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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第二部:神秘の解明と記憶媒体革命

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第20話:禁書庫、神秘の資格(後編)

参照した資料数が十分だとはまだ言えないが、禁書庫の調査によって神秘の『継承』と『発動』に必要な条件は見えつつあった。私達は今手元にある情報で再現を試みる。


まずは所定の法衣として、過去の大司教のものを使う。明らかな刺し傷はあるが、洗浄済みであるため実験に用いる。そして聖石。大振りの石に細やかな細工が施されている首飾り型だった。法衣を纏った姿の描かれているレリーフを参考にしながら、実験第一号であるテオフィルスに着付けていく。


「着てみた感じはどう?なにか変わったことは?」


「今のところ何も。服は服だな、別に魔力とかは感じねえ。」


法衣に触ったり、着用したりしても特に何かが起こる様子はなかった。テオフィルスの体感による魔力検知もなしとなると、本当にただの礼装なのかもしれない。少なくとも法衣そのものに魔術的な細工はなされていないようだ。聖石も今のところ反応はない。もっとも、こちらは判断するにはまだ早いだろう。

身なりを整えたら次は神秘の術を伝える段階に進む。今回はもっとも簡単に翻訳が出来た上、容易であるといったニュアンスも含まれていた術を見つけることができた。口伝にあたっての作法的なものの記述は見つかっていないので、単に術式の理解と発音を覚えるまでにとどまった。


「《信仰を力に》《拝領》《練る》……《隔壁を築く》。指示語っぽい言葉がないから、自分の前に壁を作るって術のはずだよ。絵を見た感じでもそうだった。」


反対側から神秘の術式を書き留めた符砂板をテオフィルスに見せながら、アーネストは古代語を口にする。単語の連なりと音を真似してテオフィルスがぶつぶつと反芻している。古代語というものは、何度聞いても簡単に覚えられる気がしない。今回は単語数が少ない分だけ、なんとか諳んじられるようにしておきたい。アーネストとテオフィルスが納得のいくまで術式の発音練習をしている間、アメリアが大司教の法衣へ不安げな眼差しを送っていた。


「本当に勝手に着てしまって大丈夫なのでしょうか?もし実験で燃えたり壊れたりしてしまったら……」


彼女の心配は尤もではあった。私も前世では文化的、歴史的資料をこんな無遠慮に扱ったことはなく、全く抵抗がなかったかと言えば嘘になる。今のところ魔術的な仕掛けがなさそうであっても、何かをした瞬間に灼符紙のように一瞬で燃え尽きたりする可能性だってゼロではない。私がアメリアに対して曖昧な笑みで答えに窮しているのに気が付いたのか、アーネストがこちらへ歩み寄り、手にしていた符砂板を私達へ見せた。そこには見事なまでに忠実に描かれた衣装の三面図があった。


「万が一何かあったらまた作ってもらいましょう?高級なものでしょうけども、布は布ですし。」


彼の笑顔は晴れやかだった。解釈を禁じられている一族ではあるが、アーネスト自身はただ記憶するよりも考証や実験の方が好きな性分なのだろう。私とアメリアは視線を交わし、「そういうことではない」という言いたい気持ちをぐっと飲み込んだ。そうこうしているうちに魔術師の準備が完了したのか、声がかかる。


「おい、忘れないうちにやっちまいたいんだけど。」


私達は彼から少し離れた位置に並び、いよいよ始まる実験を固唾を飲んで見守った。テオフィルスは呼吸を整えてから、ゆっくりと、しかし確実に神秘の言葉を唱えはじめる。


「《信仰を力に》《拝領》、《練る》《隔壁を築く》……」


そう唱え終え、翳した掌の先に注目が集まる。……が、待てど暮らせど、何かが起こる兆しすらない。しばしの静寂の後に二度目のトライが行われるが、盾と思しきものも現れず、首飾りもなんの反応も示さなかった。テオフィルスによる神秘再現は失敗に終わる。

しかし、この結果自体は想定の範囲内だった。 本人だけが悔しそうに髪を掻き毟り、私とアメリア、ヘルマンの三人は法衣の健在にそれぞれ胸を撫で下ろした。


「やっぱり、誰でも出来るって訳ではないわよね。」


私の言葉にアーネストは残念そうに溜息を零しながらも、手では結果を書き留めていた。


「そうみたいです。僕はもうちょっと聖石が何か反応するかなって期待してたんですけどね。」


「『ふさわしき者』でも『国と民を守る神職』ですらありませんから。さしずめ、最初から力を持っていなかった『背信者』といったところでしょうか。」


その『背信者』が貴重な衣装を脱ぐという精密作業中であるのを良いことに、ヘルマンが棘を隠さない言葉で条件を整理する。もっとも、もともとそういう目論見での第一号ではあったのだが。


