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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第12話:聖女の祝福と進捗会議

大司教による謎の譲歩によって、先日作成手順が可視化されたポーションは量産が決まった。量産が決まれば自ずと増員もかかるため、私には新しい職人たちを“祝福”せよとの指示が教会から下った。依然として譲歩の理由は不明だが、この指示の真意はおそらく「増産しろと言ったのだから責任持って引き継ぎを完璧にさせろ」ということだろうが、私としたら願ってもないことだった。


私はマニュアル化をするために必要な粒度での業務の可視化を指導する目的で、再び工房の職人たちを訪ねた。ポーション不良問題が発覚した時のヒアリングはあくまでも問題発見のためのものだったからだ。今度ははじめてこの作業をする人が、質問もなくマニュアルを見るだけで完遂できるかという粒度で可視化を進める旨を説明して、私とアメリア、そしてヘルマンがそれぞれの職人にヒアリングを進めていく。前回とは違い、最初から歓迎された雰囲気の中で材料の調達や選定から、納品に至るまでの全ての工程に対して細かく聞き取りを行っていった。


「ここの計量には秤か何かを使いますよね?それはどの工程の際に準備しますか?それも手順書に含めてくださいね。」


「あらぁ、今日はまた随分と細かいですねえ。でも道具探しには、結構時間をかけてしまってた気もしますわ。」


「地味ですけど、すぐ使う道具の探す手間を省く──保管場所を変えるというのも改善のひとつですよ。」


こうして一つ一つの手順をヌケモレなく確認していくことがスタートライン。この時点で出来そうな改善は済ませておき、改善後の業務プロセスを引き継ぎに利用する。今回は幸いにして、外部調整が必要そうな改善としては新しい職人用の道具の発注くらいだったので、陳情すれば解決するだろう。アメリアやヘルマンも慣れないながらも、初学者としての素直な目線でヒアリングすることは出来ていたようで、私が追加の質問を少しする程度で済むという素晴らしい仕事ぶりだった。


さてここからが引き継ぎという本題のスタートだ。私たちは符砂板に書き込んだ業務プロセスを新しい職人へ渡し、元の担当者同席のもと、本当にそのマニュアルを見るだけで業務が実行できるかをテストしてもらうのだ。この時点で新たに作業のヌケが見つかったり、当事者目線で眺めることでより効率的なプロセスが見えてくる。このタイミングでもすぐに出来そうな改善があれば実施し、外部調整が必要なものは上長に上げて是非を審議する。

そして、業務改善において一度は作ったマニュアルがメンテナンスをされず放置され、結局改善が一度きりで終わってしまうことはよくある話だ。生きたマニュアルにするにはとにかく使うこと、そして見直しを習慣とすることが鍵となる。


「では皆さんには今後この手順書マニュアルに従って作業を行ってもらいます。今後作業していくうちに、新しい問題や、よりよい成果を生み出せるような意見が出てくると思います。なので、そういった意見をもれなく拾い上げて工程表を日々進化させるために、打ち合わせの時間を作ることが必要です。私はそれを『改善検討会』と呼んでいます。週に1回くらいはしてほしいですね。」


意見を出して相談し、互いに納得の上で可否を伝えることが習慣になれば、現場は改善意識がしっかりと根付く──少なくとも、私の経験では。逆に、この打ち合わせを怠るチームは総じて改善成果も低かったという経験上のデータもあった。私はおっとりとしながらも他人を見る目には厳しさもあった老婦人を外部調整役、聖女に対して勇気ある質問をした職員をポーション製造チームの改善リーダーとして指名して、以後の運用を任せることにした。きっと次代のリーダーは彼女になるだろうから。

他部署との連携がほとんどない部門だったためか、短い期間のやり取りで伝え切ることが出来た改善活動の“極意”をもって、私はそれを“聖女からの祝福”とした。


「皆さんならきっと、時代に合わせて製造方法をさらに進化させ、多くの民を救えることでしょう。初代聖女様のご加護がありますように。」



◇◆◇



こうしてポーション増産計画は軌道に乗った。次は治療の業務の人員増加……といいたいところだが、さすがにこの仕事は私には回ってこなかった。よって、引き続き仮説の証明に動くこととする。プロセス改善と違ってこちらは難航を極めているが、私の隠居のためにはやるしかない。


