その1 かんざしはトラブルメーカー
この時点ではまだにゃん太さんは〈記録の地平線〉に戻ってきてないかも…ということに気がつきました!
すみません、微妙にパラレル、ということで、お願いいたします…。
はあ、とアカツキはため息をついた。
「主君は意地悪だ…」
天秤祭で買ったかんざしをほめて欲しくて。シロエに見えるようにうんと背伸びをしたのに。
(邪魔なんだけど)
返ってきたのは不機嫌そうな返事だった。
アカツキは、少し前までは主君の後ろにひかえるようにしていた。自分は、シロエの行くところならばどこへでもついてゆくし、影のように静かにしているのが忍びだ、と思っていたから。
けれど、たまにはシロエとちゃんとおしゃべりしたいと思うようになった。
話す内容はなんでもいい。もっと冗談を言ったり、からかったり、楽しくてほっとするような時間がほしいのに。
(主君は、忙しすぎるのだ)
最近、シロエは書斎にこもる時間が長くなってしまった。青白い頬をして、ひどく思いつめたような表情で書き物をしている。貝のように口を閉ざし、自分の身ひとつに物思いを封じこめて、なにかを考えつづけていた。
「どうした…?おまえ、ダイジョブか?」
気がつくと、下から上がってきた直継が心配そうな顔をしていた。アカツキは、階段の一番上に座りこんでぼんやりしていたのだ。
(直継は、こういうとき"ちみっこ"とは言わないのだな…)
優しいのだ、直継は。そんな当たり前の優しさが、落ちこんでいるアカツキの心の傷にしみこんで、ツキンと痛む。
「いや、別に。ちょっと疲れただけだ」
「そっか。…んじゃ、お疲れちゃん祭しないと、だな?」
「んっ?」
「班長が戻ってきてさっそくキッチンでなんか作ってるからさ。行こうぜ?」
無邪気な笑顔で直継にそう言われてしまうと、アカツキは断れなかった。
二人でキッチンへとむかった。
***
「直継っち、アカツキっち、おかえりなさいにゃん」
にゃん太はフルーツナイフをお湯でゆすぎながら、笑顔で二人を迎えた。
キッチンには、オレンジの華やかな香りが漂っていた。そして作業台の上には、大きなボウルいっぱいに満たされたフルーツのフルーツポンチが置かれていた。誰かが帰ってくるたびに、振る舞うつもりなのだろう。
「おっ、うまそう!」
しかし直継はキッチンには入らず、くるりと向きをかえた。
「班長、アカツキは疲れてるっぽいから、がっつり甘いもの食わせてやってくれよ」
「直継、どこに行くのだ?」
「ん、ちょっと忘れ物したの思い出した祭!取ってくるぜ!」
直継は返事をすると、どこかに行ってしまった。
「……直継っちは忙しいみたいですにゃ」
アカツキがきょとんとしていると、にゃん太は背の高い丸椅子を持ってきてキッチンの端に作られたカウンターの前に座らせてくれる。
「さあ、アカツキっち、どうぞ召し上がれにゃん」
にゃん太はフルーツポンチをガラスの器に取り、アカツキの前にことりと置いた。
「い、いただきます…」
にゃん太はブルーベリーの香りのする紅茶も横に置いてくれた。
「今日の天秤祭はどうでしたかにゃ?なにかお値打ちなお買い物ができたでしょうかにゃあ?」
にゃん太も、いったんエプロンをはずして丸椅子に腰かけた。自分で紅茶をカップに注ぐと、晩ごはんの材料にするのかじゃがいもの皮をむきはじめた。
にゃん太は、たまに何かを察して、こうしてゆっくり話を聞いてくれる。そのタイミングは絶妙だった。
「あ、ああ…。かんざしを買うことができた」
アカツキは、くるりと後ろをむいて、にゃん太にかんざしを見せた。
「ほう、アカツキっちの髪の色によく映えて、似合っていますにゃあ」
「い、いや、そんなことは…」
「とっても可愛くて、素敵ですにゃ?」
「あ、ありがとう…かたじけない」
アカツキは照れてしまって真っ赤になりながら言った。
(ほんとは、主君にそう言ってもらえたらよかったのに…)
そう思うと、ついついさっきのシロエとのやりとりを思い出して、アカツキはがっくりと落ちこんだ。
「んっ…なんだか浮かない顔をして、どうしましたにゃ?」
「あ…いや…」
アカツキは、このとても思いやりのある猫の紳士を困らせたくなかった。だから、さっき起こった出来事をそのまま話すことは気がひけた。にゃん太に相談してもかまわない内容を、アカツキは必死で探して、言葉にした。
「その…主君は最近忙しそうだな、と思って」
「そうですにゃあ…」
「戦いに出かけることもないし…どうやって役に立ったらよいのか…わからなくて」
「たしかに、そうですにゃあ…護衛としては、戦えないですにゃ」
「私はどうしたらいいか…考えているが、よくわからなくて、困っている…のかもしれない」
なんとか、胸のあたりでもやもやしている気持ちを言葉にしてみたが、ちゃんと表現しきれているのか自信がなかった。
にゃん太は少し考えたあと、ためらいがちに言った。
「シロエちはとても賢い子なのですが、たぶん今考えている問題はとてもむずかしいこと、なのにゃ。だから、精一杯になっていて、余裕がないだけにゃ…。わかりますかな、アカツキっち?」
「はい。わかります、老師」
「だから、今は、そっと見守ってあげてほしいのにゃ。これは、我が輩からのお願いなのにゃ」