続いて、この結果を受けての第二号がアメリアだ。テオフィルスよりも明らかに慎重に袖を通し、その面持ちは緊張でがちがちに強張っている。アメリアは神職の条件を満たすが、神秘の継承に必要な位を満たしていない可能性がある。しかし『盾の神秘(仮称)』が高位神官に要求される神秘ではなさそうだという推測から、今回最も期待が持てる。発音のチェックをアーネストに任せ、私は魔術師協会のローブ姿へ戻ったテオフィルスに感触を確かめる。


「前の神秘実験と何か変わったところはあった?」


その問いにテオフィルスは首を横にし、なんの光も示さなかった掌を握っては開いて覗き込む。


「変わりなし。しっかし、少しくらい魔力に反応が起きそうなもんなのになあ。聖石ってのも魔力には反応しない感じだったぜ。」


「実験の前に魔力を流してたの?……やめてよ、装飾品は代わりがなさそうなんだから。」


不発という結果にあっさり引き下がったのは密かに自分の興味を試していたからか、この悪ガキめ。私は内心でのみ毒づいてからアメリアの方へ向き直った。緊張した面持ちは変わらないながらも、その瞳には決意が見えた。私は視線だけで合図を送る。アメリアは静かに、しかし明朗に古代語の術式を発する。両掌が掲げられた瞬間、その空間に何らかの力――私がよく知る力の流れを感じるや、一瞬光が閃く。そして、壁の実体化を伴わないうちに消えてしまった。


「アメリア、もう一回!」


すかさず声をかけてアメリアの集中を引き戻す。彼女は力強く頷いて再び術式を唱えた。そしてまた、一瞬の閃光。その後も何回かのトライをしてもらったが、その光以上の発動へは至らなかった。しかし、光はした。何も起きなかった訳ではない。


「ルツィア様、あのですね!何かこう…上から、なにかすごい力のようなものを感じました!上から感じる前に、首飾りのところに……なにかありました!」


実験を終えて法衣をアーネストに返したアメリアが駆け寄ってくる。さながら実況のように、体感を漏らすまいと次々と言葉にしていく。きっと上からすごいものというのが魔力とは異なる神秘の力を指しているのだろう。そして首飾り――聖石も術の発動に関わりがある。力が流れる前に反応を感じたというのは私にはない、新情報だ。しかし神秘の力を確かに感じることが出来ただろうに、なぜ盾、壁などが発現しなかったのだろうか。


「ありがとう、アメリア。聖石と神職の条件が効いたみたいね。でも……何が足りなかったのでしょう?位か、それとも『誓約』を省いたから?でも大司教の聖石が働いたなら位の件はクリア出来ていそうな気がするけれど……」


私が事前に用意していた仮説はこうだ。大司教の法衣と聖石が大司教の位を持った神職にしか反応しないのならば、テオフィルスのように失敗するはず。しかし実際にはそうならなかった。私が首を捻っていると、いつの間にやら法衣を纏ったアーネストが声をかけてきた。


「ルツィア様、僕も試してみていいですか?もしかしたら何かヒントになるかもしれません。」


アーネストは神職ではないがすでに聖石を与えられている一族の人間だ。『ふさわしき者』である可能性はゼロではない。私は念の為、一族の指輪を彼から預かることにした。大司教の聖石と法衣のみで行われた三度目の実験の結果は、なんとアメリアとまったく同じだった。一瞬の閃光と、なにやら巨大な力が聖石を介して降りてくる感覚を、彼らは共有していたのだ。この予想外の結果にアーネスト以外の全員が目を丸くした。実験結果から『ふさわしき者』と『国と民を守る神職』の条件への疑念が生じていたが、まだ最後の実験台が残っている――聖女たる、この私だ。私は今すぐにでも崩れた仮説を検証したい気持ちをどうにか抑え、仲間達のどよめきを脇において、いそぎ法衣に袖を通した。


