光に集う者たち
「その話は本当なんだな」ラネル族の長、アンデベルグ・ベルドは広間の一段高い場所から、椅子に座って頬杖をつきサルバリム・デル・エルドの話を聞いていた。「フラムと言ったな。それはいつ頃落ちてくるのか分からないのか?」
「いいや、ただ日が昇る前に、流星のように現れると伝承では聞く」
「新しい力か……、なぜそれを私に話した」
ラネル族の自分にそれを話して何の得があるのかを問う。
長と言うにはまだ若いアンデベルグの赤々とした目を見ながらサルバリムは口を開く。
「なに、お前さんたちに話さないのは不平等だ、と感じたからだ」
「不平等、ねぇ……」
「私は長い時を生き、色々な物を見てきた。そして残された時間は、もう長くない。私がフラムを得る事は無いだろう。ただ世界を回って得たこの話を広めるのが歴史における私の務め、そう感じたからだ」
「他にどんな話を知っている」
「なに、大した話はフラムだけだ。後は子供が喜びそうな話ばかり」
「そうか……。大儀だった」アンデベルグは立ち上がる。「おい、ウルスナ」
「はい」そばで立哨していたウルスナ・メイローサに声をかける。
「丁重に街の外までお送りしろ」
「畏まりました」
群青の長い髪を耳にかけ、ウルスナはサルバリムの横に立つ。
「ここで話をするのが最後だと思ったわい」
そう言い残して、謁見の間を出ていった。
フラムか……。監視を置いておくか。
おかしい……。僕の身体はどうなってしまったんだ。
自室のベッドで横になっていたライカ―ルは、自分の手を開いたり閉じたりしながら思考に耽っていた。
検察の調査の結果、ライカ―ルのスープに混入していたヒ素は、明らかに常人を死に至らしめる量が入っていたからだ。
偶然にもヒ素が薄い所を掬って食べていたのか……。
もうすぐ夜が明ける。起き上がったライカ―ルは、瓶を持って井戸へと向かった。
その三日後の朝方、マサンザの街の東で中規模の爆音が鳴り響いた。街を襲ったその轟音は街の西でも聞こえた者がいるらしく、爆心地の衝撃は近所の窓ガラスを粉砕した。寝起きを襲った衝撃に、建物から人が出てきて、その原因を探す。街の住人が見たのは、砕けたタスワラの石だった。
「おいおい! タスワラの石が砕けているぞ! 隕石でも直撃したか?」
「お、俺たちの商売道具が……」
轟音に目が覚めたフィノナは寝間着のまま道場の入り口に姿を現した。
何なの、今の音は!
そのまま東の方に駆けていくと、人が倒れているのを見つけた。
「ライカ―ル!」倒れているライカ―ルに近寄り、彼の体を揺する。「どうしたの!? こんな朝早くから」
ライカ―ルの意識はあったようで、首だけを擡げて呟く。
「ごめん、疲れた」
「朝御飯、食べないで来たのね。あなたは力を強い分、栄養が必要なんだから食べなさいと言っているのに。ほら、朝御飯の準備してあげるから立ちなさい」
まるで我が弟を世話するかのようなフィノナに笑みを溢し、ライカ―ルはよろよろと立ち上がった。
一時間ほどかけてライカ―ルは朝食を平らげ、その後はファルナブルと組み手をしていた。十分ほど組み手をして五分休憩を繰り返す。
休憩の時、ライカ―ルがファルナブルに問う。
「師範や師範代より強い相手っているんですか?」
ファルナブルは鼻の頭を掻きながら、いる、とだけ答える。
「どんな人物なんですか?」
「そいつはいま中央監獄にいる。俺と師範の二人がかりで取り押さえたんだ。この傷もその時につけられた」そう言ったファルナブルは右肩から腹部にかけて残る大きな傷跡を指さす。「まぁ、最終的に師範が取り押さえたんだけどな」
「へぇ~、凄い達人もいるもんなんですね」
「師範も若い頃は凄かったらしい。今の師範からは考えられないと思うが、道場破りするぐらい好戦的だったと聞く。お前も膂力があって、これからもっと強くなる。努力を忘れるなよ。おっと、もう休憩は終わりだ。あと二回で昼飯だけど、気は引き締めるように。油断すると怪我するぞ」
「はい!」
凌辱を受けたラーニャ・サンメトリは失意の只中にいた。暗い自室に引きこもり、膝を抱え自分の足元だけを見つめている。隣では毎日、両親の言い争いが聞こえてくる。
「あなたが過保護だったからこんなことに……!」
「お前の育て方が間違っていたのだろう!」
責任のなすりつけ合い……。ううん、私が悪いのお父さん、お母さん。
結局、アーベルトたち五人は捕まり、ラーニャの家まで謝罪に来たものの、その噂は小さな村にすぐに広まり、ラーニャは外を歩くことも叶わなくなった。
アーベルトは主犯ではなく、また村長の息子という事もあって、後ろ指は指されるものの普通に生活を送っている。ただラーニャには心の傷が残った。暗い密室で無数に伸びてくる男の手が彼女の朝を苛む。
死にたい。それか誰も私の事を知らない遠い所へ……。
ある早朝、夢に苛まれ起きた自室でラーニャは決意する。
久しぶりに外着に着替え、父親の財布を盗んだ彼女は家を飛び出した。まだ薄暗い村を横切り街道に出る。そのまま街道を走った。
馬車を見つければお金を払って乗せてもらおう。そして知らない村に行って新しい生活を始めるんだ。
朝日が昇る。彼女は光が射すほうへ、ただただ走った。途中で疲れて歩く。走ったことのない彼女の足には肉刺が出来ていた。それでも歩く。もっと明るい場所へ向けて。
日がかなり上がり喉が渇いてきた。途中川に降り、廃水が流れているかもしれない水を啜る。だが濡れた岩に足を滑らせて川に転落した。流れの速い川に流されながらも彼女は足掻いた。少し水を飲み、かなり流され、ようやく掴んだ草を引っ張って自分の身体を岸に上げた。
ここは、どこ……。
身体を落ち着かせたラーニャは川沿いを元に戻る。流されている時、岩に体を打ち付け肉刺も痛い。右腕を押さえながらも少しずつ歩む。
ごめんなさい。私がお父さんの財布を盗んだから……。
そのまま森の中で夜になった。痛みと空腹、野生の獣の遠吠えによる恐怖で動けない。彼女に野生で生きる術は無かった。動けない身体のまま三日目の朝を迎え、彼女の意識は朦朧としていく。
せめて時間を戻せたら……。
彼女の心臓はそのまま停止し、亡骸は発見される事無く森の奥で眠ることとなった。
「相手の攻撃は防ぐのではなく捌くか躱すのだ。そうすると相手に隙が出来る。そこが攻撃の機会だ」
ライカ―ルとファルナブルの組み手は続く。お互いの研鑽と努力が相乗効果を引き出し、技能を高めていく。
「師範代も、よくあの打撃の中で戦うわ」
「一回、ライカ―ルの突きを受けたことがあったけど、あれは突きというよりも大砲といった感じだったよ」
兄弟子たちがそう口にする中、パザウッドはじっとライカ―ルの動きを目で追っていた。
やはり極上の原石。フィノナが言っていたのは間違いでは無かった。
ライカ―ルの動きを見ていると自然と口の端が上がって来る。それを悟られないよう、何度も手で顎を扱いていた。