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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第4話:巡礼ルートの最適化(後編)-1

「それでは、第二回改善検討会をはじめましょう。本日の議題は、巡礼ルートの最適化に対してなぜブルーノ司祭が頑なに反対されるのか、その対策です。」


アメリアが全員分の紅茶を配り終えて席につく。

あのブルーノ司祭の猛反対から数日経ち、私たちはようやく会議の時間を作ることができた。朝のさわやかな空気とリラックスを誘う紅茶の香りには似つかわしくない内容だが、仕事なんて得てしてそんなものだろう。


「ヘルマンが言ってくれたように、私もなんらかの“理由”があって、司祭が強く反対しているものと考えています。仮に不正があるとするならば、どういった類の不正があると考えられますか?」


カップをソーサーへ丁寧に置いてから、ヘルマンが静かに口を開く。


「はい。私は、アメリア殿が話していた、ブルーノ司祭担当以降に巡礼に向かう隊列や出立式が豪勢なものとなった、という点が気になります。」


「出立式のための飾りや花火の準備や、周辺の住民に周知したりと色々大変だと、先輩方が走り回っているのはブルーノ司祭になってからですね。到着してからも守り人の皆様方を盛大におもてなしするために、色々支度があるようです。」


「そうなると、ブルーノ司祭より前のときとは、かけた費用が大分変わっているでしょうね……。それでも承認を得ているから行えているのでしょうけど、実際にどのくらい差が出ているかは知っておきたいですね。」


私がアメリアを見ると同時に、彼女は満面の笑みを返した。


──おや?

アメリアは私のカップの前にはちみつの入った小瓶を並べ置くと同時に、一冊の帳簿を差し出した。


「そうおっしゃると思いまして、引き継ぎのあった年度の帳簿をお借りしてきました~!ブルーノ司祭になってからは1、2回分しか記録がないそうで、簡単に持ち出すことができましたよ!」


ヘルマンと私が小さく歓声を上げる。

なんて仕事が早いんだろう。……というか、私は侍女を忍者か何かだと思っていないか、彼女の立場を考えずにものを頼みすぎていたかもしれないと密かに反省した。

反省はしたが、この会議が先に進むためには欠かせない資料の登場を前に、振り返っている暇はない。


私は早速帳簿をパラパラと捲り、巡礼時のお金の流れが書かれたページを探す。


(これは5年前か、責任者欄には別の名前が書かれている。提示されている騎士の動員は今よりも少ない……頻度については、大きな差がなさそうね。)


続いて、新しく綴じられているページから遡っていく。ブルーノ・ケラーと書かれたページは、アメリアの聞いていた通りにほんの数回分しかなさそうだ。

しかし、私は2回目のページ内における項目の多さに目を見張った。


なんだこれは。

1回目のページと慌てて見比べる。どうも初回は様子を伺っていたのだろうが、2回目にしてこれだけ多くの変更をかけているとは驚きだ。私は2回目のページを開いたまま、ヘルマンに手渡す。


「ヘルマン、このページを見てください。この金額から、騎士を何人手配しているかおおよその見当はつきますか?」


「これは──すみません、会計の者に確認すれば正確な数字を出せますが…相当に多いですね。前回我々が行った時よりも多いのではないですか?」


「私もそう思います!用意されている飲食物や聖具、花火などもかなりの量が計上されています。台車を使って積み込むような量ですよ。」


アメリアの言う通り、確かに前回の巡礼では荷馬車そのものはあったが、積込用の台車までは見ていない。この過剰なまでの予算の計上から考えられる不正の種類は……。

私はヘルマンとアメリアを順に見る。彼らもしっかりと同じ意見を胸にいだいているようだ。



「──水増し請求による着服、の可能性がありますね。」


ぱたりと帳簿を閉じれば少しカビたようなにおいと埃が宙を舞った。私はその帳簿をヘルマンに持たせ、ちょうどよく温くなった紅茶を一息に飲み干す。


「ヘルマンはその帳簿に書かれている回、および直近の年度で提出されている巡礼警備計画書を探してください。騎士団に提出されているか……ブルーノ司祭の執務室に残されているかもしれません。その警備計画書に記載された騎士へ、当日は本当に巡礼に参加していたのかを確認してください。」


