書店物語【男性視点】(2)
本屋で働くようになって気付いたことは意外と地元に残っている人が多いと言う事である。店にやってきた友人や先輩・後輩はみんな口をそろえたかのように「どうしてお前がここで働いているんだ」と言う。
まだ、友人の母親やら父親やら学校の先生やらもよく来る。僕を見るたびに「もしかして君は平賀君じゃないか?」と言われて、仕事に余裕があれば、昔話に花を咲かせることもあった。そこに店長と奥さんが加わると昔話はより鮮明によみがえった。
ずっと昔からこの場所でこの町を見つめ続けた二人は、この町の生き字引と言っても過言ではなかった。一番びっくりさせられたのは、この町のほとんどの人を生まれた頃から知っていることであった。
僕のことも、僕が母の手を引かれていた頃からよく覚えていると二人は言っていた。バイトの人選も店に来る人から選ぶようにしているらしい。
「本が嫌いな人が本屋で働けるはずがないんだよ。だから、私は本が好きな人しか雇わないようにしている。あと、この町が好きであることかな。平賀君は小さい頃からよく本を読んでいたからね。それと仕事を辞めてから再びこの町に帰ってきたことと言うこと。それもすごく大切なんだよ。この町にこだわりがなければ、わざわざ戻ってくる必要もなかっただろう」
店長や奥さんはそんなことをよく話してくれた。他のバイトの人も自分と同じように、本とこの町が好きな人ばかりであった。そんな人々に囲まれながら過ごしているうちに、こんな毎日も悪くないなと思うようになった。
バイトを始めてから五ヶ月も経つとバイトにも慣れ、週に四~五日入ることも珍しくなくなった。
そんなときだった。おじさんがいつになくまじめな顔をして、店をつぶしたくないから何も言わずに店を継いでくれと僕に言ってきた。二人には子供がなく、親戚にも頼んだが誰も引き受けなかったそうである。
二人でいろいろ話し合った末に、もうお互いにとしだから残り少ない余生ぐらいのんびり過ごそうと言う事になったらしい。そして、僕が店を継がないときは近いうちに店をたたむと言うことであった。
あまりに突然の出来事でただ驚くことしかできなかった。それにしても、どうして僕なんだろう? どんな基準で跡継ぎを僕に決めたのかまったく分からない。一人で悩んでいてもしょうがないので、親と話し合うことにした。
僕は店を継ぐことに前向きであった。こんなにいい話はめったにない。両親も僕がずっと地元に残ることになるから、この話をとても喜んでいた。
この話は瞬く間に町中に広がり、僕は「大橋書店」を継ぐことが既成事実となっていた。町の人にとっても、この町に一つしかない書店がなくなる事は困るのである。
店長から店を継いでくれと頼まれてから一ヵ月後、僕は正式に店を継ぐ意思があることを伝えた。来年の六月までに本屋の運営の基本から細かいことまで、みっちり叩き込まれることとなった。
仕事の帰り道、木枯らしが吹き付けてきた。色づいた葉が次々と北風に飛ばされていく。商店街はクリスマスツリーやイルミネーションできれいに飾られていた。こんな小さな町でもこの時期だけはとても華やかになる。
気がつけば、僕が五年ぶりに地元に戻ってきてから、もう半年が過ぎていた。いつの間にか、季節は夏から冬に完全に移り変わっていた。
しかし、それとはまったく関係なく本屋での跡継ぎ修行作業が続けられていた。本屋は本を並べて売るだけの仕事と思っていたが、まったく違っていた。本の仕入れや返品作業をほぼ毎日しないといけないし、取次とも毎日のように連絡を取り合わないといけない。
また、組合の会合とか、町内会との付き合いまでやらないといけない。人に何かを売る仕事って、本当に大変で思った以上に神経をすり減らす。そんなことをしているうちに年が明けてしまった。