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下女と姫様と時々護衛騎士様と

作者: みちぇ子

想定外で、ちょっと痛いシーンが出来てしまいました。すんません。

でも、最後まで読んでもらえると嬉しいです。



下女仲間と盛り上がり束の間の休憩を楽しんでいると、


ガチャ


ノックも無くドアが開かれた事に一同驚いていると、そこには姫様と護衛騎士様が立ってた。


「あら、とても楽しそうな声が外まで聞こえてたわよ。私も混ぜてくださいな。」


「ひ、姫様、こ、こんな所まで、ようこそおこしくださいました。」


各々わかりやすくアタフタしている。急いで椅子を用意し、一人はお茶の用意をするため隣の厨房へ走っていった。


残された下女達は、アイツ逃げやがった… 誰もがそう思った。


「あなた達、いつもと様子が違うわね。何か、都合が悪い事でも話していたのかしら??」


ギクッ


全員その場で固まる。姫様はジト目で私に視線を向けてくる。


平民の私達は、お貴族様のように感情を隠すのが下手だ。


ここは、この場で最年長の私がなんとかしなきゃ!


「姫様!そんな、私達はいつも通りです!!ね、ね、みんな!!」


「「「「「ハイ!!」」」」」


みんな必死に頷く。


納得してないが、フーンと、ゆっくり時間をかけて私達一人ひとりの目を見てゆく。


一人の下女に目を留め、


「リーシャ、今日ね、カルロス殿下かからの贈り物で、王都でだーい人気のお店のクッキーを頂いたのよ。しかも、一個だけ、おっきなチョコレートが入っていたの!どう?一緒に食べない??」


カルロス殿下は、今王立アカデミーに留学してきている隣国の王子様だ。

姫様はカルロス殿下と婚約秒読みと、侍女の人達が噂していたし、時々二人でお茶会してるらしい。


とても優しい声音のまま、ゆーっくりと大げさに、最年小のリーシャに囁く。


親も居らず、親戚に売られるようにして王宮勤めする事になった娘だ。まだ8歳を迎えたばかりで、純真無垢な幼子に、なんてことを!そんな事を言えば、リーシャなど…


瞳は輝き、ハワハワと口が開く。両手は期待するように胸の前で握られている。


「ちょ、ちょ、ちょこれーと」


「そうよ、この前一緒に食べた、あの茶色くてアマーイお菓子よ。」


リーシャの瞳は一層輝く。


「だからお願い、リーシャ、さっき皆で何をお話していたのかしら?」


姫様は笑顔を絶やすことなくリーシャにロックオンしている。


「あのね、あのね、きぞく様のがっこうで、めがみさまの日に、だれがいちばん多くお花をもらえるか、あてっこしてたんです!」


グハッ


私達は一斉に目を背けた。


下女如きが、貴族様に優劣を点けるなど不敬罪で処刑されても文句なんて言えない。


「アラアラ、面白そうな事してるじゃない。」


意地悪そうな笑みを浮かべ、約束通りチョコレートをリーシャに渡してやる。


「ありがどうございます、ひめ様!たべてもいいですか??」


ええ、っと微笑みながら、姫様はリーシャの頭を撫でてやる。


そこへお茶の準備をする為、厨房へ逃げ込んだハンナがカートを押して戻ってきた。が、リーシャ以外はお葬式のような重い空気を感じたのか、固まってしまった。


「まぁ、いいわ。ハンナお茶頂くわ。ほら、あなた達も一緒にお菓子頂きましょ。ハイ、準備!」


パンッ!と両手を打てば、私達はそそくさとテーブルをセッティングし、姫様とテーブルを囲む。


私達だけの【秘密】のお茶会がこうして始まったのだ。


・・・・・・・・・・・・



「で、エシャロットが発端なんでしょ?」


「え?」


私は心外だ!と訴えるために、事の経緯を説明した。


「私は皆が学校の話をせがんでくるので話しただけです。そしたら、クロエが、豊穣祭では女性が意中の殿方にお花を贈る風習が有るのをロザリーとリーシャに教えてあげてたんです。」


そして下女達は全員、ハンナを見る。

申し訳無さそうな顔をしながら、元凶のハンナは白状した。


「その、ちょっと気になってしまって…誰が一番モテるのかなって…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


姫様が通われている王立アカデミーは、国中のご子息やご令嬢以外にも、将来有望な平民まで受け入れている。


今代の国王は未来への投資に力を入れていて、私は正にその恩恵を受けている。


元々商人の末娘の私である。


【家訓 自分の身は自分で立てろ】


ブライト商会は代々工芸品や民芸品を扱い、父の代からは、無名ながらも見込みのある職人を見つけては、高品質なものを良心的な価格で販売していた。その甲斐あってか、家は繁栄し、子沢山。しかし、根っからの商売人の父は、それに胡座をかく事は許さず、長男以外の兄弟達はすでにそれぞれが起業したり、弟子入りしたり、嫁いだりしている。そして、10歳を迎えるまでは父の傍で商人としての基礎を学び、兄弟たちが独り立ちしていく姿がかっこよくて、兄がたまたま見つけた王家の求人に飛びついたのだ。


しかし、求人採用の門は狭く、当時王家となんとかして繋がりたい貴族子女がわんさか押し寄せた。領地を持たない者、親の跡を継ぐことの出来ない者達にとっては、王城で働くことは栄誉であり、家門にも箔がつく。騎士・侍従・侍女は人気職だ。もしかしたら、とてもお偉い方々に見初められることだってあるかもしれない。だが、王族に近い職ほど、身元調査はしっかりされるので、時間がかかり難航したらしい。


予定とは少し違ったが、平民の10歳に大したことはできない。父のおかげで、子供ながらに達観した幼少期を過ごした私は、欲かくこともなく済んだ。

身分や年齢など関係ない下女となることを選んだのだ。


晴れて採用となった。


そして、働き始めてから半年経った頃、「お城探索だー!」と、お転婆なレイチェル姫と、姫様の後に控えてらっしゃる護衛騎士のハロルド様に出会った。


そこからは大変だった。暇を見つけては下女の私の所まで遊びに来るようになってしまったのだ。当時は何が面白いのかわからなかったが、しがらみが多い姫様は、誰の目も気にせずに過ごす事ができるここを気に入っているのだ。


お目付け役の女官長の目を掻い潜って脱走は当たり前、一緒に洗濯物を洗ったり、竈の火起こしはどちらが早いか競争したりと、全身汚れまみれになることなんて厭わない、見るものが見れば卒倒してもおかしくはない。しかし、身分差など気にせず、誰にでも分け隔てなく、優しい姫様を私達は慕っている。


姫様の脱走がバレた次の日は、女官長のマーサ様に叱られる。鞭打ちで暫く起き上がることが出来ない日もあったけれど、ここ最近はそれもほぼ無い。時々お目にかかることがあれば、すごい目で睨まれるだけで済んでいる。


侍女のお姉様方からの嫌がらせは、まだまだ続いているけど。


そんな姫様は、私の経営に関する才能を見出し、

「マーサが邪魔してくるから今すぐは無理だけど、エシャロットは是が非でも…そろそろか…」


あまりにも不穏な発言は聞こえなかったフリをした事もあった。姫様が何か企んでいる時はろくな事がない。


王立アカデミー内での身分差は無く、平等をうたっているので、侍女は原則連れていけない。しかし、王族である以上、護衛は必須なので、少し年上のハロルド様が引き続き護衛騎士として。私は、経営学に見込み有りと、お世話係兼側仕えとして、姫様と一緒に王立アカデミーへと通う事を許されたのだ。この事が、侍女のお姉様方の不興を盛大に買ったのである。


しかし、これは私にとって大チャンスだ!成績上位をキープすると卒業後、そのままアカデミーで教職員として採用してもらえるかもしれないらしい。職員寮もあり、職員専用の食堂もある。更には研究室まで付いてくる。給金は今の倍額だ。姫様が登校される時しか私も通うことが出来ないので、公務で欠席される時は、私も通常業務に戻る。あとアカデミーは7日のうち2日間お休みがある。5日間アカデミーに通い、下女としての仕事を休ませてもらってる分、2日間しっかり働き、皆が寝静まってからひたすら予習復習。分からないところは先生を質問攻めにする。今は上の下止まりの成績だが、上の方たちはもっと良い就職先が待っている。まだ私にも可能性は残されているはず。……たぶん。


「で、あなた達の予想は??」


下女達は顔を見合わせて、誰から話す?てか、この話続けるの??とアイコンタクトを送る。


「ハイ!わたしはおうじ様だと思います!!」


「あら、どうして?」 ニッコリと姫様がリーシャに質問する。


「だって、おうじ様はかっこいいです!わたしたちにもとてもやさしいです!!このまえ、キャンディーくれました!!じじょの人たちもいつもキャーキャーいってます!きっと、がっこうでモテモテです!」


口の端にチョコレートをつけたリーシャは自慢げにしている。一体いつ、王子様から飴を貰ったのか。そっちの方が気になった。


「そう・・・、リーシャ、アイツはロリコンよ。イイ?みんな気をつけなさいね?」


「ろり、こん?」


?と一緒に頭を傾ける。意味がわかってない子には、後でしっかり教え込もう。姫様の不穏な発言に、少し危機感を感じてしまう。ハンナとロザリーは少し青い顔をしている。何か思い当たることでもあるのだろうか……


「わたしは、宰相のご子息のファーマス様だと思います。」


クロエは、伯爵家の娘だったが、ご両親を馬車の事故で亡くされてからは弟である叔父が跡を継ぎ、家を追い出された。クロエの身を案じた執事に連れらて、なにか理由があるのか、身を隠すように過ごしている。ここに居れば少なくとも最低限の生活は保証される。


「王子様の妃になられる方の条件はとても厳しいものだと聞きました。で有れば、時期宰相と名高い、将来安泰!王族に続いて絶対の地位をお持ちのファーマス様を選ばれるのは至極真っ当だと思います。きっとたくさんのお花を受け取られますわ!」


拳を握りしめ、言葉の節々に力がこもっている。モテるとか以前に、クロエの結婚観はそれでいいのか?と思わなくは無いが、クロエの好みに口出しはしない。


「でもクロエ、ファーマス様って、宰相になるんでしょ??現実的かなー??わたしだったら、安易にお花受け取ったりしないけどなー。何がゴシップになるかわかんないんだよ?わたしはやっぱり騎士様だと思う!ほら、騎士団長様の息子さんとか!!なんだっけ?あ、そうそれ!ナイジェル様!!騎士様素敵だもん!」


