【第一章】動き出した脅威
ひょんな事から自称神様と出会ってしまった俺は、その神様狐の名前を知った。
帆楼「なんじゃ、おかしな顔をしおって。とりあえず酒でも持ってきてくれんかの?」
…なんかムカつくが、まぁいい。
帆楼と名乗った狐はやたらと酒をせびってくる。動物に酒はマズくないか…?
この狐のせいで平穏は崩されたが、今は冬休みだ。休みが明ければ大変な事になるし、ここは
何かしらの対策を練っておきたい。
霧「じゃあ、お前は昔からこの神社に住んでたのか?」
帆楼「そういう事になるのう…ケフ」
何処からか酒瓶と杯を持ってきていたので、仕方なく開けてやった。
神社にはよく酒が持ち込まれ、それは神様に捧げられる。なら帆楼が飲んでも問題ないだろう。
しかし杯は二つあるのはコイツなりの配慮だろうか。大きなお世話だ。
帆楼「お主は飲まんのかの?」
勧めてきやがった。
霧「俺は未成年だぞ、まだ飲めない」
帆楼「堅い事を言うでない…酒の席で、仕事と堅い話は嫌われるぞ」コクコク
杯に注がれた酒を、水を飲む犬のように上手く舌で絡め取る。
親父は長い事一人で神社を支えていたらしく、たまに酒を飲んでいた。
ただ、捧げられる酒は濁りが多く、まだるっこしい…とか言っていた。
それを美味そうに飲むのは、やはり神様なら特別なのだろうか…?
帆楼「…なんじゃ、変な顔をしおって」
霧「いや…捧げられる酒は、濁りが多くて飲みにくい…って聞いたんだが」
帆楼「阿呆ぬかせ、この濁りが美味いんではないか、お主も飲めば…!」
…何か思いついたような顔をした。
何故だかわからないが、とてつもなく面倒臭い気がする。逃げたい。
帆楼「そうかそうか…お主も子供では無いからの」ニヤニヤ
何かに納得したような顔でニヤつく帆楼。
滅茶苦茶ムカつく、これが人ならぶん殴っていただろう。
帆楼「ちょっと待っておれ、奥の方に服か何かはあったの?」
霧「はぁ?そりゃ親父の着替えとかはあるだろうけど…」
神主服は親父が北海道に持って行ったが、古いヤツも何着かあったはずだ。
あとは、行司服だの巫女装束だのがあったが…。
帆楼「たわけ、そうではない…まぁ少し待っておれ」
…まぁいい。元々雪かきの為に出てくれば、帆楼が木に登っていたんだ。
話しこんでしまったが、雪かきの仕事に戻れると思えば、問題ないだろう。
…って違う!何当然みたいな顔してたんだ!?
言葉を話して酒を飲み、挙句に普通じゃない狐を社に招き入れるだと!?
化かされるに決まっている、すぐに追い出さなければ!!
ガララッ!!
「ちょ、霧!?お主何をやっておる、絶対に入ってくるではないぞ!!」
奥の方から帆楼の声が聞こえる、社の奥には宝物庫になっていたはずだ!
きっとそれらを盗みに来た化け狐に違いない、やはり見様見真似でも退治を……
シュル…
その音がギリギリで耳に入り、ドアに手を掛けたまま固まった。
俺の記憶と意識が正常なら、これは布が擦れる音だと思う…つまり
霧「…おい帆楼、もしかしてお前…」
帆楼「絶対に開けるではないぞ!開ければお主を頭から食うてやるからな!!」
…そうとうマズかったみたいだ。
大人しく扉の前で待っていると、暫くして巫女装束に着替えた帆楼が出てきた。
帆楼「…お主は阿呆か。…いや、雄なら当然の行動と褒めてやるべきか」
…だが、何故か人間の姿で、とってもジト目で褒めてきた。
霧「…冷静になれば、狐が喋る事がおかしいと思ってな」
帆楼「外の風に吹かれれば、頭も冷えたか。やけに冷静じゃとは思うていたがの」
帆楼「…それで、盗人と勘違いしたわけかの」
やけに目線と声が冷ややかだ。開けなかったのだしお咎め無しでは駄目なのか。
帆楼「たわけ!女人の着替えを覗くなど、子供の遊びでも許されぬわ!」
怖いです。
神様もお怒りだ、どうやらそうとう腹がたったらしい。雷を降らしたりなんてしないよな…?
