固まる意志
あのままフラムを放って置いては危ない!
そう思い立ったアリスタは、かつて牢獄として使われていた地下に降り、箒を手に清掃を始めた。
「何していらっしゃるのですか!? 私がやりますので坊ちゃんは羽を伸ばして来て下さい」
ナリサが箒をアリスタから奪い取り、掃除を始めた。
「じゃあ、お願いしていも良いかな?」
「もちろんです!」
清掃はナリサに任せて、アリスタは情報収集に入った。
「ねぇ、ライアス。もっとこの国について教えて欲しいんだ」
「坊ちゃんは勉強熱心でいらっしゃいますね。旦那様も喜ばれると思います。まずはベル王国についてお教えしましょう」
ベル王国は全世界でも発言力が大きく、鉄壁な治平国家として歴史が長い。圧政を強いているわけでもなく、肥沃な大地と、豊富な天然資源で、それと王一人の武力で国力を維持してきた。それはアリスタにとって驚くべきことだった。その歴史は二百年に亙る。数多くの貴族が生まれたが、政を回してきたのは国王だった。貴族の存在は領土の管理以外任されていない。今、その秩序が脅かされないところに来ている。国力が弱くなればベル王国を目の敵にしているオルディア帝国からの侵攻も考えられる。
この国の貴族は主にハイドニアとローデンバルの二派閥に分かれていて、その名の由来は縄張り争いをしている二種類の鳥が由来だ。その二派閥がぶつかり合わないようにしていたのもカランドリ国王の力だった。ちなみにアリスタが生まれたヴェルデルト家が所属しているのはローデンバルだ。今現在、勢いとしてはハイドニアの方が優勢である。
「アリスタ坊ちゃん、掃除終わりましたよ」
純白だったメイド服を煤で汚し、ナリサが戻って来た。
ライアスからの説明が遮られた。
「ごめん、ありがとうナリサ」
「いえいえ、坊ちゃんに掃除なんてさせたら、私たちが怒られます」
その言葉は真意なのだろうが、彼女が見せる笑みには慈愛が籠っていた。
この屋敷で働く使用人はアリスタに対して親心のようなもので見ている事を彼は感じた。
早速アリスタは地下牢に入り、まだ小さい体で型の稽古から入った。当然ナリサも彼を見守る。
「ナリサ、ここで僕がしていることは、皆には内緒だよ」
「はい、分かっています」
とりあえず家族が戻って来るまで、この屋敷を守らないと。
まだ小さい体で一心不乱に突きや蹴りを宙に放つ。一週間後、父、ラーナックの行方が掴めないとの連絡が入った。暫定的にアリスタが家督を継ぐことになる。
アリスタが領主になって十年が過ぎた。彼はもう十六になっていた。領主の顔になっており、民からも慕われていた。
国内は時々騒乱が起こるものの、密偵からの報告ではパザウッドのような怪物の存在は確認できていない。ただこの十年の間に、貴族の数が目に見えて減っている事だけは確認できた。
おかしい、何なんだフラムって……。
昼食を終え、邸宅の廊下を歩いていたアリスタは、想像していたような変化のない国政に幼少期から疑問を抱えていた。
「アリスタ様、今日もお出かけですか?」
後をついてくるナリサは問う。
「ああ、ちょっと領内を走って来る」
「アリスタ様はいつも運動に熱心であられますね」
「うん、体を動かすのは好きなんだ」
仕立て屋に特注で作ってもらった道着に着替え、私兵に挨拶をして裸足で走り出す。
初めはナリサも付いていこうとしたのだが、数秒でアリスタの姿は見えなくなり、あれでは誘拐されることは無いだろうと逆に安心しているようだった。
最早、日課になっている領地の見回りを終えてアリスタは邸宅に戻って来た。
「アリスタ様、お帰りなさいませ」
門の前でナリサを含めた三人のメイドが出迎える。
「政務卿より、お手紙が来ております」真ん中に立っていたナリサが手に封蝋された手紙を持っていた。
それをアリスタは受け取った。その場で蝋封を破り、中を確認する。
『アリスタ・ヴェルデルト殿 先日ベル国王が、お隠れになられました。周知の事実、国王には世継ぎがいらっしゃいません。国王の遺言により、王位継承権の争奪戦を行えとの指示です。王宮の王の間に初代国王が統治した際、ミロク族より献上された宝刀「ムエイ」がございます。それを今度の月が満ちる夜が明けた翌日以降に手にしたものが王位を得る事になります。なお、この手紙ですが――』
「王が、亡くなられた……」
その言葉にメイドたちは驚きを隠せなかった。あまりの衝撃に腰を抜かして座り込むメイドもいた。
これは、この国の情勢を良く知る口実になる。そしてフラムの行方も。
「私は王権を得るために、五日後出立することにする」
「分かりました。それがアリスタ様の御意向でしたら、私は御止め致しません。ですがその代わり護衛を雇います」
「それはいい……」
言い淀んでアリスタは考えた。先のパザウッドとの闘いのように、動けなくなった自分を運んでくれる人員も必要なのではないかと。
「いや、やっぱりナリサ、五人ほど頼む」
「五人で宜しいのですか? 他の貴族たちも狙っているのですよね」
「構わない。色々と手伝ってくれる人員だけで良いんだ」
「かしこまりました。では領内で募集、選考を五日以内に行います」
幼少期からアリスタを見ていたナリサには、彼の強さが良く分かっていた。メイドの一人として領主を戦いの場に出すことに了承した。




