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『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

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第6話:歴史の番人と術式の壁(後編)

「“意味が見える”……とは?」


私が問うと、アーネストは一拍おいて、穏やかに微笑んだ。


「単に、言葉の構造が理解できるというだけです。 古代語は今の言葉よりもずっと論理的で、文法がそのまま意味を示すんです。 単語がどう組まれているかを見れば、文全体の意図が分かる──そういう仕組みなんですよ。」


彼は聖典の一節を軽く指でなぞりながら、あくまで事務的に続けた。


「この部分、『信仰を力に』と訳しましたけど、構造的な意味は“エネルギー源の宣言”です。 『拝領』は──『媒介から力を一時的に借り受ける』という意味です。『練る』は『使用する魔力量を確立する工程』、ですね。 ほとんどの文は、宗教的な装飾を除けば、手順書のように明快なんです。」


彼の声は、静かに淡々としていた。 そこには感情も祈りもなく、ただ知識を正確に並べる者の口調があった。

アメリアは思わず聖典を覗き込み、ヘルマンは息を止める。 私は──理解した瞬間、背筋を伝う冷たい感覚を覚えた。


この少年は、聖典では神の御業である神秘とされる言葉を“学問として”扱っている。信仰の対象を冒涜する意図はなく、ただ知識として整理しているだけ。

けれど、その距離の取り方ゆえに、かえって神聖なものに見えて仕方がなかった。


「すごい……。いくら調べても分からなかった『言葉』──古代語が、こんな簡単に訳せてしまうだなんて。」


思わず溢してしまった言葉に、案内人が口を開きかけたのをアーネストが制した。そしてすまなそうに眉を下げて、こう続けた。


「すみません、簡単そうに見えてしまったかも知れませんが……ここに至るまでの知識の蓄積や体系化は、この先代を含めたご先祖方のご尽力の賜物なんです。辞典として紙にまとめられるようになったのも比較的最近のことで……まだ、書き留めなければいけない事も残っている状態なんです。」


私は、彼の言葉でやっと自らのひどい失言に気が付いた。

胃の奥が冷たく縮む。即座にその場に立ち、膝を折る。


「──申し訳ございません、大変無礼な口を叩いてしまいました。目の前であまりにも手品のように翻訳されていたもので、つい……。時間を要さず翻訳するその技術のすべてが、リヒター一族の血肉の結晶なのですね。心に刻みます。」


精一杯の謝罪の言葉と、悪意はなかったことは案内人──先代当主も、アーネストも分かってくれていたようで、寛大に許してくれた。そのまま私は聖女の治療の術、結界を直した際に唱えた術についても質問をし、今まで口が勝手に紡いでいた古代語の意味を知ることができた。

しかし、質問と翻訳を重ねるなかで、またひとつ大きな課題と直面することとなる。

それは、これら全てが物語や詩の一節なのではなく、神秘──“術式”だということだった。

術式は言語のみでは発動しない。私がただ言葉を紡いだだけ、アーネストが同じ発音で古代語を繰り返したとしても、この場で何かの現象が起きることがなかったことが、その証明だった。


「すみません、古代語の意味を解説することはできるのですが……術式としての解明となると、専門外になります。」


大きな盲点だった。


私は『発動』に身を任せるままにしていたが、実際には術を使うための言葉として、たとえば魔力を借りたりだとか、明確に術の対象がある状態でそれを行っていたから、術が発動していた、ということである。

試しに治療の術を実演してみたが、言葉を媒介にどのように魔力を練り上げたり、対象に放ったりといった方法論がないままに言葉を繰り返しても、治療の術が発動することはなかったのだ。

アーネストが言うには、術などにおける魔力操作は強いイメージを必要とし、言葉──術式は、それを最終的に手助けする役割を担っているという説が有力であるらしい。


一周回って振り出しに戻ってしまったのか?絶望的な空気が場を包む中、私はなおも食い下がる。


「最終的に、私は聖女の神秘をすべて手順書などにして、担い手の安定的な増加や、知識や技術の共有化につなげたいと考えているのです。使用されている言語の理解はアーネスト様のお力添えがあれば叶えられそうですが……神秘の術を、誰にでも分かる形に翻訳し直し、標準化するとなると……次は誰に話を伺ったらいいのでしょう?」


「一応我が国には魔術師協会という、神秘ではなく魔法を研究する組織はありますが…はたして、体系の異なる術式まで研究している魔術師がいるのでしょうか?そもそも魔術師協会自体が教会を敵視し、神秘を批判する立場ですからね……。」


先代からもたらされた新たな組織、「魔術師協会」の存在に希望を抱くもつかの間、教会をよしと思わない組織が、そもそも教会の権力者である聖女に協力するとは考えにくく、深い溜息とともに肩を落としてしまう。応接間に重たい沈黙が流れる。

全員が全員うんうんと首を捻る中、口火を切ったのは歴史の番人である彼だった。


「もしかして……彼なら、聖女様による術式の標準化を手伝えるかもしれません。」


「お心当たりがあったのですか!?一体、どこのどなたなのですか、是非ご紹介ください!!」


見えた光明に飛びつくように、気がつけば机に身を乗り出していた。

アーネストは思い悩むかのように顔の前で組んだ手に額を埋める。そして、意を決したように顔を上げて重たい口を開く。


「……魔術師協会所属で、『実用派』…もしくは『研究派』の、テオフィルス・アーカーマンという男を訪ねてください。僕の名前を出せば会ってくれるはずです。リヒター家だけではなく、必ずアーネスト・フォン・リヒターから直接の紹介と伝えてくださいね。」


