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いつものジーンズ。
誕生日に買ってもらった白いワンピース。
友達と一緒に買った少し短めの可愛いスカート。
どれにしよう? ジーンズじゃいつも通りすぎるし、白いワンピースだと少女趣味すぎて自分に似合わないような気がする。
かといって短めのスカートだと大胆すぎるような気がするし・・・・・・。
ああ、もう全然決まらない!
「ゲームやりに行くだけなんだから、いつもジーンズでいいじゃないか!」
と一人吠えるも、その三秒後には鏡の前で服を合わせてしまう。
ジーンズだとやっぱりいつものボクだ。
今日何十回も出した結論にたどり着く。
つぎに白いワンピースを合わせてみる。
鏡のなかのボクはぐっと女の子ぽくなる。
〝あれ、ボクけっこう可愛くない?〟
やっぱり白いワンピースにしようかな・・・・・・。
でもゲームやりにいくだけなのに、こんな気合いの入った格好するのもなぁ・・・・・・。
それに何かこの白いワンピースは気にくわないのだ。
うむ、何でだろう。
突然、ボクの頭の中に長い黒髪の少女の姿が映し出された。
黒瀬司だ。
ボクの頭の中の黒瀬司は、ボクよりも可愛らしく白いワンピースを着こなしていた。
その横にはヘラヘラ笑っている瀬能響が立っている。
「却下! 却下! 絶対白いワンピースなんて着ない!」
怒りにまかせ白いワンピースを放り投げる。
こうなったら少し恥ずかしいけど、この可愛いいけどちょっとだけ短いスカートしかない。
ボクはベットの上の短めのスカートを手に取ると、鏡の前で合わせる。
可愛いと思うがやっぱりスカートの丈が短すぎるような気がする。
やはり他のにするか・・・・・・。
ボクが悩んでいると玄関のチャイムがなった。
「やばい、響だ!」
慌てて時計を見ると約束の時間まで、まだ十五分ほど余裕があった。
「なんだまだ時間じゃないじゃないか。焦らすまだ十五分も余裕があるじゃないか」
「朱美! 響君もう来てるわよ?」
階下からはお母さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
「わかってる! すぐ行くからちょっと待ってもらってて」
もう時間がない。ええい、ちょっと大胆かも知れないけど、この短いスカートでいいや。
短めにスカートに決めると、あらかじめ候補に上げておいた上着を鏡の前で素早く合わせる。五分ほど迷ったあげく、七分袖のTシャツに決めた。
よし服は決まったから、これ以上迷わぬうちにさっさと服を着てしまおう。
パジャマを脱ごうとしたその時、机上の響と目が合った。
「――見るな馬鹿はずかしいだろう」
写真立てを裏返しにすると、急いで着替えた。
着替え終わると、化粧やらアクセサリーをどうするかでもう十五分かかった。
最後チャックとしてお母さんに見てもらうと「大丈夫よ、そのスカート凄く似合っているから」と太鼓判を押してくれた。
「そうかな、ボクにはちょっと可愛すぎない?」
今頃になって不安になる。
「おい朱美、服なんてそんなに気にしなくても大丈夫だよ。それより早く行かないと、外で待ってる響君がひもの状態になっちゃうぞ。今日は朝から暑いだから」
「わかってる! お父さんはちょっと黙ってて」
お父さんは刑事をやっているせいか、我が父ながらに頼りがいのある人だなと思うが、 デートの前にアドバイザーとしては不適格であった。
「お父さん。朱美を焦らせたところで遅くなるだけですよ。それに響君は初デートのときに女の子をラーメン屋に連れて行くようなどこかの誰かさんとちがって、優しい子ですからちょっとぐらい遅れたって許してくれますよ」