今回は聖女のものではなく、神官の神秘だ。自動では出力されない神秘を順に唱えていく。《信仰を力に》。なんらかのエネルギー源を指す言葉であり、目下最大の謎。《拝領》は神官の神秘に用いられる言葉で、聖女の神秘にはない。ここまでが固定語の組み合わせ。《練る》は――術式によっては別の単語になっているが、頻出の単語。おそらくエネルギーの調整か何かだろう。そして、この術式が起こす現象を説明する語句で最後だ。


「《隔壁を築く》――……って、え?」


その最後の言葉を紡いでも、一切の現象が起こらなかった。一瞬の光すらなく。


私は思わず大きな声を出してしまった。しかし体感はあった。治癒の神秘の再現のときにも感じていた、力の滞るような違和感だ。


でもおかしい。どう考えても聖女は『ふさわしき者』であるし、『国と民を守る神職』そのものじゃないか!


内心の動揺を振り切って再度唱えても、結果は覆らなかった。聖石に反応も感じない。誰よりも成功に近いはずだった私がものの見事に失敗する姿に、残る皆は暫し唖然としていた。が、その沈黙を最初に破ったのはテオフィルスだった。


「真面目にやってんのか?!」


「当たり前でしょ!!」


やばいやばいと心臓が早鐘を打つ。落ち着かなければ。落ち着かなければ成功するものも失敗してしまう。そう頭では分かっていても焦りが全面に出ていたのだろうか、術式がもつれはじめると、アーネストからすかさず声援が飛んだ。


「ルツィア様、《拝領》を《遂行》にしてみましょう!」


すなわち、聖女の神秘固有の語句に変えろという術式変更だ。私は大きく肩で息を吸って、吐く。そして神官から聖女の神秘()に、盾の神秘を唱え直してみた。

その違いは歴然だった。《遂行》と述べれば、聖女の神秘である大きな力の奔流がすぐに感じられたのだ。そこから先は意識せずとも流暢に口が動いた気さえした。


「《隔壁を築――かない!!」


現象の発語を終えた途端、眩い光とともに巨大な壁が禁書庫の床を破り、天井へと突き刺さらん勢いで生えてくる――という光景が脳裏に流れ込む。私は光から壁が生えてくる前に、慌てて術を中止した。


「あっぶな……部屋を壊すところだったわ。」


術を途中でやめてしまったが、光が生じるより前に流れた力を感じ取れていたのか、皆の様子は先程とは異なっていた。テオフィルスは眉間に皺を寄せて考え込み、アーネストは瞳を輝かせて符砂板へ記録を刻む。アメリアは圧倒されながらも祈るように両手を組んで、ヘルマンは私の視線の先にあった床を覗き込んでいた。四者四様の反応を横目に、私は法衣や装飾品を手早く片付けて、間を置かぬうちに実験結果の整理を開始した。その動きに続いて、アメリアとアーネスト、ヘルマンも“次回”のための資料整頓に手を動かしはじめる。



「さて……想定以上の結果でしたね。私は『神職』条件が気になって仕方がないのだけれど、アーネスト卿はどう考えですか?なにか目論見があったのでしょう?」


「はい。神職の条件のうち、位について僕なりに仮説を立てていました。もし位まで厳格に規定していた場合、聖石をそれぞれの位のために陛下が製造していたことになります。でも実際にそんな手間隙をかけられるのかなって。建国当時ならいざ知らず、役職が増えるたびに陛下に頼めるほど良好な関係でもないじゃないですか。」


なるほど、そう言われれば確かにそうだ。製造依頼もさることながら教会側の管理だって面倒くさくなる。


「だから位を問わずに神職とみなせる基準ってなんだろうなって考えていたんです。でもそれだけで発動の条件までは満たせなかったようですが。」


「『隔壁』の実体化はなく、光のみでしたからね。……その基準とはなんでしょうか?私とアーネスト様に共通する事柄なんて、思いつきません。」


アメリアが率直に疑問を口にする。この二人の共通点など、今ぱっと思いつくところでは名前がちょっと似ているぐらいしか分からない。しかもそれだってただの偶然に過ぎないだろう。


「はい。それは……信仰に対する知識じゃないかなって。たとえば初代聖女様の名前を言えるかどうか、とか。初代聖女は知っていても、その御名前まではお伽噺でも意外と出て来ないですから。」