「《信仰を力に》《拝領》、《練る》《糧を燃料に》《活性》《加速》《巡らせる》……」


朝の祈りの前、そして業務終了後の自室で、私は花瓶に差した切り花を相手に“神官の”治療の神秘の練習を繰り返した。翻訳して意味を理解した古代語を、発音の通りに一語一語丁寧に詠唱すると、聖女の業務と似ているようでどこか異なる『力』が流れ込む。ここまではいい。その力を掌から切り花へ向けて放てば淡い光が花瓶を包む──が、まだ大きな変化は見られていない。強いて言うなら“まだ萎れていない”のと“切り口の腐食が進んでいない”というあたりだろうか。そして何よりの違和感は、その『力』の流れ方だった。


やはりいつもの、聖女の神秘とは違う……流れ込むが、溜まる感覚。聖女の神秘は大きな力が流れ込むままに流れゆくような感覚と表現すればいいのだろうか。『力』そのものが違うかどうかを見極めたいのに、どうしてもその違和感が邪魔をする。


「ルツィア様、そろそろ休憩してください!もうずっと難しいお顔をされていて……ご無理をなさらないでください。」


今日も今日とてアメリアからの小言で我に返れば、いつもと変わらぬ華やかな香りの紅茶に今日ははちみつのポットに加えてミルクも添えられている。こういう時は、アメリアから見て明らかに私が疲れているというサインだ。特にミルクがあるときはやつれているようにも見えるという注意信号。


「そうね……少し休みましょうか、どうにもうまく進まないことですし。」


私はカップを掌で包み、そのぬくもりで指先を温める。アメリアはテーブルの上に飾られた“被検体”を中央へと並べ直してから、ゆっくりと紅茶を味わう私の顔を覗き込んだ。


「ルツィア様。治療の神秘を扱う神官様を増やすというご指示もあったことですし、ルツィア様がこの神秘の解明を行わなくてもよいのではないですか?」


担い手が増えるから解明しなくていいのでは、というのはまあ尤もな疑問だと思う。しかしそれは、私の使う神秘と神官の神秘が同じであれば、の話だ。私は静かに首を振って少し液面の下がった紅茶へミルクとはちみつを注ぐ。


「いいえ、それでは聖女の治療の神秘が不明のままになってしまいます。神官の治療の神秘解明を足がかりにこちらも、と目論んでいるんですけどねえ。」


「でも神官様の人数が増えるので、ルツィア様の治療を必要とする重症な患者様の数も減ってくるのではないでしょうか。きっと出動回数も今より減りますよ。」


マドラーでぐるぐるとはちみつが溶け切るようにかき混ぜる。アメリアの言う事は確かだが、それでは頻度が減るだけで完全な手離れではない。


「でもねアメリア。聖女の治療の神秘の全容が明らかにならない限り、神官のもので代替可能かどうかも判断できないでしょう?必要性が残るのであれば、聖女の神秘を神官でも扱えるようにするべきですしね。」


私の完全な隠居のためには、引き継ぎできる形にしなければならないのだ。そこまで望むのは過剰なのかもしれないが、下手に譲歩をして仕事漬けの人生にする訳にはいかない。完全に私の個人的な都合だが、無責任に放り投げようとしていないだけ許してほしい。アメリアはあまり納得していないのか、唇をへの字に下げたままだった。「自分の担当業務を全部引き継ぎさせたい」とまでは伝えていないので当然と言えば当然か。彼女は私の今の苦労を取り除こうと考えてくれている、それだけで十分ありがたかった。それでも私は取り除きたい、今まさにカップの中で姿を消した蜜のように。


「大丈夫ですよ。今は少し大変ですけど、すべてが済めばアメリアに心配かけることもなくなりますから。」


「ルツィア様のご心労がなくなるのは喜ばしいことですが……心配はずっとします、私はルツィア様の侍女なのですから!」


「ありがとう、頼りにしてます。」


私はその言葉に少しくすぐったさは覚えたものの、心から深く頷いた。

気心の知れた侍女とのしばしの休息。今日のところは研究を終わりにしてしまおうかと決めかけた瞬間、扉の外でなにやら声がする。カスパー子飼いの神官による密告が起きてからというもの、ヘルマンは常に扉の外で人の往来を見張ってくれているのだが、何かあったのだろうか。


「ヘルマン、──」


どうかしましたか。そう言ったつもりだったが、喉に生じた“引っかかり”に言葉を阻まれた。それに気が付いたアメリアがさっと扉の方へと駆けて声をかけようとするや、なんと勢いよくその扉が開かれた。


「きゃあ!」


アメリアが上げた悲鳴の先には薄汚れた怪しげなローブに身を包んだ二つの人影、一人はへこへこと頭を下げながら、もう一人は堂々たる足取りでヘルマンの制止も聞かずに椅子へどかっと腰を掛け──そのフードを脱いだ。灰色の髪が現れた瞬間に私は全てを理解し、かすれた喉が、今回はしっかりとその声帯を震わせた。


