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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第11話:大司教との会談

「聖女ルツィア様、お待ち下さい。少々お時間をいただけますかな?」


案の定、大司教バルドゥインに呼び止められてしまった。途端に緊張感が走る。私はずらりと並んだ神官たちを見渡してからわざとらしく肩を竦めてみせる。


「そちらに並んでいらっしゃる全員と、ですか?随分と大人数ですね、一体なんの会議でしょう。」


「その会議は今しがた終わりまして。ちょうどルツィア様の事を話題にしていたのですよ。……では皆々様、また。」


どうやら寄って集って私を糾弾するつもりではないらしい大司教が、神官たちを退かせた。一様に剣呑な眼差しで私たちの横を通り過ぎていく。

一体どんな話をされていたやら。別に堪えはしないが、気分がいいものでもない。そしてバルドゥイン大司教もついてこいと言わんばかりに歩き出した。こうなってしまっては仕方がない。


「アメリア、先に部屋に帰っていてください。ヘルマンは念の為同行を。」


「ほっほっ。私も信用がありませんなあ。」


私の声に大司教が肩越しに振り返り、老獪らしく笑う。私も負けじと微笑みを浮かべて遠目にも分かるようにしっかりと頷いた。早くもはじまった“戦い”に、ヘルマンだけがばつが悪そうに口をつぐむ。アメリアは一度は渋ったが最終的には私の意図を汲み、一礼をして去っていった。アメリアの将来のことを考えれば、今知らない方がいいこともきっとあるだろう。


そんなことを考えて案内されるうちに通されたのは、定例会議で使う大会議室だった。三名で座るにはあまりにも広すぎる室内で、私と大司教は定位置の席につく。その背を椅子に預けるより先に大司教が口を開いた。


「早速ですが──ルツィア様はまだ神秘の解明にご執心だと伺っております。さらにいまや神秘にとどまらず、我らが秘伝のポーション製造の神秘までも暴き出そうとしていらっしゃると。どういったおつもりでしょうか?」


穏やかな調子に苛立ちを効かせたような声でいきなり核心をつく一手に、私の目が丸くなる。しかしここまで全部聞いてくれたおかげで、あっという間に私の立てていた推理が一つに絞られた。ポーションの件だけを責めるのであれば違ったのだろうが、大司教ははっきりと『神秘』と言った。


「お務めの際になにやら怪しげな魔術師を連れていたという噂も出ております。ルツィア様の聖女としての振る舞いのすべてが教会全体への信仰に関わることは、ご承知のはずですが。」


私の背後に立つヘルマンの表情が険しくなっていったことは振り返らずとも分かった。追っ手を撒いたことや目的を伏せて利用したことの腹いせなのだろうが、随分と分かりやすい仕返しをしてくれたものだ。──カスパー・フォン・ヴェーバーめ。


「大司教様は私をお疑いになる前に、身の回りを警戒された方がよいかもしれませんね。その神官の背後にこそ、“怪しげな魔術師”がいるというのに。」


白髪の片眉が跳ねる。おそらくカスパー子飼いの神官が私たちが工房に入るのを見たのだろう。外出している間に指示でもあったのか、大司教または取り巻きの高位神官へリークしたのだ。しかし工房の中で何をしていたかまでは見ていなかったことは、大司教の言葉の通りだった。


「この度は騎士団から『納品された中に効果のないポーションが増えてきている』と相談を受けて調査しておりました。王宮より正式な抗議が来てしまえば色々と不都合があると思いましたので、いち早く。その過程で、私や神官が行っていた“神秘”は……あってもなくてもなんら変わらない工程であったと判明した、それだけですよ。暴くまでもないことだったのです。」


馬鹿な、と大司教が頭を振る。そう言いたくなるのは理解できる、私も同じ反応をしたからだ。私は懇切丁寧に判明までの経緯を説明した。混合および充填担当を数十年と務めていた職人の証言はこうだった。『神官に声をかけられる時だけ祈ってもらうように前任者から引き継いだ。手が空いていない時はそのまま騎士団へ送っていたが、特に何も言われたことはなかった。』──彼女の永きにわたる奉仕に加えて前任者の奉仕期間が、工程の形骸化を証明していた。よって、今回新たに発生した問題とは関係がない。


