第14話:アーネストの直訴
テオとヘルマン様に挨拶をしてから、僕はアメリア様に連れられて工房へ寄った。それから一人でルツィア様の居室に戻った。つい先程まで窓が開け放たれていたせいか、少し肌寒い。本当は女性の部屋、ましてや聖女様の部屋に黙って入るなんてとんでもないことなんだろうけど……今回は緊急事態だから、ルツィア様もきっと許してくださるはず。
僕はそのままルツィア様のベッドの天蓋をそっと捲って、傍らに置かれた椅子に腰掛けた。眠っているルツィア様には申し訳ないけれど、確認のために声をかけた。
「ルツィア様、ルツィア様。アーネストです。お加減はいかがですか?」
この呼びかけにうっすらと瞼が開く。ルツィア様ははじめはちょっと驚いたみたいに瞬きをしていたけれど、状況を思い出してくださったのか、ベッドに掛けられている毛織りの布を口元まで引き上げてから僕の方に少し顔を傾ける。
「……ああ、アーネスト卿でしたか。容態は……まだ熱があります。寒気もするので、暮れにかけて更に上がるんだろうと思います。」
「苦しいところ、お話させてしまってすみません。症状は高熱と関節痛、寒気の他には何がありますか?お声もかすれてらっしゃいますよね。」
「熱のせいか頭痛と、関節の痛みもまだあります。特に太ももの付け根あたりに。……今は喉の痛みと熱が主だった症状ですけど、きっとこの先鼻がやられたり咳が出たりもするでしょう。とても《《良くない風邪》》ですから。」
僕の確認にルツィアは分かりやすく頷いてくださった。高熱のせいか普段の凛々しさは抑えられているけど、ルツィア様は確実に僕の質問の意図を理解して、ひとつ先の言葉までくださる。すごいな。
僕は、それらの症状が過去に何度もハイリゲンシュタインで猛威を奮った疫病であると改めて確信した。
「はい、残念ですがおっしゃる通りでしょう。僕は医者ではないですが、過去の記録と照らし合わせて“そう”だと考えます。……でも、疫病に負けない体力さえあれば乗り切れます。そういう記録、ありますから。」
僕は懐からポーションの入った小瓶をルツィア様に差し出した。ポーション製造工房に保管されていたのをアメリア様が頼み込んで譲り受けた1本だ。まだ緊急事態だとは話せないから、職員の皆さんに不思議そうな顔をされたけど。
「先ほど僕たち3人で話し合ったんです。この先の疫病拡大に備えてポーションを増産し、患者に与えて体力をつけさせようって結論に達しました。ですからルツィア様も対象です。今、飲んでください。」
ルツィア様は自分よりも民が優先だろうと言いたそうにポーションと僕を見ていた。そこに「アメリア様から、絶対に目の前で飲ませるようにってすごい形相で頼み込まれて」と二の句を継ぐと、ルツィア様も納得してくださった。ぐいっと一息に飲み干す姿はいつもみたいに勇ましかった。
「ありがとうございます。この後も侍女の方が持ってきたら飲んでくださいね。王都全体で病に立ち向かう必要があるとお伝えしなければならないので、僕はこれから大司教様や陛下と会ってきます。うまくやりますので、ルツィア様は御身のご回復を一番に考えておやすみください。これは僕たちの総意です。」
布に鼻から下が隠されているからお互いの表情をはっきりと確認できない中、ルツィア様は少し押し黙ってなにかを考えていらっしゃるように見えた。きっと僕がさっきヘルマン様に言われたようなことだろう。そしてルツィア様も少し時間を置いてから、目元で微笑まれた。
「……分かりました、皆で決めたのならば間違いないでしょう。私の意思として伝えてください。アーネスト卿、貴方ならば必ず出来ます。大丈夫です。本来ならば握手でもして激励したいところなのですが、このままですみません。」
「お気持ちだけで十分光栄です、ありがとうございます。ではルツィア様、お大事になさってくださいね。」
「ええ。――いってらっしゃい。」
立ち上がり、頭を下げてその場を後にしようとしたその時。不意にかけられた言葉の穏やかさに僕は驚いて足を止めてしまった。