ほのかに頬を染めながら、うっとりしているロザリーは騎士に憧れている。


「良かったわね、ハロルド。フフフ」


姫様は、核心を突きつつも夢見がちな少女ロザリーに微笑みながら、後ろで控えていた護衛騎士のハロルド様に話を振る。


「はぁ」と、気の抜けた返事を返すだけだった。


しかし、ここでロザリーの言う騎士はガチムチの筋肉マンだ。厳つい、色黒の。申し訳ないが、ハロルド様は細身でスラッとしていて、日焼けなんてした事が無いのではないだろうか?お顔だって中性的で、髪の毛伸ばして、姫様が着てるようなドレス着てたら、どこかのご令嬢に間違われたっておかしくなさそうだ。まぁ、残念ながらロザリーのタイプでは無いだろう。


ここで姫様に補足説明してしまうとハロルド様の気分を害してしまうかもしれないので、墓場まで持っていこうと思う。ロザリーは姫様とハロルド様のやり取りなんて聞こえてない。自分の妄想に浸っていた。


「ハンナは?」と姫様に聞かれ、


「えっ!えー、えーと、ユリウス様かと…」


それ以降、モニョモニョモジモジとするだけで喋らなくなってしまった。


以前、パーティーで割れたコップの片付けに駆り出されたとき、うっかり指を切ってしまったが、その場に居合わせたユリウス様にハンカチを頂いたそうだ。


もしかしたら二度と合うことは無いかもしれないけれど、と宝物の様にハンカチを飾っていた。


「エシャロットは誰にあげるの?」


「そうですねー、やっぱりここは…ん?あげる?何をですか?」


「お花よ。豊穣祭は国をあげてのお祭りよ?もちろん王立アカデミーでも、パーティーがあるわ。

あなたも知ってるでしょ?パーティーの前日までは告白ラッシュだって。」


「ええ、知ってますが、何故私が花をあげる話に?」


「あら、あなたももう15歳、立派なレディよ?告白の一つや二つ経験を積まないと!」


言ってることがムチャクチャだ。急に誰かに告白しろと言われても、今までそんな事考えた事もないのに、どうしろと。


「このままじゃ、ダンスの相手に困るわよ?」


「え、ダンス?姫様、パーティーに参加されるのですか?」


「ええ、参加するわ。今年はお兄様とカルロス様がアカデミー卒業ですからね。お父様も貴賓として来るわよ。だから、あなたも参加してもらうわ。ドレスが必要でしょ?今日はその為に来たのよ。」


「わー!ドレス!」「すてきー!!」と下女達も一緒になって騒ぎ出す。


誰かが、「いいなー」と漏らすと、


「あなた達にもドレスを用意するわよ!言ったでしょ!国をあげてのお祭りだって!いつも頑張ってる子にはご褒美が必要でしょ。」


みんな、やったー!!と更に大騒ぎを始めてしまった。


その日から姫様は事あるごとに、


「あの方素敵ね」

「あら、あちらの方は逞しいわ」

「あの殿方、エシャロットの事を先程から見ていない?」


と、耳元でやたら囁いてくる。


殿方が気にしているのは私じゃなくて姫様だ!と、何度言ってもクスクス笑うだけで、取り合ってくれない。


ハロルド様に泣き付いても、困ったような顔をして頭をポンポンしてくれるだけだった。


豊穣祭は10日間続く。


各国から要人、観光客、商人と沢山の人が我が国に押し寄せてくるが、王城に勤める者も祭りに参加する事が許される。


スケジュールとしては、祭り前半は来賓を饗すため奔走するが、後半5日間はそれぞれが交代で休みを取ることが許される。


王立アカデミーのパーティーは初日に行われ、その後は祝日となり、祭りが終わるまでは休校である。しかし、王族の姫様には公務が優先され、今までアカデミーのパーティーへ参加されたことが無い。もちろん私も。


私達はそれぞれドレスの採寸をし、当日まで【秘密】と言われ、ご褒美の為にみんな一生懸命働いていた。私達はお祭り最終日に揃ってお休みがもらえることになっている。


「私のパーティーに特別ご招待よ!私達だけの【秘密】だから、他の人には話しちゃダメよ!」


姫様は私達に招待状まで用意してくださっていた。ロザリーとリーシャはまだ読み書きがおぼつかないけれど、自分の名前が書かれた招待状を穴が空くほど見つめていた。


時々思い出したようにフフフと笑い声が漏れては、『秘密よ』と言われたこと思い出し、両手で口を抑える。


先日、初めて、姫様のお兄様、第一王子のロバート様がリーシャと一緒にいる場面に遭遇した。


大きな空の洗濯かごをご機嫌で運んでいるリーシャに、


「なんだかご機嫌だね?」


と王子様は気さくに声をかけられていた。


「あ、おうじさま、こんにちわ!そうなんです!とっても楽しみで!」


と言って、ハッ!として両手で口を塞ぐ。王子様は不思議に思い、リーシャに質問しても、キャンディーで釣ろうとしても、


「ひ・み・つ・です!ぜったいにリーシャはいいません!」


と言って、ちゃっかり飴だけもらって逃げていった。


走って去っていく後ろ姿を見送りながら王子様は、隣に控えていたファーマス様に、「探れ」と一言だけ声をかけて、城内へと歩いていかれた。


以前ハンナとロザリーが青い顔をしていた理由はこれか!と私もなんとなく持っていた危機感を最大警戒まで引き上げた。もしかしたら、リーシャはターゲットにされているのかもしれない。私達は立場が弱いので、結局最後に辛い思いをさせられる。そんな思いをみんなにはさせたくない。できるだけ外を歩かせないようにしよう。最終手段として、権力には権力を!姫様に相談することも視野に入れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


毎年王城では、豊穣祭初日に各国の要人を出迎えるためのパーティーが催される。しかし、今年はロバート様が王立アカデミーをご卒業されるので、国王様は予定を変更してアカデミー主催のパーティーに参加される事になった。もちろん姫様も。隣国の王子、カルロス様もご一緒に卒業なさるので、少し寂しそうだ。


豊穣祭初日、まだ日も昇らないうちに、侍女のラナ様に叩き起こされ、引っ張っていかれる。こちらの侍女様は常に姫様のそばにいらっしゃる方ですが、お忍びで私達の所に来る時は見かけることがない。直接お話したこともない。私はどこに連れて行かれるのかと、声を出そうとしたけれど、口をふさがれ、睨みつけられる。


「一言も喋るな、無駄なことは考えるな。いいな。」


小さな声で、けれど鋭く、恐ろしかった。


涙目で、激しくウンウンと首を振って返事をする。


そのまま、城外に出て厩舎へと向かう。そこにはすでに馬車に繋がれた馬がいて、御者のジェイコブさんが「ほら早く乗って!」と、私を押し込む。

シンプルな、紋章も何も描かれていない街中でよく見かける馬車の中には、姫様とハロルド様が既に乗っていらっしゃった。


なぜこんな馬車に?姫様の隣にラナ様が、ハロルド様の横に私が座り、ゆっくりと馬車が走り出した。狭い車内で、寝起きの頭で状況についていけない私が質問しようと口を開ければ、射殺さんばかりの視線がラナ様から飛んでくる。


そう、今の私は喋っても考えてもダメなのだった・・・。



着いた先は、国が運営しているホテルだった。そこの一室に案内され、入ると、たくさんの荷物が運び込まれていた。そして、荷物を順番に片付けている侍女が3人。お名前は存じ上げないけれど、下女の私達にも挨拶をしてくれる優しい方たちだった。


まだ眠そうにしている姫様は、「もうちょっと寝るから」と言って奥の部屋に消えてしまった。


残された私は、侍女4人に囲まれ、別室に連れ込まれ、問答無用で磨かれ、人生始めてのコルセットで苦しみ、あれよあれよといううちに、支度が終わった。


大きな姿見の前に立てば、淡い青のたくさんのフリルが施され、少し大人びたドレスを纏っている。今までしたことがない化粧に、髪は高い位置でまとめられて、青いバラの髪飾りが添えられていた。


自分の変身ぶりに驚きが隠せない。クルッと回ればドレスもふわりと広がる。


素敵・・・


まさか、今後、一生かけても着ることが出来ないようなドレスに、私の中の乙女心がくすぐられ感動してしまった。これが、姫様が仰ってたドレスなのだろう。


ちょうど二度寝から起きてこられた姫様に、この日初めて声を出し、心の底から感謝を伝える。侍女様方にもこの感動を伝えた。ラナ様も満足げに微笑んでくださったが、涙が零れそうになると化粧が落ちると怒られた。


私と交代で姫様の支度に取り掛かる。私も何かお手伝いは出来ないかと声をかけたが、髪が崩れる、化粧も崩れる、ドレスが邪魔だ!と、何もさせてもらえなかった。朝から何も食べていなかったので、お腹が鳴ると、「パーティーでは美味しいものがいっぱい並ぶのだから、もう少し我慢なさい。」と姫様に笑われてしまった。



姫様の支度も整い、王立アカデミーに向けて出発する。


ホテルの前には、しっかり王家の紋章が描かれた馬車が停まっていた。御者のジェイコブさんは正装に身を包み、お孫さんのレント君が乗車を手伝ってくれた。ガチガチに緊張しているレント君は、ロザリーの事がちょっと気になっていたようだから、帰ったらレント君の雄姿を伝えよう。


ほとんど揺れを感じないまま目的地に到着する。馬車がゆっくり止まり、ドアが開かれると、眼の前にはカルロス殿下が姫様をエスコートしようとスタンバっていた。手を差し出せば、殿下に微笑みながら手を重ね、ドレスを軽く持ち上げるようにして降りていく。姫様の真っ赤なドレスは、姫様が歩くたびフワリと揺れ、その姿はまさに花の妖精だった。


私には今夜のパートナーが居ない。結局誰にも花を渡すことは無かった。一人でいそいそと馬車を降りようとする。手が差し出されたので、レント君かな?と思って顔を上げると、ハロルド様が私の右手を握っていた。


暫く見つめ合い、ハロルド様の衣装がなんだか自分のドレスと似ている気がしてきて恥ずかしくなる。しかし、人としてしっかり礼は述べなければと、「あ、ありがとうございます」の一言が精一杯だった。