「はい、承知いたしました。」


「アメリアは、今年の帳簿を見ることはできそうですか?倉庫にしまわれている購入物品と、帳簿上に差がないかを調べたいのです。」


「はい、お任せください!倉庫番のジェイミーおばさまとは長い付き合いですので。」


私はそれぞれに新たな任務を得て立ち上がる二人の背中を頼もしく見守る。しかし、彼らには想定しうる最悪のケースも忘れずに伝えておかなければ。


「……ヘルマン。もしブルーノ司祭の執務室に出入りするときは、くれぐれも気をつけてくださいね。この間の一件で、私たちは警戒されている可能性が高いです。身の安全を最優先に考えて行動してください。」


ヘルマンは私の懸念を受けるとおもむろに振り返り、膝をついて騎士の礼をとる。


「ご心配なく、ルツィア様。現在は護衛の身ですが、以前は国境にて魔物や野盗の群れとも剣を交えておりました。このヘルマン・フォン・ホーエンフェルス、司祭とはいえ一文官相手に遅れは取りません。」


「ホーエンフェルス家は、代々王家を守護されてきた由緒正しき騎士のご一族でいらっしゃいます。『ハイリゲンシュタインの高き岩』、『高潔で揺るぎない守り』として、我が国をお守りくださっているのです、ヘルマン様なら絶対にルツィア様のご依頼を果たしてくださいます!」


アメリアの手放しの絶賛にはさすがのヘルマンも照れたように頬を掻いていたが、その瞳には「高潔で揺るぎない」意思をしかと宿している。

騎士に対して身の安全を考えて、というのはちょっと的外れだったかもしれないと私は一人反省し、彼らの背中を押して、送り出す。


「さあふたりとも、お願いしますね。貴方たちの働きに期待しています。」


三人で執務室を出て、それぞれの持ち場へと向かう。今日の私の予定は、教会の奥にて、大結界および地方結界の出力チェックと調整だ。


私たちはひとつずつ確実に、自分の業務もおろそかにせず、ブルーノ司祭への反撃の一手の準備を整えていくのだった。



◇◆◇



「おおヘルマン!ここで会うなんて随分久しぶりじゃねえか、元気にやってたか?」


ヘルマンは、騎士団詰め所の顔馴染みの騎士を訪ねていた。


彼の名前はグレゴール・メッツガー。元は商家の三男坊で、算盤から剣に持ち替えて数十年、足を傷めてからは再び算盤を手に騎士団で働いている古株だ。

豪快さが服を着て歩いているような男だが、商家仕込みの算術と倹約で今なお幹部たちからの信頼も厚い。


「久しいな、グレゴール。今は聖女様付きの護衛を任されているから、なかなか詰め所に来る暇もなかったんだ。」


「そういえばそうだったか。それじゃ一体今日はどうしたってんだ?聖女サマ付きの仕事ってのは忙しなくて厄介だって言うだろ。」


普段ならば聞き流すグレゴールの軽口を窘めようと口を開きかけるも、現在自分に与えられた任務の事を考えれば否定の句までは出ず、ヘルマンはそのまま肩を竦めてみせた。


「……まあ、どんな任務にもそれなりの厄介さはつきものだろう。ところでグレゴール、今日は会計騎士殿に聞きたいことがあって来ているんだ。」


グレゴールの関心を引いたのか、今まで叩いていた算盤を置いてずいと身を乗り出す。ヘルマンは少々声を潜めて続ける。


「直近の巡礼の警備計画表を探しているんだが、グレゴールの手元に来ていないか?計画の確認や騎士の動員が終わっているなら、会計に回ってきていてもおかしくないと思ったんだが。」


