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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第7話:偏屈な魔術師と合理的な聖女-2

案内の協会員が、増改築を繰り返して曲がりくねった回廊のような通路を抜けて、ある扉の前で深呼吸を一つ置いた。


「アーカーマン、聖女様がお見えだ。」


その声は緊張により震えていたが、言葉遣いは粗野なものだった。


扉から返事はない。かわりに、奥から何かが弾けるような小さな音──火花のような、乾いた破裂音がした。協会員は視線を泳がせ、諦めたように頭を下げた。


「……開けましょう。たぶん、生きていますから。」


嫌な予感しかしない前置きだったが、私は扉を押した。


その中は、混沌そのものだった。

机の上には、魔道具らしき装置が解体されたまま並び、灼符紙の焦げた匂いが鼻を刺す。魔力干渉による焦げ跡が壁一面に広がり、棚には羊皮紙ではなく、灼符紙しゃくふしの束や黒板が──正確には符砂板ふしゃばんが──棚板のあいだに斜めに突っ込まれている。だが、順序はまるでない。新旧の研究成果、成功と失敗、整理と放棄──あらゆるものが同じ平面に共存していた。それは混乱ではなく、“選別されていないだけの知の堆積”にも見えた。


そして、中心の机に男がひとり。

長椅子の上にあぐらをかき、片手には符砂板。もう片方の手にはペン先の焼けた筆記具を持ったまま、こちらを見もしない。協会員と揃いの黒のローブは所々焦げ、袖口には薬品の染みがある。だが、その手の甲だけは異様に整っていた。無駄のない指の動き。筆圧の制御。思考の速度がそのまま肉体に転写されたような緊張感があった。


「おいアーカーマン、聖女が──」


協会員が再び口を開いた瞬間、彼はようやく顔を上げた。


「うるさい。そこに置いといてくれ。」

「……人だ。」

「人?」


短く反芻し、面倒そうに首を傾けた。その拍子に、光を遮っていた髪が流れ、透き通るような灰色の瞳が覗く。


「……ああ。なるほどね。聖女サマってのは本当にいたんだな。」


私はすぐには言葉を返さなかった。代わりに、室内をもう一度見渡す。この混沌を“汚れ”と見るか、“純粋な探究”と見るか──その違いが、彼をどう扱うかの分かれ目になる。

この空間は理ではなく、意思で積み上げられている。合理と狂気の境界が、ひどく曖昧だ。やがて、彼の視線が私の沈黙に気づいた。


「なんだ、その顔は。説教でも始める気か?」


私は小さく微笑んだ。


「いいえ。ただ……あなたの“研究環境”を見ていただけです。」


「観察、ね。」


アーカーマンと呼ばれた男は小さく鼻で笑い、手にしていた符砂板を裏返しに机へ伏せた。


「教会の連中が、一介の魔術師ごときの研究環境に興味あるわけないだろ。本物か偽物だか知らねえが、相手してやるほど暇じゃないんでね。さっさと帰ってくれ。」


予想はしていたが、それを超えた態度であった。私は前に出ようとするヘルマンに片手を上げて制し、アーカーマンへ聞かせるように大きなため息をついてみせた。


「やれやれ……困ったものね。あのアーネスト・フォン・リヒター卿から直々に紹介されたと言っているでしょうに。テオフィルス・アーカーマン、貴方は彼の顔に泥を塗るつもり?」


挑発の中に練り込んだアーネストという名前に、アーカーマンはわずかに肩を揺らした。

──やはり、アーネストが言っていた通り、個人的な知り合いのようだ。

魔術師はようやくその顔をこちらへ向ける。雑に束ねられた髪が揺れ、灰の奥に琥珀の熱を宿した瞳が細められる。意外にも年若い青年であったが、醸し出す雰囲気はどこか年寄りじみた諦念がある。敵意と警戒を隠さない眼光が私を突き刺した。


「アーネストだと?……どっからその名前に辿り着いた、言え。」


……まったく、舐められたものだ。そんな脅しに怯む私ではない。


「質問しているのは私です。こちらの話を聞く耳すら持たないのならそれで結構。すべての対応をアーネスト卿へお伝えし、聖女として、教会と王宮を通して正式に魔術師協会へ抗議するだけ。自国のあらゆる権力から目をつけられた厄介者ともなれば、さすがに研究は続けられないのでは?──西の連合に伝手でもない限りね。」


私は相手に口を挟ませずに言い切り、魔術師はこちらを睨んだまま唇を噤む。室内に、ヒリついた沈黙が続いた。


何もおかしなことは言っていない。そもそもアポを無視した時点で抗議をしたって良いくらいなものだろう。

この程度の、感情的に無礼な輩なら数え切れないほど相手にしてきた私──『鷹野瑞穂』は、この初戦を勝利した。



観念したのか、アーカーマンは灰色の髪を無造作に掻きむしり、面倒くさそうにしながらも質問に答えはじめた。


「ったく、厄介な客をよこしてくれたもんだ、アーニーの奴。──で?この俺に一体何の用があるって?」


しかし、私はまだ手を緩めない。

この無礼さは、彼だけの問題ではないのだろう。


「その前に確認させて。貴方は、本当にテオフィルス・アーカーマンであってる?まだ一度も名乗ってもらっていないから。」

「そっからかよ。人相は聞いてきてねえのか?…正真正銘、テオフィルス・アーカーマン様だ。心配なら、帰ってからアーネストに聞きな。あいつが人の顔を忘れるわけないだろ。」


