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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第7話:偏屈な魔術師と合理的な聖女-1

昨夜もまた、気づけば蝋燭の芯が短くなっていた。眠気より先に、胸の奥でざわめく何かが勝ってしまう。


アーネストから借りた辞典──ページに刻まれた古代語のひとつひとつが、インク以上の“重さ”を持って指先に絡みつく。一語訳すたび、ページの向こう側で誰かが息をしているような、そんな錯覚すらあった。


辞典に書いてあるのは古代語の構造だけ。

それでもその余白には、リヒター家が費やした何世代分もの記憶が滲んでいる。その重みに応えたいのか、ただ逃げ場を探しているだけなのか──

自分でも分からない。


ただ一つだけ、確かに理解してしまった。


リヒター家の知識継承の仕組みは、間違いなく属人化の最終形だ。

人数を増やすことで途絶えないようにしていたけれど、それは子供たちの未来そのものを捧げて維持されている仕組みでもあった。

この世界では正しいのだろう。そうでなければ記録は保てない。


けれど──私の知る世界では、あれは絶対に“許される仕組み”ではない。


人を救うための術が、人の人生を奪って成り立っている。

そんな世界を、本当に未来に渡していいのだろうか。


ページの文字が滲む。睡眠不足のせいかと思ったが、違う。


(……返す前に、少しでも“彼らの時間”を無駄にしないように。)


これは感傷ではない。ただ、借りた分の価値を返すだけだ。



◇◆◇



リヒター邸への訪問から数日後、私たちはいつも通りの業務に戻っていた。毎朝のルーティンの締めであるアメリアによる髪結いの最中に、大きな欠伸がもれる。

とっさに口元は隠せたが、この気の抜けた姿は笑われてしまうかもしれないなと鏡を覗くと、アメリアの表情は私の想像とは違っていた。反対に、なんとも私を案ずるような瞳をしているではないか。


「アメリア?そんな顔をしてどうかしましたか、何か困ったことがありましたか?」

私が慌てて彼女に問うと、アメリアの表情はますますその色を強める。


「それは、私の台詞です。……ルツィア様、最近ずいぶんと夜更かしをなさっているようで。お身体が心配です。」


それでも手を止めずに髪をまとめ上げてくれる手際を眺めながら、私は鏡から視線を泳がせる。


「私が深夜残業なんてするはずがないじゃないですか、考えすぎですよ。……それとも、いよいよ年齢が顔に出てしまってますか?それは参りましたね、まだまだ現役のつもりなのに。」


追及をかわそうと冗談めかして答えると、アメリアはその唇をツンと尖らせる。

──これは、確信があって言っているんだな。私は観念し、鏡の中の彼女へと目線を戻した。


「ルツィア様、そんな嘘をおっしゃらないでください。燭台の蝋燭、私が取り替えているんですからね?ここ最近の減り方を見ていたら分かりますよっ。」

「あらあら……それは動かぬ証拠を。アメリアったら、いつの間に探偵のような洞察力を身につけたのでしょう?もう貴方に隠し事はできませんね。」


私は彼女の自発的な成長(もしくは、情報収集を頼みすぎた結果)に観念して、鏡越しに小さく両手を合わせた。

その推理は完全に正しく、私はあの『知識の家』から戻ってから、睡眠時間を削って『神聖力行使業務』に使われる術式の翻訳に勤しんでいる。目の下のクマは湯で温めて軽減させていたからバレないと思っていたが、蝋燭にまで注意が回っていなかったようだ。これも夜更かしの副作用かもしれない。


「ルツィア様は、アーネスト様をお訪ねになってから様子が変ですよ。物思いに耽られたり、ぼんやりされていたり……何か、御心に障るようなことがあったのですか?」


ああ、全部バレている。

アメリアの業務を考えれば私への観察力が時間の経過とともに上がるのは至って自然なことかもしれないが……今までこれほど気にかけてもらう経験がなかった私にとっては、少々照れくささがある。


「本当に、よく見ているのね。──気に障ることがあったのではなく、リヒター家にお借りした知恵に一刻も早く成果でお返しせねばと作業しているだけですよ。この辞典も、借りている間に紛失や汚損をさせるわけにはいきませんからね。」


そうであっても無理をしすぎないでくださいねと、アメリアにしっかりと釘を刺される。

業務時間外に業務をすることも、翌日のコンディションに影響を及ぼす真似をすることも私の信念に反している。しかしそれを反故にしてでも、この辞典をいち早くあの家に戻さなければと、焦り過ぎていたのだろう。業務に影響が出る前に指摘されたのは、かえって良かったのだと思うことにした。


「ありがとう、アメリア。心配をかけてしまってごめんなさい。今日からはなるべく早く寝るようにしますので──さ、朝の祈りへ向かいましょう。」


私は顔を左右に傾けて、シニヨンの仕上がりをチェックする。アメリアの仕事はいつも完璧だ。そして立ち上がり、扉を開ける前に両頬をぱちんと叩いた。聖女が眠たそうな顔をしていては締まりが無い。気合を入れ直し、再び扉に手をかけた。