形勢不利を悟った父は新聞の影にこそこそと隠れた。
母は、初デートのときにラーメン屋に連れて行かれたことをいまだに根に持っていた。
まあその点に関しては、響も良い勝負なのだが。ボクとの遊園地を蹴って、ゲームで遊ぶ方を選ぶぐらいなのだから。
思い出すとなんだかむかついてくる。
あのゲーム馬鹿のために、朝早くから起きてクローゼットを引っかき回してたかと思うと急に腹立たしくなる。
どうせあのゲーム馬鹿な男のことだ。ボクがジーパンはこうがスカートはこうが気づくまい。頭のなかは今日はやるゲームのことでいっぱいなのだから。
ボクはムカムカしながら玄関の扉を開けると、響が立っていた。
響の格好はいつものジーンズにいつものTシャツ。服装に時間をかけた形跡はまったく見当たらなかった。
デートぼく思っていたのはやはりボクだけか・・・・・・。
心の中で大きなため息をはいた。
「待たせてゴメン、響」
「いや・・・・・・べつにいいけど」
響が目をぱちくりボクのことを見ている。
「――どうしたの響?」
「えっ、あっと、そのう――」響は言い淀み「鷲尾のスカート姿って珍しいなと思って・・・・・・」
響のその一言を耳にした瞬間、首筋まで赤くなってしまった。
落ち着け、ボク。響はボクのスカート姿を珍しがってるだけだ。
「――どうせ似合わないとか思ってるだろう」
そうに決まっている。こいつはゲーム馬鹿なのだから。
「ううん。可愛いよ」
響の言葉は爆弾となって、ボクの頭のなかで爆発した。
「あっ、ありがとう・・・・・・」
ボクの心臓は破裂しそうなぐらい高鳴っている。
落ち着け、落ち着け、朱美。世の中には社交辞令というものがあるのだから。
響のいまの一言も、女の子に対するごく一般的な社交辞令に違いない。
そうに違いない。
でも、響の顔は少しだけ。ほんの少しだけ赤らんでいるように見える。
響もボクと同じようにドキドキしているのかな?
そうだったらどうしよう?
このまま二人でどこか知らない場所へ。
祖父江どころか、だれもいない静かな場所へ。
ボクをさらっていってくれたら、どんなに嬉しいだろうか。
でもそんなことはけして起こらない。
だって響だもん。
「遅れてゴメンね。いまからだとバス間に合わないね。祖父江達との約束の時間遅れちゃうかも・・・・・・」
ボクは全然かまわない。約束の時間なんていくら遅れてもかまわない。
二人できりでいたい。
二人きりでずっといたい。
「心配しなくても大丈夫だよ。バスの時間遅れると思って自転車用意してきたから」
響はボクとは違って、待ち合わせに遅れる気などさらさらなかった。
「――そう。ならボクも自転車もってくるからちょっと待ってて」
ボクは忌々しげに呟く。
「いいよ。鷲尾は僕の自転車の後ろに乗ればいいじゃないか」
「――えっ!?」
予想もしてなかった展開にボクの頭はパニック状態に陥る。
「僕が誘ったんだから、汗くらいかくよ」
――いいよ、そんなの誰かに見られたら恥ずかしいから。
という言葉が咄嗟に浮かんできたが、でも唇から出た言葉は。
「ありがとう・・・・・・」
違う言葉であった。
僕は玄関の脇に止めてあったママチャリの後ろに乗った。
「じゃあ走るから落ちないようにしっかりつかまってて」
「・・・・・・うん」
響の背中にピタリと耳をつけると、蝉の鳴き声に混じって微かな心音が聞こえてくる。
トクン、トクン、トクン、と規則正しくリズミカルに、そして何よりも穏やかだった。
口惜しい。ボクの心音はこんなにも高く、早く、そして乱れてるのに。
