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転生絵巻~テンショウエマキ~  作者: 木霊百合
一ノ巻.宿命(さだめ)
1/9

悪夢再来。狂わされた未来。

今からおよそ、十年程前。



仁珊(にさん)国に、血の雨が降り注いだ。



長年国を守護してきた結界の、突如としての崩壊を合図に。


人ならざる者、”鬼”達は、驚異的な早さで仁珊(にさん)を壊滅寸前へと追い込んだ。


後に、”悪夢再来”と呼ばれる出来事である。



「母さん! 母さんっ!!」



両頬に、特徴的な刻印を持つ一人の少年。


彼もまた、悪夢再来による被害者の一人だった。



見知らぬ女性に手を握られ、燃え盛る炎とは真逆の方向へ、足早に連れられる。


一方で少年が手を伸ばしていた先、その炎の中には、彼の母親と(おぼ)しき人影が揺らめいていた。


しかしその身体は既に無数の瓦礫に埋もれ、身動き一つ出来る状態ではない事が分かる。



「離せっ! 母さんが、母さんがまだあそこにっ!!」



少年がどれ程抵抗しようと、女性が掴んだ手を放す事はなかった。


それが少年を生かす為、救える可能性のない母親を置き去りにする為だと、幼い彼にも容易に理解がつく。



しかしその選択は、あまりに残酷で、無慈悲なもので。



少年が僅かに膨らませていた期待を、裏切るには十分すぎる程のものだった。



「母さん! 母さあぁあああん!!」



悲痛な叫び声とは裏腹に、猛々しく燃え広がる紅の業火。



それらは容赦なく、少年の母親を飲み込んでいく。



その手を引かれるままに、少年は心の奥底から泣き叫んでいた。



己の非力さと、非情な現実を激しく呪いながらーー









「千影! いるのか、千影!!」



早朝から、部屋の襖を忙しく叩く音。


長い紫髪を一つに束ね、赤白の巫女衣装に身を包んだ女性は、その日起きていた現状に強く頭を悩ませていた。



「いい加減にしろ、貴様っ!」



次の瞬間、女性は端正な顔立ちにまるで似つかわしくない豪快な動作で、扉を一気に蹴り破る。


すると目前には、扉を固定していたと(おぼ)しき、一本の丈夫な木の棒。


開け放たれた障子と散乱する無数の本が、その主の留守を静寂に物語っていた。



「くっ、逃げ足の速い奴め」



その悔しさに、拳を握り締める女性。


瞬間、唐突に背後から透き通るような男声が聞こえてくる。



「相変わらずですね、千影様は」


「うぉっ、遼園! 脅かすな!」


「これは失礼。小百合様もそろそろお疲れかと思いましたので」



女性、小百合から遼園と呼ばれた青年は、よく整えられた深緑の髪が、中性的な容姿によく映えた美青年であった。



そしてその手には、盆の上に乗せられた一つの湯飲み。



その表面には、あかんべーをした猫の顔が墨でコミカルに描かれている。



「あぁ、いつもすまないな」



そう言いながら湯飲みをゆっくりと両手で掴み、何度も、それは何度も吐息を吹きかける小百合。


そうして漸く口元へーーその仕草すらも極力穏やかを心掛けているのかスローテンポなものだったがーー茶を含む。


その不可思議な行為は一体何なのか、その答えは次の一言で大凡(おおよそ)理解のつくものだった。



「……うむ、今日も良い冷め具合だ」



いい年した女が、まさかの猫舌かよ。何てツッコミは、闇の彼方へ置き去ろう。


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