前を歩く姫様たちは、周りの子息令嬢達に手を振りながら、王族の控室に行ってしまった。


周囲の人達は、後ろを歩く私達を見て、ヒソヒソと何やら囁かれているが、比べられてはたまったものではない。姫様ともだが、私の隣を歩いてる方は密かに人気が高い。姫様の護衛ということもあって、ご令嬢方から声を直接かけられる事は無いが、実はファンクラブも出来ている。厄介なのがご令嬢だけでなく、中性的な美人顔によって、新たな扉を開きかけているご令息方からも人気だということだ。


以前、姫様に少しだけお時間をもらって、図書館へ参考書を借りる為、開いては軽く目を通し閉じて、開いては軽く目を通し閉じてと、いろいろ本を物色している時、物陰で男子4人がコソコソと話している場面に出くわした。そこでは『レイチェル姫派』か『護衛騎士ハロルド様派』かを熱く語っている様子だった。しかし、内3人がハロルド様のファンクラブカードを持っているとマウントを取り始め、残された1人はとても悔しそうで、どうやったらファンクラブに入れるのかしきりに聞いていた。とても気まずくて、姫様にくっついている私は無駄に顔が知れていることもあり、そそくさと図書館を後にした。

何も借りずに帰ってきた姿に、姫様は不審がられたが、さっき見聞きしたことを話す訳にもいかず、適当に誤魔化した。


過去の記憶を頭の隅の方に押しやって、隣を歩くハロルド様に、ふとした疑問を投げかける。


「ハロルド様は、姫様と一緒に行かれなくて良かったのですか?私ならここから一人でも大丈夫です。」


本当は華やかな場所は慣れていないので、少し、いや、かなり心細いのだが、ハロルド様はハロルド様の務めがある。邪魔になっては意味がない。気丈に振る舞って見せた。


「誰か約束した人がいるのかい?」


「いいえ、誰もおりません。王家の方々の挨拶が終われば、いつも通り、姫様のお側にいようと思っています。」


「そうか、では私もそうしようと思う。今日は国王様もいらっしゃるから、警備は万全だし、ちょっとくらい楽しんでも姫様は怒ったりしないよ。」


いたずらっぽくウインクした。なんだか今日のハロルド様は、いつもの寡黙で凛々しいお姿とは違って、いたずらっぽくて、少年の様な笑顔を向けられるだけで胸のところが温かくなる。


まだ時間があると、大広間の食事が並ぶテーブルまでエスコートしてもらって、一緒に料理を頂いた。コルセットのせいであまり食べられなかったが、あれもこれもと悩んでいると、ハロルド様のご厚意でお料理を一口ずつ頂いた。お行儀が悪いとゆうことでコソコソしてる姿は異質だっただろうと思う。しかし、ハロルド様のお陰で色んな種類の料理を食べることができた。どれも美味で、大満足だった。


そして、パーティー開始の時間を迎えると、大時計の鐘が鳴り響き、王家の方々が顔連ねる。私達も大広間の大階段下へ移動し、ありがたいお言葉をいただく。


最後にロバート様の号令とともに、演奏家達の素敵な音色が大広間いっぱいに流れる。一組、二組と、次々に中央のフロアでダンスを踊り始める。


フロアで踊りだしたカップルたちを見ながら、国王さまや王子様とお話中の姫様を待っていたのだが、いつの間にかカルロス殿下が背後に立っていた。姫様を待っていたのだろう。びっくりしすぎて心臓がバクバクしていたが、カルロス様にご挨拶をし、少し雑談を交わす。

カルロス様はハロルド様にコソコソと何かを囁くと、少し照れた様子のハロルド様がカルロス様に小さな声で軽口を叩き、クスクスと二人で笑い合っている。二人が何を話していたのかは弦楽器の演奏で全く聞こえなかったが、その様子に、周りのご令嬢たちがざわめいている。


国王様と王子様は用意された椅子に座りまだお話されていたが、姫様は優雅に大階段を降りてこられる。最後の一段の所で、差し出されたカルロス様の手を当たり前のように取り、流れるような仕草で腕に手を添える。

そして、ハロルド様と私に向かって、「今日はカルロス様と一緒だから護衛も付き添いもいらないわ。」と無情におっしゃる。行き場を失った私はこの後をどう過ごすか途方に暮れた。


しかし、カルロス様は姫様に、


「しかし、レイチェル。僕は君から花をまだ受け取っていないよ。いつもらえるのだろうと心待ちにしていたのに。」


あー悲しい、あー寂しい、と姫様から花をもらえなかった事を恨みがましく連ねるのだ。


「まぁ、それは大変だわ!貴方に贈る花を用意するの、すっかり忘れていたわ。」


姫様は少し芝居掛かった口調で、大げさに驚いている。カルロス殿下も少し芝居がかっていたのが、本当に用意されていないと気付き、ショックな顔をしている。そんな姿を見て姫様は「フフフ」と笑い、


「では、花の代わりと言ってはなんですが、わたくしをもらっていただけますか?」


と殿下の耳元で囁いき、2歩ほど後ろに下がってその場でクルクルと回る。


その姿はまさに、美しい一輪の赤いバラが咲いたようだ。


殿下は驚いていたが、自分の元に舞い戻ってきた姫様に、「喜んで」と言い、姫様の手を取ってフロアの中心へと向かう。


素敵・・・


言葉は少ないが、姫様からの大胆なプロポーズが目の前で繰り広げられ、私は顔に熱を感じる。両頬に手をあてて見れば、自分の手の温度が心地良い。どうやら、二人の熱にあてられてしまったようだ。


隣のハロルド様と目が合い、気まずい。しかし、沈黙も苦しいので、


「姫様、すごいですね…」


結局、それしか言えなかった。


まだ、少しばかり顔が熱いので手でパタパタと仰いでいると、「少し涼もうか」と大広間を出てすぐ傍にある大きな噴水まで、ハロルド様が連れてってくれた。

ハロルド様がハンカチを取り出し、ベンチの上に広げてくださる。そのまま、座るようにと促され、二人で並んで噴水を見ている。水の音を聞くと、少し落ち着いてきた。


「エシャロット、実は僕ももらってないんだ。」


隣りから唐突に深刻そうな声がした。


もらっていない?何をもらっていないのかわからなかったが、先程の姫様達を思い出し、花の事だとピーンときた。それもそうだ、ハロルド様は姫付きの護衛騎士。いくら人気高いとは言っても、常に姫様に付き従い、こんな浮かれたイベントに参加する暇なんて無い方だ。これはマズイ。殿方の中には、もらった花の数を自慢する方もいらっしゃると聞く。たしか以前にも、双子の上の兄2人が贈られた花の数で言い争っていたな。同じ顔何だしと、諌めようとしたら「これは男のプライドの問題だ!」と口を揃えて、烈火の如く怒鳴られたことがある。幼いながら、しょうもなっと思ったけれど……


ハロルド様も男としての矜持が傷ついていたのかもしれない。


「私、今すぐ花を用意してきます!」


「エシャロットが僕にくれるの?」


「はい、最近では、家族や友人に日頃の感謝として花を贈っている人もいるそうです。私も常日頃お世話になっていますし、ハロルド様にぜひ、花を贈らせてください。でも、少し時間をください。ハロルド様に相応しい花を用意いたしますので!」


勢いよく立ち上がり、ハロルド様に猶予をいただく。一瞬、温室に行けばまだ花の1,2本手に入るかもしれないと思ったが、その場凌ぎのような花ではかえって不快に思われるかも。では父の伝で、素晴らしい花束を用意しよう。このまま、悲しい思いはさせてはいけない!


今すぐにでも駆け出そうとしている私の手をハロルド様が握って止める。

ゆっくり立ち上がりながら、ハロルド様の青い瞳に吸い込まれそうだ。「ありがとう」と言われた。きゅんとした。


「でもごめんね、もう欲しい花は決まってるんだ。」


え、それは花の種類のことか?それとも……意中の女性がいらっしゃるということ?


さっき跳ねた心臓がギュッと締め付ける痛みに変わった。


「確認だけど、エシャロットは僕に花くれるんだよね?」


「ハ、ハイ。ご迷惑にならないのであれば…」 


「ありがとう、嬉しいよ。」


そして軽く引っ張られたら体勢が傾きそのままハロルド様に抱きしめられる。


「用意しなくてもここに美しい華があるからね。」


顔の横で囁かられ、耳にハロルド様の唇が触れる。小さくちゅっと音がした。


少し視線を上に向ければ、今まで見たことのない、蕩けるような満面の笑みで見つめ返される。


時間が止まったように、周りの音はきこえない。けれど、自分の心臓の音がうるさく早い。


私としたことが、姫様の護衛騎士様に恋をしてしまったようだ。



「エシャロットはダンス踊れる?」


どれくらい見つめ合っていたのかわからないが、急にハロルド様に聞かれた。


「ちょっとだけなら……」


アカデミーでのマナー講義の際に、ペアでのダンスにも数回参加したことはあったが、姫様は既に社交に関してはパーフェクト。必修単位を取った後は、別の教科を専攻された。


私も必要と感じなかったのでうろ覚えなのだが、今、大広間から漏れている演奏に合わせて、ゆっくり踊っている。


ハロルド様がリードしてくれて、ステップは「適当でいいよ」って言ってくれる。


右に左にクルッと回って、また右へ左へ、繰り返しているうちに慣れてきて、余裕が出来る。踊っている間、ハロルド様はさすが「覚えるのが早い」と褒めてくれる。私も段々楽しくなって自然と笑みがこぼれた。


もっと踊っていたい、こうしてハロルド様と一緒に居たいなって思っていると、ちょうど演奏も終わり、聞こえなくなっていた。大時計の鐘がパーティー終了を告げている。


帰りはハロルド様にホテルまで送っていただいた。馬車に乗ってる間、ずっと手を握られ、肩を寄せ合っていたので、緊張して何を話したかよく覚えていない。部屋にはラナ様がいらっしゃって、ドレスを脱がせてもらう。化粧も落とし、髪を解き、元着ていたお仕着せに着替え、馬車に乗り自分のベッドに潜り込む。


まるで魔法が解けたみたいに少し寂しくなる。今夜起こった出来事は、明日、目が覚めたら全て夢になってしまわないか。そんな事を考えていると、瞼が重くなり、深く沈んでいく。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いつも通りの時間に目が覚める。良かった、昨日の事が鮮明に思い出せる。昨日身につけたドレスや髪飾りはラナ様が回収してしまって、手元には何も残っていなかったけれど、耳に残るハロルド様の唇の感触や手のぬくもりを思い出し顔が熱い。……もしかしたら、私はとんでもなくスケベなのかもしれない。今まで知らなかった自分の一面に衝撃を受ける。こんな事、ハロルド様にバレるわけにはいかない。ちょっときっかけがあれば、昨晩のハロルド様の甘い声や眩しいくらいの微笑みが頭をよぎり、布団の中で悶えた。