ルツィア様は内心では歯がゆい思いでいっぱいで、体調悪化のご不安や焦りもあるかと考えていたけど、それは僕の思い違いだったみたいだ。まるで物語の中の大将や、女王様のように落ち着いている。そのご意思はとても強いはずなのに人に任せることも出来るんだ。すごいなあ。
でも、その落ち着きは、どこか出来すぎていた。
僕は預かった信頼にもう一度頭を下げて、天蓋を閉じた。
◇◆◇
「リヒターの当主です、“直訴”をしに参りました。至急、大司教様の元へ案内をお願いします。」
ルツィア様の部屋を出た僕は、最寄りの神官へそう告げて家紋の刻まれた指輪を見せた。驚かせてしまうのはちょっと申し訳ないけど、急いでいるし、選り好みできる状況でもなかったから。
僕のその訴えを聞いた神官は戸惑いながらも僕を高位神官の元へ連れていった。高位神官は家紋を見てすぐに表情と態度を変えた。そしてその人が案内に替わり、大司教様の執務室へと通された。
いつ見ても巨大で、重々しく分厚い扉を神官が開いた先に、大司教様が座っている。僕は出来るだけ姿勢を良くし、大司教様の側へと早足で向かう。そして略式の礼をしてから、先程と同様に証を提示した。椅子から立ち上がろうとする大司教様をお止めして、高位神官が部屋を出たのを確認してから状況の報告をはじめた。
「大司教様、申し上げます。『凍炎病』と思しき病の発生を確認しました。」
「数十年に一度のあの病か……在任中にまたも現れるとは、何の因果か。」
大司教様はすでにこの疫病を経験されているから、一言で通じた。いままでの直訴ならこの『過去からの報告』だけで対策はそれぞれに取ってもらうまでだったけど、今回はここからだ。
「成年一人の罹患を確認していますので、王都にすでに侵入したものと考えた方がいいでしょう。――そして、すでに聖女ルツィア様はこの状況に対し、策を用意されていました。」
ルツィア様の名前を出すと大司教様の気配が一段と厳しさを増した。でも話に耳を傾ける姿勢はそのままだったから、僕は説明を続ける。
「ルツィア様はこの病に対して『まずは予防をすべし』と述べられました。手洗いなど衛生管理の徹底と、この口布の使用の推奨。そして『罹ってしまった民には隔てなくポーションを与えよ』とも。聖女の“祝福”により、すでに増産に耐えられる体制になっていると伺いました。この対策は『体力のない者から死んでいく』というリヒターの記録にも合致します。大司教様より正式な実施の許可をいただけますでしょうか。」
大司教様は険しい顔付きで黙ったままだった。ルツィア様とリヒター――いや、僕の“越権”と、どちらに怒っているんだろうか。多分僕の方かな。先代はこんな交渉をしないで、報告だけだっただろうから。僕は明らかに、大司教様に判断を迫っている。大司教様は僕の目に厳しい視線を向けてこう尋ねた。
「そうであるならば聖女ルツィア自らこの場に来るべきではないか。リヒターが直訴のついでの言伝を許しているなら、同席させても変わらぬだろう。」
問題にしたのは作戦の是非からじゃなかった。権威とか道理とか“筋”とか、その類のことかな。僕はありのまま正直に答えた。
「それが叶うならばお連れしております。先程申し上げた成人一名とはルツィア様です。ルツィア様は自ら病に冒されながらも民を第一にと、我らに策を授けてからお倒れになりました。」
この状況を聞いて、大司教様は溜め息をついた。驚かなかったのは意外だったけど、大司教様の方がルツィア様の強さを分かっていたのかもしれない。僕はなおも続けた。
「命の危機にありながらも自らを一顧だにせず、御身の隔離までも実施させました。この状況でも聖女様の叛意ありとお考えになりますか?」
「……聖女が民や国を第一に考えていることに疑いはない。我々教会は、子供や老人など弱者に施設を解放し、集団で看護をするよう伝達する。治療の神秘も積極的に使うよう指示を出そう。しかしそれでも市中の病となればポーションはまだ足らぬ、先んじての増産を認めよう。」
「お言葉承りました。この後陛下の元へも参りますので、教会の対応としてお伝えいたします。」
「して、ポーション増産の指揮は如何する。聖女ルツィアはなんと?」
