気持ち悪さを感じた。
霧の言葉にも刺々しさがまじる。
鎌鼬「…帆楼を責めてやるな、妖怪の中じゃ有名な話だ」
霧「…」
鎌鼬「私らの天敵、その八桜神社の一人息子が実子じゃない…そんなの知らないほうがおかしい」
鎌鼬「私も知っていた…だからお前に戦いを挑んだ」
霧「…じゃあ、俺が馬鹿だっただけかよ」
そんなことが言いたいわけではない。
鎌鼬がそんな事を思っていないことも分かっている。
だが、いくら頭で理解出来ていても心が理解できないことなど山のようにある。
鎌鼬「…なんと声を掛けてやるべきなのか、私には正直分からない」
霧「……」
鎌鼬「ただな、お前の父親はお前の事を何より愛していたし、帆楼もお前の事を大切に思っていたよ」
はたから見ても分かるほどに。
霤が息子である霧に、自分のあとを継がせたくなかったのは危険だったから。
帆楼が今まで秘密にしてきて、その上で関わってきたのは心配してくれていたから。
それを理解して、それでも割り切れないドロドロとした感情が霧を埋め尽くしていくのを感じた。
霧「……」
鎌鼬「…ま、人に言われても納得出来ねぇ事もあるわな」
私は人じゃねぇか、とカラカラと笑う鎌鼬。
まるで心を見透かしたような鎌鼬の物言いに心臓がドキリと跳ねる。
達観した言葉と落ち着きのある態度は、二人が戦っていたときには想像もつかないが。
霧「…ヒョロいくせに」
鎌鼬「今関係ねぇだろ!?」
霧「……ふ」
鎌鼬「あ…やぁーっと笑いやがったな、チクショウ」
霧「あぁ…なんだ、少し前には想像も付かなかったけど…お前に救われてるよ、正直…頭が上がらない」
鎌鼬「なら神社をよこせ、そしたらありがてぇ」
霧「……?」
何か引っ掛かった。
今までの問答…つまりは霤に小さい頃から言われてきたことや、帆楼の小言にいたるまで。
鎌鼬の言葉に何かが隠れているようで、それがむず痒い。
まるで鳥のモモ肉にかぶり付いたときに、歯に筋が挟まった時のような違和感を感じた。
何かを見逃しているような、なにか打開策が転がっていたような…
霧「………それだ」
鎌鼬「はぁ?」
霧「それだ、それだよ!良いこと言ったぞ鎌鼬!」
鎌鼬「!?」
急に人が変わったように笑顔になる霧。
鎌鼬の手を掴み、ブンブンとふる姿は玩具を買ってもらって喜ぶ子供と姿が重なったようだった。
霧「そうか、父さんも帆楼も駄目って言うなら…そうすりゃあいいもんな!」
鎌鼬「……」
とてつもなく嫌な予感がする。
自分の野望であるはずの八桜神社を乗っ取り…それは恐らくこのままでいれば得られる可能性がある。
しかし、何故かそれに嫌な予感しかしない。
ジリジリと後ずさる鎌鼬の腕を、霧が掴んだ。
鎌鼬「えっ」
霧「やるよ。…お前に八桜神社を」
願ってもない…そのはずなのに。
鎌鼬「い、いやいい━━」
霧「遠慮すんな!お前の野望なんだろ?嬉しいつってたじゃねぇか!やるからさぁ…」
ニタァ…と底の見えない悪い笑顔が浮かぶ。
一方の鎌鼬は先ほどから冷や汗が止まらず震えはじめてさえいる。
この状況から逃げ出したい。なのに…
霧「行くぞ鎌鼬!父さんと帆楼に宣戦布告だ!」
鎌鼬「いーやーだー!!」
ズルズルと引き摺られる鎌鼬。
戦っているときに理解していたが、やはり腕力では鎌鼬は霧には到底敵わない。
鎌鼬の虚しい叫び声だけが木霊していた…
子供「ねぇお母さん、あのお兄ちゃん一人で喋ってるよ?なんでなのかなぁ?」
母親「あれは…神社の神主さんの子供だから、何か見えてるかもしれないわねぇ」
この後、一人の小学生の発言からとんでもない騒動になるのだが…それはまた別のお話。
後書き担当の詩人です。
このお話も段々大詰めに近付いてきたねぇ。
実はこの話も序章なんだけど、一区切りついたら本編の方で書いていくんだ。
そこで聞いてみたいんだけど、みんなはその物語に興味があるかな?
勿論無かったら新作を書くし、そもそも見てる人なんていないって可能性もあるけど…まぁ数人は見てるって思いたいね(笑)。
なんか…コメントとか出来るって同業の人が言ってたし、期限とかも特に無いから出来れば返答をお願いするよ。
まぁ新作も書きたいから、本編を書くなら石像の方が終わってから新作を出そうかな。
あ、本編って言っても急展開とかはないから安心してね。変な始まり方とかはしないよ。
ここまで読んでくれたなら感謝するよ。次回までもう少しだけ待っていてね。