廊下に出ると、そこには朝の光が差し込んでいた。一晩の疲れを溶かすような柔らかい光だった。私たちは足並みを揃え、初代聖女の像へと向かっていった。



◇◆◇



朝の気怠さからは一転、キャビンの中は闘志に満ちていた。きっかけは、朝の祈りを終えた後のミーティングでの、ヘルマンからの進捗報告だった。


アーネストから紹介されたテオフィルス・アーカーマンなる魔術師は、教会経由のアポも、ホーエンフェルス家名義のアポもすべて無視した。教会経由では大司教への対策でアーネストの名前を出せなかったとはいえ、まさか名家であるホーエンフェルス家からの要請までも無碍にするとは驚きだった。

そこでヘルマンは作戦を変更し、王宮へ出仕している魔術師を捕まえて、テオフィルス・アーカーマンが協会へ出入りする可能性が高い曜日の情報を聞き出し──今に至るわけだ。

出仕の魔術師が言うには、テオフィルスはかなりの変わり者だという。一つの魔術を探求するのを是とする魔術師協会にありながら特定の分野への傾倒はせず、“研究派”と“実用派”の派閥を行ったり来たりする得体の知れない男だそうだ。教会や王宮の権威をものともしないこれまでの対応が、その評価に十分な納得感を加えた。


──それならば。

アポが取れないのならば、もう直接乗り込むしかないだろう。

普段なら「さすがに非常識です」と諌めたかもしれない二人も、このときばかりは大いに同意をしてくれた。そして今、私たちは王都の南側に位置する魔術師協会へと馬車を走らせていた。



王都の南端、灰の匂いが漂う工房街の奥に、それはあった。

建物というより、無数の研究棟が寄り集まってできた島のようだ。金属、石、煉瓦、魔晶石──素材も形もばらばらで、見れば見るほど頭が痛くなる。それでも、それらが同じ意志に貫かれていることだけは分かった。“研究のためなら何でもする”という、清々しいまでの無頓着さだ。中央に立つ本部庁舎も、王都の名にそぐわぬほど簡素だった。装飾も紋章もなく、外壁には実験の跡が焼き付いている。誰もそれを恥じていない──むしろ誇りのように、積み重ねた失敗が光を反射していた。


雑然としているのに、妙に心が落ち着く。誰のためでもなく、自らの知のためだけに積み上げられた場所。教会のような敬虔さも、王宮のような絢爛さもない。けれど、そこには確かに“成果”ではなく“探究”の匂いがあった。ここなら、神秘を標準化できるかもしれない──そう思えた。


「これはまた……王宮の建築家が見たら泡を吹いて倒れそうな構えですね。」


雑然としているが、使うものだけを並べたデスクのようだと好感を覚えていたのは、どうやら私だけだったようだ。ヘルマンもアメリアも、この雑多さに唖然としていた。本部庁舎を目指して歩く足取りもどこかそぞろだ。アメリアやヘルマンとは全く住む世界が違う、この街並みがきっと、テオフィルス・アーカーマンはじめ魔術師たちの本質を表している。


その本部庁舎も、来訪者を迎えるはずであった受付カウンターはごちゃごちゃとした堆積場と化していて、人の気配はなかった。私たちは本当に正しいのか分からない壁面の地図を頼りに『実験記録管理室』を目指す。

“記録”──体系の基礎、知識を残す最後の工程。私たちは、少なくともここには人の出入りがあると狙いを定めた。

薄暗く、埃や薬品、何かが焦げたようなにおいが漂い、あちらこちらで床材のヒビ割れが起きている廊下を通り、目的の部屋へなんとか辿り着く。すると、幸運なことに室内には人の気配があった。私はヘルマンに許可を取り、無造作に開かれた扉の前に立つ。中から微かな衣擦れの音を拾う。


よし、ここだ。

私はノックもせずに一気に部屋に飛び込んで、大声を上げた。


「──失礼します!!とある魔術師協会員を探しているのですが!ご協力願えますかァ!!?」


絶対に無視をさせまいとする声に驚いたか、手元からドサドサと持ち物を落としたようだ。液体が漏れたり、なにか割れる音がなかったことにひとまず安心する。

私はその協会員であろう人物が立ち去ろうとする前に腕を掴む、淑やかなる聖女の微笑みを貼り付けて。


「わたくし、ルツィア・フォン・アイゼンシュタインと申します。ご存知ないかもしれませんが、この国で聖女を任されておりますの。人探し、ご協力いただけますよね?」


絶対に逃がしてなるものか。

私が協会員の動きを止めているうちに、ヘルマンが背後に回り込み、アメリアが閉じた扉を死守するように仁王立ちをする。

カチリ。ヘルマンが剣の鍔元を上げる音をわざと立てて、声なき恫喝をする。哀れな協会員、彼の動揺は掴んだ手首からしっかりと伝わってくる。そして私は笑顔のまま、極めて優しい声色で要求を続けた。


「『実用派』か『研究派』か、もしくはそのどちらでもない──テオフィルス・アーカーマンという人物を探しています。彼の古い知り合いであるアーネスト・フォン・リヒター様からの直々のご紹介で。案内をお願いします。」


……こうでもしなければ、彼らは誰一人として扉を開かない。目には目を、歯には歯を。私は最初から、“それなりの強行突破”を前提にすると、皆と意識統一を済ませていた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、新しい組織である魔術師協会への訪問でした。


次話では、チームの結成後の初仕事が待っています。

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