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新たな道へ

 A国が理不尽な関税を課して一年。J国の人々の心には、かつてA国のパンを夢見た時と同じ、いや、それ以上の強い決意が燃え上がっていました。


 J国の人々は、もともと勤勉で粘り強い気質を持ち合わせていました。資源のない厳しい環境で生き抜いてきた彼らは、知恵と工夫、そして何よりも諦めない不屈の精神力。一度目標を定めれば、困難にも屈せず、一丸となってそれを成し遂げようとする強い結束力を持っていました。


「A国がそんな仕打ちをするなら、我々は別の道を探すまでだ!」


 誰からともなくそんな声が上がり、J国全体が新たな活路を見出すべく動き始めました。目を付けたのは、近年経済成長が著しいO国。同じ島国同士、人々は新しいもの好きで、食文化にも多様性を受け入れる土壌がありました。


「ふ~ん、いいよ。おいしいものが食べれるなら、こっちは大歓迎さ!!」


 カンガルーを優しく撫でながらO国民は嬉しそうに話しました。広大な大地と豊かな自然で育った朗らかな人々。彼らはJ国の要望を快く受け入れてくれました。


 早速、J国のパン職人たちはO国への輸出に向け、試行錯誤を始めました。J国の「夢のパン」ならば、きっとO国の人々の舌を魅了できるはずだ。O国の気候や人々の好みに合わせたパンの開発、輸送方法の確立、そして何よりも、A国の関税に負けない価格設定。多くの困難の元、J国の人々の持ち前の粘り強さと創意工夫で、一つ一つ乗り越えていきました。


 そしてついに、J国のパンを積んだ船がO国の港に到着することなったのです!


 O国の街には、これまで嗅いだことのない甘く香ばしい匂いが立ち込め、J国のパンは瞬く間に人々の話題となりました。


「なんておいしいんだ!!」

「こんなの初めて」

「わーい、もっといっぱい食べたいな」


 ふわふわの食感、豊かな風味はO国の人々を虜にし、J国のパン屋の前には連日長蛇の列ができました。


 J国とO国の間には、新たな友情と繁栄の道が ゆっくりと、そして、確実に築かれていきました。


      ※


 一方、A国では、J国のパンが市場から姿を消し、国内のパン屋の売り上げはわずかに回復したものの、以前のような活気は戻りませんでした。A国の人々は、あの忘れられない味を求め続けていました。


 そんなある日、大統領はいつものように街のパン屋を訪れました。関税の効果を改めて確認し、満足感に浸るつもりでした。


「今日もパンの売れ行きは上々かね?」


 大統領が店主に声をかけると、店主は以前のような笑顔ではなく、どこか沈んだ表情で答えた。


「ええ、おかげさまで…まあ、ぼちぼちです……」


 その言葉に、一抹の不安を覚えた大統領がさらに尋ねました。


「しかし、以前よりも客足は戻ったのではないのか?」


 店主はため息をつき、重い口を開きました。


「実は…わたくし、この店を畳むことにしたのです」


 驚愕した大統領は店主に詰め寄りました。


「なんだと!? せっかく関税をかけたのに、なぜ店を畳むのだ!?」


 店主は寂しそうに語りました。


「A国では、どうしてもJ国のような美味しいパンが焼けないのです。気候も違いますし、良質な小麦粉の値段も高騰して…。それに、J国のパンの味を知ってしまったお客様は、もううちのパンには満足してくれなくなりました。それに…」


 店主は少し躊躇いながら続けたました。

「実は、O国から誘いがありましてな。O国ではJ国と協力して、もっと自由に、もっと美味しいパンを作って売ることができるようなのです。O国なら言葉も通じますので……」


大統領は言葉を失いました。関税は自国のパン屋を守るためのものだったはずなのに、その結果、パン職人が国を離れていくなんて。


 肩を落として執務室に戻った大統領は職員の報告に目を丸めました。パン屋の店主だけではなかった。徐々に、A国から人が、そして活気が失われていく現実を知らされて大統領は背筋が凍りました。


「どうして、そんな大事な事を今まで黙っていた……お前は、首……」


 青白い顔で黙り込む職員に大統領は口ごもった。こうなったのは自分の責任。身勝手な行動に、もう誰も本当のことはいえなくなってしまったのだ……


 大統領の周りには、もうイエスマンしかいませんでした。誰もが顔色を窺い、耳障りの良いことばかりを報告する。反対意見を述べる者はいつの間にか遠ざけられ、大統領の周りは、まるで張りぼてのような言葉だけが飛び交う空間となっていました。


 次第に、大統領は人を信じることができなくなっていきました。彼らの笑顔は本当に心からのものなのか? 彼らの賛辞は本心なのか? それとも、ただ自分の権力に取り入ろうとしているだけなのか?


 夜、一人執務室に残された大統領は、広すぎる部屋の静けさの中で、深い孤独と人間不信に苛まれていました。自分が信じて推し進めてきた政策は、本当にA国のためになっているのだろうか? 周りから人が去っていく中で、大統領は暗澹たる思いに沈んでいきました。

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