表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第3話:治療業務の分析

聖石の王国ハイリゲンシュタインの聖女の朝は、早い。

朝日が昇り、一日のうちでもっとも清浄な空気であるうちに、朝の祈りを行うからである。私の日常業務のひとつだ。

目が覚めるとまず、侍女アメリアの汲んできた聖水──といっても教会の井戸から採れる湧き水なのだが──と布で身を清めることから始まる。その後は聖女のために設えられた上質な法衣に袖を通し、窓から見える景色を眺めながら背筋を伸ばして精神統一をして──これは特に霊的な意味なんてない前世からの癖──、残すは始業前ルーティンの最後の仕上げだ。


「アメリア、いいかしら?」

「はい!今日もこのアメリアにしかと、お任せください。」


声をかければ待ってましたと言わんばかりに、上機嫌にワンピースを揺らして鏡台の前へと立つ。聖女のために用意されたという割には豪勢な作りの鏡台に映る私──ルツィア・フォン・アイゼンシュタインの姿には、まだ少し慣れない。前世の手入れもろくにしていなかった黒髪とは似ても似つかぬ、色素の薄い、白金に近い金髪プラチナブロンドだ。光の加減によっては銀色にも見える、複雑な色合いをしている。

ゆるく波打つその長い髪を、アメリアは慣れた手つきで梳かし、あっという間に上品なシニヨンスタイルにまとめていく。

自分でうまくできないとはいえ、アメリアに毎朝の手間と時間を割かせている。この時間を要するのは、人的コストの観点から見ても非効率極まりないのだが、聖女としての体面を保つためには必要な手間なのだろうと、そう思うことにした。


「毎日のことだけれど、毎回感心するわ。アメリアは髪を結うのがとても上手なのね。」

「とんでもございません!弟妹が多かったものですから、自然と数をこなしていただけですよ。」


アメリアとの他愛のない話が出来るこの朝の時間が、私にとってはなによりの癒やしになっていた。髪を結い終わり、身支度が完了すればもう業務開始だ。


「さあ、朝の祈りにいきましょう。もうヘルマンがお待ちかねよ。」


完璧なタイミングでアメリアに椅子を引かれて立ち上がる。さすがに女性の居室にまでは入れない護衛騎士は、今か今かと私達の到着を待っていることだろう。こうして、今日もまた私の聖女としての一日がはじまる。


「ルツィア様、おはようございます。」

「おはよう、ヘルマン。今日もよろしくお願いします。」


教会の女性職員居住エリアの門扉の前に、いつものようにヘルマンが立っていた。胸に手を添えて略式の礼を交わす。変わらぬ時間に変わらぬ佇まいでいるヘルマンの姿が、私の業務モードへの切り替え、第二のスイッチにもなっていた。


朝の光が差し込む石の廊下を、大聖堂に向かって進んでいく。荘厳な雰囲気の主祭壇にてステンドグラスを背に鮮やかな光を浴びてそびえ立つ、初代聖女エレノア像へと跪く。

両の手を組み、じっと目を閉じる。そうすれば自然と『祈り』が始まるのだ。結界を修復したときとはまた異なる不思議な感覚に包まれながら、30分ほどで祈りは終了する。この時間は、聖女像と自分の間になにか、静謐で深い部分での接続めいたものを感じる。


「初代聖女様……どうか、我々をお導きください。ハイリゲンシュタインに、未来永劫の平穏があらんことを。」

(そして、隠居の実現のために、早くこの私自身の感覚を標準化できますように。)


毎朝の祈りに自分の願いも忍ばせて、今日も朝の祈りは完了だ。その後は当日の予定確認をしながら朝食を摂る。定常業務は毎日繰り返され、初日のような事件は起きないにしろ、割り込み突発の何らかの業務を挟みながら一日が過ぎていく。

