表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/28

第17話:誰が為の薬、届かぬ剣-2

ポーションの増産が軌道に乗った頃、疫病もまた、その勢いを確かなものとしていた。日に日に教会へ運ばれてくる患者は増え、発見が遅れた者や元々病を抱えていた者たちは高熱に耐えられず亡くなっていった。幼い子供や赤子の犠牲も出ていた。なぜなら、ポーションは病の治療薬ではないからだ。

しかし、王令とされた手洗いうがいの実践に加えて、ポーションを運搬する騎士や教会職員によって現実味を帯びた行為として口布の着用が広まると、過去の文献ほどの被害にはならずに抑え込めているのではないかという実感を、アーネスト達は掴みはじめていた。


この国の異常事態に対しなぜ聖女が直接、その神秘をもって民を救わないのかという疑問は、生じる前に大司教によって手が打たれた。聖女もまた病床にあるが、その聖女の意思により口布の使用とポーションの民衆への提供が決まったと、教会職員の口から民に流布させていったのだ。王は大司教の行動を叱責したが、聖女が倒れてからなおも健在である大結界がその噂を否定するものになるだろうと考えを改めた。やがて、聖女が王の元にて「神秘をより民に広く用いられるものにしたい」という会談をしていた、その結果がポーションの解放であると大々的に宣伝をし始めた。それぞれの思惑はあれど、民の国への忠誠や教会への信仰は、聖女が不在で疫病が蔓延していく最中にあっても揺らぐことはなかった。


しかし、その状況が面白くない者がいた。教会と聖女の力を排し、ハイリゲンシュタインを王国の手に戻したいという信念を抱く魔術師、カスパー・フォン・ヴェーバーである。彼は表向きは王宮の者として騎士団に同行し、薬草の採取をしたりポーションの運搬にあたるなど、その忠誠に従って“聖女の加護”を担っていた。だがその裏では、病床にある聖女の居場所を探っていた。鼻の利く“聖女の従者”たちの警戒を掻い潜るべく慎重に、しかし確実に情報を集めていった結果、彼はついにその場所を探り当てることに成功したのだった。



『規定』の時刻に、『規定』の回数で扉が叩かれた。その音にテオフィルスは顔を上げ、もはや見飽きてきた見張りの騎士の顔を念の為確認するという“儀式”を行う。決まった人間が決まった時間に来ればもう確認も何もないだろうと文句を言ったことはあるが、何一つ受け入れられずに今に至る。


(どいつもこいつも似たような鎧を着て、似たように厳つい人相なんて覚えにくくて仕方がない。)


いつものように一言を交わして『異常なし』と伝えてから交代をする。そしてすれ違いざまに、退屈さへの憂さ晴らしがてら、小さく千切った紙片を交代する相手の投げつけて次の持ち場へ移動するのが常だった。今日も今日とて、やたらと目をギラつかせて隙あらば製法を知ろうとする魔術師の相手をしなければならない。それに隔日とはいえ頻度の高い寝ずの番から、あくびをもよおしたところ、テオフィルスの肩を嗅ぎ慣れた臭いが通り過ぎた。


その瞬間。

後先考えるよりも早く、魔力の矢が騎士に向かって放たれていた。


しかし、その『騎士』はその矢を避けた。避けられるということは、この臭い──すなわち灼符紙しゃくふしに、他人の魔力が通って燃える臭いを知っている人間に他ならない。テオフィルスは思い切り後ろへ飛び、聖女の眠るベッドと『騎士』の間を陣取った。次に見た時には『騎士』はその姿を陽炎のように揺らめかせ、面識のある魔術師の姿へと戻っていた。テオフィルスは初めて見る魔法にひゅうと口笛をひとつ鳴らしてから、その名前を呼んだ。