「製造については誰が実施しても変わらぬよう手配はされています。しかし今後の不測の事態に対応するには、祝福に同席していた侍女アメリアに製造指揮を任せるのが最善である、と。」
僕は先程までの対策会議で決まり、ルツィア様が承認されたことを『ルツィア様からの指示』として伝える。指示命令系統として何も間違いはないからだ。「侍女」という地位に引っかかりがあるのか、大司教様の返事はまだない。あまり時間をかけたくないので、僕はたたみ掛けた。
「『聖女の名代』といった職位を一時的にでもお与えになれば、神官たちも従うのではないでしょうか?ルツィア様はもちろんお許しくださるでしょうが今は病床の身、大司教様より授けるのが最も迅速でしょう。」
さすがに言い過ぎたかな。でも本当は一分一秒だって悠長にしていたくないのは大司教様だって同じはずだ。大司教様は何か言いたげな目はしていたけれど、豊かな髭を撫でながらもう一回だけ溜め息をついた後で、こう言葉を足して承認した。
「その侍女へ、『聖女の名代』として秘術をリヒター以外に漏らさぬよう増産を果たすよう伝えよ。なにか判断を要する際には民を第一とし――教義と聖女の教えに従うように、と。」
ここまで来て隠し通すのは結構無理があるんじゃないかなあとは思ったけど、獲得すべきものはすべて獲れたから、これでいいんだろう。
「承りました。では先を急ぎますので、失礼いたします。」
僕は深く頭を下げてから、ほとんど小走りで来た道を戻った。扉から少し離れた場所で待機していた案内の神官様に馬車の手配を頼んだ。さあ、次は城へ行かなくちゃ。
◇◆◇
城門に理由なく近づけばそれだけで馬車は門兵に止められるから、僕はそこでまた指輪を見せれば通してもらえるものだと思っていた。いや、“そうでなくちゃいけない”んだけど。
僕は、門兵とのもう何往復したか分からない問答の繰り返しに辟易していた。
「だから言ってるじゃないですか、リヒターの直訴だと。この説明で分からないなら貴方だとお話にならないので、上司の方を連れてきてくださいって!」
「だめだ、素性もわからぬ怪しい身なりの者を通すわけには行かない。そんな家名聞いたこともない。上役を呼ぶまでもない、畏れ多くも陛下に一般市民がやすやすとお会いになれると思うな!まったく、どこまでおかしな子供なんだ……。」
門兵には家紋もリヒターの名も通らなかった。一番知っていなきゃいけない立場のはずなのにどうして?僕は自分たちの歴史的な成り立ちからを屋外で話す訳にもいかず、ならばせめて話の分かる身分の者を呼んでくれと頼んでいるのに、それすらも通らない。
口布がそんなに変?僕がお祖父様みたいに威厳のある容姿ならよかったのか?親の印章を持ち出して遊ぶくらいの子供に見えている?確かに僕は同年代と比べても大分背丈は低いほうだけど、ひどい!もうこっちは本当に火急の事態なのに。絶対に忘れないぞ、この顔を!
「――まだ話すべきことではありませんが、王および国の存亡に関わる事態が現在進行中です。ここで僕を留め置くことは緊急対応の妨げと同義です。それでもまだ通さないつもりですか?国益に反してでも?」
僕は相手を動かすために出せる分の情報は出さざるを得なくなった。怒りと焦りは隠して、出来るだけ低い声を出す。僕の様子が変わったことに少しだけ気圧されてくれたのか、頭ごなしの否定ではなくなったけど、彼はまだ僕を信じられないようだ。
「国家存亡の危機だと?……しかし、それなら何故お前のような子供を遣いに出すんだ!それに陛下の存亡などと、なんて不敬な!」
「事態は一分一秒を争います、こんな話をしている場合ではないんです。僕は一刻も早く陛下にこの事をお伝えしなくてはいけない義務があります。通してください。」
兵士は奥歯を噛みしめたような顔をしながら、その手にしていた槍を僕に向けた。その切っ先には大いに迷いがある。向こうはこれで脅しているつもりなんだろうけど……僕たちは色々と備えているから怖くもなんともない。
僕はこれ以上の説得は無理だと判断した。そして指輪を口布に触れるか触れないかの距離へ運ぶ。やりを突きつけられてるのに動いている僕に驚いたのか、兵士は腰の入った構えに変える。