しかし、いつも一番最初に起きてくるはずの私を心配してか、クロエが扉をノックする。現実にかえった私は、急ぎ支度をし、待っててくれたクロエと共に急いで朝食を食べる。モリモリ食べる。


昨日の事をどう受け止めたら良いか正直わからない。どうしても埋まらない身分差についてもそうだし、人に恋することも初めてで、考えることは山積みだったが、課題に向き合うにはあまりにも時間が無かった。今日から私達はとっても忙しいのだ。



王城には、各国の偉い方が招かれていて、とにかく洗濯物の量が多い。リーシャとロザリーはシーツの海で溺れていた。洗っては片っ端から干していく。が、次から次へと洗濯物はやってくる。先輩達は侍女様方に駆り出されて、城内の掃除にベッドメイキング、果ては王宮内の厨房で野菜の皮むき、人が足りない所に次々と呼ばれ、戻ってきた時には、食事もせずに部屋で休む人までいた。


本日が最大の山場、豊穣祭5日目。今日もしっかり朝食を食べる。皆黙々とスープとパンを口へ運ぶ。食べ終わった者から持ち場へ向かう。


私達は今日も洗濯係。今日は特に暖かく、快晴。シーツもテーブルクロスも良く乾きそうだ。


移動中、侍女様に声をかけられた。いつにも増して人手が足りないので、私には部屋の掃除をしろと言う。


後から聞いた話、普段は侍女として働いているが、各国の有力者が集うパーティー最終日には貴族の令嬢として参加される方が多いみたい。後半に休みを貰えるのだが、身分が高い侍女様ほど、この日は本来の貴族令嬢に戻り、休みをねじ込んでくるらし。

「侍女様方は売れ残らないように婚活に必死なのさ、アハハハハ。どんなに着飾ったって、せいぜい妾止まりなのにねー、プププププ。」

普段からこき使われていた下働きの先輩たちは、侍女の皆さんに良い感情は持ってない。特に女の恨みは怖い。誰かに聞かれでもしたらと、毎度ヒヤヒヤさせられるので、私達子供組はさっさと寝室へ戻る事にしている。


さて、仕方がないので、少し心配だが4人に自分が抜けてしまうと伝える。


「エシャロット、リーシャだいじょうぶ!がんばれるよ!」

「わたしも、もうシーツで溺れたりなんかしないんだから!」

「こればっかりは仕方ありません。」

「4人でも、こなしてみせるから…気をつけてね…」


リーシャとロザリーは張り切ってる。クロエからは苦笑気味に笑って、ハンナは私の心配までしてくれる。


「頼もしいわ、ありがと、大変だと思うけどよろしくね。」


笑顔で返して、後ろで「早く!」と怒鳴りつける侍女様に付いて行く。




まずは王国騎士の中でも、王直属の王室騎士の方に付き添ってもらう。部屋の前でノックを5回。部屋の掃除係が来たことを知らせる合図。部屋からは、部屋の主人の付き人が顔を出し、今日すべきことを確認する。シーツ交換だけで済むこともあれば、隅々まで掃除を命じられることもある。


まずはボディーチェックをされる。もちろん部屋主の付き人の女性の方に。掃除中不審な動きはないか、騎士様にもしっかり見張ってもらう。これを怠れば、窃盗犯に仕立てられても文句は言えない。通常は2人がかりで回るのだが、私は一人で回らされる。テキパキと終わらせないと、まだまだ仕事は残っている。


この部屋は風呂掃除だけか……。顔や服に泡が飛んでも気にせずゴシゴシ磨いて、水でバーって流して、乾拭きをする。今まで最短記録かも、ニヤリ。


最後にもう一度ボディーチェックをしてもらい、退出する。


さて次は?


6部屋目の掃除が終わり退出した所で、付き添って頂いてる騎士様に感心された。


「今年は部屋掃除担当でここ数日各部屋を回っていたけど、君ほど仕事の要領がいい侍女は見たことがないよ。」


「いえ、私は下女です。今日は人手不足との事で、お客様のお部屋の掃除に駆り出されています。あと、()()()()はもっと仕事が早いです。」


自分のことのように自慢しそうになって、慌てて口を噤む。侍女より、下女の方が優秀だと貶めていると思われては困る。実際皮肉が込められているのだが、誤魔化すようにして、次の部屋へ向かう。


ある程度洗濯物を回収して、溜まったら一度運ぶ。すぐ戻るからと騎士様に待っていただいて、洗濯かごを抱える。一度で量を運ぶために小さく小さく折りたたまれた籠ぎゅうぎゅうのシーツは重い。そんな私を見兼ねた騎士様は、私からかごを奪い、一緒に運んでくださるそうだ。私はお言葉に甘えて洗濯場まで案内した。


その姿を見られているとも知らずに。


洗濯場では、全身ずぶ濡れの4人が厨房でもらってきたのだろう、昼食のサンドイッチを頬張っていた。

私の姿に気がついたリーシャが「おかえりー」と声をかけてきたので、洗濯物を持ってきたと言えば苦虫を噛み潰した様な顔を皆していた。


普段見慣れない殿方に4人共首をかしげていたが、騎士様を紹介すれば驚き、ロザリーは歓喜した。私のためにサンドイッチを用意していてくれたみたいで、騎士様の計らいで急いで頬張る。


「今日は暖かいけれど、風邪引かないようにしなさいね!」と念押しして、午後の仕事に戻る。


持ち場の部屋の掃除は一通り終わった。侍女長様に報告をすると「あら、もう終わったの?」と少し驚かれたが、通常業務に戻っていいと言われたので、付添の騎士様にお礼を行って、皆のところへ戻った。


一旦、びしょ濡れ組は着替えさせ、順番に乾いたシーツやテーブルクロスを回収する。私とクロエが丁寧にアイロンを掛け、残りの3人で畳み、手分けしてリンネ室へ運び込む。リーシャは前回、王子様との事もあるので、洗濯が終わったら下働き専用の厨房で仕込みの野菜の皮むきをしてもらうことにした。手先が器用で危なげなく刃物を使えるので皆に褒められていた。料理人のセルゲさんに小さなナイフを用意してもらえて大喜びしている。


他に仕事は残っていないかしっかり確認して、食堂へ向かう。しかし、途中で侍女様に呼び止められた。もうパーティーは始まっているので、王城内の厨房で食器を洗えと命じられた。もうお腹ペコペコだったけど…仕方ないな。ため息をこらえ、皆には今日はもう休んで大丈夫とだけ伝えて、王城内へ向かう。


厨房は戦場だった。料理長が次々に指示を飛ばし、どんどん料理が運ばれる。それと入れ違いで、どんどん空の食器が下げられてくる。洗い場はすでに溢れかえっていた。深く呼吸して、腕をまくる。


そこからは一心不乱に皿を洗っては拭き、片付ける。少しずつ終わりが見えてくると大量のガラスコップが並ぶ。ガラスは特に貴重なので、丁寧に洗い上げ、曇り無く磨かなければならなかった。最後のガラスコップを洗っていると、背後から、


「あら、すごい量ね、これはいつ終わるのかしら?」


「これは徹夜コースですよ。下手したら、朝まで終わらないかもしれません。」


姫様の声にいつも通りの調子で返事を返す。しかし、ここは厨房で、王族が来る様な場所では無い。私は一体誰に返事をしたんだろうと振り返れば、侍女の格好をした姫様がそこに立っていた。変装のつもりなのだろう、目映い御髪はきっとカツラの中に押し込まれ、王族特有のエメラルドグリーンの瞳は分厚い眼鏡で隠していらっしゃる。目眩を起こしそうになったが、まずはハロルド様を探す。居ない…。


「探しても無駄よ。ハロルドは今、ちょっと傷心中なの。」


「え、何かあったんですか?」


姫様の素っ気ない様な物言いに気になって聞き返したら、料理長に「サボるな!」と怒鳴られた。


グッと堪え、食器洗いに戻る。姫様が申し訳無さそうにしていたので、「自分が悪いのです」と伝える。


姫様も食器を洗おうとするので、懇願するように止めて、それでも食い下がる姫様にはお皿を拭いてもらう事になった。


「そもそも、なんで姫様がここにいらっしゃるのですか。今夜はカルロス様にエスコートしていただいてるのでは無いのですか?ハロルド様は一体何なさってるんです!」


「まぁ、そんなに口うるさく言わないでちょうだい。カルロスったら、最終日だからと他国の姫達に囲まれているのよ?わたくしとゆうものがありながら、放ったらかしにしてー。」


要は嫉妬しているのだろう。カルロス殿下も王族なのだから、外交面でも蔑ろに出来ない相手だっているだろう。それに気を良くした他国の姫達を見るのが面白くないのだろう。愚痴りたいお年頃なのだ。一旦下働きの食堂へ労いを込めて料理を運んでくださったようだ。しかし、そこに私が居なかったので不審に思い、ハンナに聞けば、駆り出された後だったということだ。だとしても、ここまで来るか?とは決して口に出してはいけないのだ。ご機嫌斜めの姫様は後々大変だから。


「あ、あの、ハロルド様は?」


体はひたすら食器を洗っているが、さっきからハロルド様のことが気になって仕方ない。それとなーく姫様を探ろうにも、視線は皿から離すことが出来ない。


姫様に、意味深な目を向けられている事には気づかないまま、手を動かす。沈黙が続く。急に、ドンっと背中に衝撃が走る。手に持っていた皿が、泡と衝撃で滑り落ち、厨房にはパリーンと食器の割れる音が響いた。


固まる私、後ろから、「あらごめんなさい」と意地悪そうにささやく私をここに連れてきた侍女様。激怒した料理長がズンズンと近づいてきて、胸ぐらをつかまれ右頬を打たれた。頭がクラクラする。料理長は、「この皿はお前何ぞの下働きが一生働いても買えないような貴重な皿なんだぞ!!」と私を怒鳴りつけていた。「聞いているのか!」ともう一発殴られる。口の中に血の味が広がった。まだ料理長は怒鳴り続けていたが、掴まれた胸ぐらが喉を圧迫して苦しい。呼吸が浅くなる。怒鳴り声は段々声が遠くなってゆき、体の力が入らなくなってゆく。


