表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『聖女業務の属人化』、解消します。〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜  作者: すみ ふじの
第1章:業務改善とチーム結成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/26

第6話:歴史の番人と術式の壁(前編)

車輪が敷石を刻む度に馬車に振動が伝わる。私は懐の中でわずかに揺れてかさりと乾いた音を立てる羊皮紙へ目を落とす。


あの夜、国王陛下にいただいた紹介状の封蝋は、まだ解いていない。


王都の西端へと向かう車窓から薄曇りの空を眺めながら、私は小さく息を吐く。その息に疲労か不安を感じ取ったのか、アメリアが私の表情を窺うように見る。


「リヒター家というお名前は、ルツィア様もヘルマン様もご存知ではないんですよね。一体ご当主はどのような方なのでしょうか…歴史の番人で、しかもお若い方だと陛下はおっしゃっていましたが。」


「ああ、私も初めて聞いた家名だ。少なくとも社交の場に出てくる方ではないのだろう。──王宮からも教会からもその使命に手出しをされない立場となると、建国時代近くから存在していたお家柄だと考えられますが……今はどちら寄りの立場にあるのかは、会ってみないと分かりませんね。」


アメリアに答えてから私へと向き直るヘルマンの言葉に、静かに頷く。ルツィアとしての記憶の中でも一度も聞いたことのない家名だったからだ。


しかしアメリアは、窓からの風景を見ながら何かを思い出そうと首をひねっている様子だ。


「アメリア、どうしたの?なにか思い当たることでも?」


「はい……私、この道を通ったことがあるような気がするんです。教会でのお勤めがはじまってすぐの幼かった頃に先輩方に連れられて──あっ、」


馬の嘶きと共に馬車が動きを止め、キャビンから降りた瞬間に、アメリアの疑問は確信に変わったようだ。どこか古めかしく、鬱蒼とした木々に囲まれた屋敷を見上げ、こう呟く。


「『知識の家』です……ここ、おとぎ話に出てきた『知識の家』そのものなんです。」


「……ああ、あの!まさか実在するものだとは……!」


アメリアとヘルマン(と、多分ルツィアも)が言うには、ハイリゲンシュタインの子供なら何度も読み聞かせをされる童話の中に、王や聖女、勇者が迷った時に知恵を授けてくれる賢人が住む『知識の家』を訪ねるシーンがよくあるそうだ。そして、このリヒター家の佇まいが『知識の家』そのものであると言うのだ。


「確かに陛下のお言葉から考えても、モデルとなったと考えて間違いなさそうですね。」


私たちが屋敷を眺めている間に、門の前に人影が立っていたのが見えた。この家の使用人だろうか、柔和そうな初老の男性だ。


「当家にお客様とは珍しいですなぁ。当家になにか御用で?まずは私が承りましょう。」


私はその老人に対し礼をしてみせてから、身分を明かし、紹介状を差し出した。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。国王陛下から紹介を賜ってまいりました。聖女のルツィア・フォン・アイゼンシュタインと申します。ご当主様に是非お話を伺いたく…こちらがその紹介状でございます。」


老人は聖女という身分と国王の刻印がされた封蝋に一度目を見開き、穏やかな笑みを浮かべる。その後はいたって落ち着いた様子で、いくらか錆びつきが見える大きな門扉を開け、後に続いて入るように促される。


「おお、聖女様に国王陛下のご紹介ですか。これはますます珍しい……どうぞ、お入りください。当主アーネストの元へご案内させていただきます。」


礼を述べ、私たちは彼の後に続いた。

突然の訪問に国王の紹介状ともなれば、もう少し驚かれてもおかしくないだろうにと、肩越しにちらりと振り返れば、ヘルマンもアメリアも同じ感想を抱いたのか、不思議そうに互いに視線を交わしている。


