第9話:現地検証、神官による治療(前編)
帰りの馬車で眠りこけてしまい、アメリアとヘルマンから報告を聞きそびれてしまったので、別日にまとまった時間を取ることとなった。いつも何らかの成果があれば口より先に瞳で教えてくれるアメリアに陰りが見えるあたり、腰を落ち着けて聞いた方がいいだろうと判断した。
朝の髪結いと初代聖女像への祈りを終え、ミーティングに向けて紅茶を淹れているその横顔は暗い。しかし、いつも通りにふわりと湯気を立て、華やかな香りと鮮やかな水色に仕上げてくれるのは、間違いなく彼女のプロ意識がなせる技だろう。
「ありがとう、アメリア。──さて、改善検討会をはじめましょうか。それぞれの担当の進捗確認と……次の一手、テオフィルス・アーカーマン同行の治療の神秘見学の件も進められるなら進めてしまいたいしね。」
私は香りを鼻腔いっぱいに楽しんでから紅茶を傾ける。アメリアとヘルマンがアイコンタクトを交わし発言順を決めると、アメリアがおずおずと挙手をする。
「私から報告いたします。……申し訳ありません、大司教様より国王陛下に忠誠心が厚そうな方を見つけることができませんでした!教会を去る方は毎年出てはいるのですが、体調やご家族の事情以上の理由はわからず、聞き込みをしすぎてしまえばかえってルツィア様が大司教様に怪しまれてしまうかもと思い、……申し訳ございません!」
机に額がぶつかってしまいそうな勢いで頭を下げるアメリアに、私はゆっくりと頷いた。そしてアメリアが顔を上げるのを待って、労いの声をかける。
「報告ありがとうございます。思うような成果が出ていない時は報告しづらいでしょうけど、結果を隠さずに話してくれて助かります。──ヘルマンも、芳しくないのでしょう?やっぱり今回の人探しは、私の指示そのものが無理難題だったようですね。」
向けた言葉に静かに頭を下げたヘルマンからも、アメリアと同様に探し当てられなかったと報告を受ける。
「力及ばず、申し訳ございません。結界警備などに配備される神官は、騎士団とは指示命令系統が異なることもあり、素行調査をするにも教会を通さねばなりませんでした。アメリア殿と同様に、下手に動けば大司教の知るところとなると考えて手を引きました。」
「二人ともお疲れ様でした。見つかればいいなとは思ったのですが……やっぱりそうなってしまいますよね。王宮寄りの魔術師ならいるのでしょうけど、神秘を授かっている神官ともなれば尚更でしょう。私の方はテオフィルスとアーネスト卿の協力を得て、神官の実演さえ見られれば良いところまでは進みました。」
──さて、どうしたものか。
治療の神秘の古代語翻訳は完了し、術式としての解読も、残すは『外部エネルギー源仮説』の証明のために実演を見ればいいところまでは到達したのに、最後のピースに手が届かない。
王都から距離のある巡礼先を片っ端から回って該当の神官を探そうか?それともプロジェクトメンバーになり得る神官を探してスカウトすべきか。いやしかし、大司教と一悶着発生済みの今から、目的や情報をすべて共有できる人物を探すのは相当に時間がかかるかもしれない。リヒター家は中立の立場だが、個人名が上げられるほど各権力と頻繁にやり取りしている気配はない。
……国王陛下に聞いてみようか?でも、その質問は「教会に潜ませているスパイっていますか?いたら紹介して下さい!」ということだ。どう考えても教えてもらえるはずがない、無理筋だ。
と、ここまでぐるぐると考えながら、もうひとつの“無理筋”が頭をよぎった。
あいつに頼み事しないといけないだなんてちょっと、いや、かなり嫌だな……考えるだけで自然と眉間に皺が寄る。しかし、かたやしくじれば首が飛ぶ、かたや非常に腹が立つだけとなれば──後者を選ぶべきに決まっている。
これは悠々自適な隠居生活のための大事な仕事だ、仕事上必要なことなら好き嫌いは関係ない。
そう自分を奮い立たせ、美味しい紅茶で拗ねる心を癒やす。二呼吸ほど置いた後、私は二人に向けて安全な“無理筋”を提案した。
「テオフィルスに伝手がないか聞いてみましょう。本人は教会を嫌ってますが……治療の神秘を研究していた別の魔術師がいたくらいだから、神官と接触を図っている魔術師がいる可能性も捨てきれません。」