こんな姿を姫様に見られた事だけが心配になった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


気がついた時には自分の部屋に居た。いつの間にか寝間着に着替え、傍には泣き腫らしたのだろう、瞼が腫れてしまったリーシャが狭いベッドに横たわっていた。この子のことだから、私が淋しくないように、添い寝でもしてくれたのかな。優しく前髪を撫でてやる。くすぐったそうにして目をパチっと開ける。ガバっと起きて、目に涙を溜め、鼻水が垂れ出し、抱きしめられた。


「おはよう、リーシャ」と頭を撫でてやると、「うわーん、もう目、さまさないかとおもったー、わーん。」と本格的に泣き出してしまった。ごめんごめん、と何度も謝っていると、ハンナが、ロザリーが、クロエが、順番に部屋にやってきては泣き出してしまった。私のことを思って涙してくれる人がいると思うと……胸の奥のほうが温かくなって、何故か私までもらい泣きしちゃった。


私は4日間眠り続けていたようだった。


「え、そんなに寝ていたの?」


「そうです。すぐに姫様が王宮医を呼んでくださったおかげです。でも、お医者様のお話では、頬を強く打たれたことで脳震盪を起こし、喉が圧迫され呼吸が一時的に止まってしまった事で、後遺症が残るかもしれないと言われました。過去には意識が戻っても、記憶が混乱して、記憶喪失になった方もいらっしゃるそうです。」


クロエが王宮医の言葉を一生懸命思い出しながら話してくれる。その後、傷は痛くないか?体におかしなところはないか、自分のこと覚えてる?私は?私のこと忘れてない?と、矢継ぎ早に聞かれたが、頬にまだ腫れを感じるくらいで、調子が悪いところは無さそうだ。まだ時間も朝早い。今日は皆楽しみにしていた休日だ。【秘密】の招待状には王城裏の門前に集合と書かれていた。


姫様にはお礼を言わないとな。


まだ寝起きの皆に準備を促し、自分も身支度を整える。久しぶりに起き上がった私は少しよろけて壁に手をつく。4日間の間で筋肉が落ちてしまったのかもしれない。思い出したようにグーっとお腹がなったので、食堂へ行くと、仕事仲間から全快を泣いて喜ばれた。先輩方はいつも通り持ち場へ向かい、私達5人はゆっくり朝食を食べ、約束の時間まで手持ち無沙汰たっだので、厨房のお手伝いをして過ごした。


「エシャロット!!」


ヒッ!急に大きな声で名前を呼ばれ、驚く。声の方へ顔を向ければ、そこにはハロルド様がものすごい形相で立っていた。こうやって顔を合わせるのは王立アカデミーのパーティー以来だったので、ぽっと頬が熱くなる。でも、ものすごい怒ってる。必死に原因を思い浮かべるが、お皿割った事しか思い浮かばない。


ハロルド様は大股で、ズンズン近づいてきて、抱きしめられた。ひゃーーーー、し、しかも、皆の前で!!あまりの衝撃に卒倒しかけるが、私の肩に両手を置き直し、至近距離で問われると心臓爆発しそうで現実に引き戻される。


「エシャロット……もう大丈夫なのか?痛みは無いか?……僕のことわかる?」


「は、はい、もう大丈夫です!ご飯もしっかり食べれますし、もちろんハロルド様の事も覚えていますよ。」ニッコリ


「では、あの騎士は?」


はて?騎士?どの騎士様だろう?騎士様はこの王宮の中にいっぱいいらっしゃる。


「どの騎士様でしょうか?」と応えると、ハロルド様は沈痛な面持ちで私を見つめる。


ハロルド様が答える前に、「エシャロット!!」と聞き馴染のある姫様が私を抱きしめる。


「もう大丈夫なの?痛いところは?そうよね、まだ頬腫れてるものね、痛かったわよね、私のことわかる?あー、もう心配したのよ。そうだわ、ラナ、王宮医を呼んできてちょうだい。」


姫様と一緒にいらしたラナ様がすぐに姫様付きの王宮医の元へ向かった。普段ラナ様をここで見かけることがなかったので驚きつつ、顔やら頭やら体やら、ペタペタ触る姫様をなんとか止めて、


「姫様、ありがとうございます。姫様のお陰で無事回復出来ました。もちろん、お転婆な姫様の事、忘れるわけ無いじゃないですか。」


アハハと、憎まれ口を叩いて、姫様に無事をアピールした。姫様が少し安堵する。


その後は自室で姫様監視の下、王宮医による健康診断が始まった。下瞼を下げ、口を大きく開けて、頬を打たれた時に切れた口の中に指を突っ込まれて塗り薬を塗られた。とっても苦かったが、我慢するように言われた。


私が気を失った後、料理長は投げ捨てるように掴んでいた手を離したらしい。頭部には打撲のは無く、記憶もしっかりしていたので、一先ず安心していただけた。

しかし、投げ捨てられた時に体の打撲が無いか確認するので服を脱げと言われた。


これはマズイ。


私の背中には過去、女官長マーサ様に鞭で打たれた跡が未だ残っている。以前、ドレスを着付けてもらった時はラナ様はじめ、侍女様方に絶対に言わないで欲しいとお願いしたのだけれど、その絶対に言わないでほしい本人がいる前で脱ぐのは……なんとかごまかしつつ、大丈夫だと言っても、姫様は「ダメ」とおっしゃる。板挟みの王宮医も困った顔で、「諦めさない」と諭してくる。もう、隠し通せないのだと、諦め、服を脱ぎ、下着姿となる。


喉元にはほんの少し跡があるが、きれいに治るだろう。肩や胸、腹も問題ない。背中を向けると息を飲む音が聞こえた。


「エシャロット、その痣は何?いつ、誰に?」


そっと、姫様が触れるのがわかった。


答えない私の代わりに王宮医が答える。「一番新しいものでも1年以内、かなり前から鞭のようなもので複数回殴られたのでしょう。おそらく、女官長マーサ様ではないでしょうか?」


「なんですって・・・」


「以前、侍女が背中を痛め、動けなくなっているところを見つけたことがあります。この痕はその侍女と全く同じです。彼女は、マーサ様が身分の低い者を叱責する時、鞭を使用するのだと言っていました。夜な夜な下女を地下に呼び出し、怒鳴る声も聞こえると。王に進言し、見回りの警備も増やしていただいたのですが、貴女だったのですね。」


気休めだけどと、塗り薬を塗ってもらった。


いそいそと服を着込み、恐る恐る姫様の様子を窺い見ると、爪を噛み、眉間に深い皺を寄せ、目には仄暗い炎が灯る。姫様が爪を噛むのは、腹立たしい時、怒りをぶつける先がない時に見せる癖だ。


「姫様。姫様が、私のために怒ってくれる。それだけで私は嬉しいのですよ。爪ばっかり噛んでると、深爪して後で痛い思いするだけなんですから、ほら、フフフ、これじゃあ、姫様のきれいな爪台無し。」


そう言って、噛んでいる手を握って、顔を覗き込めば、目いっぱいに涙を溜めて、抱きついてくる。姫様に悲しい思いさせたくなかったのになーと、頭を撫で、ヨシヨシとあやすと、「もう子供じゃないんだから」と拗ねてしまった。目と目があって、自然と笑う。部屋は笑い声に包まれた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【秘密】のパーティーは予定通り行われることになった。裏門の前で待っていると、時間通り馬車が来た。レント君が御者となって私達を運んでくれるらしい。仲の良いロザリーは、御者台に座りたがったので、4人で馬車に乗り込む。横にロザリーが座り、レント君もどこか嬉しそうだ。


ほとんど馬車に乗ったことがないリーシャとハンナは、「すごいね」「早いね」と、小窓からずっと外を見ている。二人が気になっているものを指させば、クロエが説明する。私もクロエの博識に感服した。


ゆっくり馬車は止まり、レント君がドアを開けてくれる。あ、ここは先日のホテル。王侯貴族御用達の最高級ホテルに、全員大興奮だ。ホテルの正面玄関を、年配の燕尾服の着た男性が開けてくれる。私も最初は驚きが隠せなかった。一歩は入れば、広いエントランスにフワフワの赤い絨毯。天井にはキラキラ輝くシャンデリア。正面には上に続く階段が左右対称に配置され、壁にはたくさんの絵画が飾られている。階段下でラナ様が私達の到着を待ってくれていた。案内された部屋は前回より部屋数は少ないが、十分に広く、以前お世話になった心優しい3人の侍女様が出迎えてくれた。


隣には、「姫様からの贈り物です」と、5着のドレスが並んでいた。


ピンクの愛らしいフリルのドレスはリーシャへ

黄色の明るいリボンが至るところにあしらったドレスはロザリーへ

薄紫に細やかな銀の刺繍とビーズが施されたドレスはクロエへ

緑の生地にレースが幾重にも重ねられたドレスはハンナへ


そして私はパーティーで着た淡い青のドレス。また再び着れることに胸が高鳴った。


コルセットでの苦しみが頭をよぎったが、ドレスは少し調整されているみたいで、コルセットも前回に比べて緩くても着れる。皆興奮していて、その場でクルクル回ったり、見様見真似でカーテシーしている。キャッキャ、ウフフと賑やかな声が部屋いっぱいに広がった。


ゆるく髪を編んでもらい、簡単な化粧をし、最後に紅をさす。一気に大人になったような気がする。


ドアがノックされ、順場に呼ばれる。


最初に呼ばれたのはリーシャ。ドアの外が賑やかになる。

次はロザリー、すぐにクロエ。どうしたのだろう、次の呼び出しまでが長い。やっとハンナの番になり悲鳴の様な声が聞こえた。慌てて外に出て確認しようとしたが、ラナ様に引き止められる。心配だが、ラナ様が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。


最後に名を呼ばれ、ドアを開けるとそこには、あの日と同じ出で立ちのハロルド様が立っていた。やっぱりお揃いな様で気恥ずかしい。ハロルド様の後ろには、以前部屋掃除の際に一緒に回っていただいた騎士様がいらっしゃった。


恐る恐る近づいて、ハロルド様の傍に行けば、エスコートしてくれるという。


自分でもわかるぐらい、ぱぁっと表情が明るくなる。


しかし、ハロルド様の表情は浮かない。


「君が選んでくれ。」と言われて、何を選べばいいかわからない。


「選べとは何をですか?右側?左側とか?」


立ち位置の話をされているのかと悩んでみるがそうではないらしい。


「君はもしかしたら記憶を一部無くしているかもしれない。君はどこも問題ないと言うが、彼は、君の想い人だったのだと思う。」


「はぁぁぁ?」


全く身に覚えの無い想い人が勝手に出来ていてびっくりした。久しぶりに腹の底から声が出た。隣の騎士様も衝撃で声が出ていない。口がハクハクと動き、固まっている。目だけをこちらに向けて、「そうなのか?」と聞かれた気がしたが、全力で「違います!」とハッキリ否定する。


