仲間と王の実態
翌朝、リネールはオルスタから貰った名刺を頼りに、ある酒場に行った。その酒場はまだ開店していなかった。とりあえず扉を叩く。
叩いてしばらくすると、誰何の声もなく扉が開いた。
「まだ営業時間外だ」
「オルスタという男性に会いに来たのですが」
口髭を生やし、いかにも酒場の亭主らしき男性は、出された名刺を見ると少し考えて口を開いた。
「中で待っていてくれ」
通された酒場は場末の飲み屋といった小さな店だった。亭主の男は奥の階段を上がっていく。リネールは立ったまま待っていた。すると亭主と入れ替えにオルスタが降りてきた。
「やあ、リネールさん、ここに来られたという事は、気が変わったのですね」
「はい、私も王に借りがありますので」
「それは良かった。こちらからもお願いします」
「ええ、私の力で良ければ」
リネールはオルスタと強く握手をした。
「この世界の情勢を知っていないリネールさんに私が説明しましょう」奥の応接間に通されたリネールは亭主からの酒を断ってオルスタの話を聞いていた。「この世界は『王』が支配しています。ただ王と呼ばれているのは王は名を名乗らず、世界の中心であるこの国の政治家を排除し武力を放棄させ、圧政を敷くようになりました。六十年前の事らしいです」
「王へ攻撃をしかけた軍とかいなかったのですか?」
「ええ、王に総攻撃をかける予定でしたが未遂に終わったとのことです」
「未遂に? なぜ!」
「分かりません。重火器が使えなくなったそうです。今の時代でも重火器は使えません。火薬、爆薬の類が使えないのです」
そう言うと、オルスタは近くの机から銃を取り出した。そして弾を詰める。
「なにを……」
そして、こめかみに銃を当て、戸惑うことなくトリガーを引いた。
それを見ていたリネールは突然の事に顔を背け目を瞑る。だが撃鉄の音がするのみで発砲音は響かなかった。
「ごらんの通りです。爆薬が使えない。だからこの世界の経済は緩やかになってしまったんです」
不思議な力だ。どういう力でこの世界を支配しているんだ……。
「王には二人の側近がいます。それぞれ剣と盾です。彼らも名乗らない。だから剣と盾と呼ばれています。剣が女性。盾と呼ばれる大柄な男性です」
リネールは唾を飲んだ。
「その二人はどのような力を?」
オルスタは首を振る。
「分かりません。彼らが能力を使うところを誰も見たことが無いのです」
「剣と盾と言われているぐらいなので、護衛でもしているのでしょうか?」
弾丸を抜き取った銃を元に戻し、オルスタは頷いた。
「王が眠る時間があります。その時を護衛しているものだと思われます」
「眠る時間は決まっているのですか?」
「決まっています」
「ならその時間に攻め込めば……!」
オルスタは小さく溜息をついた。
「王は、ほとんど寝ません」
「何時間ぐらいですか?」
「約三分です」
二日後に仲間を紹介すると言われ、リネールは再び早朝、例の酒場にやってきた。
「いらっしゃい、待ってたよ」
今度は亭主もリネールの顔を覚えていて、すぐに応接間に通された。中にはオルスタを含め四人の男女がいた。リネールは軽く会釈する。
「俺はエルドビスだ」
長身の男が進んで手を出してきた。銀色の髪に彫の深い顔をしている。
「盾を作れるんだって?」
早速、能力の事を聞いてくる。リネールは一瞬訝しんだが、互いに正体を知っておいた方が良いだろうと踏んだ。
「ああ、単なる盾ではなく攻撃にも使えます」
「やったじゃないか、オルスタ!」エルドビスは感嘆の声を上げた。「攻撃の要がいなかったから、これで王の盾を崩す事が出来るんじゃないか?」
椅子に座っていたオルスタは力強く頷く。
「俺の能力も教えておいた方がフェアだな」
そう言ってエルドビスはリネールの肩を叩き部屋を出ていった。リネールの視線はエルドビスを追う。扉が閉まり、何をするのだろうとリネールが室内に目を戻した時だった。さっきと同じ場所にエルドビスが立っていた。
「なっ……!」
「びっくりしたかい? 俺の能力は転移だ。座標を三つまで設定することが出来る」
「その力を……、どこで?」
「一年ぐらい前、仕事帰り目の前に白い宝石が落ちてきた。小指ぐらいの大きさだ」
「フラム!」
「ん? フラムと言うのかい?」
「ああ、フラムは手に入れたものの願いを叶えてくれる」
「じゃあ、俺は幸運だったんだな。俺はなまぐさだった。長い通勤時間に辟易していたから、この能力を手に入れたんだろうな」
そう言って笑みを溢す。
「他の二人は?」
「私はアメルダ。治癒能力よ。そしてこっちがランドナ。彼の能力は説明が難しいわ。直接試した方が良いかも」
ランドナと呼ばれた男は酒を飲んでいた。陰気な様子を漂わせている。
「私のは呪いの力だ。試しても良いが痛いぞ」
呪いか……、物騒だな。
「私の能力も知っておいてもらったほうが良いかもしれない」
ランドナの話を遮ったオルスタは、自分の能力を話した。
複雑な能力だ……。これは頭脳戦になるかもしれない。
三分の間に出来る事をリネールは組み立て始めた。
王は謁見の間にて、ある老婆の声を聞いていた。
「何卒、王の力で、この子の病を治していただけないでしょうか?」
老婆の隣では青白い顔をした子供が咳き込んでいる。
王は立ち上がった。そして剣と盾の間を抜け子供に手を翳す。
「ああ、これならば簡単だ」
王の右手が金色の光を放ち、その光が子供を包み込む。すると青白かったその肌が血色の良いものに変わっていく。
「おばあちゃん、何だか体が軽くなってきたよ!」
「おお……」思わず老婆は子供を抱きしめた。「有難うございます、有難うございます!」
老婆は涕泣しながら謝辞を述べた。
「お礼は何が必要でしょうか?」
「礼などいらん。健やかに生活するがいい」
老婆は何度も振り返って王に頭を下げていた。