想像の通り、この提案には二人ともなんとも表現しがたい険しい表情を浮かべる。二人とテオフィルスとの直接のやり取りは打ち合わせのみに絞っているものの、何度も顔を合わせて仕事を進めている私でさえ一向に人格に対する評価は上がらないのだから、二人が突然好感を持つことなどありえない。
二人にこれ以上ストレスをかけるわけにはいかない。定時後に時間を調整して研究室へ向かえないかとアメリアと相談していると、ヘルマンが口を挟んだ。
「──私が業務終了後、伝えに行きます。お二人は他に追加の依頼がなければ、そのままお休みください。」
私は驚いて目を瞬かせた。アメリアは何かあるごとに都度発散をしているように見えるからまだいいが、口にも表情にもさほど感情を出さないヘルマンが、もっともストレスを溜めていると思っていたからだ。無理はしなくていい、本当に大丈夫ですかと念押しのように確認するが、彼はいつものように平常心に深く頷くだけだった。
「そんな顔をなさらないでください、大丈夫です。ルツィア様からの命だけを伝えて素早く帰りますよ。……期限は次回打ち合わせまで、厳守だとも加えて。」
さすがヘルマン様……と、アメリアは祈るように両の手を組んでいるが私は依然として首を縦に振ることが出来ずにいた。正直に言えば、私個人にとっては非常にありがたい申し出ではあるのだが、マネージャーとして部下に心労をかけさせるのはいかがなものだろうか。それと同時に、彼が間違いなくそつなくこなすであろうことも分かる。しばらくの逡巡ののちに、私は決心した。
「ヘルマン、ありがとう。疲れが溜まっていたので助かります。──帰りがてら、エールとサラミで英気を養ってきてください。もちろん、メッツガーの支払いは私の名前でね。」
せめてもの労いにと口から出た言葉は、どういう訳か昭和の管理職のようになってしまった。その私の言葉に、意外にもヘルマンは珍しく声を出して笑う。ホーエンフィルス邸で見たきりだったようなその柔らかな表情に、言った私が逆に戸惑ってしまう。思わずアメリアの様子を確認してしまったが、こちらはこちらでヘルマンを羨むような、からかうような笑顔を浮かべていた。
「ふふ、……ルツィア様、どこで覚えたんですか?騎士に対する完璧な機嫌の取り方ですよ。そのご命令も、しかと拝命いたしました。多少品数が増えるであろうことをお許しください。」
「とても素晴らしい追加任務じゃないですか!……あっ、ルツィア様がお昼に食べられそうな新メニューがないかも聞いてきてくださいね!」
この軽妙なやり取りを見て、最初は驚きに口元を隠していたが──すぐに笑い声を抑えるために変わった。もしかしたら私が思っているより、二人はこのプロジェクトや、あの厄介な魔術師の手綱を引くことも笑い飛ばせるほどにタフなのかもしれない。
ふっと肩の力が抜ける。
本当に疲れが溜まっていたからか、目標不達と手詰まりから生じた神妙な空気から頼もしくも気安い雰囲気への豹変に、私は朝から大笑いした。
そして自分でも驚くほどに、心が安らいだ。
◇◆◇
数日後。ヘルマンがテオフィルスに依頼をかけた次の打ち合わせで、なんとも驚いたことに、伝手があるとの報告がなされた。正確を期すれば、テオフィルスは王宮寄りの思想を持つ神官を抱えている魔術師を知っていて、かつ生きたコネクションがある。その魔術師の名は、カスパー・フォン・ヴェーバー。テオフィルスが魔術師協会内で『実用派』『研究派』に広く顔を出すように、カスパーも同じような動きをしていたため、自然と、会えば情報共有をする関係になったそうだ。
ヘルマン曰く、ヴェーバー家はホーエンフェルス家と同様に、代々王家に仕えてきている由緒ある貴族。古くは宰相を務め、常に文官として仕え、ときには王への諫言も厭わぬほどの忠臣とのことだ。
そんな家柄の人間が、どんな経緯で魔術師協会に所属しているのかは気になったが、「すべては国王陛下──ハイリゲンシュタインの未来永劫の繁栄のため」と返すのがカスパーの口癖らしい。その熱意に絆された神官がいると、テオフィルスはカスパー本人から聞いていた。
そしてさらにこうも続けた。「マナーが問題にならないような神官が相手だし、いいだろ」と。
私はその瞬間、つい感情を顔に露わにしてしまったらしい。さすがのテオフィルスも自信に満ちた表情を引っ込めていたと、アメリアからこっそり追加報告を受けた。
