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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第10話:ポーション製造手順の見直しと標準化(前編)

謎の追手を振り切ってテオフィルスの研究室に到着してから一息ついた頃、ヘルマンから気になる報告を受けた。

日頃、教会から支給されるポーションが不足するといった声はあった。しかし昨今、それに加えて「効果のバラつきが大きくなり、飲んでも効かないことが増えてきている」そうだ。メインは戦闘中に消費される薬品であるから、いざという時に効果がないポーションをつかまされては生死を分けてしまうかもしれない。


「それは由々しき事態ね。……効果が感じられなくて多めに飲んでしまって、さらに使用量が増えている可能性もあります。」


ポーション製造も「聖女様の御力」を使う業務だと聞いていたが、実際に私が行った神秘の術は神官からレクチャーを受けたものだった。よって、古代語の使用はあるが“聖女ではなくてはならない業務”とは言えない。いつかは手をつけなければいけないと思っていたが、想像よりも事態は差し迫っているようだ。


私は椅子に座ったまま、ああでもないこうでもないと庭の草木に向かって神秘再現を試みるテオフィルスの背中を眺める。──別エネルギー源仮説の信憑性は増したとはいえ、特定するためにはやはり再現実験が不可欠になる。私としては手がかかる方を先に進めておきたかったが……こちらはこちらで、次のステップに進むには時間を要するかもしれない。聖女の治療の神秘の翻訳も、アーネストからはまだ返答がないため時間がかかりそうだ。


「さらに不良品のポーションが見つかってくれば、騎士団より正式な申し立てが起こるでしょう。そうなると教会も組織で対応することになりますから、先に我々で動いてしまう方が得策かと。」


「ポーションの製造方法は教会の中でも限られた担当者にしか伝えられないと聞いています。きっと騎士団で調査を入れようとしても、拒否なさりそうで……もしそうなると、きっと私たちも一緒くたに閉め出されてしまいますよ!」


私が庭から視線を戻し、二人のもっともな意見に頷いていると、嗅ぎ慣れた華やかな香りがふわりと漂う。アメリアが三人分の紅茶を、かろうじてスペースが確保されている机の上に並べ置いていく。どうやらアメリアは打ち合わせがある度に少しずつ道具を持ち込んでいたらしい。私の居室で供されるのと変わらぬ仕上がりの紅茶は、私に癒やしと平常心を与えてくれる。香りを楽しむために深く息を吸い、ゆっくりと味わう。


ポーションの製造も治療の神秘も、どちらもいずれは片をつけるもので、少し順番が入れ替わるだけだ。隠居が叶ったならば、この紅茶を味わうような静かな時間を存分に過ごすことが出来るだろう。ならば面倒事は手を付けられるところからさっさと片付けなくては。私は唯一の懸念事項をヘルマンに確認する。


「分かりました。先にポーションの件を調べましょう。──ところで先程の追手だけど。貴方の見立てでは、どこからだと思いますか?」


私の問いかけに、あの瞬間の緊迫感を思い出したかのようにアメリアが息を呑む音が聞こえた。ヘルマンは騒動の最中から少しも変わらない落ち着きで、静かに見解を述べた。


「馬車の格、馬があの程度の爆発音に動揺した点、教会からではなく城壁からの追跡だった点を考慮すると……王宮や教会関係者ではなく、カスパーとやらの差し金の可能性が高いですね。」


──カスパー・フォン・ヴェーバー。テオフィルスの知人であり、教会や聖女から王宮へ権力を取り戻そうと画策している魔術師。一体私たちに何を仕掛けてきたかったのかは分からないままだが、さしあたってポーション問題に内側からちょっかいを出す可能性はそう高くないだろう。私はそう考えることにして、カップをソーサーへと置いた。


「それならしばらく追手のことも考えなくてよさそうね。まず在庫の問題を切り分けたいので、ヘルマンは先入れ先出し──入庫した順、古いものから先に使うように管理されているかを調べてきてください。あとは発注数に対して教会からの入庫数が一致しているかも確認を。」


「はい、承知いたしました。」


「アメリアは私と一緒に、ポーション製造担当の職員に話を聞きに行きましょう。もし伝手があるなら、その方へのご挨拶から同行します。」


「はい!」


あと残るは、うちの魔術師だ。再び庭の方を見れば、追っ手を撒いたことも頭から抜け落ちているのだろう、一心不乱に古代語を唱えて試行錯誤をしている。……特に何も指示をしなくても研究を継続してくれそうではあるが、念の為声だけはかけておく。


