おっとり令嬢は、好奇心で婚約者を振り回す
マイラ・サンチェス伯爵令嬢は、どこにでもいる普通のお嬢さんだった。
彼女がどんな人かと聞かれたら、好奇心旺盛な王太子の側近のカリアン・ロバーツ侯爵子息の婚約者と言われるだけで、本人の特徴などは誰も言わないほど、どちらかというと地味なタイプ。
強いてあげるなら、おっとりしているところを挙げるくらいだろう。
父である伯爵当主が中立派だから、カリアンと婚約できたのだと噂されているが、だいたい当たりだ。
そんな彼女の中身など、家族か婚約者くらいしかきっと知らない。
「カリアン様と婚約してから、毎日が楽しいです」
カリアンとマイラの初デートは、ゲテモノ料理店だった。
カリアンの嫌がらせでもなければ、婚約に不満があったわけでもない。
マイラたっての希望だったからだ。
「こんなところに連れてきてくれる殿方は、カリアン様だけです…!ありがとうございます!」
マイラは目をキラキラさせて、珍しい料理に舌鼓を打った。
「こんなところに来たがるのは、あなたか王太子殿下だけです…」
ため息を吐くべきか、やはり連れてくるべきではなかったか、頭を抱えながらカリアンは二度目のゲテモノ料理を食べた。
王太子は気になることがあると、自分で見聞きし体験しないと気が済まないたちだ。
そんな王太子に振り回されてあちこち連れ回されている話をぽろりと婚約したばかりのマイラに零したものだから、マイラがはじめてのおねだりをしてきたのだった。
「ぜひ、私も連れて行ってください!」
婚約に文句も言わなければ、夜会では率先して壁の花になってきたマイラがそんなことを言い出すので、カリアンは自分の耳を疑ったものだ。
マイラは外では大人しく目立たない令嬢ということになっているが、中身は王太子顔負けの好奇心を秘めていた。
両親がなんとか外ではなにもしないこと!家の中では好きにしていいから!と育てたことにより、気質としては本当におっとりなのだが、家の中ではなんでもした。
家の騎士に混ざって剣も振るし、庭師と一緒に雑草抜きに勤しむし、料理長とご飯はつくるし、下働きに教わって掃除も洗濯もする。
家中の本は読み漁ったし、木登りや屋根登りはしょっちゅうで、ドレスは自分でデザイン画を描き起こし、領地の肥料開発も自らの手でやった。
誕生日に宝石を一つ買ってもらうとどれくらいの力で砕け散るのか実験し、その砕けた破片でガラス細工を模倣して新しくブローチを作ったり。
挙げたらキリがないほど、色々やってきたが、それはあくまでも家の中でできることだ。
王太子に連れ回され、たくさんの面白い場所やものを知っているカリアンは、マイラにとってはまさに水を得た魚のような最高の存在だった。
そんな彼女のことを、カリアンはなぜか悪くないと感じていた。
「湖の畔の魔女に会いに行かれたのですか!?ああ、結局会えなかったのですね…私も行きたかった…」
「平民街の最高に当たる占い師のところにも行かれたのですか!?私も行ってみたいです!」
「媚薬の製作所に顔を出されたのですか!?私も行きたいです!」
「高級娼館の花姫様がお美しいとは本当ですか!?ぜひ私も連れて行ってください!」
王太子の私的な用事に連れて行かれるたびに、マイラは今回はどこに行ったのかとそれはそれは興奮気味に訊いてくる。
カリアンも話せることしか話していないが、餌をやっていいものかと毎回悩みながらも、これだけ嬉しそうにされては結局話してしまうのだった。
「カリアン様、そんな素敵なところに行けて羨ましいです!」
だから、連れていけるところは全部お忍びで連れて行った。
王太子に連れ回されることに嫌気をさしていたはずなのに、今やマイラが喜んでくれそうだなと思うと、付き合わされるのも悪くないと思うようになっていた。
王太子相手だとうんざりするが、マイラ相手だと楽しいのだ。
「それで、殿下は今度はどこに目星をつけているんですか」
「なんだ、カリアン。いつもは嫌がるくせに」
マイラがお気に召すかもしれないからだとは言えない。
「…市場調査も仕事のうちですので」
「そんなこと言って仕事ばかりしてると、婚約者に呆れられるぞ〜」
「僕を振り回している張本人のセリフとは思えませんね」
「んで、婚約者はどうなんだ?」
にやりと訊いてくるのはいただけないが、カリアンは素直に答えた。
「可愛いですよ、なんでも叶えてあげたいくらいには」
