書店物語【男性視点】(1)
仕事を辞めてから二週間が過ぎた。実家でゴロゴロとしていると母が「早く仕事を探しなさい」だの「ニートになるために帰ってきたのかい?」などと言うので、思わずケンカしてしまった。
それにしても母親というのはどうしてあんなにおせっかいなのだろうか?仕事を辞めてから半年は失業保険がもらえるから、あせって仕事を探す必要はない。
仕事はその日の夕食みたいに「今日はこれでいいわ」と適当に決められるものではないのだから、そっとしておいて欲しいものだ。
週に一回、職安に行く。行く途中、せみの鳴き声がとてもうるさかった。こうやって、仕事を探している実績を作る。
そうするだけで簡単に失業保険がもらえるんだから、たまには仕事を辞めるのも悪くはない。要は半年以内に次の仕事を見つければいいだけのことだ。与えられた半年を有効に使って、次こそ自分にあった仕事を探そうと思う。
システムエンジニアの仕事が楽しかったのは最初の一年だけだった。残りの四年間は苦痛の日々だった。毎日、パソコン画面とのにらめっこでおかしくなりそうだった。
このとき、人と話すことの大切さを思い知らされた。あの頃は人と合って話をするのが一ヶ月に一度と言うのがざらだった。
そんな中で僕は精神的におかしくなった。このままではやばいと思い、思い切って仕事を辞めて実家に戻ってきた。あの仕事は本当に人嫌いで人に会うことがストレスにしかならない人しかできないと感じた。次はしっかり人と向き合う仕事をしようと決めている。
職安の帰り、求人誌を買うために家の近くの本屋に寄った。この本屋は大学一年の頃、バイトをしていたから店長とは顔見知りだ。
この店は店長と奥さんの二人と三~四人のバイトが切り盛りしている。母の話ではもし二人に子供がいれば、とうの昔に店を継がせただろうと言っていた。久々に見た店長と奥さんは七〇を過ぎたおじいさんとおばあさんになっていた。
五年前に東京に行く前に見た二人はまだおじさんとおばさんだったのに…。五年という歳月の流れを感じた。
「平賀君、久しぶり。君の母さんから仕事をやめて戻ってきたと聞いたよ。もし、よかったら仕事が見つかるまで、ここでバイトをやらないかい。一ヶ月ほど前、一人バイトが辞めたものだから新しく募集してるけど、なかなか見つからなくてね…」
店番しているおじさんが求人情報誌を買いに来た僕に向かって、バイトのお誘いをしてきた。大学の頃、ここで一年間バイトしたとは言え、もうあれから八年経っている。もう、本屋でのバイトの仕方など忘れてしまった。それでも彼は僕を雇ってくれるのだろうか?
「やりたいのはやまやまなんですけど、ここでバイトをしていたのはもう八年前のことですよ。きっと足を引っ張ってしまいますよ…」
店長は首を振りながら、僕の言ったことを打ち消した。そして、こう言った。
「別にそれでもいいんだよ。この仕事で大切なのは技術や能力ではなくて、本が好きかどうかが大切なんだよ。君はそれを持っている。だから、私はバイトを勧めているんだよ」
そこまで言ってもらえるなら、こちらとしてもありがたいことである。僕はおじさんの話を受け入れた。翌日から仕事が見つかるまで、週に三回バイトに出ることになった。
これで父や母に対して、一応仕事をしているといい訳ができるし、残りの四日はのんびりと仕事探しができる。こうして、僕は八年ぶりに近所の本屋「大橋書店」で働くこととなった。