「貴方はそのまま治療の神秘再現に専念してて。私の方でも実験は進めておきますから、何か大きな発見があれば早馬でも何でも使って連絡するように。あと危険な実験もしないこと。よろしくね。」


「……古代語は言えてんのに、どうにも手応えがねえ。俺の方は早々に詰まるだろうから、『信仰』を引き出す装置になるような魔道具がないかはそっちに任せたぜ。」


「あら、聞こえてた?その件はこちらで調べます。それじゃまた、次回ね。」


返事はするものの振り返りはしないテオフィルスを研究室に残して、私たちは再び馬車へと乗り込んだ。前後左右と追跡の有無を確認する手間が増えたのは少々面倒くさいが、これもすべて隠居のためだと思えばやむを得ない。私とアメリアは、いつにもまして車窓の外を気にしながら馬車に揺られたせいか、到着後にはしばしの安静を必要とする羽目となった。



◇◆◇



それから数日後、私とアメリアはポーション製造担当者に会うこととなった。まだ騎士団による問題提起がされる前だからか、紹介元の職員もいたって親切に実務担当者へと繋いでくれた。秘匿されている製造工程だからと、いくら聖女と言えども嫌な顔のひとつやふたつされるつもりでいたのだが。


「これはこれは聖女様。こんな工房までご視察とは、ありがたいことでございます。」


工房を案内してくれたのは、親しみやすさと上品さの同居した老婦人だった。その老婦人を筆頭にベテラン三名、アメリアくらいの若い職員三名、合計6名の女性たちがポーション製造の担い手らしい。工房の中は床に塵一つなく、きれいに清掃され、ずらりと立ち並ぶ蒸留器と薬瓶、室内に漂うハーブの香りに、ここが教会の中であることを忘れそうになる。薬効の研究の痕跡だろうか、壁には乾燥したハーブが打ち付けられ、隣にはメモのような走り書きも残っている。明るく、清潔で、何がどこにあるか一目瞭然に整理された空間は──どこかの誰かの研究室とはまるで真逆だ。この秩序に、私は教会本来の生真面目さを見た。

見るもの全てが新鮮だった私たちは、つい興味本位にあれこれと尋ねたくなる衝動をぐっと堪え、老婦人へ今回の視察へ至る経緯を説明した。この老婦人は事情を聞いてもその表情を曇らせることもなく、どこか別世界の出来事のように私の話を聞いているようにも見えた。


「あらまあ……。足りないという話はよく聞いていましたが、効かないというのははじめて伺いましたわ。」


「そうでしたか。ここ最近、何か手順が変わったり材料の状態が変わったりなどはありましたか?」


私の質問にゆっくりと首を横に振ると、彼女は他の担当者たちへ意見を求めた。しかし返ってきた反応も一様に同じだった。


「一体どういうことなのでしょう?製造工程が変わっていないのに効き目だけなくなってしまうなんてこと、あるのですか?」


振り返ればアメリアも、製造担当者たちと同じように困惑に眉をひそめていた。


確かに悩ましい状況だ。例えばベテランの退職だとか急病、メンバーが大きく入れ替わった等の人の問題、材料が不作だったとか採取地が変わったとかの問題など分かりやすいポイントがない。私は6名の工員たちの表情を読み取るべく順にじっと眺めてみるが──誰にも目立った動揺は見受けられない。なにか後ろめたいことがあるなら少しくらいは態度に出てくれるだろうから、それもない。


私は残された手段へ向けて気持ちを切り替えるべく、ひとつ深呼吸をして背筋を伸ばす。そして工員たち全員に向け、コンサルタントとして堂々と言い放った。


「分かりました。貴方達を疑っていはいませんが、気が付かないところでなにか変化が起きてしまっていたかもしれません。これからお一人お一人に製造工程を細かく尋ねていきますので、ご協力ください。」


『製造工程を細かく尋ねる』に反応したのか、にわかに工房内の空気が悪くなる。人当たりこそ良かったが、やはり彼女たちの使命に対する意識は人一倍高いのだ。私は皆が嫌悪感情に陥る前に、その意図を続けて説明する。