「げぇっ」

「なんだその反応」


突然の侵入者の正体は、魔術師テオフィルスと歴史の番人アーネストだった。


急ぎ室内へと駆け戻ったヘルマンが椅子ごとテオフィルスを持ち上げ、流れるように床へ振るい落とし、その不届き者の首根っこを抑えて床に制圧した。その振動に茶器がカタカタと音を立てる。


「……ルツィア様、申し訳ありません。アーネスト様にだけお通りいただこうとしていたのですが、油断をしました。すぐにつまみ出します。」


──急に、情報量が、多い。

私は思わず眉間に寄ってしまった縦皺を二指で伸ばすように押さえながら、この事態を受け入れようと自分に言い聞かせるように頷き続けた。じたばたと一頻りもがいたのちに諦めて大の字になった不届き者からは一旦目をそらす。


「ええと、分かりました。とりあえず分かりましたから……まずは、アーネスト卿から伺いましょう。」


名指しされた彼はすでに自分の外套を脱いで腕にまとめ、床に広がった人間からも脱がせようとしていたのか、ぐいぐいと布を引っ張っていたところを呼ばれ、ぱっと顔を上げた。その顔は申し訳なさからか眉こそ下がっていたが、初対面で部屋が散らかっていることを恥じた時とほとんど変わらない無邪気さも宿していた。


「あっ、……突然訪問してしまい、申し訳ございません。古代語翻訳の進捗を報告したいと思っていたところにちょうどテオが来まして、そのまま辻馬車を借りて来てしまいました。僕は魔術師の連れという扱いになっていますので、その点ご安心ください。」


アメリアがさっとアーネストの傍へと進んで外套を受け取る。そして引かれた椅子に軽く頭を下げてから腰を下ろした。その手には符砂板と紙束があり、言葉通りの来訪目的であることがすぐに分かった。


うーん、実にしっかりしている。


「お気遣いありがとうございます。私も突然の訪問をしてしまっていますのでお相子ということで。──で?」


私は向かい合ったアーネストへ穏やかに返答してから、床に磔になったままのテオフィルスを見下ろした。自分でも驚くほどに雑な声が出てしまった。ヘルマンに合図をし、拘束を解かせる。ふてぶてしい顔つきで立ち上がったテオフィルスからアメリアが薄汚れた外套を剥がすと、こちらもまた渋々といった様子で椅子を用意した。当の魔術師はアメリアの様子を気にすることなく、再び堂々と足を広げて座る。


「で?じゃねえよ。俺はあんたの進捗確認に来たんだよ。少しは実験進んでんのか?全然連絡よこさねえだろ。」


「うるせえ。だからって誰がそっちから来ていいっつったんだよ。魔術師とつるんでるのがバレたら厄介だって言ってあっただろうが。」


私はいたって真顔で、テオフィルスの口調を“そっくりそのまま”しれっと言葉を返す。すると呆気にとられたように目を丸くした。実際にはテオフィルスだけではなく、私を除く全員だったが。

この“ねこだまし”のあと、私は真顔のままで言葉を失った魔術師から視線を外さなかった。数秒後、聖女ではなくビジネスマンの顔を向けて忠告をくれてやった。


「いち個人として教えてあげる。敬意を払わない人間に払う敬意なんて無い。聖女だから敬えとかへりくだれだとか言うつもりはないけど、自分の意見や能力をノイズなく伝えたいなら少しは態度も考えなさい。──では、仕事の話をしましょうか。」


本当は仕事の場兼憩いの場でもある部屋でお前の顔は見たくなかったとか、今半分プライベートみたいな心地になれていたのに仕事を許可なく持ち込んでくるなとか言いたいことは山のようにあった。だが、仕事は仕事だ。つつがなく進めなくてはならないので、ここまでにしておく。


私の態度が戻ったことに明らかに安堵したテオフィルス以外の三人はそれぞれ自分の仕事へ戻っていく。アメリアは紅茶の支度を、ヘルマンは再び部屋の外の警戒を、そしてアーネストは机の上に資料を広げていく。ただ一人テオフィルスは腕を組んで眉間に皺を寄せてはいたが、その顔付きに反抗や不満までは宿さず、シンプルに我が身を振り返っているのであろう。そうであってくれ。


