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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第4話:巡礼ルートの最適化(後編)-2


ステンドグラスからの日差しに照らされ、厳粛な雰囲気の漂う教会内の大会議室。そこへ、大司教バルドゥインの静かな号令がかかる。


「皆様、お揃いですかな。では……定例会を始めましょう。」


“定例会”──毎週一回、決められた時間に開催される現状報告、情報共有の会議体だ。大司教以下、王都の教会に所属する司祭以上の職位を持つ人間が一同に集められている。現代のコンサルタントなら真っ先に廃止したくなる会議だろうが、インターネットはおろか印刷機すらない世界においては、おそらくこれ以上にはない情報伝達の場なのだろう。


私は錚々たる顔ぶれの中に、例のブルーノ・ケラー司祭が間違いなく参加していることを確認する。前回の巡礼の報告と、次回巡礼の計画案の発表があるからなのだろうか、やや緊張した面持ちのようにも見える。あんな大胆な不正を行う割には肝っ玉が小さいところもあるのだなと、人間というのは不思議な生き物だ。

この会議において、聖女はほぼ「報告を受ける側」の立場であり、自分の業務範囲内に異常がないならば特に発言する必要性はない。しかし、今回は違う。


(議題が巡礼に移った瞬間に挙手をして、巡礼ルートおよび人員削減の改善提案を行う。そこで再び反対してくるであろうブルーノ司祭には不正の証拠を突きつけ──旧来のやり方を問題化する。)


必要な準備はすべて整えてきた。あとは、その時が来るのをじっと待つだけだ。

私の中で静かに闘志が燃え上がるのとは対称的に、会議は静かに、そして粛々と議題を進めていく。


「では続きまして、聖人廟巡礼について報告をしてもらいましょう。ブルーノ・ケラー司祭、どうぞ。」


『はい。』


大司教に答える声が重なった。私はピンと姿勢を正し、真っ直ぐに手を挙げる。にわかに慌てだす会議場の空気が分からぬフリをして、先手を取る。


「ブルーノ司祭がお話になる前に、私からひとつよろしいでしょうか、大司教様。」

「せ、聖女様、あの提案は受け付けないと申し上げたではありませんか!!一体なんのつもりで──」


威嚇のつもりなのか、机を叩いて発言をやめさせようとするブルーノ司祭だったが、静かながらも威厳に満ちた声に制された。


「静粛に。……聖女様、いかがなさいましたか。巡礼に関するお話であれば、なんなりとお話ください。」


先に一つボロを出してくれたな、と内心だけでほくそ笑む。

今までの聖女はよほど大人しかったのだろうか、このブルーノ司祭は大きな勘違いをしている。私はただの小娘でもなんでもない。私は──聖女は、教会の最高権力者に等しい、替えの効かない存在なのだ。

私はその立場を行使すべく、ブルーノ司祭には一瞥もくれずに立ち上がる。恭しく一礼し、大司教の机上に改善提案書を広げた。


「こちらは、聖人廟巡礼の道程変更と、人員削減に関する改善提案書です。ただいまより皆様に、改善提案の概要をご説明させていただきます。」


私は朗々と、身振り手振り、ときに壁に貼らせた地図を指し示しながら提案内容をプレゼンテーションした。今までのルートと新しいルートでかかる時間の差、同伴の騎士削減によっていくら人件費が浮くか、出立式の廃止によって発注不要になる物品などの金額の数字も添えて、改善の定量効果も示してみせた。

聞く耳をもたなかったブルーノ司祭とは異なり、会議室の神官たちは考えてはいるのか、大司教から改善提案書の羊皮紙が回されていく度にどよめき、互いに相談をはじめる。この空気に耐えられなくなったか、ブルーノ司祭がまた大きく机を叩き、衆目を取り返す。


「以前も申し上げましたが、こんな提案は到底受け入れられるものではありませんぞ!巡礼の行列を減らすなどもってのほかです!教会の威光を捨てろとおっしゃるのですか!?」


ブルーノ司祭は鼻息荒く、反論を続けた。

出立式を盛大に行い、巡礼の行列を王都の民に見せることは伝統であり、騎士を動員することは王宮と教会の結束が盤石であると示すことができる。聖女や同伴の神官たちを守るために必要な人数でもあるし、都度出立式を行って巡礼先を明確にする方が、王都の民に伝説を思い出させるきっかけになると、矢継ぎ早にまくし立てる。