でももう遅い。僕は最後の手段に出た。指輪にだけ“聞こえる”ように、静かに呼びかけた。
「《起きろ》、偉大なる勇者王。」
僕の呼びかけに指輪は確かに反応を示した。これでいい。後は本当に野となれ山となれだ。
僕が一見何もせず、ただ腕を上げて下ろしたようにしか見えていない門兵は、急に黙ったことを訝しげに睨む。このまま黙っていてもいなくても事態は動かしたから、別にいいんだろうけど……きっとルツィア様なら、もう一回くらい免責の機会を与えるだろう。僕はそう考えて、門兵に最後の問いかけをする。
「まだ猶予はありますよ、今のうちに僕を通してください。そうでないなら僕は貴方の事も含めて報告をしなくてはなりません。――覚悟は、ありますか?」
「一体何なんだこのガキは……!気味が悪い、俺の手に負えない。くそ、いくら子供とは言え……しかし、――やはり指示を仰ぐしかないのか?」
本当に咎められるべきは彼ではなく、門兵にきちんと伝える事をやめた決定をした誰かなんだろうけど、それは僕が口を挟むことではない。彼が悩んでいるうちに、城の方から誰かが馬で駆けてきた。
明らかに官僚、かなり身分の高そうに見えるその人は門に到着するなり、下馬せずに声を荒げた。
「一体何の騒ぎだ、説明を!」
慌てて槍を置いて膝を突く門兵が口を開く前に、僕は指をその人に見えるように掲げて宣言を繰り返した。
「リヒターの当主です。門兵に伝わらず立ち往生しておりました。大至急、国王陛下にお目通り願います。」
するとその人は血相を変えた。そして急いで馬を下りて僕の望んだ対応をしてくれた。
「“直訴”ですか……大変失礼しました。すぐにご案内しますので、こちらへ。」
よかった、話の通じる人を出してくれたんだ。
僕はもう門兵のことは見ずに、その人に補助をしてもらって馬に相乗りした。そのまま早駆けに門の中へと駆けていく。一体どんな顔をしていたのかは少しだけ気になったけど、意地の悪いことを考えることに割く時間ももったいなかったから、次の直訴だけに意識を向けた。
◇◆◇
「なるほど、リヒターの直訴であったか。そうであったなら先ほどの“異常”にも説明がつく。――もう良い、下がれ。」
侍従から事の仔細を聞いた陛下は、直訴を受けるために侍従を含め、執務室から人払いをした。初めての対面だから本来なら挨拶からなんだろうけど、今はそういう場ではない。僕は指輪が見えるように胸に手を添えて、『凍炎病』蔓延の可能性と、それに対するルツィア様の策、大司教様提案の集団看護についてを順番に報告していった。
「効かぬポーションの問題を解決してみせたばかりか、病の予防のための手洗いうがい等の衛生管理、口布の利用を民へ命じろと残してから倒れただと?さすがは聖女ルツィアだな、胆の据わり方が違う。面会が終わり次第すぐに実施しよう。」
「迅速なご対応に感謝します。ポーションの増産にあたっては、材料調達や市井への運搬などに人手が必要になります。その際に、病に負けぬ屈強な肉体を持つ騎士団より人員を借りることが出来ないかとも仰せでした。一時的な権限の付与を承諾いただけますでしょうか。」
僕はここでも一歩、境界線の上に立つ。陛下は表情一つ変えずに了承し、侍従を下がらせてしまったから、自ら羊皮紙を取り出して書状をしたためた。僕は机の前に進み出てそれを受け取る。
「これでよいか。他にも必要な権利があればなんなりと申せ。この非常時だ、あればあるだけいいだろう。教会だけ働かせる訳にもいかないのでな。」
陛下には大司教様のような緊迫感はなく、なぜだかとても落ち着いていた。なんなら口ぶりほどには大事と捉えていないような気さえした。――きっと今ではなく、違うところを見ている。僕は急に自分の一挙手一投足が心配になってきた。陛下は僕を見下ろしながら、別の何かを見据えてルツィア様の容態について尋ねられた。
「しかし、聖女のルツィアの生還は叶いそうなのか?結界の件もある。万が一、空位が生まれてしまってはまずかろう。バルドゥインも高齢だ、病に罹らぬという保証もない。すでに権限の儀を後継に指導しているならばいいが……譲位の気配もまだない。どちらにも今死なれたら困る。そうだな、――選択を迫られた場合には、聖女の命を優先とせよ。そう『聖女の名代』たちへ伝えよ。」