「しかし、君はもしかしたら記憶が…それに、この前二人仲良く王城内を一緒に歩いていて…とても嬉しそうに、その…」


「部屋掃除の時ですかね?騎士様に同行していただいたんです。嬉しそうに?……あ。」


何を話したのか思い出そうとして、これは言っても良いのか少し迷う。


「あぁ、あれか、俺が受け持った侍女より仕事が早くて感心していたんです。そうしたら、侍女より下働きの先輩の方が早いと自分の事のように自慢を堂々と言うものですから、肝が座っているなぁと笑っていたのです。」


うわぁ、やっぱり皮肉ったのがバレていたのか…しかも、それを見られていたとは…もっと気を付けなければ…

ハロルド様はきょとんとした顔をしていたが、何やら思案され、「君達は付き合っていないのか」と問われた。


お互い、「「付き合っていません!」」としっかり否定すると、さっきまでの曇り顔が嘘の様に、晴れやかな表情で右手を取られる。


「ルクセンブルグ卿、勘違いとは言え、君には迷惑をかけた。申し訳ない。」


ハロルド様は騎士様に軽く頭を下げ謝罪した。慌てた騎士様は、「とんでもない!頭を上げてください!」と訴える。


「君も後で来ると良い」と声をかけ、私はハロルド様の腕に手を添えるようにして、エスコートしていただく。少しだけ後ろを振り向き、迷惑をかけてすいませんの気持ちを込めて何回か頭をペコペコ下げると、笑って手を降ってくれた。


そうか、あの人はルクセンブルグ卿と言うのか。一緒に働いたのにも関わらず、今さっき、初めて名前を知ったことは内緒にしておこう。



大きな両開きの扉の前に付くと、先程の年配紳士が先にドアをくぐり、


「ハロルド・ブリタニア様とエシャロット嬢。」


と名前を呼ばれた。初めての体験で驚いていると、添えていた腕と反対の手で、私の手をポンポンとされ、「ほら、行こうか」とハロルド様は甘い声で囁く。


一歩踏み出すと、広間中、拍手で迎えられなんだか照れくさい。


しかし驚くのはここからだった。


私がハロルド様にエスコートされているのだから、皆も誰かにはエスコートされているわけで……


リーシャの隣には王子様が。既に膝に乗せて餌付け…一口サイズの料理を口に放り込んでいた。リーシャは食べるたびに、おいしいを連呼している。


ロザリーの隣にはガチガチに緊張しているレント君がいるが、広間のいたる所には警備の為の騎士が立っている。どの騎士様も大きく逞しい。ロザリーは、さっきからキョロキョロと目をハートにして忙しない。

レント君はそんなロザリーを見て、「僕だって、僕だって」とブツブツ言っている。


クロエの隣にはファーマス様が。何やら話し込んでいるが、二人の間の空気に色気は無い。そばで少し聞き耳を立てたが、街道整備の話で盛り上がっていた。それで良いのかクロエよ、と思ったが、とても楽しそうな表情だったので、そっとしておこうと思う。


ハンナの隣には…今まで恋心を募らせてきたユリウス様だ。本人は緊張して何か喋ろうとするが、顔を見ただけで恥ずかしくなり、またうつむいてしまう。少し心配だったが、カルロス殿下と姫様の助け舟で、その後は楽しそうに談笑していた。


ジェイコブさん、侍女様方、最後に静かにラナ様とルクセンブルグ卿が揃うと、姫様がシャンパングラス片手にステージへ立たれる。


「今日は【秘密】のパーティーへご参加くださり、感謝します。サプライズゲストにお越し頂けるとは思いませんでしたが、今日は私のかわいいお友達と一緒に過ごせてとっても嬉しいわ。豊穣祭も今日が最後です。めいっぱい楽しみましょうね。」


途中、剣呑な視線を王子様へ向けたが、最後はカンパーイ!と皆でグラスを掲げ、思い思いの時間を過ごした。


4人の演奏家がアップテンポな演奏を始めると、みんな自由にダンスを踊る。二人ペアになったり、手を繋いで輪になったり、その場でクルクル回れば部屋中にきれいな花が咲く。


日が暮れてくるとそろそろお開き。私達は姫様の前に並んで、一人ずつ感謝を述べる。姫様も涙ぐむが、私達は笑顔で声を揃えて「「「「「ありがとうございます!」」」」」と言って抱きついた。


今日は、私達だけの【秘密】のパーティーだから、これぐらい許されるよね!




先程の身支度した部屋に戻り、自分たちの服に着替える。着替えの間もキャーキャー騒いでいたが、最後までエスコートすると言われ、みんな顔を見合わせた。ドレスは脱いでしまったが、最後までお姫様気分は味わいたい。「「「「「よろしくお願いします」」」」」と声が揃って、笑い合う。


しかし、リーシャはもう充電が切れてしまったようだ。さっきから頭がグラグラ揺れて、カクンと倒れる。はっとして眠い目をこすっても、またカクンと倒れる。仕方がないので、私が連れ帰ろうと抱っこすると、


「僕が責任持って、リーシャを部屋まで送るよ。」


王子様からの物凄い圧を感じて警戒してしまう。見兼ねた姫様が横からリーシャを抱きかかえ、


「エシャロット、リーシャは私が責任を持って連れ帰ります。安心して。」


結局、王子様は取り付くしまもなく、一人寂しく帰って行った。


「じゃあ、僕達も行こうか。」


と、ハロルド様に手を握られ、馬車へ乗り込んだ。先に乗り込んだ私の隣に並ぶ。二人きりになると、ドキドキしてしまう。自然と手を繋ぎ、肩を寄せ合う。何か喋らないと…でも、緊張して、ドキドキしてしまって、何を喋れば良いのかわからなくなる。私、手汗大丈夫かな……悶々としていると、小窓から見える風景が何か違う気がする。王城とは反対方向に向かっているような…?


「あの、この馬車向かってる方向が違いませんか?」


「んー、さすがエシャロットだね。もう少し一緒に居たいなって思ってさ。もう少し僕に時間をもらえるかな?」


「え、は、はい。」


考えるより先に言葉が出てしまった。しかし、どこに向かっているんだろう?周りは薄暗くなっているが、大きなお屋敷が集まった通りを進んでいく。


お屋敷の前に馬車が止まると、ゆっくり門が開き、中へ入っていく。ここがどこか聞けば、ハロルド様のお屋敷だと言われて驚愕する。ハロルド様は姫様の護衛騎士を務めるに値する侯爵家の嫡男で、王宮騎士の中でもとっても偉い人だった。護衛のため、殆どを王宮で過ごすハロルド様は、ここには滅多に帰ってこないけれど、中は隅々まで手が行き届いていた。


そのまま部屋に通され、ふかふかのクッションに座っている間に、侍女様がお茶とお菓子を準備してさっさと出ていってしまった。


二人きりの空間にソワソワしてしまい、つい目がキョロキョロしてしまう。


直ぐ側に執務用の大きな机、壁にはたくさんの本を収めた棚、部屋の中央にはローテーブル、そして私達が座っているベルベット生地のソファ。どの家具も年季は入っているが、美しい木目に色合い。普段お目にかかれない一級品の家具に囲まれてちょっと落ち着かない。


「気になる?この部屋の家具は全て、我が領地の一流の職人が一つ一つ丁寧に仕上げてくれたものなんだ。金額は確か・・・」


いつの間にか隣に座っていたハロルド様が、私の耳元で声をひそめて金額を告げる。こそばゆいと感じたのは一瞬だけで、それぞれの家具の金額に驚き、段々血の気が引いていく。最後のソファはもう愕然とした。頭の中で必死に計算する。この部屋の家具の総額だけで、私働かなくても生きていける。何ならお釣りが出るくらいだ。


私の反応を楽しそうに見ているハロルド様はいたずらっ子のような笑顔を私に向ける。また、きゅんとした。


「さてさて、僕たちは、これから大切な話をしないといけないと思うんだ。」


大切な話?ハロルド様の真剣な眼差しに背筋を伸ばす。


先程からハロルド様の瞳は潤んだようでキラキラしている。けれど、奥の方には熱を宿したように、私の眼をしっかり覗き込んでくる。やけに顔が近い。


今回ばっかりはうぬぼれても良いのかもしれない。ハロルド様のことが好きだとハッキリ伝えることが出来るくらいには、この恋心を自覚している。おそらくハロルド様も。……たぶん。


でも、改めて考えるときちんと伝えていない。相手は侯爵家の子息で、王族の護衛騎士に任命されるほどの高貴な方。対して私はしがない商人の娘。この身分差は決して埋めることなど出来ない。秘密の恋人にはなれても、生涯の伴侶になることなんて夢のまた夢だった。誰かに祝福してもらうことすら無理だろう。でも、叶うことなら、もう少し、もう少しお側にいたい。


私の脳内では、最終的に捨てられるとしても、ハロルド様に婚約者が出来るまで……出来るまでの間の、ちょっとした火遊びでも構わない。他の人であれば寒気がする程嫌だけど、ハロルド様なら……覚悟は決まった。くよくよ悩まない。商人の娘たるもの、一度の失敗では挫けない。ダメなら他の方法を考える!