もうこの暮らしをはじめて一ヶ月近くは経ったのだろうか。定常業務については、大司教から言われていたことの大半は経験したはずだ。


「ヘルマン、昨晩から朝までの間で、結界周辺の異常や魔物の発生について、新しい報告は上がっていない?」

「はっ。昨日の夕刻より今まで、新しい情報は届いておりません。」


「アメリア、今日の予定に変更は起きそう?」

「はい。本日は……王都警備隊への慰問および治療、嘆きの森周辺で発見された呪具の解呪、初代国王廟へのご礼拝、教会内より地方結界への神聖力補給をするようにと。昨日大司教様より賜りましたご指示からの変更は、今のところありません!」


朝の時点の予定通りにいくはずはないのだが、確認は欠かさない日課としている。ふたりも私との仕事に大分慣れてきたのか、手短で的確な答えを返してくれるようになっていた。


「ふたりともありがとう。では食事を終えて1時間後、各自支度が整ったら遠いところから順番に回りましょう。アメリア、頼んでおいた情報収集の件は移動中に詳しく聞かせてください。ヘルマンは、中央の騎士団から警備隊へ運びたいものがあれば一緒に荷台へ乗せておいてください。」

『はい、承知しました。』


さながらモーニングミーティングといってもよい朝食の時間を終え、私はいつものように執務室の扉前に不在時の用件受付のための黒板を置いて、馬車へと乗り込んだ。今日は比較的余裕のある日程なので、“聖女業務の完全手離れ実現隠居プロジェクト(仮)”にまとまった時間が取れそうだ。



◇◆◇



王都をぐるりと囲む大結界だいけっかい、その手前には結界が出来る以前から城壁が築かれている。ハイリゲンシュタインの騎士団が警戒をするのはなにも魔物だけではない。行商人の往来や民の結界外活動の許可、陸路を使った交易品の出入りなどに、日夜監視の目を光らせている。


「王都警備隊の慰問および治療、か。怪我人や大病人がいるという話は聞いていないけれど……皆健康でいてくれてるといいわね。」


「各隊には教会より神官も派遣されておりますし、緊急の際にはポーションも使って、現場で対処します。……ただし、未知の毒や病に冒されたり、神官たちの治療では太刀打ち出来ぬ場合には、聖女様の御力を必要とする。そう聞いております。」


「治療行為、治療の術自体は、聖女ではなくても使えるということですよね。」


揺れる馬車のキャビンに座るヘルマンとアメリアを順に見る。彼らは私の質問に、しかと頷いた。


「はい。すべての教会職員に許されている術ではないのですが…職位や、配属先の教会によっては高位の司祭様より治療の神秘を授かることが出来るんですよ。──聖典にも、そのように。」


私の目配せに反応し、アメリアが使い込まれた書物を差し出した。教会内で共有されている『聖典』の一冊だ。事前に彼女に依頼し、借りてきてもらっていた。


私は紙を傷めないように慎重にページをめくり、神官に伝わる『治療の神秘』に関わる記述を探す。先程アメリアから説明があったような継承の仕組みについては書かれているものの、実際の術のやり方については詳細が書かれていない。あるのは、おそらくはその術を唱えるときに使うであろう『言葉』の一節。しかし聖女の業務ではないからなのだろうか、どれだけ眺めても、指でなぞっても、直感的な理解が発生する気配はなかった。


文字は文字だ、ただし、今現在私達が使っている文字とは異なる体系をしているように見える。


「ふたりとも、この文字は読める?……治療の神秘は多くの騎士や民が必要とするでしょう、もっと多くの人間が気軽に使えるようになった方がいいと思うのよね。」


おもむろに二人に見せるように本を広げた私に、アメリアが一瞬慌てた顔をしたが、そこは見ないふりをしておこう。ヘルマンは眉間に皺を寄せて怪訝そうに首を捻り、アメリアもまた、亜麻色のおさげを左右に揺らした。


「ルツィア様のご指示通りに、治療を担う者たちに話を聞いてきました。どの程度の怪我や病気までを自分達が担うのか、皆が皆、ヘルマン様の言ったようなご回答でした。まずは全力を尽くして祈り、治療の神秘を行使すると。あとは身分の高い御方の治療は聖女様へお越しいただく……といった話もありました。」


