急戦
「コルル、全員を救おうとするな。今からじゃ全員を救うことは絶対にできない。だったら今生きてる僕たちが生き延びて、ここで散ったやつらの生きる分まで生きればいいんだ!」
僕はコルルから目を逸らして、燃え盛る宿舎に目をやる。
そうだ。あの時もそうだった。こんな灼熱の炎の中に僕はいた。僕の脳裏にあの日の光景が蘇ってくる。
「全員を助けようとした。……だから全員が死んだ。なんてこともあるんだ! ここは戦場だぞ。今生きてるやつだけで戦っていかなきゃいけない!」
コルルはしばらく黙っていた。その目には大粒の涙が光っていた。
「コルル、もう行かなきゃ……僕らまで巻き込まれる」
「……わかった……。 みんな……、ごめんっ!」
コルルが手で顔を覆って、走り出した。
コルルに続いて僕とヴォルニーも宿舎の方を振り返ることもせず、全速力で森の中に駆け出した。
「あっはははは。なぁんで地上人ってこんな馬鹿ばっかりなのかしらね!」
突然後ろから生暖かい声が聞こえてきた。僕はもちろん、コルルとヴォルニーも振り返る。
そこには、黒いコートを見に纏わせた女が立っていた。黒いフードを深く被っているせいで、目元が確認できない。すらりとした華奢な身体で、背は僕より少し低いくらいだ。彼女の右手には銀色の短剣が握られている。
「誰だ、お前……?」
「んーとね……ただの通りすがりの、殺し屋よ」
あまり最後まで聞き取れなかった。というより、話す気がなかったらしい。その場で地面を蹴ってこっちに向かってくる。
「トワ! コルル! 伏せろ」
ガチィンと金属音が鳴る。振り下ろされた短剣を、ヴォルニーが片手剣で受け止める。
「ふぅん。反射神経はいいみたいね。でも……、遅いッ!」
彼女の手から炎が姿を現す。真っ直ぐに伸びた炎の線は、ヴォルニーの周りを取り囲んだ。
「ヴォルニー!」
だが、心配はいらない。ヴォルニーだから。
コルルの悲鳴をかき消すように、剣で一振り。周りの炎が鎮火された。
「へぇ、案外骨のあるやついるじゃん。アンタ何の異能なの?」
「異能? あぁ、俺は一般人だ」
「……?」
女は明らかに動揺している。
「珍しいわね。シラフでここまでやるなんて。じゃあ遠慮なく本気出せるわ」
ゴァアっとさっきの炎よりも大きな炎が出現する。
「《炎喝》」
出現した炎は何本もの線のようになり、一気に僕たちに降り注いだ。
「コルル、僕の後ろへ」
降ってくる炎の線を、次々と刀で受け流す。炎は斬った瞬間に消えはするが、火の粉が辺りを舞っているせいで、熱いのはあまり変わらない。
「なにこれ? 異能?」
「おそらく奴の異能は『発火』。火を出現させるタイプの、もっともレギュラーな異能だな」
とは言ったものの、こいつの炎はただの異能じゃない。発火にしては威力が強すぎる。
「面白そうだから、教えといてあげる。私はルルージュ・セントラル。スカイシティ第一区、つまりセントラル区を治めるセントラル家の者よ。初めまして、いや、お久しぶりかな。ルクスウェル」
氷のように冷たい視線がフードの隙間から見えた。全身に寒気が走る。こいつは、この女は、スカイシティの人間。しかもセントラル家と言えば、スカイシティの中でも高名に位置する貴族家だ。
「ルクスウェル? 誰のことだ」
「あら、知らないの? 不思議ね。まぁいいわ。私の異能は『火炎』。そこらの底辺が放つ発火とは比べものにならないくらいの異能よ。簡単に言えば、『発火』の完全上位互換ってとこかしら」
