危機の前触れ
「人間、見ツケタ」
俄かに翔の耳元へと届く、不気味な声色。
「……誰?」
井戸水から目線を外し、体を強ばらせる。
「人間、殺ス?」
「何ぶつぶつ言ってんだ、隠れてないで出てこいよ!」
そうして二、三歩程後退し、翔は慎重に周囲へ目配せをしたーーその時。
「うわっ、何だ!?」
突如として地面から伸びてきた一本の蔦が、素早く翔の体を縛り付ける。
やがて近くの草むらから、一人の小柄な童子が姿を現した。
未だ幼さを残した無垢な瞳が特長的であったが、紅色に染まった皮膚は明らかに人のものではないと理解が出来る。
「だっ、誰だよお前! なんでこんな事ーー」
「マダ、子供」
「コイツ殺ス、意味ナイ」
そうして翔が声を発しかけていれば、次々と草むらから、仲間と思しき童子達が姿を見せる。
その数およそ二、三十体程度と言ったところか。
「目的、アソコ。コイツ、目的、違ウ」
そうして唐突に、一人の童子が指先を真っ直ぐに伸ばす。その方角は、村はずれの森の中に存在する天照神社の位置だった。
不意に小百合の姿が脳裏を過ぎり、翔は俄かに眉を寄せる。
「お前ら、小百合様に何をーー」
「コイツ、利用スル。ソレ、一番賢イ」
「利用って、どういうーー!?」
次の瞬間、翔を縛り付けていた蔦から白色の粉が舞い上がる。
それらが身体に覆い被さると同時に、翔は極度の眠気に襲われた。それは強く、堪え難い程のーー
「くっ……」
確実に、それが危機の前触れであるという事実を知りながら。抗う事も出来ず、翔は即座に意識を手放す。
近くで不気味に微笑む童子、もとい”鬼の姿”を、ただその場に残して。
翔は、そのまま深い眠りへと落ちていったーー