にゃん太は、ゆっくり瞬きをしながら言った。
「…承知した」
アカツキは、こくりとうなづいた。
「あとで、シロエちにフルーツポンチとお茶を持っていくといいにゃ。アカツキっちに、おつかれさまと言われたら、シロエちもきっと喜ぶにゃ」
「そう…だろうか?」
アカツキは、また自分が恥ずかしさで真っ赤になっているのが情けなかった。忍びたるもの、こんなに動揺していいものだろうか。
「もちろんですにゃ。それは、我が輩が保証しますのにゃ」
にゃん太は微笑んで、ウインクをした。
そのあと、アカツキはゆっくりと甘くて冷たいフルーツポンチの残りを堪能した。にゃん太は洗濯物を取り込むと言って出てゆき、しばらくして戻ると、シロエの分のフルーツポンチと紅茶を準備してくれた。
アカツキは、決死の覚悟でシロエの書斎に再び入っていった。
「その…あの…お、おつかれさまなのだ、主君」
「あ、アカツキ、紅茶がこぼれるよ?」
シロエはぐらぐら揺れている木のお盆を必死で受け取った。
「済まない…主君」
「ありがとう、アカツキ」
見上げると、シロエは少し困ったような、しかし微妙に嬉しそうな、複雑な表情をしていた。少なくとも、怒ってはいないようだ。
「…………」
いけない。
次になにを言ったらいいのかわからない病がまた発症してしまった。
アカツキは、耐えられなくなってそのままその場から逃げ出そうとした。
「では…またのちほど…」
「待って、アカツキ」
はっとするほど、必死な声だった。
「ど、どうした、主君…?」
振り向けなかった。
立ち止まっているだけで精一杯だった。
「さっきは…ごめん。邪魔だなんて、言って」
「ん…いや…気にしなくてもいい」
「それに…あの…」
「どうした…?」
めずらしく、主君が口ごもっている。
ちらとアカツキは振り向いた。
「そのかんざし…僕も似合ってると思うよ」
「えっ…」
一瞬、なにを言われたのか、わからなかった。
あとから、告げられた言葉の意味がわかって、それこそ頬が燃え上がるかと思うくらい恥ずかしくなった。
「そ、そうかっ!お褒めの言葉にあずかり大変光栄に思うぞ主君っ!」
「……へりくだってるのか、その逆なのかわからないよ、アカツキっ」
顔を見合せて、二人で笑いころげた。
アカツキの胸に刺さっていたちいさな棘が、綺麗に抜けてどこかに流れ、消えてゆくのがわかった。
そのあと、しばらくしてアカツキは衣料品の即売会に出掛けた。あとからシロエも会場に向かう。
その会場で〈大地人〉貴族からの攻撃に、シロエはミノリと共に立ち向かうことになるのだが、このときはまだ知るはずもなかった。
***
『シロエち…今日は本当に大変でしたにゃ』
「うん…ごめんね班長、いろいろ気遣ってもらって」
その夜。
天秤祭の警備の仕事から戻ると、班長からシロエに念話が入った。
明日の夜、〈記録の地平線〉のメンバーで天秤祭の最終日の夜をどうするか、相談の念話だった。
ごく簡単に大体の行動予定を決めたら、アカツキの話題になった。
『ちゃんと、かんざしのことは褒めることができましたかにゃ?』
「うん、まあ、なんとかね」
歯切れの悪い言い方になるのは、照れているから。
班長もそれは察しているのか、念話のむこうでからからと笑っている。
『忙しくて、どうしても一人で集中したいときは、アカツキっちにちゃんと事情を話すといいですにゃ。何も言わずにいると、アカツキっちもどうしてよいかわからなくて、心配しますからにゃ』
「心配してたの?アカツキ」
『そうですにゃ。アカツキっちは、つっけんどんに見えますが、シロエちのことはいつも気にかけている優しい子にゃ』
「うん…それは、わかっているつもり…なんです」
実は、昼間アカツキがキッチンでフルーツポンチを食べている間に、にゃん太はこっそり別の部屋からシロエに念話を入れていたのだ。
アカツキがシロエのことを心配して落ち込んでいるようだが、何かあったのか、と。
それだけ言われてもピンとこなかったが、かんざしのことには気がついたかと聞かれて、シロエはやっと理解した。
アカツキに、邪魔だと言ってしまったことを、シロエも気にはしていたのだ。
ただ、あらためて謝るタイミングがわからず、悩んでいた。
『仕事のことでも、なんでもかまわないにゃ。我が輩でよければ、話を聞くことはできるのにゃん。いつでも声をかけてくださいなのにゃ』
「うん…ありがとう…班長」
では、と短く挨拶をして二人は念話を切った。
ふ、とため息をついて、シロエはベッドに寝ころんだ。
自分は、言葉が足りないのだと思った。
大切な仲間、のはずなのに。
わかってもらっているのだと甘えてしまって、仕事にかまけて。
(ギルドメンバーと一緒に食事をしたり、雑談したり、戦闘訓練をするのもギルドマスターのつとめだって、班長の言葉に耳が痛いよ)
ひとつ大きく背伸びをして、また仕事に取りかかろうとシロエはベッドを降りた。
end
ここまで、お読みくださってありがとうございます。
日々の疲れを癒す清涼剤として、コメディってすごく大事ですよね…!
本編ではもう、涙が出ちゃうくらいシロエちがとーへんぼくさんなので、二次創作ではわずかながらでも、仲良しな二人を書けたらと思います。