屋敷の中は窓にカーテンがかけられているのか、少しだけ薄暗く、壁という壁に所狭しと棚が作られ、中には書物や石板、いかにも古そうな束ねられた紙束やさまざまな骨董品で溢れていた。それぞれの部屋を通り過ぎるたび、使用人たちなのか家人なのかは分からないが静かな話し声が漏れ聞こえている。室内の不思議な雰囲気とは対照的に、人々には活気があった。

道の途中で出た中庭でも、幼い子供たちが詩や文章の一節のようなフレーズを高らかに歌い上げながら遊んでいる。その屈託のない笑顔やはずんだ声に気づけば、握っていた指先のこわばりが解けていた。

私が子供たちを見ているのに気がついたのか、案内人が説明をしてくる。


「外からは見えなかったでしょうが、我が家は物が多い上に大所帯となっておりまして…意外と騒々しいでしょう?まだ幼いですが、使命を担う大切な子らなのですよ。」


「まあ、ご一族が多くいらっしゃるんですね。みんなのびのびとされていて……見ていて微笑ましいです。」


私のその返事に案内人も穏やかな表情を浮かべていたが、一瞬、どこか寂しげなような…罪悪感のような陰りを見せた。私はその瞬間、それが何のことか理解できなかった。


そうこうしているうちに、当主の執務室であろう、大きな扉の前へと到着する。案内人がゴン、ゴンと思っていたより鈍く大きな音を立ててノックをする。


「当主様。……アーネスト坊ちゃま。国王陛下からのお客様がいらしておりますよ。手を止めてください。」


そうすると、中ではなにかがドサドサと雪崩のように崩れる音が響いた。

私たちは一体何事かと身構えてしまったが、案内人は全く動揺しておらず、まるで日常の一部であるかのように冷静だった。雪崩、なにかを掻き分ける音とともに人の足音が迫る。軋んだ音をさせながら扉がゆっくりと開くと、現れたのはアメリアよりも少し背の低い少年だった。


「お待たせいたしました……。僕が当主のアーネストです。ものすごく散らかってますけど、どうぞお入りください。」



柔らかな栗色の髪が額の上で波打ち、重たげな前髪の下から、曇り空のような灰青の瞳が覗く。光を受けるたびにその髪は金にも見え、まるで書架の間をすり抜けた光が形を取ったようだった。頭には薄布の丸帽を深く被り、肩からは古い修道士のような灰白のローブを羽織っている。

裾は少し擦り切れ、袖口には乾いたインクの染みが見えた。知識を愛する者の衣ではあるが、彼の立ち姿には不思議な静謐さがある。


私は無意識に一歩、足を止めた。

私が圧倒されている間に案内人は扉の奥を覗いて盛大な溜め息をこぼして頭を振る。


「ああ、全く……この部屋のどこにお客様を招く余地がありますか。隣の部屋にお通ししますので、坊ちゃまは少し片付けてからいらしてください。そのままだと後で困るでしょう。」


「あはは。やっぱり、そうですよね……。すみません!すぐに片付けますから、もう少しだけお待ち下さい。」


そう言うと少年の影は再び部屋の奥へと引っ込み、バタバタと物音を立て始める。私たちは案内されるがままに隣に用意されていた応接間に座り、当主の再登場を待つこととなった。

案内人に用意された紅茶を飲み干すよりは早く、応接室の扉がノックされ、先程の少年──アーネスト・フォン・リヒターがひょっこりと顔を出した。


「大変お待たせしました!ええと、……あぁ。お久しぶりの方もいらっしゃいますね。」


案内人より紹介状を受け取り、封蝋を剥がして中身を確認しながら、アーネストはアメリアとヘルマンを見てはぱっと明るく笑う。

えっ?と思わず二人を振り返る。しかし二人とも、一切覚えがないようで困惑の表情を浮かべている。


「……私は聖女様の護衛騎士を務めます、ヘルマン・フォン・ホーエンフェルスと申します。大変恐縮ですが、どこかでお会いしていますでしょうか?記憶違いがありましたら申し訳ございません。」