「もう完成していたんなら言えよ、カスパー。」


「言うはずないだろう、とっておきの魔法だ。」


テオフィルスの軽口を慣れた様子でいなす、その口ぶりもまさしくカスパーである。テオフィルスが咄嗟に放った魔力は速度を重視しすぎたのか、同じくカスパーに咄嗟に、かつ明確に急所を守るべく生み出された壁を穿つまでには至らなかった。魔術師を倒すのにもっとも確実性の高い瞬間は、互いが魔術師と認識する前である。最大にして一度きりのチャンスを逃したことにテオフィルスは舌打ちをした。カスパーは聖女を守るように立つ()()()()()()()()姿()を、芝居がかった仕草で大袈裟に嘆いてみせる。


「しかし情けないぞ、友よ。金に釣られたとはいえ稀代の魔女の護衛なんぞに落ちぶれるなんて。」


「誰が友だ、気持ち悪ィ。お前こそ、ご丁寧に変装までして寝首を掻こうだなんて小せえ卑怯者だとは思わなかったぜ。」


魔法はイメージの比重が強いとはいえ、予備動作なしに高火力を出せるものではない。一生涯にひとつの魔法だけの練度を高めるような魔術師であればそうなれるかもしれないが、自分たちはそうではないと知っていた。次にどちらかが攻撃すれば、そこから撃ち合いになる。魔術師同士の戦いは、始まってしまえば消耗戦だ。今はお互いに隙を探り合い、最初の一発を決める機会を狙っての心理戦の只中である。


──そう、カスパーは考えていた。


人を小馬鹿にしているため睨むにもやる気が感じられないテオフィルスの目が、ほんの僅かに見開かれた。いや、見開かれた“ように”見えた瞬間に閃光が生じ、頬を掠めた。その傷は浅いが焼けたような痛みをカスパーにもたらした。前後左右、部屋中から無数の光の矢のような魔力に狙撃されはじめ、カスパーは堪らず両手を掲げて詠唱し、全方位に対し障壁を張らされた。


(何が起きている?奴は詠唱もせず、動きもなかったはずだ。)


対象に向かうと光ってしまうのはテオフィルスの技術の限界だった。だがしかし、両手両足に一切その気配を見せずに広範囲から怒涛のように降る光線は、暗殺者の足を止めるには十分だった。しかし威力は防壁を貫くには至らない。カスパーは術の解明を捨て、矢の防御に必要な最低限の魔力を掴むことに集中した。自分の魔力があるうちに相手の魔法を打ち消す道理、または出力の加減さえ分かれば、魔術師は魔法による攻撃を攻略することができる。したがって、瞬間の威力で倒せない場合に最終的に勝敗を決めるのは、魔力の総力であった。消耗戦といわれる所以である。一般的に魔力は放出する方が消費が激しい。カスパーは定石に則って誘いに乗り、魔力切れもしくは術の合間を狙う。

その基本を選べるだけの魔力量を持っていたからだ。


「どうしたどうした、防戦一方じゃねえか!」


その定石に対して攻撃手が取れる手は、集中を乱すか、二の矢を打つかだ。当然カスパーも、防壁越しに次の動作を睨んでいた。しかし厄介なことに、光線が防壁に爆ぜる瞬間に一際眩しく光り始める。その数によって目眩ましのように術者の姿を隠す。


「…なんて性格の悪い魔法だ。しかしそんな小技、消耗を早めるだけだろう!」


ならばと、カスパーは視界を広げるために防壁をより遠くへ展開して応戦した。着弾を視界から遠ざけると、術者はなんと目を閉じているではないか。テオフィルスは目を閉じていながらも、その瞬間を待っていたかのように中指を立てる。指の動きに合わせて足元を狙って光の刃が突き上げられる。刃の位置がその胴体よりも一寸手前であったため、カスパーは態勢を犠牲に後ろへと飛び退いて難を逃れた。床に鈍い音がずんと響く。手応えのなさに気付いたテオフィルスが目を開き、首を傾げる。