「ああ、あのイケ好かねえケラー司祭のか?あいつが担当になってから騎士の数が足りねえだとか、足りねえからギルドに依頼するだのうるせえから、よ~~く覚えてるぜ。」


ちょっと待ってな、とグレゴールは資料のまとめられた紙束を豪快に引っ張り出す。

舞い上がる埃に口を抑えつつ、意外にも几帳面に年度や月度に合わせ順序よく束ねられたそれを眺めて、目的の資料に到達するのを待った。


しばらく経って、グレゴールが紙束から3枚を外して机の上に並べた。


「あったぞ、過去3回分の計画書だ。もう俺の方で処理は済んでるから、持ち出す分には構わねえが……なんか嗅ぎ回ってんのか?面白ェ話なら俺にも教えてくれよ。」


グレゴールの言葉を聞き流しながらそれぞれの計画書の中から騎士の名簿を探す。


──あった。

確かに人名の羅列があり、顔見知りの同僚の名前もいくつか挙げられている。ヘルマンは手早く計画書の中身を閉じるように丸める。


「……助かった、これはしばらく借りるぞ。」


「おい、俺にも教えてくれって。つれねえなあ、貸しひとつにしておくぞ!」


「悪い悪い、聖女様直々の任務なんだ。事が起これば遅かれ早かれ耳の早いお前のところにも届くだろうから、それまで待っていてくれ。」


ヘルマンは振り返らずに手のひらだけを振ってよこす。

次はこの名簿に書かれた騎士たちへの聞き込みだ。うまくいけば、この聞き込み結果だけで十分な不正の証拠になるかもしれない。ブルーノ司祭側に、自分達の動きが伝わる前に済ませなければ。


ヘルマンは足早に、詰め所から宿舎へと調査を進めに向かった。



◇◆◇



「それでは、第3回改善検討会をはじめます──と、言いたいところだけど……」


私は執務室でひとり、佇んでいた。予定の時刻になってもアメリアとヘルマンは、まだ到着していない。


(もしかして二人になにかあったのだろうか。でもアメリアに何かあれば、もっと教会内が騒々しくなっているだろうからそれはないか。じゃあヘルマンの身に何かが起きた?この部屋からでは、騎士たちの動きはまったく見えないし……。)


私はとっくに確認を終えた今年度の帳簿を机に置き、居ても立っても居られず、でもどうすることも出来ずに、部屋の中をただひたすらにうろうろと歩いている。アメリアが自分の代わりにと用立ててくれた年若い侍女が、心配そうな……不安げな眼差しを私に向けているのがわかる。彼女まで不安にさせてしまっているのは忍びないが、待つだけしかできない身としては、こうでもしないと部屋に留まっていられないのだ。



そうこうするうちに、廊下からバタバタと複数人で向かってくる足音が聞こえてきた。

私は扉へと駆け寄った。勢いよく開かれたその扉からは、服の裾やら襟やらを煤と埃だらけにしたアメリアと、いつもの鎧を脱いだのか、軽装のヘルマンが息を切らせて飛び込んできた。


「ルツィア様、時間に遅れてしまって申し訳ございません!」

「遅くなりまして申し訳ございません、でも…大発見が、ありまして…!」


「ああ、ふたりとも無事でなによりです!メアリー、二人にはやく冷たい飲み物を!」


相当急いできたのだろう、入室の礼もままならずに肩を上下させる二人に対して、侍女に水を運ばせる。

報告を聞かずとも、彼らが成果を得たことは一目瞭然だった。私はアメリアの背を撫でながら、二人の息が落ち着くまで待つことにした。



◇◆◇



メアリーを元の持ち場へと帰らせ、彼らが息を整えてから、第三回改善検討会を開始した。

ヘルマンは丸めて懐に隠していた警備計画書を机上に広げ、それぞれ端の方へ書かれた名前の羅列を指し示す。


「騎士団の会計担当より警備計画書を手に入れ、記載の名前の騎士が本当に巡礼に参加していたのかを確認してまいりました。詳細は名前の横に印をつけておりますが──実際の参加人数は半分以下、中には実在しない人物の名前も書かれておりました。」


私は資料を手に取り、名前の横につけられたチェックマークを確認する。

確かに、ヘルマンの言う通りに半分程度しか確認が取れていない。そして、警備計画書のすべてに記載されている一文が目に入った。


「……この、『不足人員はギルドより調達』というのは?」


「はい。ブルーノ司祭は騎士団より多くの人員が必要と計画書に書きながら、さらに人員がほしいと傭兵ギルドに声をかけていたそうです。そちらも合わせて確認しましたが、騎士や傭兵ともに、直前になって、司祭、または指示を受けた関係者から『巡礼への参加が取りやめになった』と連絡を受けた証言を得ております。」