場はさらに騒然と色めき立つが、大司教はいたって冷静に、ブルーノ司祭の言い分も分析している様子だ。立派に蓄えられた白髭を撫で、ブルーノ司祭から私へと視線を移す。


「ブルーノ・ケラー司祭の意見は分かりました。確かに出立式をなくしてしまえば、何のための巡礼かを民が知る機会が失われ、地方の伝承が失われかねませんな。──聖女様。こちらについてはどうお考えでしょうか。」


「はい。……巡礼の目的は、あくまで王都以外の場所で祀られている英霊達に、その守り人である民達とともに祈りを捧げることが第一義です。その伝説は出立式という“非日常の祭り”で名前だけを伝えるのではなく、巡礼時に各英霊の守り人からより深く話を聞く時間を設けることで、同伴の神官たちが今まで以上に詳細な説話を民達に授けられるようになります。今までより身近に語り継ぐことが叶うでしょう。そして、さらに──」


私は反論の途中で、ヘルマンとアメリアを見る。二人は目配せを合図に、大司教の前へと進み出て“証拠”の数々を広げた。


「儀式や人員の肥大化は、管理統制を難しくします。このように……ブルーノ司祭による華々しい行列の影では、民から預かった富が、不適切な方向へ流れておりました。これがその証拠です。」


私は大司教の傍らに立ち、資料が示す不正の数々を、ひとつひとつ丁寧に説明していった。突然の事態にブルーノ司祭はわなわなと震えているようだ。騎士が勝手に来なかっただけだ、現場を放棄したのだ。傭兵ギルドが勝手に進めたことで自分は知らない、裏帳簿なんて捏造だ、と大きな声で喚いている。私は狼狽しきった司祭を、冷たい視線でひと睨みする。


「もしこの帳簿が捏造だとおっしゃるのなら、筆跡の照合をしていただきましょう。騎士一人ひとりをここに呼び、証言をさせる準備もしております。なんなら今すぐに呼んできましょうか?」


“巡礼事業の水増し請求による着服”というセンセーショナルな事件に、堂内はこれ以上ないほどに動揺している。もう改善提案どころの話ではない、組織の腐敗が明らかになったのだから。素直に動揺するもの、他の悪事の心当たりがあるのか俯くもの、同じ派閥の人間なのか、ブルーノ司祭を見てはおろおろと困った顔をするものなど反応は様々だ。

しかし、大司教バルドゥインだけは表情ひとつ変えることなく、いたって落ち着いたままだった。


「ルツィア様、ご公務にお忙しい中、よくぞここまでお調べになりましたな。このバルドゥイン、感服いたしました。」


目の前で不正が暴かれたというのに動揺一つ見せないのは、かえって恐ろしさを感じさせる。バルドゥインがそのままの調子で話を続ける。


「しかし、ルツィア様の提案にひとつ懸念がございます。より詳細な説話を以て伝説を途絶えさせぬとおっしゃいますが……具体的にはどのように新たな情報を、守り人に出させるのでしょう?彼らは今でも、我々に伝えてくれております。多くの民の心から伝説そのものが失われてしまえば、教会への信仰心に大きく関わりますゆえ。」


想定外とまではいかないが、厄介な切り返しだ。私も平静さをそのままに、静かに反論をする。


「一つ考えているのは、出立式のかわりに、守り人達や周辺の集落の民を巻き込んで神事を行うことです。我々が聖人廟の周辺環境を整え、祈りを捧げる……その姿は、普段教会や聖女という存在を意識しづらい彼らの認識を変えるきっかけにはなっていることでしょう。今後はともに祈りを捧げることで、より多くの守り人達と深く関係を築くことが出来る──そう、考えています。」


私の代替案に吟味するように、大司教は再びゆっくりと髭を撫でる。


「……聖女様のお考え、よく分かりました。では次回の巡礼は聖女様のご提案の通りに進めてみましょう。お手数をおかけしますが、別の担当をつけますので、其の者とともにご計画いただけますでしょうか。」