「あ?……ちっ、結構ズレてやんの。次行くぞ、次!」


そして再び瞼を伏せて四方八方からの狙撃を繰り出しながら、床から隙を狙い続けた。対するカスパーは足元にも障壁を貼らざるを得ない。意識する方向が増えれば、その分集中を要する。しかし何故テオフィルスは、ここまで広範囲に渡る注意を払いながら術を継続できているのか。足元への警戒のため壁を狭めれば視認を阻まれ、逆に壁の範囲を広げれば手薄な足元を狙われ、カスパーは打ち手を制限される。しかしテオフィルスも威力においてカスパー討つには至らず、攻め手を塞ぐまでに留まっていた。

膠着状況に焦りを強めたのはテオフィルスの方だった。この戦術はカスパーが内密に暗殺を図ろうとしている間に限り、有効だからだ。騒ぎになることを厭わず部屋ごと破壊するような術を放たれれば、守る対象のいる自分が圧倒的に不利になる。だからといって、“要人暗殺を厭わないような魔術師”相手と真正面から撃ち合うのも分が悪いと読んでいた。テオフィルスは魔力量については凡庸であり、攻撃手段としての魔法の研究は本来専門外だった。今回の()()()は、ただ単に暇を持て余したがゆえの産物でしかなかった。不可視の矢を部屋の至るところに設置し、扉を開けた人間が通りそうな位置をあらかじめ記憶しておく。そして予備動作なく目標へ矢が当たるように、有り余る時間を利用してひたすらにイメージトレーニングをした結果だった。


対するカスパーは、徐々に光の矢の正体に気付きはじめる。時間が経つごとに、矢が降ってくる方向は様々ではあるが全く同じ位置から発射されているものは無い。あらかじめ用意したものなら次の鐘が鳴るまでには撃ち尽くされるだろう。そうなってしまえば天秤はあっという間に傾くと、狙いを定めて守りへと専念した。その対処もまたテオフィルスの望まぬところではあったが、ある意味では狙い通りでもあった。護衛は一人ではないからだ。


扉が破られるような勢いで開け放たれ、ヘルマンが飛び込む。その予想よりも扉近くにカスパーがいたため、カスパーの扉を避ける反射的な後退に、切りかかる剣先はその背中を裂くに留まる。カスパーが展開していた魔力による障壁はあくまで魔力に対するものだった。悲鳴、返り血に一切の動揺を見せない騎士の返す刃は、その首を確実に斬り落とさんとする角度を狙う。──が、切っ先は首筋の手前で止まった。死を目の前にした刹那。カスパーはその生存本能からか、首から上だけを聖女ルツィアに変化させていた。騎士のその一瞬の動揺を見逃さず、カスパーは脱兎のごとく開け放たれた扉から逃げ出した。


「バカ野郎!なにやってんだ!」


刹那のやり取りから距離があり、ヘルマンが切らなかっただけに見えていたテオフィルスが叫ぶ。その声が届くよりも早く、ヘルマンは暗殺者を追って廊下に駆け出していた。


「手負いを追え!逃がすな!!」


ヘルマンと騒ぎに駆けつけた騎士の追跡も虚しく、血に塗れた姿に悲鳴を上げるシスターや職員を押し退けながらカスパーは逃亡した。その逃走経路上、途中から血痕が消えていたことから内部に協力者がいたとも考えられたが、その足取りは掴めなかった。



かくしてカスパーによる聖女暗殺は、未遂に終わった。

取り逃がしてしまった不始末の責任を取らんと、ヘルマンは事の次第をすぐに王宮に報告しようとしたが、アーネストが止めた。今から他の人材を育てる猶予などないからである。騎士の道理を無視し、疫病に対する合理のみで罰を望むヘルマンを諭した。それと同時に、王や大司教には迅速に情報共有し、逃走を防ぎようがなかったことも併せて飲ませた。ヴェーバー家への処遇や内通者の追跡などのすべてを王と大司教に委ね、四人はひたすらに疫病との戦いに身を投じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