「同じく、侍女のアメリア・ベッカーと申します。あの、私は……教会の者で『知識の家』に見学に参ったことはあるはずなのですが、ご当主様と面会した記憶はなく……申し訳ございません!」


二人してどうしたものかと頭を下げる。するとアーネストは気分を害すどころか楽しそうな笑い声のまま、驚くような言葉を返す。


「え?ははっ、それはそうですよ!僕はただお顔を覚えていただけですから。ヘルマン様は5年前に都の哨戒で門までいらっしゃって、アメリア様は10年くらい前でしょうか、教会の養護園の皆様へ、先代が昔話を伝えておりましたよね。その際にお見かけしてたんです。」


(顔を覚えていた“だけ”?そんな昔の事を、しかも名乗られてもいないのに?)


彼の瞳は、まるで目の前の現実よりも、過去の断片の方を鮮明に見ているようだった。

私たちが驚きのあまり言葉を失っていると、案内人が大きな咳払いをして当主を諌めた。


「……坊ちゃま。一般の皆様はただ顔を見たことがあるだけの方に、久しぶりとは挨拶しませんぞ。いたずらに皆様を驚かせるものではありません。」


「えっ?ああ、そうですか…すみません、悪気はなかったんですが、つい覚えていたものでして。──そうでした、今日は当家になにかご依頼があっていらしたんですよね?紹介状、拝見いたしました。」


私は呆気に取られ、開いていた口元を一度押さえ、小さく咳払いをして調子を整える。なんだかとんでもない行いを見せつけられたような気がするが……まずは訪問の目的を伝えなければ。


「はい、申し遅れましたが……実は、聖女や教会の神秘に使用されている『言葉』を解明したく、資料を探しています。教会の中では調査を止められてしまったので、陛下を通じてリヒター家の存在を教えていただき、訪問させていただきました。」


「教会の神秘の『言葉』というと……古代語でしょうか?それでしたら一族で作成した翻訳用の辞典もありますよ。もし差し支えなければ、僕がこの場で訳しましょうか。」


「──え? あの、ええと……聖典の、この『治療の神秘』の章なのですが……。」


あまりにもあっけらかんとした提案に一瞬思考が止まってしまったが、提案に甘えて聖典の該当ページを開く。そうするとアーネストの表情には特に変化はなく、ただ文字を読んでいるだけのような気安さで『言葉』をなぞっている。


「あ、聖典ですね。これは今も使ってる方か。……治療の神秘。ここに書かれているのは術式なので、単語の連なりを訳すようになりますが、『信仰を力に』『拝領』『練る』『活性』『巡らせる』『加速』──」


まるで言葉が彼の中を通過していくかのようだった。


彼は意味を“考えて”いない。

ただ、見たものを理解し、理解したものを即座に言葉に変えていく。


私は思わず息を飲む。脳が理解するより早く、胸の奥がざわりと波打つ。

その滑らかさは、人間が翻訳しているというよりも──長い年月を経て書かれた記録が、自らを読み上げているようだった。その淡々とした声に抑揚はないのに、音のひとつひとつが正確に響く。一音でも違えば意味が崩れるような、奇妙な精密さだった。


アメリアは驚いて目を丸くし、ヘルマンは眉をひそめる。私は息を呑みながら、その光景を見つめ続けた。


「……読める、のですか? これほど自然に?」


問いかけた自分の声が、ほんの少し掠れていた。アーネストは小さく首を傾げ、まるで当たり前のことを問われたかのように微笑んだ。


「はい。僕たち一族はこの文字で書かれた膨大な記録を覚えていますから。読むというより……“意味が見える”んです。」


その言葉が落ちた瞬間、空気が変わった気がした。


聖女としての私の世界が、音もなく、別のことわりへと繋がっていく──そんな予感がした。





ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

歴史の番人、アーネストと邂逅する回でした。


次話では、さらに一歩、「神聖力行使業務」の解明に進みます。

面白かった方は、お気軽にリアクションやご感想、評価、ブクマ登録などいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