そして、いよいよ約束の日。私たちとその神官は、大司教の目からもっとも遠いであろう城壁で会うことにした。誰から見ても違和感のないように警備隊の慰問および治療業務と日時を合わせた、白昼堂々の“密会”だ。私たち4人は馬車で移動する間に、改めて段取りの確認をしていた。
「──念のため確認ね。そのカスパーという魔術師が何の目的で神秘を調べているかは、本当に分からないの?」
私は改めてテオフィルスに確認をする。カスパーの立場次第では、その神官相手にどこまでこちらの情報を開示していいのかが決まるからだ。テオフィルスは少しだけ考えてからひとつ頷く。
「直接カスパーの口から聞いたことはねえな。でも教会も聖女も、王国にはいらねえとは言ってる。──だから神秘そのものの解明というよりかは、魔法への置き換えを狙ってるんだろう。」
あんたとはちょっと違うタイプだ、と付け加えられたその人物像の複雑さに、私は両腕を組む。
普通、そこまで嫌っているなら聖女に力を貸すわけがない。今日の現場にカスパー本人がいないとはいえ、私の顔を見ればどんな神官だって聖女だと分かる。この線はすぐに繋がってしまうだろう。
だとすれば──安易に古代語や聖女の神秘については話すべきではない。たとえ一部目的が似通っていようと、権力構造を一変させんとする思想の持ち主ならば、必ずどこかで敵対することになるだろう。
「なるほど。じゃあ今回は純粋に、テオフィルスの研究のために紹介してくれたってことね。」
「そういうことだ。まあ、どうせすぐにバレちまうけど。」
いたって軽い調子の返事だった。事の厄介さは分かっているだろうが、どうにも危機感が薄く見えるのは、あくまでも“外部協力者”の立場であるからだろうか。私はアメリアに目配せし、サインの書かれた契約書を広げて重要部分を指し示す。
「覚えてる?秘密保持契約。『業務遂行中に知り得た依頼主の機密情報──技術情報、経営情報、顧客情報などを第三者に開示・漏洩しない』。今回は特に神秘と古代語の関係性、私たちの研究進捗に関しては厳に口を慎むこと!わざとやるような人間だとは思っていないけど、集中しすぎて口を滑らせるかもしれないでしょう。」
私がくるくると契約書を丸めてしまう間にテオフィルスに露骨な溜め息を吐かれるが、険しい表情は崩さない。なぜなら今日の最重要警戒事項だからだ。
分かった分かったと相変わらず適当に答えてよこすその姿に、私が注意を重ねるより早く、ヘルマンがいつもと変わらぬ冷静さで申し出る。
「ルツィア様。お許しさえあれば、いかなる手段を使ってでも食い止めてみせます。」
「そうね、実力の行使を許可します。」
「分かったって言ってんだろうが!!」
完全に打ち解けているわけではないが、ある程度はパターンの決まってきた4人でのコミュニケーション──テオフィルスの悪態を私が叱責し、ヘルマンが静かな威圧を以て制する。そしてその様子をアメリアが微笑ましく見守る。こんな調子でいるが、テオフィルスの実力は確かで、得難い存在である。今日も本人の興味関心を阻害しない範囲で手綱を握り、成果へと繋げなければ。私がそう決意を改めるうちに、窓から見える城壁が近づいてきていた。
◇◆◇
約束の場所、約束通りの時間に、その神官は現れた。
私はまだその神官と顔を合わせず、ヘルマンとテオフィルスに本人確認を任せる。間違いなく本人であると確認ができてから、いつものように三人で城壁内へと入った。警備隊長への挨拶、そして──同じく業務にあたる神官たちへの挨拶をする。合図などはしない。人相および身体的特徴から、私にも“誰か”は特定できた。そして警備隊長より本日の治療予定人数とおおよその症状を聞いて、病床へと案内される。──ここから、互いに治療の担当を回りながらそれとなく距離を詰める。神官たちは各々自分達が扱う『治療の神秘』を、私は聖女特有のそれを駆使して、戦闘や訓練で傷を受けた騎士たちを癒やしていく。
そして、さり気なくすれ違った瞬間に“落ち合う場所”と“時刻”を、お互いにだけ分かる声で伝え合った。
「──では早速はじめましょうか。」
定刻となり、聖女一行の詰め所に用意してもらった休憩所へ集合する。業務時間中は城壁周辺の集落へ待機させていたテオフィルスが、先んじて神官へ用件を伝えた。自分の研究に関わることとなれば、やたらと積極性がある。
