魔王神とマジンオー
「やってしまった」
私魔法使いマーリンは実に500年ぶりにその言葉を呟いた。
私の目の前には鉄の塊が存在している。
いやそれは鉄ではない、遥か彼方の世界から呼び出された未知の金属。
そしてそれは塊ではない、この世界を襲う魔王の中の魔王、魔王神を倒すために呼び出した究極無敵にして空前絶後の勇者、その名も!
「どうも、マジンオーです」
周囲20kmが吹き飛んだ。
『すみません、吹き飛ばしてしまって』
彼の名はマジンオー、とある世界を襲う脅威に対抗するために人類が持てる力の全てを注ぎ込んで完成させた「すーぱーろぼっと」だ、「注ぎすぎた」と注釈が入ってしまうのだが。
事実彼らは完成させた、驚異を打ち倒す力を持った存在を。
だがそれは諸刃の刃であった、マジンオーは余りにも強力すぎて体を動かしただけで衝撃破が発生し周辺を破壊してしまうのである。
結果彼は喋るだけでも周囲を更地にしてしまうので封印処分となった。
その後マジンオー開発のノウハウを利用して生み出された劣化マジンオー「マジンオージ」が世界を救って彼は文字通りお払い箱になった。
そして分解処理をするにも危険すぎるので動力を落とし封印処置を施される所で私に召喚されたそうだ。
彼が喋ると周囲が吹き飛ぶので私の魔法で思念会話を行なっている、だがこの魔法も何十もの迂回処理を行なっての事だ、普通ならそんな処理をすれば会話なんて全く出来なくなるのだが彼はアストラル面でも強大な兵器であるため私を含めた周辺の生物の精神を守るためにそうせざるを得なかった。
「それにしても参ったな、これでは世界のために戦って貰うことも出来ない」
『申し訳ありません』
申し訳なさそうな思念で謝ってくる、腰の低い最終兵器だ。
「いや呼んだのは此方の落ち度だ、すまない」
だがどうしたものかな、魔王神は並大抵の勇者では相手にならん、2代目勇者の弟子達が束になっても相手にならんし世界各国の寸対は文字通り赤子同然の扱いだ。
それに対抗する為に呼んだマジンオーはこの有様。
「せめて周囲を破壊しなければな」
なお私の家と家族はとっさにはった障壁の魔法で無事である、食器は全滅したが。
あと使者の姿が見当たらないがまぁ彼等なら死んではいないだろう、念のため使い魔に探させておく。
『本当にすみません、僕は唯在るだけで力を放ってしまうのでこの世界の皆さんにはご迷惑をお掛けします』
ああ、道理で。さっきから周辺の命が希薄になっていくのはそう言う事か。
マジンオーの発する威圧とでも言う気配から逃げるように動物達は逃げ植物さえも急速に熟してドリアード達が鳥に運ばせている。
流石にこのままでは辺り一帯が死の世界になってしまうので結界を張ってマジンオーを隔離する。
『魔法って凄いですね』
私が彼を隔離したことで身じろぎくらいならできる様になったマジンオーが驚嘆の声をあげる、実際には思念だが。
もっともその身じろぎでも大魔王級の大陸破壊魔法クラスの威力が在るのだが、お陰で私の魔力もガリガリと削られていっている。
早く対策しないと味方の寝返りで世界が滅んでしまうな。
『いいなぁ、僕も魔法を習えばこの結界と言うフィールドバリアを使えるようになりますか?』
マジンオーがキラキラした思念を感じさせながら聞いてくるのが申し訳なさを感じさせる。
「あー、無理だろうな、君が結界を使ったらその瞬間君を中心に世界が砕ける」
間違いない、彼を中心とした足元の地面を除いて世界を結界から弾いて吹き飛ばすだろう、
それを聞いたマジンオーはガッカリとした思念を放ちながら呟く。
『僕、体を動かしたのは生まれて2度目なんです、初めて体を動かした時は僕の起動時、初めて僕が見た世界は・・・・・・何も無い世界でした。
僕が起動した時の衝撃破で研究所を初めとした周囲2000kmが吹き飛び宇宙空間に存在するダークマターさえない状態でした。
その後調査にやってきた無人探査機を介して自分が原因でこうなったと知って本当に情けない気持ちでした。僕は世界を守るために生まれたのに世界を守るために戦うと世界を破壊してしまうなんて。
だからずっと動かないようにして待っていたんです、いつか僕が動けるようになるのを、世界を守れる様に改良して貰えるのを・・・・・・でも戦争は終わって、僕は要らなくなって、僕を改良するには凄いお金と予算が必要だけど戦後の世界に僕を改良する必要性は全く無くて、でも僕の様々な機能は解体するには危険すぎてそれで封印処置させる事になったんです。だからほんの身じろぎ程度でも体を動かせて嬉しかったです』
