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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第13話:疫病の発生と聖女の不在

アーネストとテオフィルスとの進捗会議が一段落したところで、私は喉の違和感を思い出した。どうにも会議となるとついつい喋りすぎてしまう。思ったよりもひどくなってきた喉の奥のかさつきに、これは紅茶ではなくて水の方が良いかもしれないと思った私は、二人に休憩を告げてから席を立った。その瞬間、ぐらりと視界が揺らいだ。目の前が真っ白に霞む。

まずい、と思った時にはすでに手遅れだった。


鈍く響いた音と半身の痛みに目を覚ますと、そこは絨毯の上だった。未だ靄の残る視界にはアメリアの顔がすぐ近くにあり、切羽詰まった表情で何か言葉を繰り返している。なぜだかよく聞こえない。そのうちの額に手の平が載せられる。それはひんやりと心地よさを覚える温度だった。頭上でアメリアとヘルマンがなにかを話していて、アーネストとテオフィルスは時折私を見て、二人の話に参加しているように見える。


なんだろうこの状況は。少なくとも何かが起きている──私に。


まずは起き上がらなければと、四肢に力を入れようとも体は鉛のように重かった。ついでに節々が痛いような、ざわざわするような、なんとも……いや、これは完全に覚えがある。《《すこぶる悪い風邪》》の前兆だ。

それを思い出すと急に様々な付随症状の自覚が始まる。喉の強い痛み、寒気、関節痛、そしてやたらと頭が働かなかったのはきっと発熱の兆候。こちらの世界でこの風邪をもらってしまった理由は分からないが、とにかくうつしてしまっては大問題だ。私はなんとか気合で上体を起こした。するとアメリアは即座にこちらに振り向いた。


「ルツィア様!」


どうなさったのですか、すごく額が熱いです、神官様をお呼びしてもいいでしょうかなどなど、矢継ぎ早の言葉に頭がくらくらするのを感じる。ごめんなさいアメリア、今はちょっとそれどころではなくて。私はその質問への回答はよそに、言うべきことをゆっくりと告げる。


「……他人にうつすタイプの悪い風邪を引きました。私は着替えて寝ます。じっと休んでいれば落ち着くはずですので。……で、私が寝たら、窓を開けて空気を入れ替えて。貴方達は手洗いとうがいを毎日励行。以降、この部屋に出入りするときは……必ずマスクをすること、厳守です。」


彼らに分かるようにちゃんと言えただろうか、熱で朦朧としてきている。アメリアが困ったような顔をして私を見る。どこだ、どこが分からないんだろう。必死に耳を傾けようとしていると、突然アーネストが私の肩を叩く。


「ルツィア様!『マスク』とは、これのことですよね?」


その顔を見れば、鼻と口を三角巾のように布で覆っているのが見えた。そうそう、それそれ。私は声を出す代わりに頷き、そのまま力尽きた。



◇◆◇



聖女ルツィアが残した指示通りに寝床へ運ぶと、残された四人は隣室にて現状の整理をはじめた。アーネスト以外は全員急拵えの口布を顔に当てて。想定外の事態に従者二人の間で重たい沈黙がのしかかる中、口火を切ったのはアーネストだった。


「ルツィア様が目覚めたらもう一度確認しますが、もし僕が想定する病であれば、国中で流行って大変なことになるでしょう。過去の文献にもこう残されていました。体力のない幼子や老人からばたばたと死んでいく。やがて成年も死に、街には人の影がなくなる、と。」


「そんな…!す、すぐに大司教様にお知らせして、神官様に治療を──」


動揺を露わに、言葉の通り部屋を飛び出す勢いで席を立ったアメリアの腕を制したのはヘルマンだった。その腕を引いてすぐに座り直させる。また腰をつけば再び立つことはなかったが、その視線はしきりに泳ぎ、胸の前に組んだ指は小刻みに震えている。


「落ち着け。アーネスト様、その病への対抗策は今もなお存在していないのでしょうか。」


「残念ながら、薬はまだ……。でも被害は大きいですが毎回記録が残っている通り、全滅はしていません。症状と回復の過程についてもありましたから…罹った全員が全員死ぬ病でもないようです。」


「でも、『体力のない』──要は、“弱い”連中は死んじまうってことだよな。」


アーネストの回答とテオフィルスの確認に再び空気が沈む。弱く、体力のない人間。つまりは女子供や老人であるが、その中に聖女は含まれてしまうのだろうか。四人が現状でもっとも懸念しているのはその点だった。


「うん。だから僕は、歴史を語り継ぐ者として今この時代に、同じ轍を踏ませたくない。」


「ルツィア様もきっと同じ事をおっしゃいます!ルツィア様は、そういう御方です…!」


アーネストの静かな決意表明にアメリアが同調する。その言葉にはその場にいる全員が納得して頷く。聖女ルツィアは今まさに気を失わんとする際にさえ、対策を指示していたからだ。この事態が国に及ぶ可能性があるならば、静観するはずがない。


