第4話:巡礼ルートの最適化(前編)
執務室の扉に「昼食時まで入室禁止」と書いた黒板を立て、念のため辺りを見回す。
よし、誰かが来る気配はなし。
静かに扉を閉めて、自席へ座る前にヘルマンとアメリアの顔を見やる。私からどこかただならぬ雰囲気を察しているのか、ふたりとも少々表情が固い。私は、それに構わず開始の号令をかけた。
「それでは、第一回改善検討会をはじめます。」
私は、先日アメリアに話していた『聖女の業務の可視化・標準化』への意思を、改めて二人に聞かせた。
国を守る要の機能を持っているのに担い手が一人しかいないことの危険性、治癒や解呪のように、独占する必要がない術も現状独占状態にあること。だが『神聖力行使業務』に対してメスを入れるには『言葉』の壁が立ちはだかっていることなど、ヘルマンも納得した面持ちで頷いて聞いてくれていた。
「ルツィア様のお考え、おおよそは理解できたのですが……不勉強で申し訳ございません、『可視化』、『標準化』とは一体どういった意味なのでしょうか。」
ヘルマンの、控えめながらも的を射た質問に、アメリアもはっと顔を上げて何度も頷きを返す。
この質問は尤もだろう。
前世では当たり前のように通じていたビジネス用語だが、なにせここは、丸の内でも新橋でも霞が関でもない、聖石の王国ハイリゲンシュタインなのだから。私は自分の浅はかさを反省し、質問者を不安にさせないように微笑んで返す。
「質問ありがとう、ヘルマン。私が使う言葉で分からないものがあれば、今のように臆せず尋ねてくださいね。では『可視化』と『標準化』について、それぞれ意味を説明します。」
もう幾度となく行ってきた説明は、身体が変わってもするすると口から流れ出てくる。
「業務の『可視化』とは、その業務を『いつ』『どこで』『誰が』『どのように』行っているかを、文字だけでなく図なども用いて『見える状態』にすることです。この『見える状態』というのは、その業務の問題のある箇所も、誰もが見える状態になっているということでもあります。そして業務の『標準化』とは、誰がその業務を担当しても、同じ品質、同じ成果を出せるように、手順やルールを統一して明文化するということです。」
「その、『可視化』や『標準化』が叶うというのは、例えばどういった状況になるのですか?ちょっと想像がつかなくて……。」
「いい質問ですよ、アメリア。そうですね……例えるなら、業務の可視化、標準化が叶ったら、ベテランの刀鍛冶でも新人の刀鍛冶でも、手順書に従えばまったく同じ品質の刀を打てるようになる、というのはどうですか?」
「えっ、それは……素晴らしいことです!刀鍛冶というのは、長年の修行が必要ですよね!?それが必要なくなるということですか?」
想像力が豊かなのか、すぐに理解して瞳を輝かせながら声を上げるアメリアに対して、ヘルマンはわずかに眉根を寄せて質問を重ねる。
「なるほど……。それはつまり、新兵でも熟練の騎士と同じ剣術を、手順書だけで習得できるようになる…と、そういうことでしょうか?」
「はい、そうです。剣術全てとなるとかなりの広範囲ですが、たとえば特定の技を修めるために必要な訓練の内容を、熟練兵士や才気ある若い兵士の知見をすべて含めた形で手順化できれば、効率的に技の継承が進められますよね?」
「まったくその通りです。しかも誰もが見える形で残るということは、たとえ担い手が一時的にいなくなったとしても、後世に技を残すことも出来るのか……素晴らしい、本当にそのような事が可能なのですか?」
私は今まで数多のクライアントにそうしてきたように、自信たっぷりに頷いた。
ヘルマンが『標準化』の持つ、単なる効率化を超えた技術継承というマニュアルの価値まで見抜いたことは、この先に繋がる大きな収穫だ。これで、私の目指す改革(隠居計画)の方向性について、チーム内での意思統一は取れたと言ってもいいだろう。
打てば響くとはまさに彼らのことで、それぞれすでに自分の専門分野で想像の翼を広げているのか、互いに上の方を見つめて考え込んでいるように見える。
これは大いに素質がある。しかし本当は、改善の定石としては業務の『標準化』のさらに前に、「そもそもその業務は本当に必要なのか?廃止できないのか?」という根本的な問いを立てるべきではあるのだが……。
私は、ちらりとアメリアとヘルマンの顔を見る。
