第5話:聖女の神秘を解体せよ(前編)-1
巡礼ルートの一件で、隠居に向けた改善の第一歩を踏み出すことはできた。次は、より核心に近い『神聖力行使業務』にメスを入れたいところだけど……やはり、あの『言葉』の問題が立ちはだかるのだろう。
私は教会内の中庭にて、積み上げられた解呪待ちの呪具たちをひとつ転がす。芝生の上で鈍い音がした。
『神聖力行使業務』のうち、治療や結界とはまた種類の違う業務がこの“解呪”業務だ。私はこの業務実施を通して、何かヒントが得られないかを模索してみることにした。
無造作に転がした呪具を覗き込もうとその場にしゃがみこむ。アメリアと呪具の管理を担う担当神官は、私のいる中心から離れた屋根の下で待機をしている。
“呪具”とはその名の通り、なんらかの術がかけられて、使用者に害を及ぼす状態になっている道具のことである。近い時代の術式で呪われた道具に関しては、市井の解呪師(魔術師協会の関係者であるらしい)、または解呪の神秘を使うことを許された神官が対処することになっているが、聖女に回されてくる呪具は、かなり古い時代の呪いか、それすらも特定できないタイプの呪具であるらしい。
こんな厄介な道具、呪いを解こうとせずにそのまま処分してしまえばいいと考えてしまいたくなるが、呪具になっている道具の多くは貴重な貴金属であったり、魔力を蓄える特殊な鉱石である“魔晶石”を使って作られていることがほとんどであるため、要は貴重な資源をリサイクルするために必要な工程というわけだ。
解呪後、利用価値が高い道具はそのまま使われ、利用価値がないものに関しては、解体し、新たな道具へと生まれ変わる。現代で言うところの、都市鉱山のようなものだろうか。
私は、見た目にはエメラルドのような輝きを放つ輝石を中心に豪奢な銀細工で仕立てられた杖の先端と思しき呪具を、『見る』。
すると、きらびやかさとは別の、薄暗い煙のような魔力が纏わりついているのが浮かび上がってくる。私の意思とは無関係に思考回路が動き出すのを感じ、私は、この解呪が間違いなく聖女の業務であることを認識する。
おそらく、今自動で行われているのは『呪いの判別』『対処方法の過去事例検索』『過去事例を参照した解呪術式案の生成』あたりだろう。相変わらず具体的なことは不明だが、業務経験を積むうちに、その工程程度は感じられるようにはなった気がする。
そして術式が完成すると、喉から発せられる『言葉』に合わせて手をかざす。
周囲から、私の中から集められた魔力が奔流となり、呪いの煙を確実に打ち消していく。この呪いの魔力を完全に消し去ることが出来れば解呪は完了する。
……が、今回は一筋縄ではいかないパターンだった。
呪いの煙が私の魔力に対抗するように収束していく。それはみるみるうちに大きくなり、異形の姿へと変貌する。
──呪具の最終セキュリティ、使い魔が顕現した。
「二段階のパターンね……!アメリア、神官を連れて屋内へ退避!!」
そして、言い終えるより先に、彼は背後から飛び出し、ガーゴイル型の使い魔の振りかざした爪をその盾で受け止める。金属を鋭い爪が引っ掻く嫌な音を立てる。使い魔は盾を削る勢いで攻撃を繰り返すが、ヘルマンは一歩も引かず、逆にじりじりと押し進め──私と使い魔に距離を作る。
「……ルツィア様。然るべき瞬間には、合図を。」
私は『解呪』から『魔物討伐』へ切り替わった聖女業務に身を任せ、使い魔を消し去る術を練り上げる。
(『解呪』のエネルギー出力増強。収束。圧縮。──使い魔と呪いの供給源をまとめて仕留めるための、最適解……!)
分からないなりに分析する『業務プロセス』が、私に『実行可能』を告げる。私は即座に声を上げる。
「離れて!!」
指示した瞬間、ヘルマンが盾を蹴り、一足飛びに勢いをつけて後方へ退く。
それとほぼ同時に頭上から走る白い稲妻が使い魔を蒸発させ、呪具の魔晶石の核を砕く。ダイヤモンドダストのように輝きながら飛び散る破片からは、魔力の気配は完全に消えていた。
使い魔の姿が完全に消えたのを目視してから、私は大きくため息をつきながら魔晶石を拾い集めて袋に詰める。ああ、またやってしまった。
「使い魔が出てきちゃうと、どうしても魔晶石も砕かないといけなくなるのよね……もったいない。」
「絶対に再利用させたくないという強い意思を感じますね。見事なお手前でした。一撃での制圧、毎度感服いたします。」
がしゃりと鎧の擦れる音とともにヘルマンもしゃがみこみ、魔晶石のかけらを一緒に拾い集める。アメリアが駆け寄ってくる足音も聞こえてきた。
「ルツィア様、お怪我はございませんか?……あ、でも今回は大きな欠片もありますから、きっと職人さんが有効活用してくださいますよ。」
三人で拾えるサイズの石を集め終えると、またヘルマンは私から少し離れた場所に待機した。アメリアが、残る呪具と私の顔を交互に見てから尋ねる。
「先程もまったく迷いのない動きで解呪をされていましたが──やはり、『言葉』が何かは判別が難しい状況なのでしょうか。」
私は軽く肩を竦める。アメリアは私の動きを見て、“自動”で業務実行をしているか、そうでないかの判別がつくようになっていた。鏡を見ながら仕事が出来ない私にとっては、非常に有用なアドバイザーとなってくれている。
「そうなのよ。自分の中で何が起きているのか、は感じられるようにはなってきているのだけど……具体的なプロセスとして書き起こす手段としては『言葉』の解明が不可欠ですね。」
「そうなりますよね。でももう借りてこられる資料はほとんど読んでしまいましたから……うーん、やはり教会の中で、私たちの知らない保管庫や書庫がないかを探検してみる必要があるかもしれません。」
──探検、かあ。
ブルーノ司祭の一件以降、何か改善を考えようという時にはバルドゥイン大司教の存在がちらつくようになっていた。
きっと彼は、私の動きにいい顔はしないのだろう。表立って敵対心を見せられた訳ではないが、彼が一番の抵抗勢力になるに違いないと私のコンサルタント経験が警鐘を鳴らす。
しかし、避けることばかりを考えては何も進めることが出来ないのも事実だ。
私は早急にこの聖女業務の属人化を解消し、悠々自適な隠居生活へ残りの人生を捧げたいのだから。
「そしたらまずは、探検の時間が作れるように……目の前の呪具を片っ端から解呪していきましょうか。お昼までに片付けられるようにがんばりますね。」
「はい!今日の昼食はルツィア様お気に入りのメッツガー精肉店特製ヴルストサンドイッチですからね。あともう少し、頑張ってください!」
アメリアからの最高の報告に、自然と腹の虫が反応する。私はヴルストにかじりついた瞬間にあふれる肉汁、ザワークラウトの程よい酸味と、丁寧に焼き目をつけられたパンの風味を想像した。
やっぱり仕事の合間の楽しみは、おいしいランチだ。さっさと終わらせて昼休憩にしよう。
気合一新、やる気をみなぎらせて私は残りの呪具へと向き合った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
聖女の業務の中には、こういったちょっとした魔物との戦いも含まれています。
次話では、アメリアと夜の探検に出かけます。
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