「もちろんでございます、大司教様。ご決断と、寛大なご配慮に感謝いたします。」


私が再び胸に手を当てて膝を折ると、堂内からはパラパラと拍手が鳴り、やがて全員からの万雷の拍手へと変わっていった。


──しかし、だ。

大司教は今、白日の下に晒された不正にどう対処するのだろうか?大司教の表情や振る舞いからは考えがまったく読めず、私は言葉を続けるべきかを決めかねていた。



その時だった。


厳粛な会議室の空気が、ふと緩んだ。

重厚な扉が開く音ではない。ただ、一人の男が静かな靴音と共に部屋の入口に現れただけで、それまで私の告発に騒然としていた神官たちが、まるで魔法にかけられたかのように動きを止め、一斉に跪いていく。


そこに立っていたのは、威風堂々たる男だった。 私のものとは対照的な、輝きを抑えたアッシュブロンドの髪が肩に触れるかという長さまで伸ばされ、襟足のあたりで低い位置で一本に束ねられていた。 前髪は長く、理知的に分けられてその額にかかっている。私はその只者ではないオーラに気圧され、ただ周りと同じように跪くことしかできずにいた。


「……陛下!?」


大司教バルドゥインが、その老練なキャリアで初めて見せるような、隠せない動揺の声で立ち上がる。


「国王陛下、一体これは……何のご連絡もなく、このような奥まった会議にまで。」


(国王──陛下?)


私は頭を垂れたままそっと視線を上げ、「国王陛下」と呼ばれる人物の姿を確認した。深紅の礼服は彼の引き締まった体躯を完璧に縁取り、若き王としての威厳に満ちていた。

そう、思い出した……彼こそがこの聖石の王国ハイリゲンシュタインの現国王ジークムント・マクシミリアン・フォン・アーデルシュタイン。 彼は、穏やかで理知的な微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと室内を見渡した。狼狽する大司教、床に這いつくばるブルーノ司祭、そして不正の証拠の数々を値踏みするように一瞥する。

そして、穏やかな表情はそのままに、国益を優先する為政者としての、一切の感情を排した冷徹な声を発した。


「その者の身柄、我々に預けてもらおうか──大司教バルドゥインよ。」

「しかし、……教会内部の不始末は、教会で解決いたしますゆえ、陛下の手を煩わせる訳には──」


バルドゥインの声を遮り、国王が言葉を繰り返す。その声音は完璧にコントロールされ、先程よりは明確に苛立ちの色を添えている。


「もう一度言おう。その者、ブルーノ・ケラーの身柄を預からせてもらう。」


その王の言葉を合図に、背後から突入してきた数人の騎士がブルーノ司祭を素早く取り押さえる。そのまま腕を捕らえて立ち上がらせ、ブルーノ司祭が喚くのも構わずに会議場から連れ出していく。


「皆の者、面を上げよ。この度は我らが国民の信仰に仇なす不届き者を炙り出したこと、大義であったな。特に……聖女ルツィア、よくここまで証拠を集めたものだ。」


声をかけられ、ようやく会議室中が呼吸を再開したかのようだった。私は顔を上げ、カーテシーを行う。まだ発言は許されていないだろうと、黙ったままで様子を窺っていると、先程までの冷徹さが嘘のような爽やかな声で笑っていた。


「ははっ、そのように畏まってくれるな。『聖女』と『王』の仲であろう?互いに挨拶の暇もないほどに忙殺されていたようだが、私と貴方はこの国を守護する同志だ。困ったことがあれば、何でも言うといい。聖女の訪問ともあれば、私も時間を作れよう。」

「……ご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした。陛下の御心遣いに感謝いたします。」


思ってもみない親しげな話し方に、緊張して返す言葉が震えている。ああ、後でアメリアに王宮と聖女の関係について、それとなく確認をしなければ。大事なときに重要な知識が抜け落ちているのに気がつくと、こんなにも焦ってしまうものなのか。国王は大司教へと視線を戻す。


「かの者は教会から金をくすねたのではない。民から毟り取り、我らが王宮の権威すら食い物にしたのだ。国の法の下で、しかと裁かせてもらうぞ。」

「ははっ……どうぞ、陛下の御随意に。さらなる罪人が発覚いたしますれば、すぐさま身柄を引き渡しましょう。」


最敬礼を取る大司教にはそれ以上の言葉をやらずに、国王は侍従を連れ、外套を翻し去っていった。嵐のような訪問が去り、場内はどよめきを取り戻した。その後も予定された議題の報告が続いていたはずだが、あまりの衝撃に何も記憶には残らなかった。