「はい、ハロルド様、今後の私達のことですね。」


ハロルド様の両手を取って、しっかり目を見る。ハロルド様の青い瞳は美しい。吸い込まれそう。


「私は遊びだって構いません!」 「は?」

「結婚式はいつにする?」    「はぁ?」


同時に言葉を出し、同時に言葉が重なる。


「ちょっと、待ってくれ、どうしてそうなる。少なからず、君とは想い合ってると思ったんだが?」


「いえ、それはもちろん、ハロルド様の事はす、す、すきですが、なぜ結婚式の話が出るのですか!」


「もちろん君の事が好きだからだよ、だったら早く挙式を上げて、一緒に暮らしたいと思うじゃないか。」


「ハロルド様が、私のことをす、すき……ハッ、いやでも、私は平民ですし、その、身分が…だから、一時の火遊びだったて、お側にいられるだけでも十分幸せで…」


正面切って好きと言われて顔が熱い。もう、既に幸せ過ぎて辛い。


「エシャロット、君は何を言っているんだ、君との関係を遊びで終わらすわけが無いだろう!!こら、ちゃんと聞きなさい。」


ハロルド様の口から出てきた『好き』のセリフが頭の中を何回もループして、せっかく幸せモードに突入していたのに、怒られた。私が真剣に聞いてないと判断したハロルド様に、両頬を引っ張られる。


「いひゃいでふ。」


「いいかい、よく聞くんだ。僕は君と初めて合った時から、君のことが好きだった。もう一目惚れだ。僕は護衛騎士だから、姫様のように一緒に遊ぶことは出来ないし、無闇矢鱈に話しかけることも出来なかったけれど、君に会えるだけでとても満ち足りていた。パーティーでは想いが通じたと思ったけど、邪魔が入ったし、僕が不甲斐ないばかりに君を守れなかった……君が目を覚まさない間なんて、生きた心地がしなかった。」


ハロルド様は苦しそうな表情をする。私は右手でそっと、ハロルド様の頬に触れる。私の右手に手を重ねたハロルド様は、力強く私を見る。


「もう二度と、君を傷つけたりさせない。今度こそ、君を守りたい。君の側にいたい。」


私の目からはボロボロと涙が溢れてしまって、凛々しいハロルド様の顔がぼやけてしまう。


幼いうちから王城で働き出し、下働きで自分より幼い子供が入ってくると、自分がしっかりしなければ、自分が守らなければと、どこか肩肘張った生き方をしていた気もする。しかし、今思えば、ハロルド様の前では泣き言を言ったり、労ってもらっていた。姫様と一緒に過ごした時間は、ハロルド様と一緒に過ごした時間でもある。あの時間があったからこそ、私は今まで働いてこれたし、こうして夢のような時間が過ごせている。


涙と一緒に、胸の内からどんどん温かい何かが溢れ出てくるようで、


「わだしも、いっしょにいだいですぅ~。」


心の声が出た。


顔はボロボロ、きっと鼻水も垂らしていたかもしれない。色気も何もあったものではない。


ハロルド様が涙を拭ってくれるが、どんどん涙は溢れて止まらない。困ったハロルド様は、まだ頬に触れていた私の右の掌に口づけをした。

掌に温かく柔らかい唇の感触……さっきまでの涙は驚きでピタッと止まった。


「涙、止まった」といたずらっ子のような笑顔で言われると、自分の中に羞恥心が沸き起こる。私はこの笑顔に弱いのだ。


その夜、ハロルド様と初めての口付けを交わしたけれど、その後の記憶が曖昧です。


・・・・・・・


バッっと起き上がれば、自分の部屋だし、ちゃんと寝間着に着替えていたし、昨日泣いたせいで瞼はパンパンに腫れていた。小さな手鏡に映るブサイクな自分の顔を見て、夢ではないと思う。


朝食の時間だ、食堂に向かへばみんなにギョッ、とした顔をされる。ハンナやロザリーには心配されて、クロエは「ハロルド様?ハロルド様に何かされたの?」と怒っている。リーシャに至っては、


「どこか、いたいの?んじゃ、まほうかけてあげる!いたいたのー、いたいのー、どんでいけー!」


大きい声のおまじないは、食堂に集まってきている人をどんどん呼び寄せて、「どした?どした?」と皆に心配される。恥ずかしかった。


朝食が終わったら、いつも通り、午前中のうちに城中の洗濯物を終わらせる。いつも高貴な方々のお洋服は、先輩達が洗っているけど、お祭りが終わった後なので洗い場がドレスだらけで、とんでもないことになっているらしい。


手伝いを頼まれたので、「午後からはドレスの海で溺れないようにしないとね」って冗談を言っては笑い合う。


洋服の洗い場は分担作業で、ドレスの装飾品が紛失しないように、常に見張りが立っている。


最初に王宮内の針子様と、しっかりドレスの状態を確認して、破損箇所が有ればしっかり用紙に記入する。ドレス一着はとっても高価なので、生地が傷んだり、装飾品が取れちゃったり、ほつれたりしないように丁寧に丁寧に洗う。洗濯中に装飾が取れたりしたら、針子様に報告して修繕してもらう。


私とハンナがドレスを丁寧に洗い、他の3人はそこまで気にしない下着類をじゃぶじゃぶ洗っていく。


人手が増えたことで、仕事がはかどり褒められた。夕食ではご褒美だと、果物が一品増えた。



食事も終わり、やっと一息つけると思ったら、下女5人、呼び出された。服装からして王宮騎士様だが、なぜ呼び出されたのか、どこへ向かっているのか聞いても、「付いてこい」と言われるだけで、リーシャは騎士様のただならぬ空気にさっきからずっと怖がっている。


城の中に入り、すれ違う人、すれ違う人、服装で下女だとわかる私達を見て顔を顰めていた。私すら、なんで自分たちはお城の中を堂々と歩いているのかわからないほどだ。


着いた先は、今まで見たことがないほどの立派な扉だった。両開きで、ドアノブも装飾もキラキラと輝いてる。両脇には頑丈そうな鎧を着た騎士が立っていて、案内してくれた王宮騎士様がドアをノックすると、扉はゆっくりと開き、赤い絨毯が続く。その先には、3段程高い位置に大きな椅子があった。


そこには、この国の王様が、そのとなりで微笑んでらっしゃる方は王妃様だ。体調が良くないので、療養しているって聞いてたけど、もう良くなられたのかな?更に隣には第一王子様に姫様。階段下に宰相様やファーマス様、カルロス様まで。他にも、貴族の方が数名と……お父さんとお兄ちゃん!?


錚々たる顔ぶれの中に、よーく見知った自分の家族がいる事実に、軽く目眩を感じた。許されるのなら、なんでここに居るのか問いただしたいが、グッと我慢する。


これは、昨日のパーティーがバレたのか?もしかしてこれが、巷で流行っている小説に出てくる断罪ってものなのか??案内の王宮騎士様の後ろをゾロゾロと付いて王様の正面まで進む。


このままではマズイ。クロエはともかく、他の子は王族への挨拶すら知らない。姫様は言葉遣いや振る舞いを一々咎めたりしないけれど、ここには他にも貴族がいっぱい居る。


「私が王様に挨拶するから、あなた達は私のマネをするの。いい?」


声をひそめて、不自然にならないように伝える。みんな軽くうなずき、クロエはそっと、リーシャを隠すように前を歩く。


王宮騎士様が止まり、「お申し付けの5人を連れてまいりました。」そう言って脇へ移動する。


私は王様の前で跪いて、頭を下げる。皆も同じ体勢になる。少し間が空き、王様が口を開く。


「顔を上げて良い。エシャロットよ、久しいな。もう体は良いのか?」


あまりの緊張に口が乾く。王立アカデミーで学んだマナー講座を必死に思い出す。


「我が王国の偉大なる太陽 国王陛下様、並びに、月の女神 王妃様に、ご挨拶申し上げます。慈悲深き御心、痛み入ります。もう既に体も回復し、業務にあたらせていただいております。」


「うーむ、そうか。」


うーむ、そうか、それだけ?隣の王妃様とヒソヒソ喋ってるけど、会話聞こえません!!何!?一体何なんだ、お願い国王様、要件を、要件を教えて下さい!!さっきから冷や汗が止まらない。クスクス笑っている王妃様と目が合ってしまった。どこか姫様を思い起こさせる笑顔で、安心しなさいと言われているような気がする。私自身が、そう思いたいだけかもしれないけど。


「今日はいくつか、お前たちに確認したいことがあってな。


まず、リーシャよ、そなたを第一王子ロバートの后として迎える事となった。しかし、レイチェルは、まだ幼いリーシャ本人が嫌がるのなら、この話はなかったことにして欲しいと言う。さて、どうする?」


私達は顔が真っ青になった。いくら王子様がロリコンだからといって、まだ8歳のリーシャとは10歳も年が離れている。せいぜい妾が良い所で…側妃か?と皆よぎっただろう。しかし、私達が何を思ったのかお見通しと言わんばかりに、王子様はスタスタと階段を降り、リーシャへと向かってくる。その笑顔は、獲物を射止めんとする狼のようであった。ハンナが後ろで、ひぃっ、と息を飲んだ。


「もちろん、王太子妃としてだよ。正妻、本妻、僕のお嫁さん!最初は婚約者として、王妃教育を頑張ってもらわなきゃいけないけど、リーシャはお利口さんだから、あっとゆう間に終わっちゃうかもなー。」


そう言いながら、クロエの後ろに隠れていたリーシャを抱っこする。ひょいっと持ち上げられたリーシャは、


「おうじ様の、およめさん?」


「そうだよ、僕のお嫁さん。」


コテっと首をかしげると、ちょっと考える。


「僕はリーシャとずーっと一緒にいたいなー。一緒にお菓子食べたり、お茶飲んだり。そう言えば、エシャロットみたいに学校行ってお勉強してみたいって言ってたね。」


「え、わたしも、がっこう、いってもいいの?」


王子様が「もちろん!」と頷くと、抱っこされたまま腕組みしてゔ~ん、ゔ~ん、と唸りだす。リーシャが一生懸命考えている時の癖だ。


皆ドキドキしている。平民が王子と結婚なんて、前代未聞だ。王子様のことだから、もしかしたらすでに、貴族との養子縁組を約束しているかもしれない。


「でも、リーシャがおうじ様とずーっといっしょだと、おしごといっぱいになって、みんなこまっちゃう。」


おっと、これは・・・まさか、一介の下女が王命を断るのか?王子はフラレたのか?と、少しざわめいた。


ところが、笑顔が崩れない王子様は、リーシャの耳元でヒソヒソと何かを吹き込んでいる。


リーシャは王子様の話を真剣に聞いて、「えっ、えっ、ほんと?ほんとに??」と、聞き返し、私の顔を見て輝く。


「わかった、まだ、ないしょ、ないしょね。まかせて!しーっ、ね!」


王子様が口の前で人差し指を当てると、リーシャも真似をする。


「リーシャ、おうじ様のおよめさんに、なるっ!!」


なッ!!一体何を吹き込んだ、ロリコンが!!!