人相なら一応聞いてはいたのだが……髪の色と目の色以外は、きっと今本人に直接伝えてしまうと逆効果だから黙っておく。しかし、アーネストの尋常でない記憶力を当然のように知っている口ぶりに、私はようやく尋ね人本人であると確信を得ることができた。

その様子を見て、ヘルマンが案内をさせた協会員を解放して部屋の外へと出す。建て付けが悪いのか、軋む扉を閉める力がいつもより強かった。私はアーネストから借りた古代語の辞典と、聖典を取り出し、テオフィルスにその表紙だけが見えるよう掲げる。


「では改めて──私は聖女、ルツィア・フォン・アイゼンシュタイン。アーネスト卿はジークムント国王陛下からご紹介いただきました。さあ、早速ですが本題に入りましょう。」


私は、今まで行ってきた『神聖力行使業務』についてテオフィルスに説明する。

聖女業務で用いられる神秘の術式には古代語が使われていること、聖女はその術式を古代語のまま感覚的に行使するために属人化してしまっていること、聖女の術式のうちのいくつかは高位の神官と共通の目的・作用を持つ神秘があること、そして。


「教会は“神秘は神秘のままに”と、解明されることを拒んでいます。しかし私は、治療や結界の修復などの担い手の多い方が有益な神秘は、もっと共有されるべきだと考えています。ですから、貴方に“聖女の術式の解明”と“術式の標準化”を依頼したいのです。」


テオフィルスはまたも鼻で笑い、小馬鹿にするように肩を竦める。


「おいおい、なに言ってんだ?俺は魔術師だぞ。教会の神秘と魔術師の魔法は基本的な体系が異なるってのは知ってんだろ?それにそもそも、教会の神秘なんぞに興味はない。」

「ええ、もちろん。でも解呪を生業にする魔術師はいるでしょう?私が求めているのは“神秘の否定”ではなく、“神秘の再現”。解明した神秘をその形式のまま使わせようという話ではないの。『誰でも使える』、かつ目的を果たせる状態にしたいのです。それに神秘は神の御業や奇跡なんかじゃない、れっきとした術です。必要な術には再現性を持たせるべきで──その結果、それが魔法になったって構いません。」


私は、テオフィルスが断りの句を挟む前にたたみかけた。

ここまではまだ誰にも明かしていなかったが、日々業務にあたってきた結果、思い至った私の神秘に対する見解だ。

アメリアが背後で息を飲む気配がする。冒涜的に聞こえてしまっただろうか?でも、目的に対する手段の話というだけだ、アメリアもヘルマンも──そして国王陛下も、聖女にすべてが集中しているリスクはすでに理解している。


この言葉にもテオフィルスは表情を変えることはなかった。だが、彼の瞳が明確に熱を帯びるのを見たことで、確実に興味を引いていることが分かった。


「……教会の神秘が魔法になってもいい、だと?とんでもない聖女だな。こんな話、大司教が聞いたら倒れちまうんじゃないか?」


倒れてしまうどころか、使えるすべての力を使って妨害してくるだろうことは、すでに本人から直接宣言されているので、その挑発は意味をなさない。私は迷いなく頷いて、自分の胸に手を添える。


「真にこの国の平和を祈る方なら、最終的には分かってくれるでしょう。──教会は『神秘』、貴方や魔術師協会は『魔法』と分けて考えることに大分こだわりがあるようだけど……私にとってはどちらも同じ。進化の過程が違っただけで、根源はきっと変わらない『技術』です。だからこそ、専門性にこだわらず、広くその『技術』に精通しているという貴方に依頼しているのです。」


記憶の中で、アーネストが添えてくれた情報を反芻する。

テオフィルスは、ある系統、ある研究テーマに対して魔法を研究しているのではなくて、魔法そのものを研究しているように見える、と。

やはりアーネストの人物評には間違いがないようで、目の前の偏屈な魔術師はようやく研究者の顔付きへと変わる。会話の間などどうでもよく、私の投げかけた言葉の実現可能性でも計算しはじめたのだろう。視線はすでに私から外れ、なにかブツブツと呟いている。

興味を持ってくれたのはいいが、このまま研究に突入されては困る。私はパンとひとつ渇いた拍手を打ち、彼の集中を断ち切る。


「どう?貴方の研究にとっても悪い話じゃないでしょう。──この依頼、受けてくれますか?」


するとテオフィルスはハッと視線を上げ、顎に添えていた手を下ろして私へと向き直る。どこか不貞腐れているように下がっていた口角が、ニヤリと弓形に変わった。


「いいだろう。教会、ましてや神秘を解析し尽くせる機会なんて二度と無いだろうからな。……その“属人化”とやらをしてる術式、暴いても構わないんだな?」

「ただの暴露で終わらせないで、標準化までお願いしますね。」


──交渉成立。私は内心でガッツポーズをし、胸に添えていた手の指をパチンと鳴らす。長い説得の末に、ようやく彼の興味をこちら側へ引き寄せた。学者という生き物は理屈よりも、未知に心を奪われる瞬間の方が正直だ。