アメリアから紅茶が配られるのを待ってから喉を潤し、私はまずテオフィルスとの進捗共有からスタートさせた。


「ではテオフィルス、貴方の状況から聞きます。手詰まりになると言っていたけど、具体的に得られた結果や体感はどうだった?」


「古代語を使って治療の神秘の追加語抜きを何回も試したが、一度も発動しなかった。魔力を意識すればそれだけ出るっつー感じで……単純に言葉と術式をなぞるだけじゃ神秘は使えない。何か条件が欠けてる。それが魔道具なのか、教会お得意の祝福だの洗礼だのの辺りかは今のところ手をつけてねえ。でもあの神官の言っていた“制限”もあるし、何重にも隠さなきゃいけない理由があると見てる。」


言葉遣いは一朝一夕で直るものではないから不問とする。だが報告としては十分だったのでよしとする。一度叱責はしたものの、だからといって気分で研究成果を隠すような人物ではないことを改めて確認できた。


「ちゃんと引き継ぎを受けた人間でないと発動できない、これが決まるだけでまずは十分でしょう。私の方は発動そのものはさせられました。でも普段聖女の神秘で使う『信仰』とはまた違う収まり方といいますか……それが量の問題なのか質の問題なのかは分からないけど、神官によって足された魔力とはまた明らかに違っていましたね。体感としては“いつもより物足りない”、“スムーズじゃない”といったところ。」


私とテオフィルスの話をする間、アーネストは興味深そうに聞きながら自分の資料を眺め直している。テオフィルスは大きく進めていない現状に不満はあるようで、溜め息をついては紅茶にだばだばとはちみつを注いでいる。


「あんたがあの神官の神秘で感じた方の違和感は『魔力紋』じゃねえか?灼符紙に他人の魔力流すと燃えちまうってやつ。──しっかし、なかなか進まねえな。その違和感がない方が“信仰の力”っぽいことまでだ。やっぱ神官を片っ端から捕まえていくしかないんじゃねーの?」


さきほどまでちびちびとしか紅茶を進められていなかったアーネストが隣のテオフィルスを倣って甘味を足している。私がアメリアに目配せしてミルクも運んでもらうと、明らかに目の輝きが変わったのが微笑ましい。そんな彼は魔法については専門外のはずだが、ここに来て口を開く。


「テオ、『魔力紋』はその人の身体から魔力が放たれることで付くんだよね。だとしたらルツィア様と神官様の魔力は“自分の身体を通ったものではない魔力”ってことになるのかな?術式の語としても『拝領』で──あ、僕の結果も挟んでしまいますけど。ルツィア様の神秘にはその言葉はなくて、おそらく『遂行』といった意味の、古代語の中でもかなり古い時代ものが使われていたんです。」


外部エネルギーと仮説づけていたが、その『魔力紋』というものがあるならば、『外部』であることの裏づけに繋げられそうだ。私はアーネストに話を続けるよう視線で促す。


「聖女の神秘の術式から考えると、創世神話に近い時代から『信仰の力』は外部に存在していることが示唆されています。ついさっきテオの話していた『制限』も合わせると……その力は、大昔からあって、かつ限りがあるもの。資源のような側面が強いのかも知れませんね。」


「そうですね……だとすると、神秘をわざわざ継承しにくくしたり、使える人間を限定していることの説明にもなりそうです。うーん、しかしまだその実態が掴めていないので、本当に今なお、制限をかけなければいけないものなのかと判断は出来ませんが。」


「ハイリゲンシュタイン建国当時、それより前からの資源と言ったら“石”です。鉱物、魔晶石や貴石、それを使った工芸品や魔道具。あと王宮だけがその製法を継承している聖石もありますね。聖石の存在も建国神話からありましたし……あとは大司教様も身につけていらっしゃいますよね?王宮や教会でよく利用されているはずです。」


私とテオフィルスが実験で得た結果の推測に、アーネストが歴史や語学の観点から補助線を引く。議論の流れとしては非常にいいが、決定打にはまだ到達は難しい。しかし、次に手をいれるべきところの輪郭ははっきりとしてきた。──例の隠し書庫。資源としての魔晶石や聖石だけじゃなく術式も教会と密接な関わりがあるならば、やはりそこに秘密があるだろう。


私はカップの中身を飲み干してから、歴史の面からの懸念をひとつ確認する。もしそうだったならば、“信仰対象が聖女になるはずがない”一点を。ハイリゲンシュタインの鉱物の産地は北に位置する山脈だ。強力な魔物が多く生息している危険な場所で、騎士や傭兵を携えて行かねば生きては帰れない。しかし文化の継続や西の連合との貿易にとってはなくてはならない産業のひとつ。


「ところで、創世神話において聖女が山脈から現れたといった記述はあったでしょうか。──聖女のくせに何を、とはアーネスト卿はおっしゃらないでしょうが、正確なところを把握しておきたいのです。」


