書店物語【女性視点】(4)
八月に結婚することに決めたので、私は五月中に大橋書店を辞めることに決めた。私は言うタイミングをうかがっていた。
ゴールデンウィークが終わった頃、雄太から食事に行かないかと誘われた。私は辞めることを打ち明けるいい機会だと思って、誘いに応じることにした。
この頃、彼が私のことを当然のように「サナ」と呼ぶようになっていたので、昔のような関係になることは絶対にないことも伝えようと思った。
「俺達、もう一度やり直さないか。俺はサナがいなくなったあの日からこんな日が来るのをずっと待っていた」
酒が入っているとはいえ、雄太のこの言葉を聞いたとき、私は開いた口がふさがらなかった。よくぬけぬけとそんなことを言えるものだ。五年前に私を追いかけてこなかったくせに、今さら何言ってるんだか…。
「馬鹿なことを言わないでよ。あのとき、追っかけてきてくれなかったくせに…」
雄太は何が何だか分からないような顔をしている。あのとき、私がどれだけ苦しんだか全然分かっていない。話にならない。
「まだ、わからないの? あのとき、私、すごく不安だったのよ。雄太が東京に就職を決めてしまったから。遠距離になってもうまくやっていけるか本当に不安で、それで雄太を試すことにしたの。追っかけてきてくれると信じていたのに…」
ここまで言って、ようやくわかったようだ。理解するのが遅すぎる。まあ、今さら分かったところでどうすることもできないけど…。今さら考え込んでも手遅れだってことがまったく分かっていない。
考えた末に彼は言い訳がましいことを、くどくどと私に話すだけだった。もうダメだ。彼に何をやっても無駄で、私が仕事を辞めて雅文さんと一緒になることを分からせるしかなかった。
「そうね。本当に遅すぎよ。もう、私、待ちくたびれた…。もし、偶然再会していなかったら、もう待っていたことすら忘れていたかもね。私ね、何もかも捨ててこの町に戻ってきたつもりだったのに、何一つ捨てられなかった。かつての上司が仕事も家庭も捨てて、私のためにこの町まで来てくれたとき、本当にうれしかった」
彼の目は涙目になってきた。彼にとってはつらすぎる現実。でも、私は話すのを止めなかった。彼に現実を見て欲しかったから。
「ただ指をくわえて待つことしかできない人よりも自分のために仕事も家族を捨てて、どこまでも追いかけてくれる人の方に女性が魅力を感じるのは当然のことよ」
ここまで言い切ったとき、彼は泣いていた。彼はこらえきれずにトイレに逃げ込んでしまった。
泣きたいのは私の方なのに…。ああ、泣き虫な所も昔と変わらないな…。私だって、つらいよ。
それにしても…どうして、昔付き合っていた人にこんなひどいことをしないといけないの? でも、これでよかったんだよね…きっと。
私は彼がトイレから戻ってくる前に勘定を済ませて、先に帰ることにした。彼と目を合わせるのはつらい。
それから一週間後、私は結婚を理由に本屋での仕事を辞めた。そして、雅文さんと誰も知らない町へと向かった。