かくして、私の隠居計画の第一歩は予想外の出会いを交えつつ、成功を迎えたのだった。



◇◆◇



その後、教会から派遣された後任の司祭とともに、巡礼ルートの視察や地方へ持ち込む神具の精査などに追われる日々を送った。あんな不正があった後だからなのだろう、後任はアメリアと並ぶほどに敬虔で真面目な人物だったため、忙しいながらもスムーズに準備が進められていった。

残すは出発し、実際にルートを回ってみてトラブルが起きないか確認する事を残すのみとなった頃、私たち3人は、やっと事後の会議を開く時間を作ることができた。


「労いの場を持つのが遅くなってしまってごめんなさい。今回はアメリアもヘルマンも、大変お手柄でした。貴方達の協力がなかったら、今頃はまだブルーノ司祭の良いようにされていたことでしょう。」


開口一番、二人に向けて感謝の言葉を伝えた。アメリアとヘルマンの顔には私と同じように疲れが見えるものの、その表情は達成感と自信に満ちている。


「いいえ、すべてはルツィア様のご慧眼と的確なご指示のおかげです。我々は従ったまで。」

「そうですよ!ルツィア様がお勤めに対して真摯でいらっしゃったゆえに、改善が叶うのみならず、不正まで裁くことができたのです。」


「謙遜はいらないわ、貴方達でなければ集められなかった証拠があっての結果です。」


二人の自己評価が控えめなのはいつもの事だが、そうであるならば余計に褒めて伝えなければ。言葉だけではこんな風に返されてしまうから、何か別の形で彼らの奉仕に報いることができればいいのだけれど……そう、考え込んでいると、真っ先に脳裏に『打ち上げ』の単語が浮かび上がる。プロジェクト単位で成果を挙げたわけではないが、今回の改善は一度打ち上げたっていいくらいの成果ではないだろうか?


「二人へのお礼と今後の親睦も兼ねて、お祝いの席を設けたいのだけれど……どこか、いい場所はない?教会の食堂だと、あまりにもいつも通りですからね。」


私の提案に、意外にも乗ってきたのはヘルマンからだった。彼はすっと手を上げて発言をする。


「祝勝会ですか?いいですね、やりましょう。ひとつ、心当たりの店があるのですが……ルツィア様とアメリア殿は、肉はお好きですか?」


──肉。

その単語をフックに、私の脳裏には焼肉屋で打ち上げをした際の記憶が鮮やかに蘇ってきた。じゅうじゅうと肉の焼ける音と香ばしいタレの香り、そして肉をジャンプさせた白飯の美味しさといったら。私は想像だけで口内に溢れ出た涎をこっそりと飲み干し、ヘルマンの提案を歓迎した。


「お肉、大好きです。アメリアはどう?苦手ではない?」


アメリアの方を見れば、彼女も隠しきれない期待に瞳を輝かせているではないか。アメリアは何度も頷いて答える。


「お肉って、戦いを控える騎士様たちが食べるべきものだと思ってましたが……私も食べていいんですか!?ぜひ、食べたいです!」


そう言われてみれば確かにと、教会での食事のタンパク源は豆や乳製品が多かったなと思い返す。アメリアのあまりにも純粋な言葉に内心では涙を流しながらも頬を緩ませるだけで堪え、ヘルマンの方を見る。


「では決定ですね。実は早々に返しておかねばならない借りがありまして。その詳細は、宴のときにでも話しましょう。」

『はい!!』


不意に声が揃ってしまった私とアメリアはお互い目を見合わせ、声を出して笑った。そんな様子を穏やかに眺めるヘルマンもまた、いつもの光景になっていた。打ち上げの日取りは初めての新ルート巡礼を終えて帰還する夜と決定し、その日の会議は終了とした。

このチームなら、この先どんな困難が待ち受けていても解決できるだろう──私はこの一件を通じて、“聖女業務の完全手離れ実現隠居プロジェクト(仮)”への手応えを、確実に掴むことができたのだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

会議中のルツィアとブルーノ司祭のバトル、いかがでしたでしょうか。


次話では、『言葉』の謎へ一歩踏み込みます。

面白かった方は、お気軽にリアクションやご感想、評価、ブクマ登録などいただけると励みになります。

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