なるほど。

私はヘルマンが続けて提示した、傭兵ギルド員の名前と印がつけられた名簿にも目を通す。騎士の人数水増しの手口は、これで明らかになったと考えていいだろう。


次に必要になるのは、この不正で生まれた金額が書かれているであろう“証拠”だ。私はアメリアからの視線を感じて振り向く。彼女は自信に満ちた顔をしていた。


「ではアメリア。この今年度の帳簿に加えて、何を見つけてきてくれたのかしら?」


「はい!その帳簿をお借りした後、また倉庫番のおばさまの元へ聞き込みにいってみたんです。そしたら…ブルーノ司祭が、巡礼の前ならともかく、終わった後にも倉庫を頻繁に訪れると思い出してくれたのです。」


アメリアはこう続けた。

確かに巡礼の前であれば、購入物品が正しく納品されているかチェックするという理由があるが(信用がないとジェイミーおばさまは憤慨していたようだが)、終わった後にまで来る理由が分からない。司祭様とはいえ倉庫番からは心象が悪く、嫌でも記憶に残ってしまっていた、とのことだ。


「それがどうしても気になって……でも、改善検討会の時刻も近づいてきていたので悩んでいたところ、偶然ヘルマン様が通りかかりまして。一緒に倉庫の中を捜索していたんです。」


ああ、だから二人が同じタイミングで部屋に来たのかと、私は納得した。アメリアが神妙な面持ちで差し出した、一冊の帳簿。厚さはさほどないが、よく捲られているのか端に癖がついている。



「こちらが──倉庫に隠されていた、ブルーノ司祭が管理している帳簿です。」


私はすかさず、その“裏帳簿”を、今年度の帳簿、ヘルマンに預けていた過去の帳簿とを並べて広げる。裏帳簿上では同じ日付の巡礼に関する支出が明らかに少なく、水増しして浮いた費用についても明確に記述されていた。


「騎士8名分、傭兵15名分……うち五分の一は傭兵ギルドの会計担当者と、物品調達先の担当者に流していたってわけね。」


これは、完全に動かぬ証拠だ。時間をかけて過去の記録とも照合していけば、すべて裏を取ることだって可能だろう。しかし、この裏帳簿の紛失または移動をブルーノ司祭に気付かれてしまったら、証拠隠滅の可能性が極めて高まる。そんな事態になったら目も当てられない。

私は椅子から立ち上がり、二人と視線を交わした。


「ふたりとも、素晴らしい働きでした。では、これらの証拠をもってブルーノ司祭へ再度改善を提案しましょうか。日にちは──明日の、週次定例会で。」


アメリアとヘルマンはほぼ同時に、力強く頷く。ヘルマンには念の為、明日証言が可能な騎士がいるかどうか勤務表の確認に出てもらった。部屋に残されたアメリアは、ほっとしたような、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていた。

事実がいよいよ明らかになり、これから起こる事の大きさを感じているのだろうか。私はそんなアメリアにそっと近づき、震える両手をやさしく握りしめる。


「大丈夫よ、アメリア。貴方は素晴らしい働きをしてくれました。そして、今日までの全ては私が命じたことで、貴方にはなんの責任もありません。すべてうまくいきますよ……後は私に任せてください。」


「……はい、ルツィア様。私はルツィア様を信じています。教会の皆様のことも…ブルーノ司祭のように、信仰を踏みにじる方がこれ以上いらっしゃらないことを、祈ります……。」



さあ、いよいよ反撃の瞬間がやってくる。


私はただ巡礼ルートの改善をしたかっただけなのに、随分な不正まで釣り上げてしまったが……見つけてしまった以上、見過ごすことはできない。

私の密やかな隠居計画の第一歩は、なんともド派手な一歩となりそうだ。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


次話では、いよいよ聖女ルツィアの『初陣』です。

面白かった方は、お気軽にリアクションやご感想、評価、ブクマ登録などいただけると励みになります。

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