はろうぃん怖い(2)
孫娘が家を出て行った後、何も無い住宅地から「トリック・オア・トリート」と連呼する声が響き出した。かなりの数の人々が仮装して、田舎町の住宅街を練り歩いているようだ。
何が「とりっく・おあ・とりいと」だよ。日本人なんだから、「菓子くれんといたずらするぞ」でいいではないか…。ああ、やれやれ…。
「お母さん、もうすぐ仮装集団がうちにもやってくるから…。この日のために、クッキーを焼いといたのよ」
「穂並まで、一体何だって言うのよ」
「だって、ほのかがうちに来た時にお菓子がないと、本当にいたずらされるなんて言うから…」
忍は言葉を失った。四五歳の娘はこちら側の人間と思っていたのに、穂並も向こう側の人間だったか…。最近は子どもがいようとも、そんなことおかまいなく子ども達と同じように親もらんちき騒ぎを楽しむ傾向がある。
「お母さん、私も今から婦人会のみんなと回ってくるから、誰か来たら、このクッキーを渡してくれない?」
「穂並?」
忍は思わず言葉を失う。七十になる忍には理解のできないことであった。わずか七十年足らずで世界はこんなにも変わるものなのか? 子どもを見守るべき大人が子どもと一緒に馬鹿騒ぎするとは…。
「じゃあ、私、行くね。この日のためにアナの衣装をみんなで作ったのよ」
頭が痛くなって来た。つい二、三年前まで怖いモノ知らずの若者が散発的なお祭り騒ぎでやっていた程度だったのに…。
まるで日本の伝統行事のように、老いも若きも男も女も当然のように仮装して、町を練り歩くことに忍は恐怖すら感じた。もともとは西洋の小さな国の祭りなのに…。
商業主義と結びつけば、どんなことであっても世界規模の祭りとなる。それぞれの地域に根付いた文化を切り絵のように、都合のいい所だけつまみ食いしてもいいものだろうか?
その時、忍の頭にある面白い思いつきが浮かんだ。そっちがグローバルスタンダードの名を借りた文化破壊をしてくるなら、こっちは日本の伝統文化でささやかな抵抗をするまでだ。
忍は早速、熱冷まシートを額につけて、わざと熱がでているような演技をすることにした。日本古来の仮装と落語でハロウィンと言う名の熱病に冒されている人の目を覚ましてやろう!
まんじゅう怖いのパロディーで、ハロウィン怖いとでも名付けようか。あちらも訳の分からない仮装してくるんだから、こっちも熱冷まシートぐらいでは手ぬるい。
よし、玄関の前に布団にくるまって、丁重に仮装で現実逃避している珍客の皆様をお迎えしよう。言われるがまま、クッキーを渡すだけでは面白くない。仮装で一つ驚かせようとしている連中が、逆に驚かされることになろうとは思いもしないだろう。しめしめ…。