「政治的利用をされて不満は示されていないのかの確認をしたかったのだが、そうか!お前の方はぞっこんなんだな!よかったよかった!」
「…聞かなかったことにしてください」
「こんな面白いネタ、忘れるわけがない」
王太子は新しい目星の場所を見つけた時と同じ顔をしていて、カリアンは最悪だ…と思ったのだった。
「マイラ、よく似合ってるよ」
「ありがとうございます、カリアン様がくださったこのドレスのおかげです」
「マイラからしたら、走りにくいドレスはお気に召さないかもしれないけど」
「あら、走ってもいいのですか?」
「…夜会ではダメだな」
「ふふっ、残念」
そんなことはダメだとわかっているが、本当は野原を駆け回ってみたいマイラにとって、『夜会ではダメ』という言葉は、口説かれるよりも甘かった。
夜会ではなく、人目のつかない、それこそ誰もいない野原だったら走り回ってもカリアンは怒らないだろうと思えるからだ。
それが何より、嬉しい。
「やあ、君がカリアンの婚約者殿だね。カリアンに不便などはないかい?」
「王太子殿下、ご挨拶できて嬉しく思います。マイラ・サンチェスと申します、カリアン様にはとてもよくしていただいています」
「本当かい?こやつは堅物で、面白みに欠けると思うがね」
「いえ、カリアン様はとっても素敵な方です。それに毎日がすごく楽しくなりました」
「そうなのかい?それはよかった」
「はい、恐れながら殿下にもお礼したかったのです。この婚約を結んでくださりありがとうございました」
「?私は何もしていないよ」
「いえ、殿下がカリアン様を面白い場所へと連れて行ってくださるために、お土産話が山のように聞けるのです。私はそれが楽しみなのです」
さすがに殿下の行かれたところに自分も連れて行ってもらいました!とは言えないが、お礼を言いたかったのは本心だ。
殿下の口元が少しだけニヤリとしたのを、マイラもカリアンも見逃さなかった。
「おや、ご令嬢にはいささか刺激的な内容も多いように思うのだが?」
「はい、それはもうどの冒険譚物語よりもときめきに溢れておりました。私は知らないことを知るのが、ささやかな趣味なのです」
「それはいい。では、今度移動民族の群れにお邪魔してこようと思っているので、ぜひカリアンから土産話を楽しみに待っていてくれ」
「…なんと心踊ることでしょうか!ぜひよろしくお願いします」
隣で聞いているカリアンはヒヤヒヤものだったが、会話を終えて離れたところまでくると、マイラの耳元で囁いた。
「私も行きたいですと言わないかと肝を冷やした…」
「頑張って今にも出そうだったのを飲み込んだ私を、褒めてください…っ!」
隠せていないほどの苦しそうな葛藤の表情に、カリアンは微笑んでマイラの頬を撫でた。
周りにいた人たちは、あの無表情で仕事人間のカリアンが婚約者の前でだけ笑っているとどよめいているとも知らずに。
「よく頑張ったね」
「……言えなかったのが、悔しいですっ」
「頑張ったご褒美は、何がいいかい?」
「えっ、じゃあ移動民族のお守りがいいです」
「あははっ、善処しよう」
傍目から見たら婚約者を甘やかして可愛がっている侯爵子息にしか見えず、のちのち2人の婚約は政治以上に意味があったのだと囁かれるようになった。
「そうだ、お守りといえばカリアン様に渡したいものがあるんです」
そう言ってマイラは、以前作ったブローチと似たものの色違いをカリアンに渡した。
「これは…、君が宝石を砕いてみたと言っていたものと同じだね」
「そうなんです!同じものを作ってみました!」
「わざわざ作ってくれたのかい?」
「カリアン様は私を知ってもドン引きどころか、受け入れてくださったので、そのお礼も兼ねて」
「…好奇心旺盛な人間には、慣れているんだ」
「ふふっ、そのことも殿下にお礼を言わなきゃでしたね」
「君は僕と婚約してから楽しいと言ってくれるが、それは僕のセリフなんだ」
カリアンはマイラの手を取って、握りしめた。
「マイラがあれもこれもと興味を示してくれるかと思うと、楽しくて仕方がないんだ。だから、これからも僕のことを振り回してくれると嬉しい」
その言葉に、マイラは破顔した。
「それなら任せてください、大得意です!」
了
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