これは王命だ、王命だが、しかし、リーシャの意思を尊重してもらえると言っていた。ああ見えて、リーシャは頑固だ。のに、一体何がリーシャの気持ちを変えたのか……。うわ、今、王子様が舌なめずりした。私達は揃ってゾワッと身震いした。


リーシャを助け出したい一心で「そろそろ」と言って奪い返そうとするが、「大丈夫だよ」と断られてしまう。ぐぬぬ、いつもであれば姫様が、颯爽と助け出してくれるのに…


姫様の方をチラッと伺い見れば、下等生物を見るような目つきで、王子様を見ている。しかし、姫様は動こうとしないので、ぐっと我慢して、諦めた。一旦、取り敢えず、一旦はね。


「さて、ロバートの婚約者として、リーシャを迎え入れるのだが、まだ幼い。ついては、ハンナ、クロエ、ロザリーをリーシャ付きの侍女見習いとして召し抱えよう。侍女長のマルガレッタが教育係となるので、しっかりと学び、未来の王妃を支えてやれ。」


「「「ハ、ハイ!」」」


まさか、侍女として働く日が来るなんて、大出世じゃないか…と思っていたが、おっとどっこい!私の名前は呼ばれなかった。。聞き間違いでは無いのだろう。リーシャは、「皆と一緒だ!」と小さな声で王子様と喜び合っている。嬉しい反面、一人名前を読み上げられなかった……心に来るものがある。


「さて、エシャロットの父ヒューイと、その兄のマシューよ、前へ。」


王様に呼ばれ、隅の方に立っていた父と兄が揃って私の横に跪く。


「今回、豊穣祭にて、そなたのブライト商会は我が国に多大な貢献をしてくれた。他国の王族への手土産で用意した工芸品は、どれも良い品だった。あまりにも好評だったため、今まで国交を結ぶことが出来なかった国とも、貿易協定を結ぶことが出来たぞ。礼を言う。」


「なんと、ありがたきお言葉、誠にありがとうございます。」


え?そうなの?と思い伺い見れば、父の額には汗がびっしょり。兄はガチガチで肩が震えている。傍目に見れば、感無量で泣くのを我慢しているように見えなくもない。


「よって、この功績を称え、そなたに子爵の爵位と、西の領地を与えよう。」


「「「・・・は?」」」


家族揃って首をかしげる。今まで商人が子爵を叙爵したなんて話聞いたことがない。成金が金に物を言わせて爵位を買い上げた事があったらしいが、それでも男爵止まりだ。


「今後、西方は貿易が盛んになる。そなたの商人としての手腕を活かし、家族と共に発展させてみよ。」


「「「ははぁ~。」」」


三人でひれ伏す。とんでもないことになった。これは家族全員集めて会議だ。すでに、何か利益に繋がりそうなものはないか思考を巡らせていると、


「エシャロットよ、本日からそなたは子爵令嬢となった。我が娘レイチェルと同じ年頃だな。」


あ、そうか、私は今この時から子爵令嬢になるのか?実感は湧かないが、「ハイ」と返事をする。


「もう既に姫付き護衛騎士ハロルドとは結婚の約束もしたと聞いたぞ。」


え?そうなの?私は昨日の記憶が途中から曖昧で、結局結婚の約束したの?


父と兄から、そうなのか!?と首が取れそうな勢いで見られた。そんな話をしたような、そこまで深い話してないような……でも、姫様の脇で、無表情にこちらを見るハロルド様からはものすごい圧を感じる。


苦笑い気味に「ハィ」とだけ言う。


「まだ、公にはしていないが、レイチェルもナガール国の王子カルロスと婚約を結ぶことになった。王立アカデミーを卒業後は、ナガール国に嫁ぐことも決まっている。向こうでの護衛には気心知れたハロルドが良いと言う。よって、そなたにも、ナガール国へ行ってもらうこととする。そなたの処遇は、レイチェルに一任する。良いな。」


「はい。」

「ハ、ハイ。」


姫様と私が返事する。


「さて、夜も更けてきた。今後の事はロバートとレイチェルに任せようぞ。」


そう言い残し、王妃様をエスコートして広間から出ていってしまった。王子様に促され、私達は場所を替えることになった。


・・・・・・・・・


広間の横の控室には、王子様、姫様、カルロス様、ハロルド様、ファーマス様、父、兄、私達5人、あと2人貴族様が残られた。なかなかに手狭だが、皆座り、私達5人は出入りのドアの前に並ぶ。


「やぁ、皆お疲れ様。きっと、とーっても混乱しただろうね。さっき国王が言ってたけど、僕はリーシャと結婚するよ!婚約式も早めにしたいなー。その時は皆にも列席してもらうからね!ちゃんと予定は空けておいてよ!ファーマス、いつが良いかな?」


「3ヶ月後の建国の日はいかがでしょう。」


「じゃ、それで準備しといて。」


あっという間に、決まってしまった。


「ブリタニア侯爵家の養女として、リーシャを迎えてもらう事になっている。」


王子様が続けて紹介する。お顔立ちが凛々しい男性が軽く会釈する。


ブリタニア…どこかで…ブリタニア… ハッ…ハロルド様のお父様!!な、なんと、まさかまだご挨拶すらしていないのに、勝手に結婚話までしてしまって…顔向けできない。でも、ちゃんと挨拶をしなければ、しかし、申し訳無さで…


「お兄様、リーシャに何を吹き込んだのですか?」


姫様の冷たい声からは、許さんとばかりの圧を感じる。


「いやー、リーシャがブリタニア卿の養女になれば、ハロルドと結婚するエシャロットと本当の姉妹になれるよって教えてあげたんだー。」


ヒョエー!ちょ、ちょっと待ってください、まだちゃんとご挨拶すらしていないのに!勝手に、そんな先々の話し決めちゃっても良いんですか!?……チラ


お父さんの顔がとっても怖い!!普段温厚な兄まで物凄い目で私を見てるー、わーん、助けてハロルド様!王子様の口を塞いでー!!


目で助けを求めると、ハロルド様は頷いて微笑んでくれる。気持ちが伝わったんだわ。


「父上、兄上、彼女が私の愛するエシャロットです。彼女とはすでに、結婚を約束しました。そして、お初にお目にかかります。私はハロルド・ブリタニア。レイチェル姫の専属護衛騎士をしております。どうか、結婚を許していただけませんでしょうか。」


ちがーう!そっちじゃありません!見当違いに頭がクラクラする。父に拒否権は無い。そりゃそうだ、王族、侯爵に囲まれ、ここで一旦保留にする事すら出来ないだろうことは皆わかってる。


見て!ハロルド様!私のお父さん、顔が真っ青で今にも倒れてしまいそうです!!こめかみに手を中てて盛大なため息を吐く。


「娘がそれを受け入れるのなら。」


ボソリとそう言って私を見る。


その場に居合わせた者は皆、こちらを見る。私の前にハロルド様が立ち、手を取られた。そして、片膝を付き熱い眼差しで見つめられたら、こちらまで顔が熱くなる。


「エシャロット、君のことを心の底から愛してる。結婚しよう。」


手の甲にキスを落とされる。公開プロポーズだ。


ハワハワして、頭が真っ白になる。自分の心音がやけに煩い。普段見上げていたハロルド様を、今は見下ろす形になっている。手に唇を落とすハロルド様の髪の毛はふわっとしている。あ、つむじ2個ある。新発見だ。


他事に気を取られながら、なんと言えば良いのか頭の中で必死に考える。

最大のネックの身分差は、つい先程、父と兄のお陰で埋まった。え、私、ほんとに良いの?ハロルド様と結婚しちゃっても良いの?これから、父は領地経営もしていかなくちゃいけないし、リーシャは王妃教育だって始まっちゃうのに、私、ハロルド様と一緒になっちゃってもいいの?


つい昨日の夜、お互いに想いあって一緒に居たいといったは良いけど、どこが夢見がちで、全然実感が湧かなかったのに、目の前に幸せがぶら下がっている。これ、掴んじゃってもいいの?


てか、長くない?さっきからずっとハロルド様は同じ体勢のまま手の甲にキスしている。え?これ、私の返事待ち?視界の端へ目をやれば、姫様は呆れたような顔をしている。


「エシャロット、返事をしてやらなければソレは何時までもそのままよ。」


え、そうなの?そう思った瞬間、手の甲をベロっと舐められた。


「ひゃい!」


びっくりして変な声が出た。しかし、ハロルド様は、それを無理やり肯定の返事として、


「ありがとう!エシャロット、君を幸せにすると誓うよ。」


と、いたずらっ子の様な笑顔でウインクして抱きしめられた。きゅんとした。


「ほら、リーシャ、君のお姉ちゃんが出来たよ。」


王子様の言葉にリーシャは喜び、その場の大人たちは呆れ返っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それから数日はとっても忙しかった。


まず、王宮内の人員整理が大々的に始まった。いつの間にか女官長のマーサ様は姿を見せなくなり、詳しく姫様やハロルド様に聞いても、話を逸らされてしまった。

風の噂では、年齢も年齢なので、実家の領地に戻り隠居しているらしい。

元々女官長なんで役職はマーサ様が作ったもので、実質王宮内を取り纏めるのは王妃様だ。最近は、王妃教育の一貫と云うことで、姫様やリーシャも、侍従長・侍女長と相談して配置を決めているらしく、嫁・姑・小姑の関係は良好らしい。

今までしつこく私に嫌がらせをしてきた侍女様方はや、やりたい放題していた侍女様方は、マーサ様の後ろ盾がなくなったのもあり、降格させられ下働きしさせられている。私達5人の穴埋めをさせられているらしいのだが、殆ど使い物にならないらしい。その代わり、先輩方で優秀な人は侍女として再雇用されたり、物好きな人は、今まで散々いたぶってくれた恨みを晴らす…もとい、出世話を蹴って、教育係としてビシバシしごいているのだと、ハンナにこっそり教えてもらった。


お茶会の練習で呼ばれ、リーシャにおもてなしされながら近況報告を聞く。時々姫様に注意され、リーシャは一生懸命言葉遣いを直している所だ。ハンナ、クロエ、ロザリーはラナ様に美味しい紅茶の淹れ方を習い、それぞれが実際に淹れている。いつもはもっと離れた所に居るはずのハロルド様も、何故か私の後ろで控えていた。


見習いお姫様に見習い侍女、そして、ハロルド様は新たに侯爵位を賜り、私も侯爵夫人見習いでお勉強中だ。


一段落ついたら、「はい、準備!」姫様の号令で、そそくさと椅子を用意して皆でテーブルを囲み、お茶を頂く。


私達だけのお茶会はグレードアップして豪華になったけど、以前と同じように笑いあいながら楽しくおしゃべりしている姿は何一つ変わらず、かしましい。


新たにラナ様が、私達の【秘密】のお茶会メンバーに参加され、今日も取り留めのない会話が続いていくのだった。


                           おわり

































ここの世界の下働きの人達は平民がほとんどです。お給金はそこそこ高いのですが、身分差によって扱いがアレなので、そんな環境で働きたいと思う人は少ないですね。なので、求人出しても、敬遠されがちです。お給金は良いんですけどね。お給金は…


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