SkyCity常任理事会
スカイシティ。西暦二千百十七年に生まれた人類史上最大の建造物。直径約五百キロメートルのUFOのような円状都市であり、旧日本でいうところの、東京都から徳島県辺りまでの長さである。高度五千メートルを浮遊し続け、約十六ヶ月かけて地球を一周する。その浮遊エネルギーや、技術は公表されていない。地上の旧アメリカニューヨークにあるスカイシティ本部と、スカイシティの中心にそびえたつクラシックタワーとで通信を行い、スピードや高度を調節している。標高八千メートルのエベレスト山に突っ込んでエネルギーを充電しているという都市伝説もあるとか、ないとか。
総人口は約三十億人といわれ、建設時に起きた世界大戦で勝利した国家の国民が住み着いた。建設に日本とアメリカが強く関連しているせいもあってか、スカイシティの主要言語は日本語と英語である。円の中心にあるクラシックタワーを基準に、二十三の支区があり、それぞれに区長が存在する。
そしてその区長たちが属する、空中浮遊円状基盤都市常任理事会こそが、この世界におけるすべての決定権を有する組織、通称スペースイニシアティブ政府である。この中でも特に地上に対しての攻撃性が高いのは、軍事部であり、司令塔の言葉だけで街ひとつを消すこともできる。
──ここは、そんな常任理事会の本部。クラシックタワーの最上部。理事長、もといこの世界の頂点である男がいた。
トワたちを殺しに来た軍事部隊の隊長が、帰還の報告に着たところだった。
「ただいま帰還いたしました」
「うん。ずいぶん遅かったようだが、全員始末したんだろうな?」
男は近くのテーブルに置いてあるグラスに手を伸ばし、残っていた酒をグイッと飲み干す。
「い、いえ……それが、最年長四人を逃がしてしまいまして……」
隊長の言葉を聞き終えるや否や、男ははぁーと大きなため息を吐いた。
「お前たちに期待はしていなかったが、やはりその通りになったか。まぁいい、緊急軍事会議を開く。各支部の部長を会議室に呼ぶように」
男は、そう告げると奥にある自室へと引っ込んでいった──
二時間後。
「さて、先日の戦果を確認しよう」
そう言って会議の開始を合図したのは、セントラル区第一支部長を担う常任理事会の幹部、ダニアル・セントラルだ。セントラル区はスカイシティ二十三区の内の一区目に当たり、クラシックタワーから一番近い、いわゆる一等地である。住んでいる人も貴族の面々が多く、スカイシティ内でも一目置かれる金持ち区画だ。
「現時点では四条救済教会、男女含め十四人の死亡を確認している」
軍事部最高司令官である、ドラーアズがそれに答える。
「なるほど。やはり奴らはそう簡単に殺されてはくれないか」
「でも、どうします、ダニアル公。奴らは今まで教会にいたから狙い撃ちができたわけで。行方をくらまされると、こちらからの攻撃が難しくなります」
そう告げたのは、ロザルアハ区の第一支部長のミッドル・ロザルだ。
「ミッドル公。私もそう考えていたところだ」
「では、地上に捜索部隊を送り込むというのは?」
「いや、地上は広い。空回りになるだけだろう。ドラーアズ司令官はどうお考えですか」
ダニアルはドラーアズに話を振る。
「そうだな……私としても、長期にわたる捜索はできるだけ控えたいと考えている。奴らの動きだけでも分かれば……」
ドラーアズは頭を抱える。
「……ひとつ疑問なんだが、なぜこんな存在価値のない地上人四人のために我々が尽力を尽くさねばならんのだ……」
ミッドルが口を尖らせて洩らす。
「口を慎め。あの方のお考えなんだ。我々が口を出せる問題じゃない」
ドラーアズがすかさずミッドルを睨む。
「申し訳ない。あの方とトワイライト家の名は汚さないというのが掟でしたな」
ミッドルが頭を下げる。その横でダニアルが声をあげる。
「……トワイライト家には頭が上がらない。あの一族こそがこのスカイシティの頂点なんだ。あの方でさえ一目おく存在だからな」
「喋りすぎですよ。間違っても地上人にトワイライトの名を聞かせるのではないぞ」
「ドラーアズ司令官、これは失敬。そこで、ひとつ提案なんだが、ここは待つというのはどうだろうか」
「待つ……とは?」
「奴らは遅かれ早かれ、必ずスカイシティに攻撃を仕掛けてくるでしょう。それまで無駄な力を使わず、迎え撃つというものです」
ダニアルが事細かに説明する。
「なるほど。その線はいいかもしれないな」
ドラーアズが相槌を打つ。しばらく目の前のコップに入った水を眺めてから立ち上がった。
「よし。では我々の答えは一旦待機ということにしておこう。軍事部としては、少数精鋭の捜索部隊を地上に派遣する。これで可決したいのだが、反対の者はいるか」
ドラーアズの問いかけに、周囲は静まり返る。
「よし。ではこれで緊急会議を終了する。お疲れ様でした」
ドラーアズの号令で、席に座っていた者たちが立ち上がり、次々に会議室を出ていく。
「待機という案は出したが、本当にこれでよかったのか? 地上人の考えることだから分からないですぞ」
「いや、これでいい。奴らは来る」
「何を根拠にそんな……」
「気長に待っておこう。一年先か二年先か、奴らが来た暁には完膚なきまでに返り討ちにしてやるだけだ」
ドラーアズはコップの水を飲み干すと、ふぅーと息を吐いて窓の外を眺めた。
「逃走者め。確実にその目を見てから、この手で殺してやる」
机の上に置いてある剣を手に取る。
「さぁ出るぞ。会議室をそろそろ閉める」
「はいはい。分かりましたよ」
ドラーアズとダニアルは足を揃えて会議室を後にした。