「カスパーから聞いての通り、治療の神秘を数回使ってもらう。順番は聖女から、次に俺だ。でかい怪我とかは無いが連日こき使われて疲れてる。普段通り騎士たちにかけてる感覚で頼むぜ。」
なんとも無茶苦茶な説明な気がするが、研究目的という大意が通っているからか、神官は特に何も触れない。しかし信条は違えど神官は神官であるようで、私に対しては明らかな萎縮が見えている。限られた時間と回数なのに失敗されてはたまらないと、私は“聖女”然とした声色で優しく微笑みかけた。
「はい、彼の言う通りにしてください。私も貴方達と同様に自分の扱う神秘をより深く知りたいだけなのです。理解を進め、技を磨くことが──私なりの、王国への忠義ですから。」
この言葉に神官の緊張も少しは解れたようで、意を決したように私に一礼をする。それと同時にヘルマンが扉を僅かに開けて外の様子をうかがい、無人を確かめてから小さく頷いた。私はその合図を確認してから、神官に神秘の使用を促した。
数分の静寂を終え、神官が口を開く。紡がれる言葉はまさしく古代語で、アーネストの協力を得て翻訳した聖典の術式と同じ単語を羅列する……はずだった。
訳した語と語の間に不明瞭な言葉が混ざる。すると次第に、術を受けている背中越しに出力の微かな低下を感じた。とはいっても、確かに『活性』の『巡り』──細胞賦活めいたあたたかな漲りはあるが、追加された不明語の違和感が耳に残り続ける。ちらりとテオフィルスの方を見れば彼も同様にそれを感じ取ったようで、眉間に深い皺を刻んで考え込んでいる。
「うーん……どこか、違いますね?」
「お分かりですか!?さすがは聖女様、恐れ入ります!」
私がやんわりと指摘を試みると何故か、神官が喜色満面に。継承の際に『追加した語』を重ねて魔力を練ればさらに威力が高まると、治療の神秘を担ってきた一族の上長からの秘伝だと誇らしげに語った。そして自分はさらに語を重ね、カスパーの薫陶を受けて魔力を練り上げる訓練を重ねていたのだと、“術を絶賛された”と勘違いをした様子だった。
これはこれは、リヒター家にはとても言えない継承っぷりである。幸運にも聖典というマニュアルがあるのに──古代語で書かれているので読むことはできないが──、『神秘は神秘のままに』引き継がなければならないところ、各々工夫をしているようだ。そもそも聖典すら原著を100%正確に書き写せているかどうかも確認できていないが、その工夫が術に影響を及ぼさないことは、“人間ひとりが扱える魔力を優に超えた”使用魔力であるという実験結果から推察できる。だが体感としては、なんとも微妙な、質的な違和感が加わっていた。私は詳細な感想を述べることはせずにテオフィルスと交代する。
「……追加された語句は一旦無視。魔力の流れと賦活効果の体感に集中して。」
神官に聞こえないように声量を抑えて結果を共有すれば、テオフィルスもただ頷いて返すにとどまった。神官は相手を変え、再び治療の神秘を唱える。発語に耳を立てながら現象を注視する。淡く輝く光が上半身を照らす。その光量はテオフィルスが再現した魔法とは段違いに強い。そして肝心の魔力の流れは……聖女業務のように『見る』ことは出来なかったが、やはり光と同様に、魔法とは比較にならない量であることは容易に感じ取れた。
「ふーーーん……なるほど。この術を継いだ時、使用方法や回数の制限についてなにか言われたか?」
「使用方法は見ての通りだ。制限事項というのも覚えがないが……上長は紋切り型のように『癒やすべき者を癒せ』『救いを求める者へのみ施せ』『与えられるままに与えるべからず』って、説教みたいに繰り返していたよ。」
テオフィルスの質問は教会の教えではぐらかされたようにも聞こえたが、その上長の説教には重要な示唆があった。私とテオフィルスは同じことを考えているようで、視線が重なる。この気付きは伏せておく──そうアイコンタクトをすると、テオフィルスはもう一度だけ神秘の術を身に受けて、“密会”は滞りなく終了した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
神官から、神秘をその身に受けてみる検証回でした。
次話では、得た結果の共有と、検討です。
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