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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第5話:聖女の神秘を解体せよ(後編)

その日の夕刻、教会内に設けられた聖女の私室には、普段とは違う空気が流れていた。


侍女アメリアは不在、護衛騎士ヘルマンは無言で、しかし鋭い眼光のまま使用人用の質素な外套の紐を結んでいる。そして私─ルツィアは、鏡の前で見慣れない貴族のドレスの感触を確かめていた。ヘルマンの母君が私のドレスやヘアスタイルの最終チェックを終え、自信に満ちた笑顔で激励する。


「ご安心ください、とてもお似合いですよ。誰がどう見ても、貴族の御令嬢としか思われぬでしょう。」


私は礼を返す代わりに、この数日間の特訓で(多分)今までよりは身体に馴染んだカーテシーを披露した。

これから始まるのは、聖女としての公務ではない。これは、私たちのプロジェクトにおける、最も危険な一手──極秘裏に王宮へ赴き、国王陛下に謁見するという、密やかな作戦行動なのだ。


「ベッカー嬢はすでに当家の馬車に潜んでおります。必ずや、任務を果たすのですよ。」


母君が、ホーエンフェルス家の家紋が刺繍された深い緑色のベロアで設えた外套を私に被せ、フードでそっと顔を隠す。ヘルマンは母君に短く言葉を返し、私の前で跪いた。


「もちろん。……ではそろそろ参りましょう、“奥様”。」


私は立ち上がったヘルマンから差し出された手を取って、いつもの早足を封印し、習った通りの速度でついて歩く。

これから暫くの間、私は聖女ではなく、ホーエンフェルス男爵夫人として振る舞う。すべてはこの外出を、大司教バルドゥインに気付かれないための入念なトリックだ。使用人・御者に扮したヘルマンと共に私室を出て、厩舎に向かう。


──作戦の全容はこうだ。

まず私が男爵夫人、ヘルマンがその使用人に扮してホーエンフェルス家の馬車に乗り込み、事前にそこに隠れていたアメリアを連れて、一度ホーエンフェルス家へと帰還する。そして監視の目を振り切ったところで、違う馬車へと乗り換えて王宮に向かう……というわけだ。アメリアにはしばらくの間窮屈な思いをさせてしまうが、彼女は完全に顔が割れてしまっているし、隣にアメリアがいるとなれば、すぐに聖女の外出だと推理されてしまうから……苦渋の選択だった。


すれ違う神官やシスター達、使用人のすべてがこちらを怪しんでいるのではないかと錯覚しそうなほどに緊張をしていたが、私は記憶の中のイルムガルト先生──ヘルマンの母君の姿をトレースし、可能な限り背筋を伸ばし、堂々と歩き続けた。


そうして厩舎へと辿り着き、家紋付きの馬車へエスコートをされ、乗り込む。こんもりと膨らんだ毛布は踏まぬよう、慎重に。扉が閉まっても、まだ安心してはいけない。ホーエンフェルス家の門をくぐるまでは見られていると考えた方が賢明だ。

ヘルマンが手綱を引き、馬が蹄を鳴らして歩き出す。

普段の移動で使う馬車よりも随分と揺れが少ないような気がするキャビンの中で、私は気を引き締め直し、フードの裾を整えた。



◇◆◇



馬車を走らせるうちにすっかり日も暮れた時分に、私たちは無事にホーエンフェルス家へ到着した。

作戦の仔細は伝わっているだろうが、久しぶりの“若様”と再会の機会を逃すまいと使用人総出の出迎えを受けた。もみくちゃにされているヘルマンが珍しく気安い表情を浮かべているのを横目に、ようやく立ち上がることのできたアメリアが、あれよという間にホーエンフェルス家のメイド服へと着替えに連れて行かれる。その背中を見送りつつ、私は家人に着てきた夫人の外套を返却し、別に用意されていた赤い外套を羽織り直す。