彼らは今、ようやく『標準化』という新しい概念を受け入れ、その可能性に目を輝かせているところだ。 そんな彼らに、いきなり「あなたたちが神聖だと信じている、その業務自体が、もしかしたら不要かもしれない」などと水を差すのは、あまりにも酷だ。それに、あまりにも過激すぎる提案は、無用な反発を招き、プロジェクト全体を頓挫させかねない。
(……うん、さすがにまだ早すぎるか。まずは『改善』という、誰もが納得しやすいステップで実績を積み重ねて、彼らとの信頼関係を築くのが先決ね。廃止提案の考え方は、この先にいつか来るであろう、適切なタイミングまで取っておきましょう。)
私は内心でそう結論づけ、思考を次のステップへと切り替える。
「ふたりとも、基本的な考え方については理解できたようですね。では、この『可視化』と『標準化』の考え方を使って、私たちが最初にメスを入れるべき業務…すなわち、最も改善効果が大きく、かつ、比較的実行に移しやすい課題は、何だと思う?」
私は、そう問いかけながら、一枚の羊皮紙──事前にアメリアに準備させておいた、王国全体の地図を、テーブルの上に広げた。
「私は、これだと思うのだけれど。」
そう言って、私が指し示したのは、聖女の定例業務の一つ──『各聖人廟への巡礼』だ。
この巡礼自体は、王都ではない街や街道、離れた地の教会に祀られている歴史の英雄たちへ祈りを捧げる、さほど特別な作業はない象徴業務だ。
しかし問題は、その非効率な移動ルートにあると、私は見ていた。
「確かに、私も少々気になっておりました。どうにも回数が多い上、毎回派手な……ンン、人員を必要とする行列を作っている。」
言葉を選び直すために咳払いをするヘルマンに、アメリアも少々気まずそうに眉を下げる。アメリアの話によれば、現在のような巡礼形式になったのは、今の担当であるブルーノ・ケラー司祭に変わってからだそうだ。
過剰な人数が投入されているのも気になるけれど、ひとまずは地図上に示されている近隣の聖人廟へ、出発地点の教会から指を辿らせる。
「今までの巡礼は、毎回教会から出発して、一か所しか回らないで帰って来るでしょう?一か所しか回ってはいけない理由はあるのかしら?時期的な決まりがあるとか……アメリア、何か知っていますか?」
「巡礼……および聖人廟に祀られている方々について決まった日時に祭事があるというのは、今まで聞いたことがありません。ここ数回の巡礼も、ブルーノ司祭から打診があったためでしたから。」
「教会としてはいつ実施しても問題はないということですね。ヘルマン、貴方から見たらどう?特定の季節に、どこかの聖人廟付近で魔物が多く発生したなどは聞いたことがありますか。」
「いいえ。確かに季節によって魔物の発生に違いはあるのですが、それに合わせて巡礼が設定されているとは思えませんね。」
「なるほど、時期や回数の規定は特にはない、と……。では、一日のうちに複数箇所回ることは可能そうですか?例えば、こういう経路とか。」
王都内にある偉人廟から北の城門を出て街道を進み、街道沿いにある2箇所を通り、壁外の結界柱をつなぐように並ぶ小さな教会、村を次々に指差していく。こうしてぐるりと回り、帰りは西の城門から王都へと辿り着く。ふむふむとヘルマンが地図を眺めながら思案する。
「そうですね……現状の行列と進軍ペースですとなかなか厳しいと思いますが、身軽になれれば一日のうちに回り切ることは可能かと。王都内の移動速度は、普段の我々の半分くらいの速度しか出していませんから。」
「しかし、巡礼の行列がゆっくり進むのは、聖女様のご威光を、王都の民や各地の守り人達にお見せするものだとも聞いております。結界に向かう時のような速さだと、民が聖女様どころか行列の影すら見ることができなくなってしまいます。」
続いて、アメリアが教会の立場としての意見を述べた。
実にいい流れだ。まさしく“改善検討会”という雰囲気になっている。
私はこの、それぞれがそれぞれの立場で意見を述べる、少し緊張感のあるやり取りの空気が嫌いではなかったなあと、呑気に思い出に耽りそうになった。私は改善の方向性をまとめるべく、進行を続ける。
「なるほど、二人の意見はどちらももっともですね。ではここで、この巡礼のそもそもの目的を考え直してみましょうか。巡礼の目的は──“王都以外の場所で祀られている英霊達に、その守り人である民達とともに祈りを捧げること”、この認識であっていますか?」