マジンオーの思念は静かに、そして諦めを纏って言葉を紡いだ。
『僕を元の世界に戻してください』
どうやらそうするしかなさそうだ、私の魔力でも彼をこの世界におき続けるのは困難だ、
私の魔力が尽きれば彼からこの世界を守れなくなる、そうなる前にこの世界から追い出すしかない。
「呼んでおいて申し訳ない」
『いえいえ、停止する前に体を動かせて嬉しかったです』
私はマジンオーが帰還する際の衝撃波で周辺を吹き飛ばさないように結界陣を組んで術式に挑むことにした。
全高500m、全幅150に及ぶ彼を覆う結界陣を描くのは結構な重労働でそれを書ききるまで数日はかかりそうだ、しかもそれだけの精度と強度を持った結界陣を描くには並の魔法使いでは勤まらない、結果私が全て描くしかなかった。
何日もかけて結界陣を描くのは相当な重労働で気分転換を兼ねてマジンオーと雑談を交わしながら作業を行なう。
念のため家族は隣国に避難させている。
「ほう、では君の世界では光を物質に替える技術が在るのか」
『はい、光子形状技術と言って僕の体にも内蔵されています、それを使えば理論上無限に体を修復できるので永遠に戦い続ける事が出来ます』
なんとも痛ましい話だな。
「なぜ君の製作者達は君に感情を与えたのだろうな」
『さぁ』
やさしい心を持った文字通り無敵のろぼっと、ただしそれは味方も無い孤独の存在だ、そんな事実に彼の心が耐えられるはずも無い、恐らくだが彼の製作者は彼を戦わせない為に無敵に創ったのではないだろうか?
誰かが彼を戦わせたくても戦えないように。
だが何故そんな無駄なことをしたのか、全く持って不可解だ。
そうして数日が経ってようやく結界陣が完成した。
「これで君を元の世界に返すことができる」
その後は魔王神を何とかすることを考えなければいけないが今は目の前の問題を解決する事にしよう。
『それではお願いします』
「ああ」
魔法陣を起動して帰還術式を発動させる、魔方陣が次第に光を発していき術式が本格始動を始めようとしたその時だった。
『避けて!!』
マジンオーの思念波に驚いた私はとっさに結界を張って彼の思念から身を守る、偶然にもそれは功を奏し背後から襲ってきた魔法からも私を守ってくれた。
「何奴か!」
背後を振り返ると空には緑の影が広がっていた。
其処にいたのは額に角の生えた緑の肌の魔人、魔王神に仕える邪悪な種族「ゴブリアン」だった。
空はゴブリアンに埋め尽くされ青の色は姿を消してしまっていた。
幾ら私でもこれだけの数で攻められては苦戦は必至だ。
「強大な力の波動を感じてやってくれば人間がこの様な物を隠し持っていたとはな」
リーダーと思しきゴブリアンが私に話しかけてくる。
「貴様がこのゴーレムを作り出したのか?」
「だとしたら?」
結界の維持と逆召喚魔法の発動に気を取られていた所為で近づいてくる魔力に気付かなかった、なんと言
う不覚。
「魔王神様に仇なす者には死んでもらう」
指揮官と思しきゴブリアンの号令と共に私達への攻撃が始まった。
それは攻撃であって攻撃ではなかった、空を埋め尽くすほどのゴブリアンによる波状攻撃、それは蹂躙、反撃を一切受け付けぬ数の暴力、圧倒的なまでの先制攻撃。
「くっ」
防御結界を強めて防ぐが旗色は宜しくない、このままでは遠からず力尽きる。
「ほう、なかなかやる。結界をピラミッド型に張って此方の攻撃を逸らすか、経験の豊富な魔法の使い手と見た」
「お褒め頂き光栄だよ」
「だがこの数の前では無力だな、諦めて結界を解いた方が苦しまずに済むぞ」
「それは残念だ」
ゴブリアンのリーダーの合図で更に攻撃が激しくなる。
このままでは奴のいうとおり私が力尽きるのが先かもしれないな。
『くそっ! 僕が戦えれば!!』
そうは言うが君が戦えばゴブリアンだけでなくこの国が滅びる、
防御しかできないこの状態が口惜しい、普段なら複数の魔法を使うなど造作もない事だが今はマジンオーを隔離するための結界に力の大半を費やしている、もし今彼の結界を外せば感情の高ぶっている彼が身動きしただけでどれだけの被害が出るか。マジンオーの結界を維持した状態で反撃の為に防御結界を解いたら瞬く間に私は蜂の巣になるだろう。そして空を埋め尽く数の前には相手の魔力切れを待つ余裕も無い、万事休すだ。
『せめて僕がもっと弱ければ・・・』
敵と戦うのに自分が弱ければと言うのもおかしな話だ。
・・・・・・いや、まてよ。
「試したいことがある、君を覆う結界を弱めるので合図をしたら小さく一言だけ呟いてくれ」
