アバスタス
「私は、あの時まだ子供だったの。時を同じくして父を失くしてしまった。私は父の代わりが欲しかった」
半身を起こし、膝を抱え込むアバスタスはフラムを手に入れた時の事を話す。アリスタとラーナックは溜息をつきながら、その話を聞いていた。彼女もフラムによって願いを叶えた者だった。
「アリスタ、お前はその宝刀を手に入れようとしているんだな。それには何かしらの目的があるのだろう。ただ、残された人を悲しませてはいけない。それはここにいる五人も含めてだ」
「ええ、分かっております」
「私もお前がいなくなっては悲しい。宝刀を手に入れる事は最優先課題ではないという事を常に頭に入れて行動するのだ」
アリスタはランザの顔を見て頷き、ラーナックにも頷く。
「私は必ず生きて戻りますので。それまで領地をお願いします」
「待って! 私も行きます!」
アバスタスは立ち上がって乞う。
果たして、この異常性欲の女性を連れていって大丈夫か、アリスタは真剣に悩んだ。
「連れていきましょう。話を聞くと彼女もローデンバル派のようですし」
ランザは賛成に回った。アリスタは溜息をつく。
「何かしでかしましたら、また気絶させますよ」
「喜んで!!」
本当に大丈夫なのかと、アリスタは頭を抱えた。
ラーナックを乗せた馬車は領地へと戻っていった。それを見送ったアリスタはアバスタスの邸宅に入っていく。そこでフラム所持者二人とナフラックたち五人を含めた会議が開かれた。アリスタは前々から疑問に思っていた事を口にした。
「ところで今回の争奪戦ですが、宝刀を手に入れたところで、他の貴族が次期王として認めない場合どうなるのでしょう?」
「一応、カランドリ王の遺言は絶対だという事になってますので、貴族院が判断する事でしょう。ハイドニア派はローデンバル派と違って一枚岩ではありません。私たち寄りの貴族もいますからね。それに宝刀というものが何か特別な意味を持っているのかもしれません。なにせ宝刀を手に入れないと権利すらない、という事ですから」
アバスタスが問う。「そもそも、宝刀ってどこにあるのか明言されているの?」
「いえ、されていません。ただ王宮にあるのは間違いないようです。そして先ほどアリスタ殿が話されていたフラムというものが、この争奪戦に深く関わってきているようです。かなり荒れた争奪戦になりそうですね」
「フラムは使い道を誤れば大量虐殺にもなりかねない。私が身をもって知っています」
「何かあったのですか?」
「それは――」
ここで転生してきたと言うべきかアリスタは考えた。言い淀んでいるアリスタを助けようとしたのか、ファニルカが口を挟む。
「お話し中申し訳ありません、アリスタ様はこの世界の理を知悉していらっしゃいます。恐らくフラムとやらも知っていたのだと思われます」
「そうですか、アリスタ殿は聡明なのですね。それにしても大量虐殺を生みかねない代物ですか。これは先手を打った方が良いかもしれません」
「ええ、その意見には賛成です」
「ならばフラム所持者と判断した者から叩いていきましょう。それと同時に宝刀の場所も探るという事で」
話し合いが進んでいく中、窓から斜陽が射し始める。
「まだ話し合う事がありそうですね。今日は皆さん、私の屋敷に泊っていって下さい」
二時間程続いた会議はアバスタスの言葉で一時解散となった。
「すげぇ、全然泡立ちが違うぞ!」
歓喜の声を上げながら前髪を洗うゼルトの横で、ウォルバーグは湯舟に浸かっていた。
「アリスタ様が王権を握られたら、こういう風呂にも入り放題になる。生き残って家族を楽にさせないとな」
広い浴場に歓喜する別室では、アリスタとランザ、アバスタス、ファニルカが話し合いを続けていた。
「伝達通りだと満月の開けた朝、王城が開門となるでしょう。五日後の朝です。そしてフラムを手にしたものが今のところ貴族だという事です。これは何か理由がある」
「一般市民がフラムを手にした、という可能性は捨てた方が良いのかしら」
「分かりません。だがフラムを手にした者が、この争奪戦に関わってくる事は間違いないと思われます」
「ならば、とりあえず私のフラムの力をお見せします」
アリスタは転生の力をフラムの力だという事にしておいた。その方が余計な説明を省くことが出来たからだった。アリスタは拳の先に力を入れ、ダイヤモンドに変えた。
その変化にアバスタスとランザは目を瞠る。
「私は身体の組織を別の物質に変化させることが出来ます」
そして虚空に向かって突きを放った。その衝撃に風が巻き起こり蝋燭の炎がいくつか消えた。
「アバスタス女史を打ち取った時のように、もっと速く拳を繰り出す事も出来ます、ただ無機質に変化させると回復に時間がかかります。要するに連発出来ないという事です。その時間を埋めるために五人の精鋭を連れています」
「凄いわ!」
アバスタスは、どこか物欲しそうな表情で拳を見つめる。それを見たアリスタは拳を隠す。
その変化を始めて見たランザとファニルカも驚嘆を隠せなかった。
「私だけ正体を隠すわけにはいけませんね」
アバスタスは軽く咳払いし立ち上がる。そしてゆっくりと右手を上げた。黒いドレスを纏うその身体から黒い霧が漂い始める。吸い込まないよう他の三人は思わず口を塞いだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私はこの霧を使って人の動きを制御することが出来ます。人の体内に入ってしまえば制御は私の手中です」
アバスタスは霧を元に戻した。
「私とアリスタ殿の変化はどこか似ていますね。私のは劣化版といったところでしょうか」
アリスタは首を振る。
「敵はどのような能力を持っているか分かりません。適材適所というものがあります。ランザ殿の力も必要とする時が来るでしょう。ファニルカ、一つお願いがあるのだけど」
「はい、何でしょう」
「ルスナ、ゼルトと共に先に王都に潜入して欲しい。そして出来るだけ多くの情報を集めて欲しいのだ。ただし身の危険を感じたら、すぐに撤退すること。自分の命が最優先だ」
「はい! では、すぐにでも出発します!」
「ありがとう」
ファニルカは配下の身を第一に考えてくれるアリスタに魅かれつつあった。