ヘルマンの頷きと同時にアメリアを見る。彼女も淀みなく同意を示してくれた。では、この認識で『FIX』──確定だ。この同意を足がかりに、私はさらに一歩、切り込んでいく。
「ではこの目的を達成するための手段として、私たちはその場所へ向かうと。そうなると、王都の中で派手な出立式を行うことや、隊列を王都の民に見せるために移動速度を制限するということは、さほど重要ではないですよね?」
私の言葉にアメリアが口を開きかけ、はっとした表情をして、手で覆う。そう、そうなのだ。
「業務には必ず出すべき成果や目的があるのです。そして業務プロセスは、目的達成のためだけにある。」
アメリアも、目的と手段の関係性について理解をしてくれたようで、今度は瞳に力が宿っているかのように力強く頷く。私はひとつの山場を超え、小さく息をついてから二人への指示を出す。
「分かってくれてありがとう。──ではヘルマン。試しにこの経路で、最低限必要な警備人数を割り出してくれますか?アメリアも、それぞれの施設で祈りの儀式を捧げるためだけに必要な教会の人員を。そろそろタイムリミットも近いでしょうから……合間を見て作業をして、明後日までにまとめておいてください。」
『承知いたしました。』
二人の威勢の良い返答に、頷いて席を立つ。執務室の大きな窓から王都を行き交う人々を眺めながら、背筋をぐっと伸ばす。
──さあ、ここからだ。
今このとき、“聖女業務の完全手離れ実現隠居プロジェクト(仮)”がついに、明確な一歩を踏み出した瞬間だった。
◇◆◇
“改善検討会”から3日後。
期日通りに数字を出してきてくれた二人の情報を取りまとめ、私たちはブルーノ・ケラー司祭を訪ねた。羊皮紙にびっしりと書き記した改善の動機から新ルート案や削減工数に目を通したのかいないのか、ブルーノ司祭は私の説明にみるみると表情を曇らせ、絵に描いたような不快を露わにしていく。その態度には見覚えがありすぎて、私はもはや、何の感情も湧かなくなったようだ。改善提案書を突き返したブルーノ司祭は、たっぷりとついた頬の肉を揺らしながら声を荒げた。
「ありえません!聖女様の意見といえど……巡礼の行列を減らし、出発式を行わないなど!教会の権威に対する冒涜と取られてもおかしくありませんよ!」
仮にも、儀式によって顕現した宗教指導者に対する態度か?と喧嘩腰の反応を用意しかけていると、ヘルマンが一歩前へと進み出た。
「しかし司祭殿、毎度毎度この規模の隊列を組むとなると、騎士の動員が多すぎます。我々の仕事は魔物の討伐や護衛だけではなく、日々の訓練にも時間を大きく割く必要があるのです。」
この極めて冷静な反論も、司祭は聞く耳を持たなかった。
私たちは半ば無理やりブルーノ司祭の執務室から追い出されてしまった。
改善提案書は守りきったから、まあいいだろう。私の中では想定内であった司祭の反対ぶりだったが、アメリアやヘルマンは信じられないと愕然とした表情を浮かべていた。
「まさか、こうも話が通じないとは……。」
「『可視化』と『標準化』の考え方を知らないと、ルツィア様のご提案を理解するのも難しいのでしょうか?あの態度、信じられません!」
私はまあまあと二人を宥めながら、その場から離れた。悪口に近くなってしまう感情的な発言は、本人には聞かせないに限る。
「想定内の反応ですよ、大丈夫。でもまあ……なんとも、分かりやすく反対してくれましたね。」
「私、司祭様に説明をし直してきましょうか?『可視化』『標準化』の考え方は、ブルーノ司祭にこそ必要ですよね?」
アメリアの素直な疑問にゆっくりと左右に首を振る。ヘルマンもアメリアと同意見だったようで、不思議そうに片眉を上げる。私は彼らの疑問に確実に答えるべく、前回の会議と同じ例を使うことにする。
「その考え方が絶対の正義という訳でもないのです。ベテラン刀鍛冶と新人刀鍛冶の例を思い出してみて。──手順書によって業務が標準化されたら、ベテランと新人の賃金の差がなくなってしまう、それは困ると考えて反対する人がいたっておかしくないことよ。」
想像に難くない例示だったのか、ヘルマンもアメリアも腹の底から絞り出すような声を上げて納得をした。……そういう人物が身近にいるのだろうか?
