ラーサニア・ケイス
ラーサニア・ケイスは椅子に座ったまま、いくつもの管が体に突き刺さっていた。目の前には、かつての部下だった男が、バインダーに挟まった用紙に記入しながら彼女を観察している。
「なかなか情報が引き出せない、果たして争奪戦までに解析が進むのだろうか」
何か言っている。
「彼女の能力さえ我が物にできたら、争奪戦は私のものだというのに」
争奪戦……? ああ、確か書簡に宝刀がどうのとか書いてあったような……。
いくつもの管に繋がれたままラーサニアは思う。
私はラーサニアとして生を受ける前は、ラーニャだったっけ。名前がもう虚ろだ。ただただ逃避行していたような気がする。貴族の一人娘として生まれ変わって、不思議な能力を得た。新しいお父さん、お母さんも確か目の前の男の計略に嵌って、そして……。
動けない身体のまま目の前の男を睨む。
私から自由を奪うなんて許せない。だれかこの男を……。
再びラーサニアの意識は混濁の海に溶け込んでいった。
アウデイウス・ルスタはメフィルド・アバンデルムと密会していた。王都の南側、モラヴの宿屋だった。
「メフィルド殿、私と手を組まないか?」
「なぜ私を指名したのですか? アウデイウス殿」
メフィルドは反問する。
「貴方が特殊な能力を手にしているとの話は私の耳にも入ってきている。私も特殊な能力を手にしている。二人が組めば宝刀を手に入れる可能性が高くなるからだ」
「私は一人でも大丈夫なのですが」
整った顔にウェーブのかかった金髪をしたメフィルドは拒否の姿勢を見せた。
「ローデンバル派は組んで、すでにハイドニア派の一角を崩しに来ている。ローデンバル派も能力を手にしているものが数名いるとの噂だ。その数名を同時に攻撃するのは一人では骨が折れるというものだ」
メフィルドは沈思した。
一対一では私に分があるだろう。だがニ、三人の能力者に囲まれると戦況は変化する。ここは大人しく組んで、お膳立てをしてもらうのも悪くないだろう。
「分かりました、手を組みましょう」
握手をするアウデイウスの剣のリカッソにはフラムが嵌っていた。
アリスタ達は、王都の南にあるラーサニア・ケイスの邸宅へと向かっていた。その夜は月が満ちていた。
「話によると明日の朝六時に開門になります。もう一人叩いておきましょう」
その意見に賛同したアリスタは二つ返事で了承した。
次の能力者はどんなスキルを持っているのだろうか……。今回も皆無事で乗り切れるのだろうか。
アリスタの頭にはそれだけが懸念点として残っていた。
「ここですね」先頭を走っていたランザの足が屋敷の前で止まる。「門兵も番人もいない。乗り込みますか」
ゼルトとファニルカはメディーサの世話の為に置いてきた。残りの三人は戦いになっても大丈夫だろうと踏む。
「行きましょう!」
アリスタは手刀を金属の刃に変え、鍵を壊した。金属音が鳴り響くも番人は出てこない。
「おかしいですね」
ランザが呟く。
だが行くしかない。
手入れが行き届いていない暗い庭園を駆け、正面の扉まできた。扉には当然というか鍵がかかっていた。
アリスタを見て頷いたナフラックは、剣の柄頭で取っ手ごと叩き落した。開かれた扉にアバスタスが霧を差し込む。中の大広間には二十人ほどの傭兵がいた。
「私が制御できるのは七、八人までです! 手伝って下さい!」
そう叫ぶアバスタスに、アリスタは指示を出した。
「ナフラック、ウォルバーグ! 加勢してやってくれ!」
六人は大広間に雪崩込む。
「あいよ!」
ウォルバーグは大広間にあった胸像を手に取り、振り回し始めた。ナフラックも剣を構え、傭兵に斬りかかる。
「アリスタ様に比べたらこんな雑兵!」
飛び交う剣尖や銃弾を縫い、ランザを引き連れて階上に向かう。
「ルスナは一階を探ってくれ。見つけたら関わらず俺に報告すること!」
「承知!」
ルスナは快足を生かして、一階の探索へと向かった。
まだ力は使えない。いつどのタイミングで敵が攻撃してくるか分からない。ランザがいるから不利ではないはずだ。
アリスタ達は二階に上がり、一つ一つ扉を開いて確認していく。そして中ほどにある扉を開いた時だった。
「誰だ!」
誰何の声がした。アリスタは扉を開く。中には医師の服装をした男が、椅子に座った半裸の女性を診ているようだった。
「何をしている!?」
「それはこっちのセリフだ。傭兵たちはどうした?」
「今頃、鎮圧されているはずだ。それよりもお前はその女性に何している?」
「うるさい!」
その男は背中から銃を取り出した。そして、アリスタに向けて二発放つ。
男がトリガーを引く前に、アリスタは硬質化させた。銃弾は跳ね返り、跳弾は調度品の壺を破壊する。
「ひいっ!」
アリスタの背後から巨人化したランザが四足歩行で駆け、男に体当たりした。
男は背後の壁にしたたかに打ち付け、気絶した。
ランザは身体を元に戻す。
「何だったのでしょう?」
「さぁ……」
アリスタは身体にいくつもの管をつけられた女性に近づく。その時、かつての自分や都柚を思い出した。
可哀そうに……。
「この女性がラーサニア・ケイスのようですね。今のうちに拘束しますか?」
「……いや、大丈夫でしょう。私が責任を持ちます」
アリスタは慎重に管を外していく。外したそばから腕や胸部に残る傷が回復していく。
「どうやら回復が彼女の能力みたいですね」
ランザが分析する。
「ええ、それにしても酷い」
すべての管を取り除き、アリスタは上着を彼女に着せて抱え上げた。
「とりあえずこの屋敷を出ましょう」
その時、ルスナが入ってきた。
「一階には何もありませんでした」
「そうか、ありがとう。こっちも終わった。下はどうだった?」
「すべて鎮圧したようです。三人とも無事です」
「それは良かった。戻ろう」
暖かい……。誰?
ラーサニアに意識が戻りつつあった。
彼女を抱えているのは見たこともない男性だった。
あなたが私を助けてくれたの?
だらりとぶら下がっていた両手を上げて、アリスタの首に巻き付け、抱きしめるように頭を預けた。
ありがとう……。




