リネール
私が目指していたものとは。
弱者が虐げられることなく、救済の手を差し伸べられる環境。配下に上下無く、均等に恩恵と機会が与えられる環境。ただそれだけを目指していた。利他の為ならば多少の犠牲も厭わない。
その為に必要なのは圧倒的な力だった。その力を私は欲した。
不完全な法など不要で、全てを私の監視下に置く。それだけで多くのものが安寧を手にすることが出来るのだ……。
三回目の転生を果たしてしまった。はたしてこれから後何度転生するのだろう。正直疲れてしまった。合わせると四十年ほど濃密な人生を生きてきた。まだ生きろと神は仰られるのか。神がいるとするならば文句を言いたい。
リネールの自我が芽生えた頃には孤児院にいた。父、母が誰かも分からない。今も生きているのか、他界しているのか。
孤児院はしっかりとした建物だった。最小限の生活必需品が国から支給されていて、生きていくには困らない。孤児院を管理しているアイーダという女性は皆に慕われていた。
玩具で遊ぶという事が出来ないリネールは窓の外を眺める。
「車だ……」
文化水準は産業革命以降といった感じだった。
道路もある程度整備され、人の行きかう中、自動車が走っている。行商人の姿もあり活気があった。
アイーダは、そんなリネールの頭を撫でる。
「外を見て面白い?」リネールは頷く。「それなら午後は散歩に行きましょうか」
その日の午後、アイーダはリネールを連れて散歩に出た。
街並みが、かつて司だったころを回顧させて、少し感傷的になる。
「やあ、アイーダさん。今日は散歩ですか?」
「はい、この子に街並みを見せたくて」
「いつも大変ですね」
「いえ、この子達の面倒は私が見なくては」
アイーダは街の外でも評判が良かった。そのようなアイーダをリネールは母のように感じていた。
「リネール、飴を買ってあげる」
「本当? お金大丈夫?」
「子供のあなたが、お金の心配しなくてもいいのよ」
街ゆく行商人に声をかけて、売り物の一つである飴玉をアイーダは買った。それをリネールは受け取り口に放り込む。
「ありがとう」
「まあ、その年でお礼が言えるなんて偉いのね」
リネールは頭を撫でられ、飴玉が解け終わるまで街を見て孤児院へと戻った。
リネールは十七になっていた。
アイーダは結婚して孤児院を退職していった。当時の孤児たちが大きくなり、働きながら当院を切り盛りしていた。
リネールは七つ下のムリスの面倒を見ていた。車椅子に乗り、思うように体が動かせない病に罹っている。彼はかつての自分のような病状のムリスの為に働いていた。昼は日雇いの仕事をしながら、彼に高価な薬を買っている。それでも足りない場合は、リネールの小指を少しずつ切り落とし、金に変えて薬を買う。だが出所の怪しい金は足元を見られ安く買いたたかれる。リネールは手に包帯を巻き、欠損していく小指を隠していた。
「ムリス、今日の薬は飲んだか?」
「……うん」
「どうした。今日もあまり元気が無いぞ。病は気からという。元気出さないと病気も治らないぞ」
「リネール兄ちゃん、無理してない?」
リネールはムリスの頭を撫でる。
「それはムリスが心配する事ではない」
実際、知識と膂力のあるリネールは現場仕事でも引く手あまただった。その話がムリスにも入っているのだろうとリネールは思惟した。
「ちゃんと薬を飲んで元気になってくれ」
「うん……、ありがとう兄ちゃん」
リネールは今日も仕事に出かけていた。新築の基礎工事で、持ち前の膂力でどんどん土を掘っていく。
「やあ、君に来てもらうと仕事が捗るよ」
「任せて下さい!」
今日の予定を早々に終わらせ、次の工程に入った。型を作り、そこに硬質結合する土材を流し込む作業だ。測量の目安に合わせて水平に型を置いていく。土材を流し込み、一息ついている時だった。
天からいくつものフラムが降りてくる。
またフラムか、でも……、もう私には関係ない。
個数も数える事無く思考から排除した。
私はただ長く生きながらえたい。もう戦いはごめんだ。
休憩も終わり、仕事も終盤に差し掛かっていた。気の緩みが出ていたのだろう。上で作業していた工夫の腰から金槌が落ちた。その落ちた金槌がリネールと共に働いていた工夫の頭上へと落ちていくのを彼は認めた。
「危ない!」
工夫は頭を庇う。
咄嗟に手から盾を作り出し、その工夫の頭上に金槌が落ちるのを防いだ。盾の上でそれは停止する。その現象を近くにいた工夫が驚きの表情で見ていた。
「何が起きたのか分からんが、助かったよ」
「良かった、怪我が無くて」