乱した張本人はなんの緊張もしていない。
ずるい。まったくもってずるい。だいたい身長だって、昔はボクよりも小さかったくせにいつのまにやらボクを追い抜いてるし。
ずるい。
なのに。
響の背中から耳を離すことが出来なかった。
「ねえ、鷲尾。僕が貸したウォーロック読んでくれた」
響は性懲りも無くゲームの話をしはじめた。
「全部は読んでないけど、響が読んでおけってと言ったところは頑張って読んだよ」
「面白かったでしょう」響は声を弾ませながら言った。
自分が面白かったものを、ボクが読めば面白いと思っているのだこの馬鹿男は。
「そこそこはね。ようするにあれってごっこ遊びでしょう? 昔で言えばライダーごっこみたいな」
母親に手を引かれながら公園に遊びに行く男の子を追い越し、自転車はスピードを上げていく。
「なら鷲尾は得意でしょう。小さいころ、いつも男の子にまじってライダーごっこをやってたんだから」
「昔のことはいうな、もう。恥ずかしくなるだろう」
響の言うとおり、昔のボクは男の子に混じってライダーごっこをしていた。
男の子になりたいと思っていた。
でも、いつのまにか。ライダーごっこなんかやらなくなり、たんなる隣人の幼なじみであるはずの響のことが気になるようになっていた。
「響は幼稚園の頃から全然かわってないね」
「そうかな――」
「そうだよ。昔と全然かわってないよ。響は幼稚園のころから本とか絵ばかりかいてた」
自分の好きな事にしか興味がない。
あの頃と同じで女の子にも興味はない。
「――響は全然変わってないよ」
「そうかな。僕だって少しは成長したよ。少なくても背は鷲尾より大きくなったし」
響は少しムスッとした声で答えた。
自転車はT字路にさしかかる。
右へ曲がれば、急坂はあるものの駅への近道。
左を曲がれば、坂は緩やかだが、駅への遠回り。
響は当然のように右へ曲がろうとする。
「一センチだけだろう。それより左から行こう。左から行ったほうが楽だろう?」
もう少しだけ、響と一緒に自転車に乗っていたかった。
「えっ、でも待ち合わせの時間に遅れちゃうかもよ」
「まだ時間に余裕はあるよ。焦る気持ちもわかるがゲームやる前に体力使い果たしてもアホらしいだろう」
「坂道ぐらい僕だって平気で登れるよ。この前だって怪我した祖父江君を乗せて峠の坂道を登ったんだから」
「なんで祖父江なんかと二人乗りして峠なんか昇ってるだよ」
「隣町にウォーロックがあるっていうからさ、祖父江君と二人で買いに行ったんだよ」
「そういうときだけは無駄に根性を発揮するんだから。まあボクは祖父江や響と違って、無駄な危険を冒さない質だから、左から行こう」
「わかったよ、鷲尾」
響は不承不承ながらもハンドルを左へと切った。
そんなに祖父江の所早く行きたいのか。ボクは心の中で毒づきながらも、響の心音に耳をすました。
待ち合わせの時間を五分ほどオーバーして集合場所である駅前の本屋の前にたどり着くと、祖父江はガードレールにもたれ掛かりながら僕達を待っていた。
「くくくく、遅いぞ響。さてはわざと遅れて、おれを焦らそうとする魂胆か?」
「いやそういうわけじゃないだけど、今日のことが楽しみすぎて眠れなくて少しだけ寝坊しちゃったよ」
鷲尾のせいで遅れたというと、祖父江がどう反応するのかわからないので伏せておいた。
「――ボクの支度にも時間がかかちゃったんだよ」
僕に庇われるのを鷲尾は潔しとしなかった。
「なんだ二人とも楽しみすぎて眠れなかったのか。くくくく、全くもってお子ちゃまだな、お前達は」
「そういう祖父江は眠れたのかよ」天敵である鷲尾がすぐさま噛みつく。