さあ、ここからが作戦の第二段階──国王陛下との謁見へ向かう最終工程だ。


支度を終えた頃、門番達から追手の気配は見えないと聞くや、すぐに別の馬車へと乗り換えて出発した。ホーエンフェルス家が夜分に王宮に向かうこと自体にまったく不自然さはないので、御者も馬車に灯りを取り付ける。

私たち三人はキャビンの中で久しぶりに顔を合わせて、互いに静かに肩を震わせた。ヘルマンはアメリアが見慣れた使用人服を着ていることのおかしさに、アメリアは私が貴族のドレスを身にまとっている珍しさに、そして私は、先程までの“若様”がいつもの冷静な表情に戻ってしまったおかしさに。王宮までの僅かな移動の間に私たち三人は緊張から解かれ、ひとときの安らぎの時間を過ごしたのだった。



◇◆◇



数刻ののち、馬車が荘厳な城門をくぐった。窓から身を乗り出して眺めたい好奇心をぐっと堪えて、石畳を進む車輪の揺れに身を委ねる。

王宮の門や庭なんて、さぞや美しく整然と保たれているのだろう。非公式かつ秘密裏の訪問、さらに時間が夜ではなかったら見られたはずの素晴らしい風景に、今は興味のないフリをした。


王宮の車寄せに馬車を止め、私たちは静かに降り立つ。その場にはすでに国王の近衛兵なのか、身なりの良い人物が待っていた。ヘルマンを先頭に彼に続いて王宮内へと入城する。

夜の王城は、先日の深夜の教会のように、一段と怪しげな雰囲気を宿す。教会よりも段違いに広い空間にはどうしても足音が響いてしまう。真っ直ぐに伸びる廊下を進み、謁見の間を抜けて執務エリアへと案内される。豪華な設えの広がる場内で、一際大きく荘厳な構えをしている重厚な扉の前で、案内人が初めて声を発した。


「──陛下。御客人をお連れいたしました。」


するとすぐに彼にしか聞こえない応答があったのだろう、重い扉が静かに開かれていく。案内人に促され、一歩足を踏み入れたそこは、公式の謁見の間とはまったく違う、書物と地図に囲まれた王の私的な執務室だった。



そして、王はそこにいた。


窓からの月光を背に、大きな執務机の端に軽く腰掛け、ゆったりとした上等な室内着ハウスガウンをまとった姿で。


国王ジークムントは、片手に開いた書物からふと顔を上げると、驚くほど穏やかな、親しみさえ感じる笑みをこちらに向けた。彼のアッシュブロンドの髪は、公務の時とは違って低い位置で束ねられてもおらず、リラックスした様子で肩に流れている。


「ようこそ、聖女ルツィア殿。いや……“ホーエンフェルス夫人”、と呼ぶべきかな?堅苦しい挨拶は抜きにしよう。なに、ただの“読書仲間”との夜の密会だ」


その声は穏やかだったが、私は彼の理知的な瞳が、私の変装から内心まで全てを見透かしているような、鋭い洞察力を感じ取っていた。

アメリアに促されて外套を脱ぎ、練習通りのカーテシーをして謝辞を述べる。


「国王陛下。この度は夜分にも関わらず、お時間を作っていただきましてありがとうございます。すでにお耳に入っているかと存じますが、どうしても教会に悟られずにお会いしたく。」


「堅苦しいのは抜きでいいと言っただろう?あれほど大胆に教会の身内をを弾劾しておきながら、随分真面目なことだ。……ヘルマンも、そこの侍女も座るといい、顔を合わせて話をしようじゃないか。」


平伏していたヘルマンとアメリアと共に、陛下の従者に案内されて執務室に用意されている応接の椅子へと通された。

陛下はいたって気安い雰囲気で話しかけてくださるが……大司教と同様に簡単に腹の中は読めそうにない。私は国王に三度同じことを言わせるのは得策ではないと判断し、およそ普段と変わらぬ程度の語調に戻し、謁見の目的を手短に伝えることにした。