「確かにそういう考え方もありますね。しかし、実際に改善を進めるとなった際には、どのように彼らを納得させるのですか?」
「『可視化』『標準化』の意味を根気強く伝えることに加えて、上役からの業務指示として動いてもらいます。そもそも『標準化』とは仕事を奪うものではなく、全体の品質の底上げを叶えるものです。『標準化』した業務手順を改めて見直したり、技術の進歩やひらめきによって、より良いやり方を見つけ出す人物が再び出てきます。そういった働きを正しく評価に繋げれば、働き甲斐は失われない──そう、考えています。」
ここまで進むと少し理想論めいては来るが、本当にそう考えて全社で意思統一をして、進めるほかはない。ひとつひとつ確実に理解を進めてくれている二人の実直さに感心する暇なく、アメリアが疑問を口にする。
「と、言うことはつまり……司祭は、現状のやり方が一番いいと考えている、ということですか?」
「いや、もしくは……現状のやり方でないと、司祭にとっては“都合が悪い”のかもしれない。」
ヘルマンの察しが良くて、私は思わず笑ってしまう。
この真面目そうに見える騎士は、実際には少々意地悪な面も持っているのかもしれない。
「彼が本当に信仰心に篤く、変化を好まない性質である可能性もありますよ?……でも、ヘルマンの言うように何か理由があると考える方が、事態を打開できそうですね。」
本来ならばアメリアが信じ、所属している組織に不正がある可能性なんて伝えない方がいいのだろうが、当の本人は俄然やる気になっている様子だった。まあ、組織にいる限り“ない”ということは“ない”のだろう──全員が全員、聖人君子ではないのだから。
「私は、民の信仰というものは……教会の強さを目の当たりにしてではなく、日々の平穏への感謝から自然と生まれるべきものだと考えています。私たちは巡礼を効率化し、騎士の疲弊を避け、預かっている富を適切に用いることで、民に応えていきましょう。」
私は二人に向き直り、胸に提げたロザリオを握りしめて信条を告げた。
この鷹野瑞穂の記憶を持ったルツィアとして過ごした時間は決して長くはないが、この魂にはもともとの強い信念も宿っているのだ。聖女として、コンサルタントとして…私の持てるすべてを用いて、民の安全を損なうことなく、健全に隠居を進めよう。
決意を新たに、私は一度だけブルーノ司祭の執務室の方を振り返る。そして前を向く。
「ルツィア様、ご指示を。」
「私に出来ることならなんなりと、お申し付けください!」
私が声を発する前に、二人は使命を待っていた。
これは指示待ちでもなんでもない、やる気の証明だ。改善提案書が傷まないように握り直す。
──初めての『抵抗勢力』との戦いの火蓋が切って落とされた。にやりと口角を上げる。およそ聖女とは思えない笑みだったかもしれないが、私はビジネスマンでもあるのだから、そんな顔をしたっていいだろう。
「いきましょう。まずは本日の業務をつつがなく完遂して……ブルーノ司祭の巡礼計画の“実態”を、徹底して調べ上げますよ。」
『はい!!』
さあ、反撃だ。
こうして私たちの“巡礼ルートの最適化計画”は、次なるフェーズに向かっていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
初めて、改善の抵抗勢力が立ちはだかった回でした。
次話では、ルツィアの言葉どおり「反撃」が実行されます。
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