「ああ。二時間ほどだがグッスリ眠れたよ」
「二時間? それしか寝てないの?」驚いて聞き返す。
どおりで目が赤いはずだ。
「心配するな響。おれはショートスリーパーだからな。二時間程度の睡眠でも六時間分の睡眠に値するから」
絶対嘘だと思ったが、でも祖父江君ならひょっとしてと思ってしまうところが、祖父江の恐ろしいところなのかもしれない。
「ところで迎えの人はまだ来てないの?」
バスでも行けるらしいのだが、バス停から結構歩くし分かりづらいところに建っているので、初回はサークルのリーダーの人が駅まで迎えに来てくれることになっている。
「まだだな。車で来ると行ってたから道が混んでるのかもしれん」
「そうだね。ちょっと待ってようここで」
三人で雑談しながら待つも、十五分たっても現れない。
「遅いね。何かあったのかな」
「わからん。が、響。おれはもの凄く気になることを発見したのだが」
「えっ、なに」
「スーパーのゴミ箱の裏に隠れて、闇の精がこちらの様子を覗っているぞ」
祖父江は親指で差した先には 鳩岡の闇の精こと黒瀬司さんが駅前のスーパーのゴミ箱の裏に隠れながら、僕達のことを観察していた。
「――おい、響はマジで闇の精に取り憑かれてるじゃないか?」
祖父江は戯言を呟いた。
「いや、祖父江君。そうじゃなくて、もしかして黒瀬さんって、サークルのメンバーじゃないのかな」
「えっ、そうなのか?」
「まだわからないけど、あのウォーロックのチラシを図書室に置いたのも、サークルのメンバーを増やすための宣伝だったんじゃないのかな」
「じゃあ、暗黒教団の陰謀をやたらと強くおしたのは?」
「――それは僕にはわからないけど、単純に黒瀬さんが暗黒教団の陰謀のファンなんじゃないのかな」
「――うむ。言われてみればそう考える方が自然だな」
うん。僕が頷くと「よしわかった。響、お前が行って闇の精をこっちに連れてこい」
「えっ、響が黒瀬さん連れてくるの?」
僕ではなく、なぜか鷲尾が驚きの声をあげた。
「打倒な人選だろう。おれは闇の精の前で、暗黒教団の陰謀をぼろくそに貶してしまったのだ。鷲尾は性別が同じというだけで他はなんの接点もない。それに引き替え響は暗黒教団の陰謀フリークと言っても過言ではない。警戒心の強い闇の精も、同好の士となればその警戒も緩むであろう。どう考えても適任者は響しかいない」
「そうかも知れないけど・・・・・・」
鷲尾は納得できないという顔をしたが、有効な反論も思いつかないようなので黙った。
「よし行ってこい、響」
「うん」
僕はゆっくりと駅前のスーパーにむかって歩き出した。黒瀬さんは慌てて顔を引っ込めた。
まだバレてないと思っているのであろうか?
僕はゴミ箱前までくると、「黒瀬さんだよね?」と声をかけた。
「にゃ、にゃーご」
おそらく本人は猫の鳴き真似をしているのであろうが、緊張していたせいか猫の鳴き真似というより、猫の悲鳴のような感じだった。
どう反応していいのか一瞬だけ迷った後、無視することが礼儀であることに気づいた。
僕はゴミ箱の裏に回り込むと、そこには大きなスポーツバックを抱え込んだ黒瀬さんが言った。
〝なんか家出してきた猫みたい〟
僕はクスりと笑いながら、「黒瀬さんって、古町TRPG同好会のメンバーの人なの?」とゴミ箱の後ろに座り込んでいる黒瀬に話しかけた。
「・・・・・・そうだけど・・・・・・」黒瀬さんは消え入りそうな声で答えた。
「よかった。僕達これから公民館に行こうとしているところなんだけど、迎えの人が来なくて困っていたんだ。最悪、来なかったら自力で行くかもしれないから、そのとき黒瀬さんがいてくれたら僕達も助かるだけど」
