二回目の転生
僕は……、ライカ―ル。その前は……。
ライカ―ルだった彼は再び仄暗い揺籃の中にいた。温かくほぼ無重力のそこは、安寧の地だった。
時折、意識がはっきりとしている時に、自分の過去を反芻する。
その前は、確かツカサ……、そして……。
ずっとこのままでいたい、と感じられるそこから吸いだされるように、光指す刺激に満ちた場所に放り出される。
まただ……。これって……。
彼は再び、この容赦のない世界に抗うかのような声を上げる。
それもやがて落ち着きを取り戻していく。
脳が十分に発達し、この世界の言葉を覚え始めた彼は、メイド服を着た女性から洋服を着せられていた。
「良くお似合いですよ、アリスタお坊ちゃん」
また転生してしまったようだ……。
質素だが調和のとれた調度品に囲まれ、メイドからもてはやされていた。その調度品から伝統のある家系だと六歳になるアリスタは感じた。家族で住むにはあまりにも大きいその邸宅で、誰が父、母か分からないまま彼は育つ。
彼は書架から辞典を抜き取り、耽読していた。
まだ、この世界は偏り、間違った知識が文献として重宝されている。
どうやら貴族の子として生まれたようだ。
執事やメイドの話から自分の家庭環境を知ることになる。
「ねえ、ライアスさん」
「敬称は不要でございますよ、坊ちゃん」
執事のライアスは笑顔で接する。まるで我が孫を見るような慈愛に満ちた瞳だ。
「父上と母上はどこにいるの?」
「残念ながら母君のリッツ様はお亡くなりになられています。旦那様は今は王宮に出向されていますよ。一週間後にはお戻りになられると思います」
「王宮? ここの王様の名前は?」
「カランドリ・ベル国王にございます」
王権制度の中にアリスタは生きていた。
カランドリ王――。
戦乱の世の中で将軍から王へと成った家系。その武の力は代々継承され、今だ一人でこの国を掌握している人物だとライアスはアリスタに教えてくれた。
「では午前中の講義はここまでにいたしましょう」
未成熟の知識を教える専属の講師が出ていくと、メイドのナリサが一礼してアリスタの手をとる。
「アリスタ坊ちゃん、お食事の時間です。今日は新鮮な肉が入りましたのでお楽しみにして下さい」
アリスタは慣れない礼儀作法を学びながら食事をとる。久しぶりの肉を食べたような気がした。
確か、前は肉なんて師範のところでしか食べなかったしな。
食事の後は自由時間となる。
塀に囲まれた広大な敷地だったが、彼の足では狭く感じた。庭師が綺麗に整えた庭園をアリスタは走り回る。脚力はまだ幼い体の為か速度が出ないものの、感覚は鈍っていない。
まだ前世の脚力は残っているようだ。身体はどうだろうか。
彼を見ているナリサに背を向けて、自分の拳をチタンに変える。陽光を跳ね返す眩い拳だ。まだ前世の能力は引き継いだままだという事を確認した。
チタンには変えられる。ダイヤモンドだとどうだろうか。
拳に力を入れ、ダイヤモンドをイメージする。ブリリアントカットのような煌めきは無いものの、透明度のある拳へと変化した。
一回体を柔らかい物質に変え、変形させて硬度を高めてみたりする。
成功だ!
無機物の形状変化は回復が遅いものの、試していくうちに色々と応用が効くことが分かった。自分の力を確信し、空を見上げた時だった。いくつもの白い光が大気圏で散った流星のように地上に落下していく。
「あれは、フラム!!」
なぜこの世界にもフラムが!
「あっ、坊ちゃん!!」
背後でナリサが呼び止める声を無視してアリスタは走った。敷地内を縦断し門扉で止まる。
「開けて下さい!」
「えっ! 坊ちゃん駄目ですよ!」
狼狽する私兵を無視して門扉を飛び越えようと考えた。
高さは約五メートル。この身体ではしがみつくぐらいしか出来ないけど、よじ登って……!
アリスタは助走をつけるため後ろに下がった。そして走り出そうとしたところを、息を切らしたナリサが抱きかかえる。
「坊ちゃん、駄目です!」
そうだ……。僕が脱走したら彼らが罰を受ける。
アリスタは追跡を諦めた。落下していくフラムを目で追う。無数のフラムが視界から消えていった。
フラムがあんなにも! また師範のような化け物を生み出したら、この世界が!
だが幼く今の状態は軟禁されていると言ってもいいアリスタには、何もすることが出来なかった。
あの狂った師範を倒すのに前の自分の人生を犠牲にしてしまった。その惨禍が今度は無数に起ころうとしている。体をもとに戻すため、すぐにでも動き出したかったが、それは叶わない。ただただ焦燥がかき回す心を鎮めて、地に落ちるフラムを目で追っていた。