「安心してください。私はポーションの製造方法を特定したいのではありません。あくまでも貴方がたの間で製造工程が共有されているのか、なにか人によって異なる作業をしていないか、コツやノウハウがきちんと引き継ぎされているかを確認させていただくだけです。不安であればそれぞれの薬草名は伏せていただいて構いませんよ。」


説明を尽くしても未だどよめきが残る中、ひとりの年若い職員が険しい顔付きで前に進み出た。その瞳には強い疑念が宿っている。彼女は堰を切ったようにその不信をぶちまけた。


「でも聖女様がそう言っても、製法が漏れてしまった時は私たちが処罰されるんですよ?聖女様の“かいぜん”が行われたら最後、クビになるとか……最悪の場合、ブルーノ司祭のように牢に引っ立てられるんじゃないですか!?」


この啖呵に残りの若い職員はオロオロと視線を彷徨わせ、ベテランたちは目を細めてこちらの出方を見定めるかのようだった。……もっともな疑問もあるが、一部噂に尾ひれがついている話もある。権力や物理的な距離があると、情報は口に乗りやすい形に変わってしまうものなのだなあと他人事のように受け取ることで、私はいつものように心への直撃を避ける。なにか言いたげにわなわなと震えるアメリアを制し、私はいたって穏やかに、しかし笑顔は控えて代表者へ正面から向き合った。


「突然やってきていきなり何だと思いますよね、それは謝ります。しかし私は誰かを責めに来たのではなく、あくまでも『効かないポーションがある』という問題を解決しに参ったのです。事細かにお話を伺えれば、貴方達の仕事に問題がないことも明らかにできます。不正がないのであれば訴えませんし、素晴らしい仕事があれば評価につなげるように上層部へ申し伝えます。──信じていただけませんか?」


「でももし、万が一……私たちの中で間違いがあったとしたら?罪に問われるのですか?今までこんな事なかったのに!」


一度聖女に歯向かって前に出た以上、引っ込みがつかなくなったのだろうか。彼女は怒りだけではなく恐怖にも震えながら続けた。私は表情を崩さずにその言葉を傾聴する。その懸念自体はなんら不自然なものではない。本来コンサルティングに入る際にはあらかじめ全社に徹底しておくべき思想の部分なのだから。

すべてを吐き終わり、彼女の息が整うまで待った。そして今度は唇の形を薄くほころばせて、ゆっくりと言い聞かせるように思想を述べていく。


「工程の抜け漏れや間違いがあった場合は、再発防止の策を検討の上で実施していただきます。それだけです。──改善活動は、過去を責めない。問題の発見は担当者にしか出来ない重要な仕事であり、気付きは宝です。重要なのは見つけた問題に今後どう対処していくか、ですからね。」


この説得は通ったのか、彼女の勢いはみるみるうちに萎んでいくのが見て取れる。だがその瞳には一抹の不安が灯ったままだ。それは今ここまでの自分の“出過ぎた行い”を恥じているとでも言いたげな眼差しだ。私が次にかけるべき言葉を探しているうちにアメリアがすっと前へと進み出て、その職員の震える拳を両の手で包みこんだ。

その所作は心の底から出ているのであろう、慈愛に満ちていた。


「ルツィア様は嘘をつきません。ご顕現以来ずっとお仕えしていますが、ルツィア様は悪しき行いにこそ一切容赦はされませんが、正しき行いには寛容に、そして公平に評価をくださる聖女様です。騎士団側の在庫管理の方にも人をやって、調べているところですから。」


同じ職員からの言葉に安堵したのか、場内の空気が次第に解れていった。先人を切った職員をベテランたちが抱き締めて慰めている。ポーション製造の女性たちも互いが互いの役割を果たす良いチームなのだろう。時として憎まれ役を買って出る者、遠くから俯瞰して物事を見る者、外交を担当する者。皆が支え合っているのが見て取れた。


自分の仕事を、その意図も一緒に理解してくれる人間がいると大変なことも頑張れたりする──私もまた、いつの間にか歓談の中心にいるアメリアの姿を見て、今度は自然と頬がほころんだ。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

第一部のクライマックスにあたる「ポーション編」の開始です。


次話で、ルツィアはこの見えざる不具合を見つけられるのでしょうか。

面白かった方は、お気軽にリアクションやご感想、評価、ブクマ登録などいただけると励みになります。

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