しかし、宝物庫で着替える必要などないはずだ。それなら勘違いもしないのに…
帆楼「使わないからと言って、巫女装束を奥の方までしまっておるからじゃ。それとも何か、
もっと入口の近くで着替えればよかったかの?」ジトッ
霧「うっ…」
相当根に持ってるらしい。
しかし、何をそこまで怒る事があるのか。言ってしまえばただの着替えだろう。
下着は見られるかもしれないが、ここまで言われる事なのか。
帆楼「さっきからグチグチグチグチと…!!」フルフル…!!
帆楼「儂は狐じゃぞ!?狐が衣服を纏うと思っておるのか!?」
霧「…あ」
そう言えば…狐から人に変わるし、喋る事の重大さに当てられて気付かなかったが…
狐は衣服を着ないが、人の姿になれば話は別だ。
人になっても相変わらず小さいし、まるで中学生か小学生のようだ…でも、人の姿だ。
それならば仕方も無いのか、服を着なければ……?
下着などは置いてなかった気がするのだが…?
霧「……」
帆楼「…何じゃ」
霧「……」カァァ…
帆楼「お主が赤うなってどうする!?乙女かお主は!!」
いかん、いくら女といっても子供だ。これではただの変態じゃないか。
とにかく買い出しだ、貯金もそこそこあるし、巫女装束で歩きまわらせるわけにもいかない。
小さい頃から親父に男手一つで育てられたし、あまり異性と出歩いた事はないが…
帆楼「買い出しかの?では酒と肴を頼むぞ」
霧「買えねぇよ…ってか買うのはお前の服だ、行くぞ」
帆楼「…お主」ジトッ
再びジト目で睨まれる。帆楼はそこそこ…いや、かなり可愛い部類に入るんじゃないか?
そんな帆楼にジト目で睨まれるのは…なんというか、変な趣味になりそうだ。
霧「し、下心じゃねぇよ!お前の為に買ってやるって言ってるんだから、素直にしろよ!」
帆楼「…助平」
霧「あァ!?」
色々ごたごたはあったが、近くの衣服専門店に無事到着できた。
ここなら男女構わず入れるし、下着も揃えれるだろう。
帆楼「ほぉぉ…!こんな大きな建物があるのかの…!!」キラキラ
目をキラキラさせて喜ぶ帆楼。どうやら、随分と長い間、神社の境内から出たことは無かった
みたいだ。
まるで田舎から都会へ出てきた子供の様にはしゃぐ帆楼。
こうしていれば、年相応の子供となんら変わらない。
帆楼「おい霧、あそこに箱が走っておるぞ!…おお、とするとここの箱も全て走るのか!?
…うわぁっ!?」
ドデカいダンプに驚いて尻もちをつく帆楼。コイツどれだけ世間知らずなんだ…。
ギャーギャー喚く帆楼を引っ張って、店の中へ入る。
中にいた客や店員は、みな一斉に視線をこちらに向けた。
霧|(そ、そうだった…よく考えれば、巫女装束の子供引き連れてるなんて怪しいヤツ
じゃねぇか…!!)
心のなかで後悔と不安が渦を巻く。なんでこんな事にも気付けなかったんだ。
皆の目線が冷たくなるのを感じて、店から逃げ出そうか悩み始めた時…
客「あら、もしかして桜花神社の巫女見習いさんかしら?」
霧「!」
帆楼「見習いとは何じゃ!儂はれっきとした――」ガバッ!
霧「そ、そうなんですよ!従姉妹で、遊びに来てるんです!」
た、助かった…皆も安心したような視線や、微笑ましい物を見る微笑に変わる。
帆楼が何を言い出すか分からなかったので、とっさに口をふさいでしまったが…
帆楼「――――ッ!、!」
相当お怒りだな…これは。
とりあえずそそくさとその場を立ち去る。帆楼が今にも爆発しそうで、とりあえず誰も居ない
場所まで逃げなければ。
帆楼「ゥゥゥ…!!」
帆楼「!!!」ガブッ!!