「・・・・・・いいよ。私も一緒にいく」
黒瀬さんは自分の体重よりも重そうなスポーツバックを抱えてヨタヨタと立ち上がった。
「そのバック重そうだね。よかったら僕が持とうか?」
黒瀬さんは長い髪を振り乱しながら首を横に振った。
自分であの大きなスポーツバックを持つ気らしい。僕達はみんなの待つ本屋にむかって歩き出した。
「黒瀬さんもTRPGやるんだ」
「うん。ところで――」
「なに?」
「・・・・・・暗黒教団の陰謀面白かった?」
「祖父江君の言ったとおり、たしかにゲームバランスが無茶苦茶だし、クリアーの道筋もまったく見えないけど、でもなんかあのゲームブックの雰囲気好きだな。とくにインスマスの独特な雰囲気が好きだな」
黒瀬さんの顔がパッと輝いた。
「わっ、わたしも好きなんだあの独特の雰囲気。バスでしかいけない孤立した街。怪しい宗教団体。インスマス面と呼ばれる異形の住人達――」
黒瀬さんは興奮しているらしくもの凄い早口で語り出した。
「あれって元になった小説があるんでしょう、たしか――」
小説の名前が思い出せずに言葉が詰まる。
「インスマスを覆う影。HPラブクラフトが書いた小説だよ。瀬尾君は読んだことないの?」「うん。興味があるけどまだ読んだことがない」
「ちょっと待って!」
黒瀬さんは道の真ん中でスポーツバック下ろすと、なかをあさり始めた。
黒く不気味な表紙の本を取り出す。
「あった! 瀬尾君、ラブクラフト全集の一巻貸してあげるから読んでみて」
「いいの借りちゃって? 黒瀬さんも読んでいるんでしょ」
「何十回も読んだから、私のことは心配しなくても大丈夫。それより瀬尾君、絶対読んでね。絶対面白いから」
黒瀬さんは僕に押し付けるようにラブクラフト全集の一巻を押し付けた。
〝誰かに似てると思ったら、黒瀬さん、祖父江に似ている〟
顔かたちも性別も違うが、自分の好きなことになると我を忘れるところが、祖父江玲一にそっくりであった。
「家に帰ってゆっくりと読むから、とりあえずいまはみんなのところに行こうか」
黒瀬さんはラブクラフトのことを語りたくてウズウズしている様子を見て、祖父江玲一と同じタイプなら話し出すと止まらなくなる可能性を考慮して、さきに先手を打っておいた。
「そっ、そうだね。行こうか、瀬尾君」
「うん」
僕達はラブクラフト談義を止めて、みんなの所に戻った。
「サークルの人きた?」
「いやまだ来ないが。響、彼女の正体はサークルのメンバーなのか? それともやはり闇の精なのか?」
「いや、闇の精じゃなくて、やっぱりサークルのメンバーだったよ」
「くくくく、そうか。これで最悪、むかいが来なくてもおれ達だけで公民館までいけるか」
「うん。そういえば紹介がまだだったね。ここにいるのはみんな二年一組で、ひょろ長いキュウリみたいな男が祖父江玲一。こっちの女の子が鷲尾朱美。水泳部に所属してゲームとかにあまり興味がないけど、今日はゲームの楽しさを知ってもらうために来てもらったんだ」
「くくくく、霊無ちゃん大好きの祖父江玲一です。いや鳩岡の神童と言った方がピンとくるかな」
「――水泳部所属の鷲尾朱美です。よろしく」
祖父江は平常運転だが、鷲尾の方は妙に態度は硬い。人見知りするような性格じゃないだけど。僕が幼なじみの態度を訝ってると、軽自動車が止まった。
なかには眼鏡をかけたちょっと老け顔の大学生ぽい人が乗っていた。
老け顔の大学生は運転席から助手席の窓を開け、顔を出した。
「祖父江玲一くん達だよね?」
