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決意

「一つ、聞きたい……なぜ、お前は……僕を殺す? なにが、そうさせて、いるんだ?」


 視線が定まらない。かすかに見えるのは燃え盛る炎と、冷酷な瞳をこちらに向けて立っているルルージュだけだった。


「なぜ、か。本当にアンタは何も知らないのね。ルクスウェルが私に何をしたのか」


 ルクスウェルというのは、僕の本名だ。さっき呼ばれたときにヴォルニーが反応できなかったのは、みんなにはトワという名前しか教えていないからだ。


「その名前はコルルに初めて会ったときに捨てた。もうその名前で呼ばれる筋合いはない」

「あらそう? じゃあトワって呼んであげる。はっきり言うわね。私は一度、アンタに殺されかけてるのよ。当のアンタはもちろん覚えてないでしょうけど」

「はぁ? 僕がお前を? どこでだよ」


 僕はエリア3rdで生まれ育ってきた。そんな僕に、スカイシティの貴族であるルルージュをどうやって殺せるというんだ。確かに遠い昔、こいつに会ったことはある。それは覚えている。けど、僕の異能は発現したこともないし、当時の僕にこいつを殺せるほどの力はないはずだ。


「そんなもんスカイシティに決まっているでしょ。私がアンタに喧嘩を売った次の瞬間、私は首が飛んでいたわ。幸い『治癒』の異能者が近くにいたから、すぐに生き返りはしたんだけどね」

「馬鹿言え。僕にそんな力はない。なにかの間違いだ」


 こいつの言っていることが理解できない。なぜこんな濡れ衣は着せられなければならないのか。


「アンタの異能はなに?」

「なんだよ突然。僕の異能は『浄化』だ。もちろん発現したことなんてない」


 それを聞いた途端、ルルージュは黙ってしまった。そっちから聞いてきたくせに。


「そうね。アンタは所詮、異能さえ使えない落ちこぼれですもんね。地上で育ったアンタと、スカイシティで育った私。次元も世界も違う」

「マウントとる暇があるなら、ヴォルニーとコルルを解放してさっさと帰ってくれ」


 だんだん視界がはっきりとしてきた。殴られたところの痛みも引いてきている。あいにく左足はまだ痛むが、こっちもあと数分したら次第に治っていくだろう。


「分かったわ。本当は殺しにきたんだけど、アンタがこんなに弱くちゃ楽しむもんも楽しめないわね。いつかまた殺しにくるから、それまでに異能の一つでも使えるようになっときなさい」


 そう言うとルルージュは、また手を空に向けた。周りの炎がいっせいに消えていく。


「じゃあね」


 バフゥンと紫色の煙がルルージュを包んだ。煙が晴れたときには、ルルージュの姿はどこにもなかった。


「おいトワ、あいつナニモンなんだよ」

「……さぁな。それより逃げるぞ。マツリと子どもたちが待ってる」

「逃げるったって、トワ足は大丈夫なの?」

「心配すんなコルル。あともうちょっと経てば大丈夫になる」


 僕は左足に力を入れ過ぎないように、森の中に向かって走り出した。僕の後ろにヴォルニーとコルルもついてくる。


「逃がすなっ! 追え!」

「見つけたら即撃ち殺しても構わん! 絶対に逃走者(フュージティブ)を逃がすな!!」


 奴らが後を追ってくる。が、ここは森の中。こんなに木が生い茂っていては、ライフル銃も使えなくなる。それにここは僕らのテリトリー。毎日毎日ここで遊ぶから、どこにどんな木が生えているとか、そんなことまで把握済み。


「みんなはどこに逃げてるんだ? ヴォルニー」

「いつもの丘だ。マツリが先導して行ってくれてる」


 迫ってくる木々を難なく避けながら、僕たちは近くの丘を目指して走る。


「どこ行った?」

「探せ! 探せぇー!」


 声が追いかけてくる。この森は宿舎をぐるりと囲んでいるから、奴らも簡単に火は着けられない。暗闇の森の中で僕たちを探すのはもう無理だ。

 だんだん声が遠のいていった。もうすぐ森を抜けて、丘が見えてくるはずだ。その丘では、この辺りが一望できる。もちろん宿舎や教会、田んぼと畑までよく見える。

 僕らは森から出て、一気にその丘を駆け上がる。みんなここに避難しているだろう。一旦集合して、どこに行くかみんなで決めよう。

 丘の頂上に近づくにつれ、僕たちは走るスピードを緩めた。

 ──しかし、丘の上に着いた僕たちはその異様な光景に、目を見開いた。

 何人もの死体の上に、刀を片手にしたマツリだけが佇んでいた。


「ナニ……コレ……」


 その光景を見て、コルルがつぶやく。久しぶりに人間の死臭を嗅いだ気がした。

 マツリは僕らに気がつくと、刀を手から離して泣き崩れた。


「……本当に、ごめん。マツリのせいで、みんな……」


 その後は声にならないマツリの声が、静寂な夜空に響き渡った。


「……ここは、安全だと思ってたの。……そしたら、みんな、撃たれ、ちゃって……」


 どうやらこの丘の上に先回りされていたらしい。よく見ると死体の中に、あの制服を着た奴らも混じっていた。片腕がなかったり、首が飛んだりしているのもいるのは、マツリが刀で殺したからだろう。

 僕は炎で包まれている宿舎を見下ろした。


「……僕らだけに、なったな……」


 ヴォルニーとコルル、マツリは何も言わなかった。ただその泣き声だけが聞こえてきた。コルルが横に来る。


「トワ……」

「なんだ……?」

「………………アイツら……、絶対に、殺してやる……」


 顔は見なかった。その声色だけで分かった。僕だって同じ気持ちだ。つい三十分前まで生きていたやつは死んでいるし、さっきまで笑ってた僕らの顔にだって笑顔はない。

 ここまで来るのには膨大な時間があった。でも、失うのは一瞬だ。今まで均衡を保ってきたガラスのタワーの人間関係や日常、居場所はたった三センチメートルの亀裂ですへてが崩れ落ちる。

 でも、生きる目標はある。そのゴールテープを切るまで、僕は死ねない。絶対に、どんな手を使ってでも、奴らを殺す。

 僕は目を瞑った。あの時の言葉が脳裏を走る。


『絶対、──は……生き延びてね。わたしとの……最後の約束だから。────。』


 二年前。エリア3rdが崩壊したとき、最後に見た()()()の笑顔とコトバ。もう二度と大切な人にあんな顔はさせたくない。

 ()()()()のためにも、そして教会の仲間のためにも、僕は復讐を果たす。


「あぁ、そうだな。月に誓って……絶対だ」


 僕らは涙が落ちないように、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。


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