噛みつきやがった。
帆楼「全くお主は!女人に軽々しく触れるでないわ!」
霧「だからって噛みつくかよ…」
今、帆楼は一枚はさんで俺の向かいにいる。
カーテン一枚しか無い事も不機嫌な理由の一つだが、一番の理由は別にらしい。
帆楼「なぜこうもヒラヒラした服ばかりなのじゃ!もっと動きやすいのはないのか!」
霧「全部お前が選んだんだろ…」
帆楼「むぅぅ…この時代の服は可愛らしいが、動きにくいのう…霧よ、選んで来てくれぬか」
霧「は?」
言ったはずだが、俺は異性と出歩いた事など殆どない。というか全くない。
だが帆楼も現代の女の子となるといい勝負だろう。お互いとも役立たずである。
しかし『可愛い服』だと?そんなものが俺に分かるわけもない。
霧「…すみません、そこの女の子に合う服ってありませんかね?」
店員「はい、少々お待ち下さい」
店員さんは優しかった。
帆楼「…のう霧、これはどうかの?」
霧「ほぉ…」
やたら短いズボンに、やたらモコモコした服を羽織っている。
マフラーだの手袋だのも付いてるし、まず寒くはないだろう。
霧「…似合ってるんじゃねぇの、あとは下着とかも用意してもらいな」
帆楼「!そ、そうか!なら良かった」
霧「……?」
やたらテンションが高い。モコモコと短いズボンは随分とお気に召したようだ。
店員「うふふ、良かったわね」
帆楼「ちゃ、茶化すな!さっさと次じゃ!」
店員「あら…『そっち』もしっかりしておきたいの?でもまだ早いんじゃないかしら?」
帆楼「ちっち違うわ!!早く行くぞ!」
店員「あら、そっちは逆よ?」
店員さんとはかなり仲良くなったみたいだ。しかしやたらめったら元気だったな…
その後、もの凄く疲れた様子の帆楼と、やたらテカテカした店員さんが帰ってきた。
会計の時には目を瞑らされ、諭吉さんが二人も飛んで行った時には泣きたかったが、帆楼の嬉しそうな顔に比べれば、あんなオッサン二人分など安いものだと感じた。
帆楼「せ、折角服を買うてくれたんじゃ…何処かへ出かけんか?」
霧「あん?金もあんまり無ぇし、高い所は駄目だぞ」
帆楼「そこまで意地汚くありはせん、儂をなんじゃと思うておるんじゃ」
こんな平穏続きだと思っていた。大変でも、きっと幸せが続くと思った。
客「あら…霧君に、お嬢ちゃん」
霧「あ…さっきはありがとうございました」
客「いえいえ、いいのよぉ…ただ」
『違和感』。
ウチの神社は、長い事親父が一人で支えてきたと聞いた。
それは親父からではなく、周りの人から。
巫女さんなんて居たっていう話など、聞いた事がなかった…では。
『本職』もいないのに、『見習い』になど教えられるのだろうか。
ましてや、今親父が神社に居ない事は町内中が知っている事だ。
霧「……!!」
何かが『おかしい』と気付いた時には。
妖怪「お前の命一つで結構よぉぉぉぉぉッ!!!!」
霧「ッッ」
目の前まで、美しいほど輝く『鎌』が迫っていた。
…やぁ、吟遊詩人だ。
二作目であるこの作品を読んでいるキミは、どうやら選ばれたらしいね。
なんといっても素晴らしい、物語に選んでもらえるのは特別な人間だけだ。
聖人君子がいくら叫んでも届かないし、牧師や神父が祈りを捧げたって無駄でしかない。
心から願わなければ、上辺だけの人間には『物語』は本当の姿を見せてくれない。
その代わり、堕ちた聖人も、不良神父も、罪人にだって願えば『物語』は笑ってくれる。
どうか、キミが次の作品に選ばれる事を、心からこの作品を楽しんでくれる事を願うよ。