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短編集  作者: あまやま 想
書店物語【男性視点】
8/21

書店物語【男性視点】(4)

 サナはとても飲み込みが早く、仕事をテキパキとこなすので、店長や奥さんにとても気に入られていた。他のバイトともうまくいっているようだ。


 僕は店長の元で店長修行を再開していた。以前と違って、今回は東京の版元や出版社に店長と一緒に行くことが多かったので、店にいることはほとんどなかった。そういった研修がひと段落着いたのは三月後半だった。


 ただ三月後半から四月にかけては教科書販売をしたり、学校に資料集やドリルなどを納めたりしないといけない。店長と僕は二手に分かれて、この町にある全ての小学校・中学校・高校に回った。一方、サナは奥さんと一緒に店番をしていた。


 四月もようやく終わり、五月に入ると店はようやく落ち着きを取り戻した。今がチャンスだと思い、僕はゴールデンウィークが明けてすぐの週末にサナを食事に誘うことにした。彼女はその誘いに応じてくれた。


 この頃になると昔のように「サナ」と「雄太」と呼び合うようになっていた。このままいけば、昔のように肩を並べて歩く日がまたやってくる気がした。


「俺達、もう一度やり直さないか。俺はサナがいなくなった日からこんな日が来るのをずっと待っていた」


 僕は酒がほどよくまわった頃にサナに思い切って自分の気持ちをぶつけてみた。彼女はカシスソーダを飲み干して、しばらく黙って僕を見るだけだった。


「馬鹿なことを言わないでよ。あのとき、追っかけてきてくれなかったくせに…」


 サナが何を言おうとしているのか僕にはわからなかった。確かに彼女は五年前に突然消えた。でも、「サヨウナラ。今までありがとう」と言われたら追いかけられるはずはない。


「まだ、わからないの? あのとき、私、すごく不安だったのよ。雄太が東京に就職を決めてしまったから、遠距離になってもうまくやっていけるのか本当に不安で、それで雄太を試すことにしたの。追いかけてきてくれると信じていたのに…」


 サナの言っていることは今ならよくわかる。本気で愛しているなら、いろいろ行動を起こして彼女にその気持ちを伝えるべきだった。ただ、あの頃の僕は追いかけないのが本当の優しさなんだと思っていた。


 自分から離れていく相手を引き留めることは女々しいことのように思っていた。本当にどうしようもない馬鹿野郎。本当はサナから拒絶されることが怖かっただけ…。本当は東京にそう言ったことを期待していただけ…。


 追っかけなかったことが間違いであることには、東京に出てから半年ほどしてから気付いていた。あふれるほどの人が東京にいるのに、サナよりもすてきな女性は一人もいなかった。


 でも、今更、彼女の所へ行ったってどうにもならないと思い込んでいた。それから、僕はサナと再会するまでモンモンとした日々を過ごし続けることになった。


「自分でこんなことを言うのも何だけど、俺は本当に馬鹿なことをしてしまったと思う。あのときは、試されていることも知らずに、別れを告げられたことに一人で落ち込んでいた。そして、このまま別れる事が優しさだと思っていた。そんなの優しさでも何でもなかったって…気付いたのはそれから半年たってからだった。サナを失ってから、やっと存在の大きさに気付いた。…でも、気付くのが遅すぎた」


「そうね。本当に遅すぎよ。もう、私、待ちくたびれた…。もし、偶然再会してなかったら、もう待っていたことすら忘れていたかも…。私ね、何もかも捨ててこの町に戻ってきたつもりだったのに、何一つ捨てることができなかった。かつての上司が仕事も家庭も捨てて、私のためにこの町まで来てくれたとき、本当にうれしかった」


 このダブルパンチはすごくよく効いた。ショックのあまり、店の中にいることを忘れて、号泣するところだった。でも、ギリギリのところでこらえて、少し涙目の状態でサナを見つめた。それは僕の最後の意地だった。


「ただ、指をくわえて待つことしかできない人よりも、自分のために仕事も家族も捨てて、どこまでも追いかけてくれる人の方に女性が魅力を感じるのは当然のことよ」


「ごめん、トイレに行って来る」


 もう限界だった。ギリギリのところでこらえていた涙がボタボタあふれ出した。こんなところサナには見られたくなかった。僕はトイレの個室に駆け込んで、思いっきり泣いた。


 なんでもっと自分に正直に生きてこなかったんだろう。見せかけの優しさに惑わされて、思いっきり相手を傷つけて…それと同じくらい自分も傷つけて…本当に馬鹿だよ。


 その上、あのときの僕ができなかったことをサラリとやってのけて、サナの心をがっちりつかんだ人がいることが本当に悔しかった。大好きな女性のために追いかけることができるかどうか、それが二人の男の明暗をはっきり分けたんだから…。



 七月一日、僕は正式に大橋書店の店長になった。おじさんとおばさんはすでに店の二階から店の近くへと移り住んでいた。サナはあの食事の後、すぐに仕事をやめて、この町からいなくなった。きっと、元上司と共にどこかへ行ったのだろう。


 本屋にはそんな僕の思いとは関係なく、たくさんの人が本を求めてやってくる。僕だけではとても対応しきれないので、バイトの人と一緒に仕事に取り掛かる。そんな日々がこれからずっと続いていくんだろうな…。


 でも、心底好きな人ができたときは、その人のためなら全てを捨ててもいいと思っている。もう、あんな切なくてつらい思いはしたくないから…。

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