「ではお言葉に甘えさせていただきます。……陛下に、お願いしたきことがあって参上いたしました。教会や王国の歴史…特に、建国当初からの文化や言語に明るい、かつ大司教の手が及ばない人物をご紹介いただくことは可能でしょうか?」


陛下は従者に差し出された茶器を傾けながら、悠然と頷く。


「なるほど、そういったご事情か。なら尚のこと、歴史家を必要とする真意まで伺おう。何故、聖女が国や教会の古きを知る必要がある?」


陛下の切り返しは大司教のような敵意はなく、純粋に不思議に思われたからだと分かる。私は聖女業務の現状および属人化状態にあることの危険性を隠すことなく打ち明ける。この状態は私の隠居を阻むだけではなく、シンプルに国防のリスクとなってしまっているからだ。

陛下も私の話を聞く前からおおよそ危険を感じ取っていたのだろうか、すぐに納得した面持ちで茶器を置き、従者へ合図を送った。


「それは尤もだ。聖女に万が一があったとしても国の守りを維持するために……建国以来の神秘を自ら暴くか。当代の聖女は実に優秀でおられるようだな。国を第一に憂う御心に、王として応えないわけにはいきますまい。」


陛下は用意させた羊皮紙にサラサラと文字を書き綴り、従者の手に戻す。従者は私の机上に、花押入りの紹介状と地図を広げてくれた。


「我が国の歴史の番人に会うといい。代々あらゆる伝承を集め、後世に伝え残すためだけに存在している一族だ。彼ら一族の使命には基本的に王宮も教会も余計な手出しはしない、暗黙の了解になっているからな。──当主の名は、アーネスト・フォン・リヒター。年は若いが、実力でその座についている傑物だと聞いている。」


「アーネスト・フォン・リヒター……初めて伺う家名ですね。ご紹介いただき、ありがとうございます。至急支度をし、近日中に訪ねさせていただきます。」


頂戴した資料を丁寧に丸めて持ち、私は二人に目配せをしてから立ち上がり、最敬礼をする。陛下は少々残念そうに目を細めたが、諦念混じりのため息をついて再び湯気をくゆらす。


「もう帰るのか?ゆっくり寛いでからでもいいものを。……しかし、ご令嬢を深夜に引き止める方が問題か。またいつでも来るといい、聖女殿──いや、ルツィア殿。」


私の名を呼び直す陛下の反応に、謁見の手応えを感じた。


国王陛下は、この国を第一に考える施政者であることに相違ない。私が国益に反する提案をしない限りは、明確に敵対してくることはない──はず。


私は最大の抵抗勢力との対峙を余儀なくされたが、その事実を素直に認めることで、強力な後ろ盾を得た。王と教会と聖女。この三つの権力構造のど真ん中で、秘匿されている知識へと手を伸ばさなければならなくなるとは、隠居を誓った時点では考えも及んでいなかったが……今までも超える必要のある壁は様々な手段を講じて超えてきたのだ、今回もきっとやれるだろう。なにせ今は、私を信頼し支えてくれるプロジェクトメンバーが揃っているのだから。


馬車に揺られる退城の途は、さすがに皆長時間の作戦と王を前にする緊張で堪えたのか、無言で疲労感の漂うものであったが、次第に昇ってくる朝日に照らされ輝く彼らの姿が頼もしく、かけがえのないものだと強く感じていた。


さすがに今日は無理をさせすぎたので、リヒター家への訪問の話はせずに粛々と定常業務をこなそう。

刺激の強かったこの日々を経て、心身ともに十分に回復させてからが──いよいよ『神聖力行使業務』の本格的な分析のスタートだ。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

王との謁見により、『言葉』解読のヒントが提示された回でした。


次話では、歴史の番人であるリヒター家に赴きます。

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