矢継ぎ早にされる想定を踏まえた命令には、僕は畏まることしか出来ない。直訴じゃなかったら膝を突いて聞いていればよかったんだろうに、視線が合ってしまうのが心臓に悪い。指示を終えた陛下は、視線である方向を指し示した。その先には『王の宝剣』が、見事な装飾を施されて壁に掛けられていた。
「要望がもう無いなら私からリヒターの若き主にひとつ聞きたい。正門で、一体何をした?隠さずに答えよ。」
陛下に直接質問されて、嘘を突き通せる人なんているんだろうか。僕は指輪が見えるように顔の前に手を掲げた。家紋の中央に小さな石、『聖石』が埋め込まれた家督相続の象徴だ。
「この指輪に込められた約定を使いました。初代国王陛下と初代聖女様、そして我らが始祖との友誼の証であると伝えられし家宝です。義務を果たすべき時にその相手が遠くにあれば、いずれかを呼ぶことが出来る……ですので、先程は陛下をお呼びしました。しかし、その結果なにが起こるのかは知らされておりません。頼らざるを得ない機会はありませんでしたので。」
陛下は僕の答えに静かに頷きながら宝剣を見上げた。
「その『呼びかけ』に応えたのか、この宝剣が鳴いたのだ。それも酷く耳障りな音でな。天変地異でも起こるものかと肝を冷やしたが……『呼ぶ』のならば、不快な音のほうが効果があるということか。よく出来た仕掛けだ。」
あ、陛下が創世神話をお嫌いだったら、ここで首が飛んでたのかも。自分の背中から冷や汗が出たのが分かった。とんでもない効果じゃなくてよかった。初代様、何が起こるのかまでしっかり残しておいてくださいよ。僕の頭の中を色々な“御家取り潰し”の記録が駆け巡って、心拍数が上がる。僕のそんな様子を知らない陛下は、直訴と下知が終わったものとして、世間話のような空気で恐ろしいことを言ってのけた。
「この事態が収まった折には、聖女が詳らかにしたポーションの製法を国の宝としたいものだな。西の連合相手に良い商売になりそうだ。」
はいともいいえとも言えないし、ましてや耳にしたことにもしたくない。僕は陛下が独り言をおっしゃっているという“体”にして、反応することを避けた。顔に出すつもりもなかったけど表情は固くなっていたのだろうか、困っている僕を見て陛下は鼻で笑った。
「まあよい。初代からの約定がまだ生きているように、私の代でも聖女とは懇意にしたいものだな。この国は元より、我々三人から始まったのだろう。」
ようやく僕が堂々と回答できる話題になった。今度はちゃんと陛下の目を見て頷いた。
「はい、創世神話にはそのように。過去、意図的に初代リヒターの動向は消されてもいましたが、存在を示す資料も今では十分に手に入っております。」
「ならば、聖女ルツィアに私の意向をよく伝えておいてくれ。」
「――聖女ルツィア様のご帰還が叶い次第すぐに。我々はお借りした権限を如何なく用いて病に対抗いたします。勝利の暁には、創世神話のような関係が築けますようにとご意向をお伝えいたします。」
このやり取りを最後に、僕は深く頭を下げてから退出した。侍従に先導されて裏門から車止めまで案内される頃にはもう王令は出されていたそうだ。すべてが迅速でありがたいけど、僕の感想としては陛下との面会の方が危なかった気がした。
ジークムント国王陛下、バルドゥイン大司教様、そして聖女ルツィア様。みんなそれぞれに国のことは考えてらっしゃるんだろうけど、その立場と見ているものはバラバラのようだった。
初代様はこういうギスギスしたやり取りから距離を置きたくて自分の功績を消していったんだろうか。だとするならちょっと薄情だ。でも距離を取らないと出来ないこともあったのかもしれない。例えば今日のような進言だったり、なにも配慮せずに記録をまとめたりだとか。
とりあえず、僕の家名と、僕の名前において、やるべきことはやれたと思う。お祖父様にはすべてがうまく済んでからお叱りを受けよう。僕は馬車に乗って再び教会へと急いだ。