アメリアに頼んでいた情報収集とは、治療業務についてであった。どこまでが神官の業務範囲で、どこからが聖女でなければならないのか、基準を明確にしたかったところだが…教会内部で得られる情報としてはまずまずだろう。

こんな調子で、聖女の業務のうち、他の担当者でも実施できるものはないかを探っている状況だ。すべての業務が聖女にしか出来ないということは、ない──それがこの一ヶ月で得られた見解だった。


しかしながら、聖女業務のうち、とくに「聖女様の御力を行使する業務」──仮に『神聖力行使業務』と呼んでおこう──を紐解いていくと、書物にせよ、脳内に浮かび上がるにせよ、必ずといっていいほど『言葉』の壁が立ちはだかってきた。感覚的に読めるものもあるが、それでは他人に引き継ぐことも、マニュアルに残すことも不可能だ。

どうにかしてこの『言葉』を誰にでも分かる形にしなければ、『神聖力行使業務』の可視化・改善は叶わないだろう。


「治療の使い分けの基準は、あるようでないような……という感じね。ありがとう。あとは城壁に着いたら、治療を受ける側の騎士の方々にも話を聞いてみましょう。ヘルマンも、協力をお願いします。あとは…アメリアは引き続き、その治療の神秘の継承に立ち会えるタイミングがないかに聞き耳を立てておいてね。──なんならアメリアが昇格してくれてもいいのよ?推薦状でもなんでも書きますし。」


本気に取られてもいい冗談を混ぜながら再び指示を出し、私とヘルマンはくすりと口元を緩める。真に受けたアメリアが必死に手を振りながら、頬を真っ赤に染めている。


「まさかそんな、私なんて若輩のシスターにすぎませんから!ルツィア様のご推薦を受けるには、修行が足りません~!!」


彼女の、素直に慌てる様子が本当に微笑ましい。職務に忠実であることに疑いようはないので、本当に推薦してもいいのになあ、と。

そうこうしているうちに城壁が近づいてきた。


さあ、到着次第、定例業務に加えてヒアリングの時間だ。

私はひとつ短く息を吐き、気合を入れ直した。



◇◆◇



予定されていた業務にヒアリング、呪具の解呪に、出かけている間に黒板にびっしりと書き込まれた依頼で王宮、貴族屋敷の往復と告解室に缶詰となっているうちに、日没を迎えて本日の業務はようやく終了を迎えた。ヘルマンに見送られ、朝よりは幾分やつれた表情で居室の椅子にもたれかかる。

しかし今日はまだここで休んでいる場合ではない。得た情報を整理して、改善プロジェクトも進めなければ。


「ルツィア様、本日もお勤め、お疲れさまでございました。」

「アメリア~…ありがとう、いつも本当に助かるわ。」


鼻腔をくすぐる、甘く芳しい香りにふっと肩の力が抜ける。私が疲れを表に出すと、こうしてアメリアはすぐに温かい紅茶を淹れてきてくれる。


「今日ははじめてルツィア様のなさる治療の神秘を拝見しましたが、やっぱり聖女様ともなるとこう…治癒の光の輝きが全然違いましたね!」


白磁のカップに湯気のたつ紅茶を注ぎながら、アメリアが興奮気味に語り始める。


「神官様の治療で怪我そのものは治っていたけれど痛みが残っていらした騎士様も、ルツィア様の治療を受けたら、まるで怪我をする前みたいに背中がピンピン動くって!すごいことです!」


「ええ、そんな事を言ってくれていたわね。これで聖女の治療が大は小も兼ねるってことは分かったわ。でもやっぱり問題は──治療の際に唱える『言葉』ね。」


今日は幸運にも、国境警備隊の詰め所に神官も訪れていた。疼痛を訴える老兵への治療に来ていたというので、その治療の術を間近で見ることが出来た。

その詠唱に使われていた『言葉』は、やはり私の治療のものや、日常的に話す言語とは異なっていたが、術の発動の際には魔力の流れはこの目に焼き付けることはできた。その術を発動する『言葉』が何かさえ明らかになれば、それぞれの術をマニュアルに書き記すことはそこまで困難ではなさそうだ、というのが、大きな収穫だった。