すると、アメリアが羊皮紙とペンを私に差し出した。自分で書いた内容を改めて確認してから、テオフィルスの方へ向けてペンとともに渡して、こう告げた。


「ご快諾ありがとう、テオフィルス・アーカーマン。これは依頼をするにあたっての雇用契約書および秘密保持契約書です。勤務条件とか給与についても書いてありますので、一応目を通してからサインを──」


と、私が言い終わる前に、テオフィルスはろくに文面を見ずにサインをしてしまった。


「契約内容を確認しない研究者なんて初めて見た。」


私が皮肉を漏らすと、彼は肩を竦めて「俺は契約より成果主義だ」とでも言いたげに笑う。


おやおや、案外迂闊なところがあるものだ。目の前にぶら下がった興味関心には逆らえない気質と、その若さを再確認させてもらった。まあ、こうなることが私にとって一番都合がいいので、進めさせてもらう。


「即断即決ね、では決まりです。──今日から三日以内にリヒター邸の近くに引っ越してください、もちろん私との研究のために必要な資料はすべて持ち出して。ああ、アーネスト卿とは知り合いなんでしょう?ちなみにどういったご関係ですか、それによっては先にこちらで住居を用意しないといけないので。」


矢継ぎ早に告げる私に、テオフィルスの顔はみるみる驚きに歪んでいく。


「はあ!? 引っ越し!? 契約書ってそういう……!」

「書いてありましたよ?」


私は自信たっぷりに微笑み、契約書の該当の文面を指し示す。


「研究を効率的に進めるために、リヒター邸の近くへ住まいを移してもらうって。ああもちろん、そのために必要な経費は全部私が出しますから心配いりませんよ。」


テオフィルスは唇を引き結び、明らかに納得していない顔で羊皮紙を睨んだが、結局、まあいいと呟いて諦めた。理屈では勝てないと悟ったのだろう。

私は一応、仕方なしに一文一文を追って説明をしてやる。要は誰にも知られたくない研究なので協会で作業されては困るし、今後なんども参照するであろう情報源であるリヒター邸の近くに拠点を置くことで、移動の手間を削減しようというだけの話だ。突然の引っ越しと聞いて憤慨していたテオフィルスも、これにようやく拳を下ろしてくれた。

彼が言うには、アーネストとは幼馴染の関係で、生家が近くにあるそうだ。ただ両親や家族がまだ住んでいるそうなので、家族に対して別の住居を用意するか、そことは別に拠点を用意するかは一族で相談の上、決めてくれるそうだ。もしかしたらまた逃げるかもしれないが、実家の場所と自筆の契約書がこちら側にあるとなれば、安心していいだろう。私はすべてが計画通りに収まり、ようやく安堵の息をこぼした。


案内に捕まえていた協会員はすでに帰してしまっていたので、研究室から車止めまではテオフィルスに道案内をさせた。渋々といった態度が改まることは今度もないだろうが、顔を合わせてすぐの剥き出しの敵意はすでになくなっていた。

向かう道よりもスムーズに回廊を抜けて、傾きかけた陽の光に照らされる異質な研究棟の数々と魔術師の姿は、まさにといった具合で、絵になる光景だった。


「とりあえず家の件が決まるまでは動けないからな、連絡は協会経由にしといてくれ。」

「今度無視したら……さすがに理解できるでしょう?なるべく早く決めてくださいね、待っています。」


テオフィルスは観念したように頷いたが、その灰色の瞳の奥には、もう研究者の光が灯っていた。私の敵意も、彼の警戒も、ひとまず共通の目的に吸い寄せられたのだ。私は別れ際に、ダメ押しのように契約書を見せつけてから馬車へ乗り、帰路へとついた。


──さて、これで役者は揃った。やっと『神聖力行使業務』の可視化に着手できる。この神秘が世界の理によって解体される瞬間、私は何を見るのだろう。窓から夕日を眺めていた私の隣で、アメリアが小さく呟く。


「……でもルツィア様、私はあの方のこと、なんて呼べばいいんでしょう?あんなに無礼な方に対して様なんて付けたくないなあって思っちゃいました。」


私は思わず吹き出しそうになりながら、再び窓の外の光を見上げた。


「それは、次に会う時までの課題にしましょう。」



──次に会う時。神秘の可視化と標準化、その始まりに。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

魔術師テオフィルスとの強烈な出会いの回でした。


次話では、彼の協力を得て、再び神秘の謎へと迫っていきます。

面白かった方は、お気軽にリアクションやご感想、評価、ブクマ登録などいただけると励みになります。

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