未だ遠き、和解への道
ーー数十分後。
「成る程、此処があの坊主の家か」
無事に握り飯を食し終え、千影は遼園と共に、改めてその場所を訪れる。
小さな掘建て小屋、とでも呼ぶべきか。その様相は、子供一人が何とか住める程度の簡素な造りのものだった。
「贅沢な暮らしーーとは程遠い感じだな」
「小百合様は天照に住んでも良いと、そう何度も申されたそうなのですが……」
「成る程、本人の意志ってやつか」
そう確信めいた口調で話し、翔が思い描いていた通りの人間である事を理解すると、堪らず苦笑する。
「かなりの強情者だな、あいつも。ま、俺も昔はそうだったが」
そう口にしながら、小屋の目前へと潔く歩み寄った。
そのまま徐に手を伸ばし、引き戸を小さく叩きかけてーーしかしと、その行為は直ぐ様不発に終わる。
千影がその行為をするより早く、引き戸が小さく音をたてて開いたから。
「ーー!?」
驚愕しつつも瞬時に身を引けば、そこには水桶を握り締める翔の姿。
しかしこちらが想定外の来訪者であるにも関わらず、翔は千影と遼園を一瞥しただけで、特に気にした素振りもなく淡々と歩き始めた。
「ちょっ、おい待て!」
その小さな肩を、瞬時に千影が掴む。
それでも変わらず無表情な様子で、翔は千影に向け淡白に返す。
「……なに、兄ちゃん達」
そのあまりに素っ気のない応答に、千影の口調も幾分か強さを増した。
「何、ってこたぁねぇだろ。俺にあんな失言しといて」
「俺は事実を口にしただけだけど」
「……んだと?」
不意に眉を寄せた千影に、翔は更なる暴言を浴びせる。
「ーー英雄かぶれの癖に」
その一言が、千影の機嫌をより一層悪化させる結果となった。
「おい、勘違いすんなよ坊主。英雄ってのは周りが勝手に言ってるだけでーー」
「じゃあ、何? 英雄じゃないなら何だって言うの?」
「何って、そりゃあーー」
千影がその続きを話すより先に、翔は深く溜め息を吐き、そして冷淡に言い放った。
「いい身分だよね。みんなから崇められて。小百合様からも贔屓されてさ」
「おい、だからこっちの言い分もーー」
「俺、水汲みに行かなくちゃなんないから」
そうして千影の手を振り払い、再び水桶を手に歩き出す。
何とも無遠慮なその対応に、千影は怒りを露わにしながら吐き捨てた。
「ちっ、昔の俺はもうちょい素直な人間だったぞ!」
「……何か、最初と言ってた事変わってますね」
「細けぇ事ぁいんだよ! ったく……」
ぶつぶつと小言を並べながら、千影はぶっきらぼうに開かれた小屋の中へと足を踏み入れる。
「ちょ、千影様!?」
遼園がその行為の真意を目線で問い掛ければ、千影はそれに力強く答えた。
「ーーこうなりゃ、持久戦だ」
そう言いながら草鞋を適当に脱ぎ捨て、居間の中央へと歩み寄り、その場で堂々とあぐらをかく。
「えっ、千影様、稽古は!?」
「それどころじゃねぇし」
「……騙しましたね」
ゴゴゴゴゴ、と何やら遼園の背後で激しい何かが燃え上がるのを感じた。
「待て遼園。分かってる、分かってるから一旦落ち着こう、な?」
そうして妖術発動の構えをしていた遼園を、千影は慎重に、かつ迅速に諭す。
「小百合だって、あの坊主の事気にしてたんだろ? それなら俺の行為は、稽古に行くより断然意味のあるものだと思うぜ」
その言葉を耳にし、恐らく納得したのだろう。遼園は突き付けていた左手を降ろし、静かに頷きを返した。
そうして玄関脇の段になっている所へと腰を降ろし、改めて話し出す。
「分かりますか、千影様にも」
その疑問符に、千影は小さく首を縱に振った。