書店物語【女性視点】(1)
もうすぐ一年が終わろうとする年の暮れ、五年ぶりに大学のある町に戻ってきた。この年は本当に不運な一年だった。父と母を相次いで亡くした。また、上司との不倫が奥さんにばれて、職場を追われるようにして辞めた。
大学時代の思い出が詰まったこの町には、不思議と嫌な思い出がない。振り返れば、人生の中で大学時代ほど楽しいときはなかったと思う。そんなことを考えながら、私は新居の片付けをゆっくりと進めていた。
年が明けてから、ようやく引越しのときに使ったダンボールをきれいに整理して、家具の位置も納得のいくものとなった。すると、急に暇になってしまった。
そこで私は大学の頃、よく行っていた「大橋書店」に行くことにした。おじさんとおばさんは元気にしているかな? ついでに今話題の「アホの壁」でも買って帰ることにしよう。
店に着くと、そこには懐かしい雰囲気が漂っていた。年が明けてすぐだから、店には誰も客はいなかった。残念ながら、レジにいるのはおじさんやおばさんではなかった。
それにしても暇だからと言ってレジで店員が眠りかぶるのはどうかと思う。思わず、いたずらしたくなった。
「あのー、すみません。『アホの壁』って本を探しているんですけど…」
私はわざと大きい声で店員に尋ねてみた。店員はよほどびっくりしたのか、イスから落ちそうになったほどだ。私はそれを見て、笑いをこらえるのに必死だった。
「何の本を探しでしょうか?」
「『アホの壁』を探しているんですけど…。見つからないんですよ」
店員が何事も無かったかのように顔上げた際に、今度は大声を上げそうになるほど驚いた。そして、一気に顔が引きつる。
なんで昔、付き合っていた彼氏とこんな所で再会しないといけないのだろう…。いや、そんなはずはない。彼は東京で働いているはずだ。
ここで働いているはずなんかない。そう思いたかったけど、ここにいるのは紛れもなく平賀雄太だった。一応確認してみる。
「もしかして、平賀君?」
彼は黙ってうなずいた。彼はようやく私に気付いたらしい。私はすぐに気付いたのに…。これだから男はダメなんだ。
「中松さん、久しぶりだね。元気にしてた?」
あまりにも突然すぎて、お互いにぎこちなかった。まあ、何の前触れもなく、突然五年ぶりの再会をしたんだからしかたない。でも、これが運命の再会にはならないだろうと私は確信していた。
「平賀君、エンジニアの仕事を辞めてから、地元に戻ってきたんだね。私もここに戻ってきたの」
私は彼が本を探しているのを見ながら、当たり障りのない事実を述べた。二人の数少ない共通点。思った通り、彼はこの話に食いついてきた。
「ここに戻ってきたって、どういうこと? ここは中松さんの地元じゃないでしょ?」
わたしはどうして、ここに引っ越してきたのか、そのいきさつを雄太に分かりやすく話した。彼は本を見つけて、レジに向かいながらも真剣に話を聞いてくれた。
そのことがとてもうれしかった。思わず、昔のことを全て水に流そうと思ったほどだ。