「でも体力をつけるったってな……その直前に飢饉だか不作があったっていうなら分かるけど、そうじゃないんだったらどうすんだよ。」


「うーん、直近だと名前がつくほどの飢饉不作はなかったかなあ……今思い出せる限りだけど。」


アーネストとテオフィルスのそのやり取りを聞き、そういえばとアメリアが質問を挟む。


「そういえば…なぜアーネスト様は、ルツィア様のおっしゃりたいことがこの口布だとお分かりになったのですか?」


必ず『マスク』をするようにと聖女ルツィアは言い残したが、アーネスト当人以外は誰も知らない単語だったのだ。アメリアの質問にアーネストは自らの口布を指し示し、見える目元だけで微笑んで返す。


「僕たちって使命の関係で、“一度にまとまって死ぬ”事態を極力避けないといけないんです。だから昔から病が流行る兆しがあるときや、病人に近づくときは口布をするように習慣になっています。あとは風邪の予防にいい食べ物とか、引き始めの対策とか……実は健康管理に厳しい一族でもあるんですよ。」


アメリアがなるほどと声を出して感心する様子を横目に、ヘルマンが脇に逸れた話題を中心へと戻す。二人との作業範囲外で起きていた出来事から提案を述べた。その言葉にアメリアの目は輝き、ぶんぶんと何度も首を縦に揺らす。


「それならポーションを使用するのはどうでしょう。つい先日、ルツィア様が大司教より増産の指示を勝ち取っていました。通常は騎士の回復用ですが、滋養強壮に鎮痛効果がありますので体力増強にも効果があるのでは。」


「そうですよ!今までの倍ほど人員も増えましたし、『作業手順書マニュアル』もまとめましたから、さらなる増員にも耐えられるはずです!」


「人が増やせるのはいいけど、設備は?暇してる人間が増えたってしょうがねえだろ。」


アメリアがより具体的に現状を説明すればテオフィルスがすぐに食い付いた。一見悪態にも捉えられる返答には、彼女の顔が曇る前にアーネストがすかさず間を取り持った。


「テオ、ルツィア様に叱られたばっかりでしょ?──アメリア様、すみません。僕《《も》》、ポーションを患者に使う案に賛成です。設備増強や材料調達については一旦三人で話し合っておいてもらっていいですか?僕はルツィア様の状況を再度確認したら、“直訴”をします。」


痛いところを突かれたテオフィルスはその勢いを引っ込め、アメリアにはテオフィルスも含めて賛成していることを一手で伝えてみせたアーネストの話術に、感心をしたように目を瞬かせたヘルマンであったが、彼の一言に引っかかりを覚えて問い直す。


「“直訴”とは?……まさか、陛下や大司教様へお会いするのですか?お言葉ですが、しようと思って当日に叶うことではありません。」


その問いかけにアーネストは事も無げに首を縦に振った。その穏やかな表情には幼さはあるものの、眼光に使命感を強く宿して、自らの特権を告げた。


「はい、ですから“直訴”なんです。僕たち一族にはその権利が与えられているんです。歴史を知るものとして、過去からの警告があった時にはすぐに報告をすることができる──まあ、義務とも言えますね。」


権利にして義務。初めて聞き及んだ制度ではあったが、ヘルマンは一度だけ口を閉ざした。聖女ルツィアであればこの一点を見過ごすはずがない。数拍置いてから、慎重に問いを選ぶ。


「その行いは、アーネスト様に危険は及ばないのですか?公にする気がない、この状況を利用したいと判断がなされた場合は、どのように御身の安全を確保されるのですか。」


「え?……あはは!そういう場合はそこまでですよ、当主ってそういうものですから!だから一番代えが効くように、ちゃんと記憶範囲は重複させる決まりになってますので大丈夫です。」


この問いかけにアーネストはきょとんと目を丸め、やがて笑い声を上げた。その、あまりにも軽い言葉にテオフィルスがアーネストの胸ぐらを掴み上げる。怒りか苛立ちかを隠さずに深い皺が刻まれた眉間を見下ろすアーネストは至極冷静そのものだった。二人は数秒ほど睨み合ったまま動かなかった。やがて、テオフィルスが舌打ちをしながら乱暴に手を離す。何事もなかったように落ち着いた様子でアーネストは乱れた胸元を整え、話を続けた。


「大司教様、国王陛下の順に直訴してきます。内容はルツィア様のご容態と過去の疫病について。その対策としてポーションの増産と供給の許可、およびその実行のための権限を皆さんに特別に付与することを頼んできます。僕たちが中心になって動くのが一番早そうですからね。」


アメリアは「権限」という言葉に肩を竦ませるも自らの胸に手を置き、ヘルマンは力強くも静かに頷いた。テオフィルスだけが憮然とした顔つきのままだったが、アーネストは言い聞かせるように言葉を重ねる。


「テオにはもうひとつ仕事があるよ。僕が夜までに帰ってこなかったら、すぐに屋敷に伝えに行ってね。で、おじい様の質問には全部答えて。いい?頼んだよ。」


二人の間に剣呑な空気が流れる前に、今度はヘルマンが進み出た。胸に手を当てて略式の礼をアーネストへと向け、二拍ほど厳しい視線を向けてからその表情を緩める。


「ご武運を祈ります。……アーネスト様にもしもの事が起こるなら、私とアメリアもただではすみませんから。お一人の命ではありませんことを、どうかお忘れなきよう。」


その言葉に、テオフィルスは我が意を得たりとニヤリと口角を上げた。アーネストは目を丸くしてから、そうですねと小さく笑った。アメリアは胸の前で手を組んだまま、この光景をじっと目に焼き付けて、深く深く祈りを捧げた。

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