『え?わ、わかりました』
マジンオーを覆う結界を弱めて合図を送る。
『『あ』』
瞬間空を覆っていたゴブリアン達が吹き飛ばされる、まるでほこりのたまった部屋で大きく息を吹いたようにゴブリアン達は吹き飛ばされた。
だがこのままではゴブリアン達は戻ってきて私達に攻撃を再開するだろう、そして結界の弱まったマジンオーが感情を高ぶらせれば無意識の身動きで国が滅ぶ、強大な魔法防御力を持つマジンオーに再び結界を張りなおす時間も余力も無い。
だから私は賭けに出た。
「今から君に魔法をかける、だから私を信じて受け入れてくれ、君を戦えるようにする」
『僕が戦えるように!?』
「かなり手加減しないといけないがな」
『分かりました、やってください』
マジンオーの歓喜と期待の思念が溢れる、緩めた結界がその思念だけで吹っ飛びそうだ。
「では魔法をかける、受け入れるのだ!!」
私は全ての魔力を込めてマジンオーに魔法をかけた。
結果、マジンオーによってゴブリアンの大群は消滅した。
マジンオーの最小威力の攻撃フォトンボールによって半径1kmが荒野と化したがとりあえず国が滅ぶことは無かった。
数日後魔力が完全に回復した私はマジンオーに再び魔法をかけ彼は直接会話ができるまでに弱体化していた。
「結局僕にかけた魔法はなんだったんですか?」
「ん、大したものではないよ、君にかけたのは弱体化の魔法だ」
「弱体化?」
「そう、普通は敵にかけて弱らせるものだが君にとってはうってつけの魔法だ、魔方陣を張って儀式魔法で弱体化をかければ数百年は君の力を弱めることができる。あとは弱体化の効力を持った強力な魔法アイテムで体を拘束すれば普通に生活することもできるだろう」
「す、すごい・・・・・・」
マジンオーはアングリと口を開けて私の話に聞き入っていた。
「ところで君に頼みが在るんだが」
「頼みですか?」
「ああ、この世界を守るために魔王神と戦う勇者になってくれないか?」
「っ!! 僕でよければ是非!!」
その瞬間家が吹き飛んだ。
彼にはもっと強力な弱体化の魔法をかける必要がありそうだ。
それから一年後、魔王神を倒したマジンオーは新たな勇者として認められる事になる。
その数年後彼の精神は小型のゴーレムに移され今では人々に混じって平和に暮らしていた。
その姿を見た私はいつかの疑問に答えを得るのだった。
マジンオーを創った者達の気持ち、自分達が創ったマジンオーに感情を与えた理由。
それはマジンオーをわが子として愛したからではないだろうか?
技術者と言う存在は時に我々には理解できない感情で動くことがある、彼等は心血をそそいで生み出した存在が失われることを恐れたのではないか?
例えば闘いで、例えば戦後にその力を恐れた者達に、そんな者達にわが子が破壊されないように彼等はマジンオーに比類なき力を与えた、破壊する事すらできないような荒れ狂う力を与えて。
実際国の魔法使いや技術者達が透視魔法でマジンオーの構造を解析しようとしたがその余りの複雑さに白旗をあげた。
マジンオーの内部は高度な技術力を持った専門家が正しい手順で解体しないといけないらしく、もし一つでも手順を誤ればその瞬間内部の超高密度エネルギーの流れが滞って大爆発を起こし計測できないほど広い範囲が被害を受けるらしい。
他人に破壊されるくらいなら自分が、と言う奴だろうか?
つまりは我が子を戦わせたくないという親心だったのだろう。
優しい心を与えたのも自ら闘いに赴くことの無いようにと。
もっともそれだけは誤算だったようだ。
マジンオーは優しい心を持って生まれた、それも他人の痛みを知るほどに優しい心を。
そんな彼が他人が傷つくことを黙ってみていられるわけが無い、本人にしてみればその愛は呪いだっただろう。
しかし今の彼は違う、力を捨て弱い存在になった彼は皮肉にも彼等の海の親が望んだ平穏を手に入れたのだから。
これは私の勝手な推測でしかない、だが同じ子を持つ親としてそうではないかと思わずにはいられないのだ。
今も彼は子供達と遊んでいる、手加減する必要もなく、のびのびと。
子供達も彼に懐いている。
「わたしねーマジンオーのお嫁さんになるー」
「あー!ずるいマジンオーのお嫁さんには私がなるの!!」
「あはは、喧嘩しないで二人共」
うむ、子を持つ親として子を守りたいと思うのは当然の事、だから娘達にまとわり付く悪い虫を払うのも父親の勤めである、分かってくれるなマジンオーの生みの親達よ。
その日私は人生最高の最上位単体攻撃魔法を放った。