優しい巨人の左手
翌日、ファニルカの案内により王都の南地区でエベンゼを発見することが出来た。開門まであと一日だ。
「あれがエベンゼか、デカいな」
身長は三メートル近くあり、頭一つどころか上半身抜けている。その風貌と堂々とした佇まいから、相当の自信家であることが伺える。
人間の反射神経には限界がある。自分の脚力なら二十メートルから最高速で攻撃すれば、相手が反応できないことをアリスタは知っていた。
フラム保有者は、その能力上、悪になりえる可能性がある。現に今、三十メートル先にいるエベンゼの悪評は高かった。民衆を押し分けて我が道を進んでいた。買い物かごを持った女性が、エベンゼに弾かれて転倒する。頭を打って出血しているにも関わらず、笑いながら広い道を歩いている。
あんなのが王になったら一大事だ。
「アリスタ殿、熱くならずに」
背後から置かれたランザの手によって、我を取り戻す。
「人が少なくなってきたところで、私が一撃を見舞って、三日間動けないようにします」
「頼もしいお言葉、期待しています!」
正面から鳩尾を狙って……。
アリスタはエベンゼを追い越して、不審がられない程度に距離を開ける。そして翻ると同時に最高速度で飛び出し、音速ギリギリの突きを繰り出しながら突っ込んだ。
入った!
と思った瞬間目の前にいたのはアバスタスだった。拳がアバスタスの腹部にめり込む。
「最、こ……う」
何してんだ、この人は!
「お前、今、俺を狙ったのか?」
エベンゼがアリスタに睨みを効かせる。
拙い、僅かだが体が硬直している!
気絶したアバスタスを抱きかかえたまま動けないでいた。
エベンゼが拳を振り上げる。その拳がどれほどの威力か分からない。アリスタは咄嗟に首だけでもゴムのように柔らかくしようとした。だが、その瞬間、首が曲がったのはエベンゼの方だった。
巨人化したランザが背後から殴りかかっていた。
「くっ、まだいるのか!?」
たたらを踏みながらもエベンゼは持ち堪えた。捻った体を元に戻す勢いでエベンゼもランザに殴りかかった。
「キャーッ!!」
二つの巨体が殴り合う姿に、街娘の悲鳴が上がる。
石畳が割れ、拳の応酬が地響きを起こす。ぶつかった建物の壁は崩れ、常人の頭蓋を粉砕するような音が響く。
早く、早く身体の機能を取り戻して加勢しないと。
ランザの身体が揺らぐ。力負けしているようだった。ランザは倒れ込みながら左手でエベンゼを引っ掻く。そしてそのまま尻もちをついた。エベンゼは馬乗りになり殴ろうとした時だった。エベンゼが白目を剥き、口から泡を吹いてランザに倒れ込んだ。
何が起こった?
ランザはエベンゼの身体の下から這い出る。
「優しい巨人の左手には毒があるんだよ。悪いけど死んでもらう」
うつ伏せのまま、エベンゼは痙攣を始めた。
漸くアリスタの身体が元に戻り始めた。
「毒……、ですか」
「ええ、本当は生かしておきたかったのですが、止むをえません。この凶暴な性格では他の民にも被害が出るでしょう」
ランザは身体を元に戻した。
そうだ、これは争奪戦。命を落とすこともあるんだ。俺が甘かった……。
「衆目が集まってきました、逃げましょう」
アリスタはアバスタスを抱えて、細い路地へと駆けた。
宿屋に戻ったアリスタは、アバスタスの頬を軽く叩いた。
「う……ん……」
恍惚の表情で気絶していたアバスタスの目がゆっくりと開く。
「何しているんですか、あなたは」
「……良い一撃でした」
「はぁ……」
アリスタは頭を抱える。
「この宿も変えましょう。メディーサとエベンゼを相手して、ハイドニア派にも場所がバレているかもしれません」
ランザが的確な指示をする。
なかなかこういう考えが、まだ俺には出来ない。
アリスタは首肯した。