ほんのりと温まった茶器を手のひらで包みながら、息を吹きかける。


「ねえアメリア。貴方が借りてきてくれた聖典よりもっと古い資料、教会の中に保管されている場所ってないのかしら。聖典は今現在使われているものだし、その改訂前の本があってもおかしくないのよ。」


「そうですねえ……。私たち一般職員が入ることが許されないエリアになら、存在するのかもしれません。例えば大司教様が直接管理なさっているとか。聖女様が解呪される呪具や、解読なさる書物は、高位神官の方々が直接お持ちになりますもんね。」


「やっぱりそうよね、何かあるわよね。……その高位神官や大司教しか入れないエリアというのは、私が入ってもいいもの?」


「なにをおっしゃいますか!私たち聖職者はみな、立場は違えど全員聖女様にお仕えしているのです。この教会において、ルツィア様が入ってはいけない場所なんてあっていいはずがないですよ!」


ふふん、と誇らしげにアメリアは胸を張る。

そう、実際に聖女は宗教指導者の立場にあるからそう言われればそうだが……どうにも私には、大司教の顔がよぎる。わざわざ引き継ぎの条件に職位があったり、簡単に市井に広めていない辺りに引っかかりを覚えていた。

いつかは必ず手をつけないといけないけれど──今はまだ、時期尚早かもしれない。


「私と神官の治療の違いや、あの詠唱はとっても気になるけど……今はまず、すぐに手をつけられるところから改善を進めましょうか。」


「かいぜん?──ルツィア様、ご自身のお勤めに対してとっても研究熱心でいらっしゃって、すばらしいです!まだご記憶の混乱も残っていらっしゃるのに…どうしてそこまで励んでいらっしゃるのですか?」


私がルツィア・フォン・アイゼンシュタインであるはずなのに、鷹野瑞穂の魂を持っていること、おそらくその影響によって、備えているべきはずの常識に疎いことは、儀式による記憶の混乱、ということにしてもらっている。嘘ではない、実際に分からないことは多くあるからだ。


しかし、だ。業務に熱心ですねと言われて「はい」と答えてしまうのは、確実に嘘になってしまう。困ったぞ。


「ええと……それはね、アメリア。私ひとりで全てを行うには限界があるでしょう?私に万が一があったり…そう、例えば怪我をして動けなくなったりしたら、国の守りに影響が出てしまう。いつそうなっても困らないように、私の業務を『誰でも』『すぐ見て分かる』状態にしておきたいのです。」


──そして、あわよくば全てを後任に託して隠居がしたい。

私のこの、極めて不純な動機から始まっている改善への思い。

それを聞いたアメリアは大きな瞳を瞬かせ、その縁にはキラキラとした涙を浮かべているではないか。


「うっ……うぅ、ご立派です……!あまりにも高潔な御志に、感動しちゃいました!さすがはルツィア様!歴代最高の聖女様に間違いありません!このアメリア、どこまでもお仕えいたします!!」


「ま、まぁ、そうかしら?ありがとうアメリア。では、まずは巡礼コースの見直しからはじめましょう。私たち、毎日馬車に乗って行ったり来たりしてばかりでしょう?ね、移動は効率的にした方がいいから──ああ、よしよしよし……」


ああ、なんという罪悪感。

決して言葉に嘘はないし、意識が高いといえばそうなのだろうが……。

ごめんなさいね、アメリア。もう少し物事が動いたら、正しく伝えますからね……と、私は目の前の純粋そのものであるシスターの肩をなだめるように撫でながら、胸の中で懺悔の祈りを捧げたのだった。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ルツィア初の業務分析を行った回でした。


次話では、いよいよ巡礼業務に改善のメスが入れられます。

面白かった方は、お気軽にリアクションやご感想、評価、ブクマ登録などいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