プロローグ・名前はロザリオ
「名前は? え〜……と、御堂ロザリア……?」
「違う違う。ロザリアは女の名前だろ。ロザリオ、御堂ロザリオ。が、俺の名前。だからさ綴りが……どっこい悪いな字が汚いんだったな。ところでなんだ……言っちゃあしかしなんだが臭いぞここは」
この受付場は隆々な男が賑わい、その上手にするものは己の得意とする得物や広い盾。身なりもおよそ私生活に適したものではなく、戦場で目にする具足姿だ。
それもそのはず、ここは皇都ガンダルヴァ領・イシュリア国コロシアムの受付場なのだから。
男と男が、時には女が、骨を軋ませ血を流す、コロシアムなのだから。
今日とて誰ぞか勝って生き残り負けて死んで、死に損なったり圧倒的に君臨したり、そんな場所。
その如何に原始的な場所でロザリア、と女の名前に間違えられた彼ロザリオはトントンと記入済みの用紙を叩いた。
しかしロザリアだろうがロザリオだろうと、この名前は世間一般では主に女性の名前として扱われている。
そして彼にはその違和感は全く以ってないのである。縛っても尚余垂れるその長く黒い髪の毛が女性らしさを助長させるのか。
「なるほど。つまりお前さんは東の国の人間なんだろ? あそこは昔ほらアレだ、女の名前でも男に付けてたんだろ?」
「らしいな、いや俺も知らねーよ? 生まれはともかくも育ちは転々としたからな」
「身長は……ほうデカイな、1.84M。服役期間は九ヶ月の最短。模範囚としてここへ仮釈放……か、しかしそれでもここに来てしまうか」
「そうだな。だから俺は投獄、九ヶ月を経て吸い込まれたようにここに来て今お前さんと話している」
彼のここまでに至る経緯は単純だ。齢十八にして犯罪を犯し、九ヶ月、大人しくして仮釈放と聞こえの良い恩赦によってコロシアムで見世物として血を流すハメになったのだ。
ロザリオにはそんな事などなんの問題もないのだが。生きているのだ、人生はそんな事もあろうよ。ふざけた人生だなどと吐き捨てようもない。
全ては己の行動の結果の帰結だ。
「だがお前さんのような者がここに来るのも至極当然なのかもな。え〜……罪状は……暴行四十三件。死傷者二百七十二名…………やるじゃん」
受付の男はロザリオの罪状を、一つづつ読んでは続きが楽しみで仕方がなかった。
この男ロザリオ、こんな経歴で投獄されたのなら男として惹かれてやまないものがある。
「もっかい訂正だ。死者は出してはいない。殺してしまうほど俺は弱くなくてね。転がし慣れてるんだ。それこそ俺が道場破りで、相手は手練れの戦士だったとしてもな」
ここで彼の身の上話を挟もう。
産みの親の顔を見たことのない彼は今は無き東の国の名を持つ。父の代わりがどこぞの流派の師範であり教育は熾烈に武術を叩き込まれた。それは、英才教育と言っても差し障りないが、その鍛錬の賜物が今ロザリオをここに居させる理由でもあった。
彼は、強過ぎた。
所詮人生は死ぬまでの暇潰しを見つけねば無意味だ、なんて悟った考えを持っていたわけではないが、戦える以上、ロザリオには戦い以外の生き甲斐が無かっただけの話だ。
戦い以外にギャンブルや女、酒でもいい、そんな事に楽しみを見出せたのならきっとそこに落ち着いたのだろう。
だが彼という一己が、戦いを選んでしまった。
戦いを選んだ彼だからこそ、道場破りもする。
名だたる看板は大体叩き潰して回ったロザリオが捕まり『裁国のエルティナ』と呼ばれる大規模な囚役国家で模範囚として居られたのは、毎日の労働に慎ましく精を出していただけだ。
戦うこと以上に日々の労働に集中していただけのこと。疲れたら寝る、戦う以上に好きというわけではないが、戦うよりもやるべき事をやっただけの彼は単細胞ではないと自分を褒めてやってもよかった。
「さて……で? 戦わなきゃならんわけだ俺は。希望を通せるのなら通してもいいかな?」
「ま、希望を聞くだけは俺でも出来る。どんな奴と戦いたいわけだ?」
受付の男はペンでコリコリとこめかみを掻いた。
ロザリオは極当たり前に、店で注文をするのと同じような口調で。
「なるべく今からでも戦える程早く、その中でも一番強い相手だ」
ロザリオと言う一己が、ここにいる以上戦いを求めて止まなかった。