「おそらく元々は本当になんらかの神秘が使われていたのかもしれませんが……『神秘を神秘のままに』、意味はおろか目的さえも分からないまま引き継ぎを繰り返す間に、齟齬が生まれたのでしょう。やがてただの慣習となりはてた。」


「神秘の継承は厳格に行われております。そのような誤りがあればすぐに報告を上げるように通達もしております。起こるはずがない。」


大司教のこの言葉に、私は間髪入れずに反論をする。


「では誤りが誤りであると、どう確かめるのですか?意味も効果も分からずに、ましてや聖典にある言葉の正しい読み方すら確かめられないというのに。それとも……大司教様だけはお分かりになるのですか?」


あの書庫にある資料を使って解読できるのでしょう?とまでは追及しなかったが、私の言いたいことは伝わっただろう。大司教は頑なに古代語の存在には触れない腹積もりなのか、答えは返ってこなかった。相手が黙るのを良いことに、私は話を続ける。


「私の話が信じられないなら本人に聞いて下さい。しかし、形骸化工程の省略を理由に彼女を罰することは、聖女の名において許しません。過去は責めないと約束の上で、調合の秘密を守ったまま、工程だけ聞かせていただきましたので。」


ここだけは念入りに釘を指しておかなければならない。私は大司教が頷くまで目を逸らさなかった。先に音を上げてくれたおかげで、ひとまず私は彼女たちを守る約束は果たせそうだ。

私が一息をつくタイミングで、今度は大司教が眉を潜め、蓄えた髭をひと撫でしてから口を開いた。


「……して、まだ私の質問に答えていただいておりませんぞ。一体何をお考えなのですか?今まで斯様にお務めに懐疑的な聖女様はいらっしゃいませんでした。信仰が危ぶまれても神秘を暴きたいと思われるその動機を、お話しいただけませんか。」


私が大司教のこの質問に用意している答えは常にひとつだ。しかしその日は不思議とすぐの反論をしなかった。静かに、長い息を吐く。私が大司教や教会と相対するときにいつも片隅に置いている可能性が、頭の中で暗雲のように広がっていく。


(『魔女』か『異端者』か……それとも『叛逆者』?磔刑か火刑か、そのいずれにしても)


大司教の職位で聖女を罰する事は出来ない。この前提でいつも振る舞ってはいたが、例えば裁判にかけられて『異端者』であると断じられた場合には、もう逃れようはないのだろう。前世の記憶が私にそう言っている。二度と過労死はごめんだと自分の業務改善に奔走しているが、なんらかの原因で死ぬ可能性自体は前世よりも高いだろう。そのうちのひとつが、“信仰の敵”と名指しされること。


大司教バルドゥインは、私の回答次第でそう位置づけるのだろうか?もしそうなったら、思い出したくもない“あの瞬間”ほどに苦しく、惨めな最期を迎えるのか。それとも明らかに今から死ぬと分かれば、案外と覚悟が決まるものだろうか。


私が言葉を返さないことを心配しているのか、ヘルマンからの視線を感じる。──そうだ。私が処刑されたらヘルマンやアメリアも何かしらの罪に問われてしまうかもしれない、彼らはただ私に従ってくれただけなのに。アーネスト、彼ら一族の人生の蓄積をいたずらに用いただけで、何も報いることが出来ずに終わってしまうのか。テオフィルス──あれをあのまま野放しにすると、私より酷い末路になりかねない。


(ああ、一度目の死では無念さと両親への不甲斐なさはあったけど、誰かの顔が浮かんだことはなかったっけ。)


(まだ死にたくないなあ。だってまだ、隠居すら出来ていない。)


長い沈黙をいよいよ不審に思った大司教と目が合う。私は走馬灯から現実へと帰った。そしていつもと同じ回答をくれてやるのだ。再び自信という鎧を纏い、プロの笑顔の兜の緒を締める。