僕達が頷くと「ああ、よかった。黒瀬さんの姿が見えたから、間違いないと思ったけどこの前全然関係ない人捕まえちゃったから用心してたんだよ。とりあえず駅前だから乗って乗って。あっ、黒瀬さんは荷物あるから、後ろのトランクあけるから入れちゃって」
黒瀬さんは徳大寺さんの指示に従って、自分の荷物をトランクに仕舞いに行った。
僕達三人は後ろの席に乗り込む。黒瀬さんは助手席に座った。
徳大寺さんが運転席に座ると、車は静かに走り出した。
「待ったでしょう? ごめんね、遅れちゃって」
「いえ、大丈夫ですけど、道が混んでいたんですか?」
「いや道は空いてたんだけど、祖父江君からは男二人の女の子一人って聞いてたから、違うグループだと思っちゃって、南口の方で待ってるのかなと勘違いして、南口の方を見に行っちゃんたんだよね」
「――それてもしかして響のこと、女の子と見間違いたということですか?」
鷲尾が口を挟んだ。
「――そうなんだよね。遠目からみたら女の子に見えちゃって、あれ違うのかなと思ってさ。でも黒瀬さんが合流してくれたから、ようやくわかったね」
「そうだったんですか。と言うか、僕ってそんなに女の子ぽく見えますかね」
華奢なせいか幼稚園のころから僕はよく女の子に間違われた。
僕の中ではその事が軽いコンプレックスとなっている。
「響も運動して体を鍛えたほうがいいだよ。体が逞しくなれば、女の子に間違われないよ」
鷲尾がここぞとばかり茶化した。
「うるさいな。鷲尾だって幼稚園のころはよく男に間違われたろう?」
「幼稚園の頃だけな。今はまったく間違われないぞ」
口惜しいが事実のなので言い返せない。
「会長、ところで今日はなんのゲームやるんですかね。D&Dですか? それともT&Tですか?」待ちきれないとばかりに祖父江が尋ねた。
「みんなTRPG初めてだというから、今日はD&Dの一レベルキャラをやって貰おうと思うだけど、大丈夫かな」
「もちろん。多分そうなるだろうと、おれも予想してましたからね。ところで徳大寺会長、他にはどんなゲームをやるのですかな。後学のために教えていただけると嬉しいのですが」
「だいたいいつもたつ卓は――」
徳大寺会長は隣に座ってる黒瀬さんの様子をちらりと覗いながら「D&D、T&T、ルーンクエストはだいたいいつも立っている。あとたまにトラベラーも立つし、クトルフの呼び声も立つな」
「――クトルフの呼び声って、ラブクラフト小説に出てくるあれですか?」
「うん。それ。クトルフの呼び声はTRPG化しているんだよ。黒瀬さんがいつもマスターしてくれてる」
「すごい黒瀬さん、ゲームマスター出来るの!?」
「・・・・・・うん。クトルフだけだけど」
「へぇ、凄いな黒瀬さん。僕達なんてルールブックすら手に入れることが出来なかったのに、黒瀬さんはマスターまで出来るんだ」
隣に座っている鷲尾が僕の袖を引っ張っる。
「ちょっと響、ゲームマスターってなに?」
「やったことのない僕が説明するのもなんだけど、ゲームマスターというのはゲームの進行役や審判みたいな人。ウォーロックのリプレイにもGMって書いてある人がいたでしょう。その人のことだよ」
「ああ、あれか」鷲尾は思い出したようだった。「それってでも、ルールとか完璧に覚えてないとできないだろ?」
「少なくともプレイヤーより覚えてないと不味いじゃないかな」
「それだけあの娘はゲームが好きってことか・・・・・・」鷲尾は独り言のように呟く。
なにか妙に黒瀬さんのことを意識しているような気がする。やっぱ女の子同士だから気にあることでもあるのかな。
と思ったが、その後TRPGやゲームブック話に花が咲いてあまり深く考えなかった。
車は住宅地を抜け、川沿いの道を暫く走ると、公民館が見えてきた。