私は話を聞きながら感心してしまった。なぜだか知らないが『ルツィア』としての記憶が薄い私には、とても思いつかないものだった。神話に対する知識の一致を細かく詰めていけば、実際にはまた違う条件になるかもしれないが。共通の文化の下で一定の信心がある、つまりは『背信者』ではないことの証左にはなるだろう。しかし現実は、それだけだと神秘の力を感じることは出来ても、発動はしなかった。


「その基準を満たした上で、さらに違う条件……私にも満たせていない何かがあるってことね。でも神職が満たせているのに聖女が満たせない信仰に関する事柄ってあるのかしら?」


「その件だけど、やっぱ聖女ってルールが違うんじゃねえか?神官の神秘と聖女の神秘って分かれてるんだろ。そこにも意味があるから《拝領》で発動しなかったんじゃねえのか?」


私はテオフィルスの指摘に素直に頷きたくはなかった。なぜなら“そうだと隠居に都合が悪い”からだ。私は役割の重複する神秘があったことから、聖女の神秘は神官の上位互換だと推察していた。だから実験を成功させられると考えていたのだ。しかし《拝領》ではびくともせず、《遂行》で派手に発動しそうになったという現実を、もはや無視することは出来ない。


「……そう思う?」


「思うね。今までの実験で聖石を介して力がどうこうって話をお前から聞いたことなかったしよ。」


その返答に反論できる材料がなく、自然と溜め息も深くなる。今幸運なのは、そこを掘り下げる優先順位が高くないことだけだった。


「まあ、仮にそうだとしても。まずは神官の神秘発動に必要な追加条件が分からないと別エネルギー源仮説も進みません。体系が違かろうが、最終的に同じ機能を再現できるならそれでいいんだから。」


私が息をするのと同じくらい自然に口にした言葉に、テオフィルスが珍しく押し黙る。そして何を思ったか笑いを吹き出した。それはいつもの人を小馬鹿にするものではなかった。


「そういや最初っからそう言ってたなあ?神秘が魔法になってもいいって、そういう意味かよ。」


やたら機嫌が良さそうに魔術師がけらけらと笑う。最初からもなにも無い、私はずっとこうだろう。この私達のやり取りを、バルドゥイン大司教への報告用だろういくつかの資料を抱えたアーネストがニコニコしながら見つめていた。そして一切の悪意もなく、こう漏らした。


「テオ、楽しそう。ルツィア様みたいに理解のある方に雇ってもらえてよかったねえ。」




『はあ?』


声が揃う。

私は思わず、テオフィルスよりも大きくてドスの効いた声を上げてしまった。普段出さない声色に驚いたアメリアが、その大きな目をさらに丸くする。しかしアーネストは一切動じる様子もなく、幼馴染の幸運を我が事のように喜んでいるだけのようだった。テオフィルスもなにやら一人納得したように頷いて、私に向けてとんでもない言葉を口にする。


「ああ、まあそう言えばそうか。よーし、この研究が終わったら魔術師やろうぜ。聖女より向いてるんじゃねーか?なあ、アーニーもそう思うだろ。」


その発言には私が口を開くより先にアメリアがヒートアップし、私と魔術師の間に文字通りに割って入った。


「絶対駄目です!!そもそも、さっきからルツィア様に対して無礼がすぎますよ!まずは言葉遣いから出直してください!」


そのあまりの剣幕に私の怒気も引っ込んでしまった。そうしてはじまるいつもの言い争い。まるでここが執務室かのような二人のやかましさに、一気に力が抜ける心地がした。まだまだ神秘発動の資格条件について詰めてみたい気もしたが、もういいだろう。長時間の頭脳労働へのストレスが一気に解放に向かってしまったので打ち止めだ。

私は二人の世話をヘルマンに任せ、アーネストへ顔を向ける。最後にひとつだけ、重要事項の確認だ。


「アーネスト卿。大司教への報告、神秘の研究については触れていただいて構いません。でも実験の目的や結果、そこからの仮説については私達だけで留めておいてくださいね。」


「はい、もちろんです。僕も大司教様との話の中で気付いたことがあれば、また報告いたしますね。」


そう申し合わせた後で、私達はまた腰を屈めて来た道を戻った。神秘の解明は前途多難であったが、まだまだここからだ。成果としては十分だった。不都合な真実もあるが、それもまた収穫だ。



私は魔術師なんかやらない、悠々自適なセカンドライフを手に入れてみせる。決意を新たに、禁書庫潜入の第一日目は終了した。

 

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