「……お答えしましょう。私はなにも、すべての神秘を市井に晒そうなどは一切考えておりません。信仰も同じです。私はただ、聖女一人が重要な務めを担うことの危険性を案じて行動しているに過ぎません。そのために聖女や関係する神官の神秘を調べ、理解できる形に書き残したいのです。いざという時のために。」


「それならば『神秘は神秘のままに』と、それが民と国のためであるとはも申し上げましたでしょう。」


「まさに神秘を神秘のままにした結果がポーションの不良ですよね?私は騎士の命も民の命も、平時においては同等だと思います。民と国を第一に思うならばなぜ、有用な薬を騎士にしか卸さず、広く活用されて然るべき治療の神秘の伝承者を絞るのでしょうか?理解できかねます。」


たった三人しかいないがらんとした大会議場に、理路整然と言い争う声だけが響き渡る。


「ポーションは王宮へ支給しております。我々と王宮の均衡を保つために必要な措置なのです。そして何よりポーションは過去の聖職者たちの叡智の結晶、そもそも治療の神秘をより開けたものとするために開発された薬なのです。神秘は過剰に使いすぎてはならぬ、民からの信仰が衰えることがあればたちまちその力を失うという伝承があるのですよ。」


「そもそもとおっしゃいましたが、私は情報に触れる機会すら大司教様に奪われ、そのような歴史や伝承など今はじめて聞きましたが?──私たちは国や民を第一に思う気持ちこそ同じなのでしょうが、前提が違いすぎるのです。このまま話し合ったとしても、何をどうしたって同じ結論にたどり着くわけがない。」


私と大司教はさながら剣戟のように言葉をぶつけ合う。互いに一歩も譲らない。私の立場から言わせてもらえば、ろくに情報開示もせずにただ考えなしに従えというのはもっぱら無理な話だ。私たちはお互いにこれ以上の論戦が無駄なことを悟り、大会議場は再びの静寂に包まれた。私は少々の間を置いてから、最後にこう申し述べた。


「大司教は威厳、私は民の日々の安寧が信仰につながると考えています。したがって今の私からお願いしたいことは二つです。ひとつはポーションの生産量を増やし、民にも与えること。もうひとつは治療の神秘の継承者を増やし、王都内外問わず小さな教会にまで至らせることです。畏怖は減るかもしれませんが、信仰は衰えるどころか勢いを増す。そう、信じています。」


「……伺うことは伺いました。どうぞお戻りください。」


それ以上大司教からの反論はなかったので、私は席を立って一礼をする。大司教からは怒りや殺意などの冷徹な感情は窺えなかったが、深い溜息とともに眉間を押さえる仕草から色濃い疲労感は見て取れた。結果はどう出るかわからないが、やるべきことはしたはずだ。そう自分に言い聞かせ、振り返った瞬間──白銀色の小さな光が耳元を通り過ぎ、一瞬のうちに消えた。

突然の現象に私は瞼を擦り、もう一度光を見ようと目を凝らしたが、再び光を見つけられることはなかった。一瞬ではあったがどこか懐かしいようなあたたかいような、不思議な感覚だけが残った。


「ルツィア様、どうかなさいましたか?……帰りましょう。きっと心配のあまり、部屋中を歩き回っているでしょうから。」


ヘルマンに声をかけられて我に返る。そうだ、早く帰らなくては。アメリアのことだから落ち着いて座って待ってなどいられないだろうから。

私は最後に一度だけ肩越しに大司教を見た。その周りにも銀色の光がゆらめいた……ような気がしたが、ステンドグラスの光が差し込んだ埃かも知れない。そう気持ちを切り替えた。私たちは大会議場を後にして、アメリアが待つ居室へと足早に帰った。

明日をも知れぬ命になったと一時は覚悟をしていたが、今はなぜだか気持ちは軽い。



その会談を終えてのち。翌日になっても翌々日になっても、大司教から私に対しては何の咎めもなかった。

そしてなんと驚くべきことに、ポーションの増産計画と治療の神秘の継承者拡大案が、その後の定例会議で発案されたのだった。








ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

大司教バルドゥインとの再戦回でした。


次話では、はじめて5人が一同に会します。

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