もちろん蛇足はその隣にいる人間への牽制である。アーネストにも伝わったようで、その方からのなにか言いたげな視線をたしなめるように一瞥してから私の方に向き直る。


「初代聖女様は南、つまり嘆きの森の方面からいらっしゃったと吟遊詩人が詠っていますね。山脈から下りて来られたのは勇者王の方です。ですので今の信仰は、石そのものへの──山岳信仰と地続きかと質問されるのであれば、明確に“いいえ”です。」


「話が早くて助かります。資源のような信仰が、資源そのものへ向けられたものではないことがはっきりしましたね。それにしても、アーネスト卿は記憶力だけでなく分析力も素晴らしい。これからもそのご慧眼を借りたいものです。」


神秘の研究側の進捗確認および議論が一段落したところでアメリアがおかわりを注いで回ってくれた。今日のところはこれ以上進められそうにないので、私は次の話題へ移る。机の上に広げられた資料の方を見れば、アーネストが新しいミルクティーを作りながら報告をはじめる。


「では、ルツィア様の治療の神秘の翻訳についてですね。先ほど少しお話しましたが……使われている言葉が古くて、特定に難航しています。『遂行』まではおそらく確定でいいはずです。しかしその後も神官のものと違う言葉で。家の詳しい者と、その伝手を当たっているのですがなかなか捕まらなくて、手詰まりです。」


先ほどまでの話だと、創世神話──つまりは初代聖女の時代まで遡るような年代物らしい。そんな大昔のものがそのまま継承されていて本当にいいのかという疑問は尽きないが、彼が言うならばそうなのだろう。私はそれとなく、まだまだ貴重な存在たるはちみつの小瓶をテオフィルスから遠ざけるように位置をずらす。


「いいえ、進めていただきありがとうございます。ご担当の方の伝手とはどのような?私が直接伺った方がいいでしょうか。」


自分のカップへ適量を注いだ後で、傍に控えるアメリアにそっと手渡して小瓶を避難させながらアーネストに尋ねた。直接出向いて詠唱した方が早いならば善は急げだろう。しかしアーネストは首を横に振った。


「いえ、それには及びません。というか……本当に連絡がつかないんです。なにせその人物は“街エルフ”なので、やっぱり時間の感覚が違うと急ぎで返事をもらうのが難しいそうです。ああ、エルフたちの言葉って古代語と似てるところがあるみたいで。機会さえあればよく教えてもらってるって聞いてます。」


うーん、なんだかさりげなくすごい機密に触れたような気がする。気がするが、ここはそうと受け入れて話を進めておこう。ヘルマンから何もアクションがないということは、盗み聞きの心配もない。私も次に進むために必要な情報を開示することにした。


「ではそのエルフの方と連絡がつき次第進めていただくことにしましょう。ところで、アーネスト卿は、この建物に信仰の力を鍵とした秘密の書庫があることはご存知でしたか?以前辿り着くことは出来たのですが大司教に咎められてしまいまして。蔵書の記録をお持ちでしたら参照したいのですが、可能ですか?」


『秘密の書庫』という言葉にすぐに反応し、アーネストは目を輝かせる。それと同時に心当たりを探るように視線がどこか一点に集中する。研究者肌の者たちにはこういった読み込み時間が大なり小なり存在するものなのだなと、私は静かに待つ。やがて少年の目に光が戻った。


「王宮、教会それぞれ管理している資料があることは知っています。極力共有してほしいとは頼んでいるんですけどねえ。でも神秘や『信仰の力』についての書物ならば、僕たちで把握できてないものがほとんどだと思います。」


「ご当主として立ち入ることは出来そうでしょうか?私が入れなくともアーネスト卿にご確認いただければ事は済むでしょうから。」


私のこの提案にはさすがのアーネストも腕を組む。そのまま体まで捻ってしまいそうなくらいに考え込んでいたが、やがて首を横に振った。

アーネストが言うには、さすがにそこまで頼んだ当主は過去存在しておらず、今すぐ判断できないし、多分実現しないだろうとのことだ。禁書に当たらずとも、初代聖女の時代から、聖女だけを縦軸に資料を整理し直せばなにか浮かび上がってくる可能性はなくはないが、現状そういう管理になっていない。担当者を集めて整理するにも年単位の時間が必要になるそうだ。それは確かに尤もだろうと私は頷いた。なにせ資料の大半はそれぞれ別の人間の頭に入っているからだ。


やれやれ。どちらも事は簡単に進んでくれそうにないようだ。




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