私に続いてアメリアとヘルマンも立ち上がり、厚意に最大限の礼を表明した。


首の皮一枚で、隠居のための改善計画が生きながらえた心地がする。

私は逸る気持ちを抑えられず、この日はアーネストから古代語の辞典を借り受けて教会へ戻り、テオフィルス・アーカーマンとの面会に備えて術式解明の準備を進めることにした。



先代当主を部屋に残し、私たちはアーネストの案内で来た道を歩いて戻っていく。時刻が夕方に差し掛かったからだろうか、先程まで中庭で遊んでいた子供たちの姿はなくなっていた。そのかわりに、それぞれの部屋から灯りが漏れて見える。

私はなんの気なしに、アーネストに尋ねてみる。


「リヒター家は大所帯であると、来た時に先代様より説明いただきましたが…御兄弟が多いのですか?」


するとアーネストは少し押し黙ってから、私の方へ身体を向け直し、答えた。


「……はい、そうですね。僕たちはこの家に遺された書物や石板だけでなく、語り継がれた伝説や逸話、後世に残すべきであると考えられる事柄も、一族の中で伝え残すことも使命としています。なので、人数が多ければ多いほど記録しておける量が増えるんですよ。」


親から子へ、従兄弟から従姉妹へ、老いた者から若き者へ。

それぞれに任された領域の伝承を口伝にて語り継いできたというリヒター家の使命の重さに気付いた瞬間、私は卒倒しそうになった。それに気付いたアメリアがそっと私の背を支える。


言葉が出ない。胸が詰まる。

事前によく考えていれば、最初から彼らのその重責を理解でき、迂闊な失言などせずに済んだかもしれない。


この時代、この世界には、サーバーもなければ国営の図書館、そもそも出版技術もないのだ。そんな中で、歴史の番人とも呼ばれるのであれば、《《今現在考えられうる全ての労力を用いた記録および伝承方法》》を使っているはずだと、何故想像をしなかったんだろう。


私は目の前の、合理の極致──多くの人間の血の滲むような努力が結実して生まれた少年に、畏敬の念を抱かざるを得なかった。

アーネストは私の困惑の意味すらも理解しているのか、表情が驚愕と憐れみに曇ったのを見ては、悲しみと諦念を瞳に宿して微笑んだ。


「誰かが語り継がなければ、世界からは簡単に忘れられてしまうんです。僕は代々続くこの使命を誇りに思っています。けれど僕たちはみんな、使命以外のことが……何もできません。」


彼は、この使命の非人間性も分かっているのだろう。

人生のすべてを知識の継承に捧げること、自分達の死は個人を悼むより先に情報断絶のリカバリに動くしかないことも、そして自分達の在り方を模索するためのリソースや時間すら作る余力が無いことも、すべて分かっているのだ。


「聖女様。その辞典を使っても分からないことがあれば、また気軽に訪ねてくださいね。辞典に書き残しきれていなくても、僕や一族の者が読めば分かることはたくさんありますから。」


門から去っていく馬車からは、子供のように手を振るアーネストと、それぞれの部屋から輝くばかりの笑顔を向けて見送ってくれる子供たちの姿が見えた。アメリアが穏やかに微笑んで、窓から手を振り返す。その様子を横目に、私はその紙が持つ質量より遥かに重い、連綿と繋がった一族の命を以て束ねられた知恵の辞典をじっと見つめた。


彼らにとって、知識の継承は“仕事”ではなく、すべてを捧げる“使命”そのものだった。だからこそ、その使命の存続を第一優先とした結果が、この壮絶な合理化なのだ。


アーネストは、先代は、一体どんな気持ちで──「属人化の解消」「知識の共有化」の話を聞いていたのだろうか。


リヒター邸から離れ、窓から身を戻したアメリアが、車内の空気の異変に気付く。私の視界の端でヘルマンに何かを訴え、それに応じるようにヘルマンが口を開く。


「……陛下のおっしゃっていた通り、年若い傑物でいらっしゃいましたね。魔術師協会への面会要請については、まずは一旦正規の手続きである教会から行いましょう。もし回答がないようなら、また私の家名を用いて試みてみます。」


「ありがとう、ヘルマン。その際はよろしくお願いいたしますね。」


彼らなりに私の気落ちを見抜いてのことだろう。

そう、次にやるべきことは明確なのだ。私には私のすべきことがある。おとぎ話ではない、『知識の家』の壮絶な実態は──今は胸に秘めておこう。彼らの偉大さを忘れないことが、今の私にできる最大の敬意の払い方だった。


「さあ……また新しい場所へ行かないとね。今回の訪問で、確実に聖女の神秘の解明には近づいていますから、このまま突き進みましょう。」


私は決意を新たに顔を上げた。

一歩一歩確実に、『神聖力行使業務』の解明に向かっている。ここさえ突破すれば、聖女業務の属人化はほぼ解消可能になるといっていいだろう。テオフィルス・アーカーマンという魔術師がどんな人物なのかは定かではない。だが、現状唯一の手がかりは彼しかいない。

どうにも綱渡りのプロジェクトになってしまっているのは不本意ではあるが、幸いチームには恵まれている。……この調子で進めていこう。


──待っていろ、魔術師協会。


そう決意を強めた私の頭の中では、あの子供たちの楽しげな声が重たく響いていた。あの声を、彼らの献身を忘れないためにも。


私はまた、前を向いた。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

新たな課題である術式の解明と、リヒター家の重い使命が明かされた回でした。


次話では、術式の解明を進めるために魔術師協会へ向かいます。

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