冷徹な瞳、まるで機械のように感情のない声、間違いない。僕はこいつを知っている。どこであったとか、そんなことは覚えていない。けど、こいつはヤバい。僕の本能が訴えてくる。次の瞬間、僕は奴めがけて飛び出していた。
「急にやる気になったじゃない。それでこそアンタだよ」
キィィィンと甲高い音が鳴って火花が散る。衝撃でルルージュのフードが脱げる。さらさらと長い白髪、鷹みたいな鋭い目、そして血に飢えた笑み。
「ほらほらァ! どぉした? これが欲しいのか?」
ルルージュはまた手を上に伸ばした。真っ赤な炎が僕の周りに現れる。
「《炎竜》」
ズドドドドドと炎が僕に向かって降り注ぐ。ひょいひょいと躱し、炎をやり過ごす。まぁ異能人だから、当たっても大したことはないんだけど、なんとなくこうやってるほうが戦闘感があって楽しい。
さて、反撃だ。刀を身体の前に構える。
「《輝煌斬り》!」
エリア3rdで教えてもらった技だ。地面を蹴って、一直線に相手の首元に入り込む。あとは刀を滑らせるだけ。
しかし、ルルージュの首に到達する前に、左足に激痛が走った。反射的に左足を見ると、さっきまでルルージュが持っていた短剣が深く突き刺さっている。
「馬鹿ね。だから言ったでしょ。比べものにならないくらい強いって。炎を固形化して操れないっていつ言ったの?」
なるほど。固形化した炎に、短剣を持たして足元まで運んだってことか。
バランスを崩したその一瞬で、みぞおちに一発喰らわされた。いくら異能人で身体が強いといっても、受ける痛みが減るわけではない。
「うっ! ……く、くそっ」
痛い。久しぶりにこんなにダメージを負った。
みぞおちに手をあてて、よろよろと立つ。
「無様ね。悔しくないのッ?」
次は勢いよく蹴りが飛んでくる。すんでで躱すが、おそらく次は当たる。残っている力で受け身をとった。
「やめろ!」
ヴォルニーが間に入る。
「うるさいわね。やっぱりこうしておくべきかしら」
ルルージュはもう一度手を上げ、今度はヴォルニーとコルルにめがけて手を振り下ろした。
ズアっと炎が広がり、ヴォルニーとコルルを取り囲んだ。
「なんだ、これ!?」
「熱いぃ!」
炎の中から二人の声が聞こえてくる。
「お前……、何をした?」
「別に。普通の炎じゃないから、放っておいても死にゃしないわよ」
「お前の、目的はなんだ? 僕たちを殺して、逃走者を撲滅する気か?」
逃走者とは、スカイシティから地上に降りた人のことを言うらしい。スカイシティの情報を地上に広めないように、地上に降りたスカイシティ出身者は逃走者として一生追われる身となる。
どうやら、僕が逃走者ではないかって噂があるみたいだ。僕の出身地はエリア3rdなんだけど。
「うーん、それもあるんだけど、私は私のためにアンタを殺すことが目的かな」
もう一度蹴りを入れてくる。躱したつもりだったが、今度もしっかりとヒットされた。
「うぁっ! ぐぅぅ」
蹴られたところが焼けるように熱い。足がふらついて、まともに立っていられない。
間髪入れずにもう一度ルルージュの拳が飛んできた。僕が肉弾戦を不得意とするのがバレてるみたいだな。
ガっと鈍い音がなって、目の前が暗くなった。というより殴られた衝撃で後ろに吹き飛び、あおむけで夜空を見ているからだ。
頭が痛い。グルグルと回る視界を抑え、ふらふらと立ち上がった。その瞬間、ゴハっと口から血が噴き出した。
「一つ、聞きたい……なぜ、お前は……僕を殺す? なにが、そうさせて、いるんだ?」
四条救済教会を襲ってきた奴らとは、何か違うものを感じる。こいつは、やけに僕に執着しているような。